22日は冬至だったので、ミソ味の具だくさん鍋に大量のかぼちゃを投入し、食す

時に薬味として刻んだゆずを散らす、という夕ご飯だった。(うちでは恒例だ)

結婚した時、夫が日本の行事食をほとんど知らないのでびっくりしたけど、海外

赴任したり、その後も海外出張があったりするので、ちゃんと日本文化を知って

おいてほしいと思い、なるべく季節ごとの行事や料理を体験してもらうようにして

いる。節分にはいり大豆、お月見にはおだんご、といった具合。


クリスマスは夫にとっては「何かどんちゃんパーティする時期orカップルがデート

する日」という感覚だったけど、私のアメリカ人の知人友人にはクリスチャンが

多いので、どちらかというと日本のお正月のような、しみじみと家族で祝い幸福を

願う行事だってことは、だんだん実感してきたみたい。(クリスチャンにとっては

逆に「年越し」の方がどんちゃんパーティーで盛り上がる行事なのだ)


私にとってのクリスマスの思い出は…


留学時代にワシントンDCの郊外に住んでいたので、ホワイトハウスに近い広場に

毎年たてられるクリスマスツリー(大統領に贈られる一番大きなものをメインに、

小ぶりな50州のツリーがずらっと並ぶ)を見に行ったこと。当時はホワイトハウス

内部のクリスマス飾り(大統領夫人のセンスで毎年テーマを決めて演出するので

毎年ニュースになる)の一般公開も伝統だったけど、テロ後はどうなったんだろう。


高校のランチ仲間にキャロリングに参加を頼まれて、(コーラスのクラスをとって

いて歌えるから、って理由)冬の夜、クリスマスキャロルを歌って近所を回った

こと。もちろんいろんな宗教の人が住んでいるので、クリスマスの飾りつけをして

いる家の前でだけで歌うんだけど、時には家の人が出てきて、あいさつしてくれ

たり、クリスマスキャンディ(赤白しましまのステッキ型ハッカ飴)をくれたりした。


大学がキリスト教系だったので、大学のクリスマスもきれいだったなぁ。一年の

時には聖歌隊にいて、教会でなかなか立派なコンサートをしたのもいい思い出。

東京にしては珍しく雪がうっすら積もり、雰囲気満点だった。


大学も聖歌隊も、宗教を押しつけるようなことは全然なかったのに、次の年に

なると信心深すぎるクリスチャンの隊員が入ってきて、非キリスト教徒(私のこと

だ)が聖歌を歌うのは不適切、って圧力が倍増。退散するしかなかったのは

今でも残念。四線譜のグレゴリオ聖歌や、ラテン語・イタリア語・英語・日本語

などいろんな言葉で曲を歌うのはとても気に入っていた。


無宗教者だからって、別に宗教を否定してるわけじゃないんだけどなあ。

他人の信じるものは何であれ尊重する主義なんだけど。


毎年うちではローストチキン(七面鳥売ってないから…丸鶏に詰め物をして焼く

料理法はアメリカで教わってきた)とか作ってたんだけど、今年は夫が12月に

入って働きすぎでストレス過剰になり、家でぶちキレた「事件」があったため、

ごちそう作るのもアホらしくなって取りやめ。何かフツーの食事を作る予定。


夫はかなり楽天的なタイプなのに、最近ロコツにぴりぴりしている時がある。

ストレスって怖いものだ。とりあえず今は家内平和だけど。

関東地域が冷え込んできて、ついに今年も最低気温がマイナスになった。

今住んでいるところでは、冬はそれで普通。大寒の時期には毎朝ー5C

ぐらいの日々が続く。


しかし、関西では気温がゼロ以下になること事体、ニュースなのだ。

神戸から東京の大学に来た時、寒さと乾燥にびっくりした。瀬戸内海の

そばでは、冬でもそんなに空気は乾かない。


結婚以来、東京よりずっと寒い関東の地方都市に住んでいるんだけど、

それもかれこれ通算8年ぐらいになる。なのに、全然この気候に感覚が

慣れない。自分でもあきれる。


まず、手袋やマフラー、帽子が必需品だというのがぴんとこない。厳寒期

でもしょっちゅう忘れて外出してしまう。神戸では、手袋やマフラーは防寒

というより季節感を出すためのアイテムだと思っていた。(帽子は、自転車

に乗るので、冬の乾燥した空気で髪がパリパリになるのを防ぐため)


それどころか、締めつけ感が不快で特にくつしたが大の苦手なので、冬も

しばしば素足にクロッグ(足をスポッとおおうタイプのサンダル)はいただけ

で出歩いてしまい、こっちの人に「はだし?!」と驚かれる始末。しかも寒く

ないわけじゃなく、実はすごい冷え性なのに…。


天気予報マニアだから気温はわかっているのに、どのぐらい寒いかの実感

が欠けている。生活習慣というか、生活感覚が適応できないらしい。


なぜ「習慣や感覚」かというと、実際の気候には、体はちゃんと適応するから。


冬のアラスカ(北極圏だ)に旅行に行った時は、たった数日で、ー20Cでも

昼間で日なたにいれば「おお、あったかい!」と感じるようになった。夜は

屋外でじっとしていると眼球の水分が凍りかけ、目が動かしにくくなるほど

寒い土地だ。けっこう大きな河でも冬中氷結するので、その上が近道に

なり、人や車が普通の道路のように使っていたりするぐらい。それでも、体

はあっというまに慣れてしまう。すごいもんだ。


赤道直下に住んでいた時は、常に気温が高いせいで体の代謝が活発に

なるせいか、髪やつめが伸びるのが早くなった。(本当!夫婦とも実感した)

しかも、常に湿度が高いところだったので、体がそれに慣れてしまうらしく、

日本に一時帰国したら皮膚がすごく乾燥する。(と、日本人は皆言っていた)

オイリー肌の私でさえ、「乾いてつっぱる」と思ったぐらいだ。


人間の体はすごい。


ちなみに、常に高温多湿の熱帯で暮らしてきた人には、いわゆる「身を切る

ような冷たさ」がわからない。雪が見たいというのでスキー場に連れて行っ

たりすると、大喜びで雪をさわりまくるんだけど、じき不思議そうに「手が痛く

なったよ?」と言う。


経験したことがないので、「冷たくてかじかむ」とか「痛いほど冷たい」という

感覚がわからない。これは面白い。「知覚」は経験と学習で作られるんだと

いうことがよくわかる。


熱帯はクーラーをガンガン効かすし、雨に濡れたりすると外にいてもけっこう

肌寒いので、普通の「寒さ」はちゃんとわかる。アイススケートリンクさえある。

でも、基本的に「氷」は冷凍庫の中にあるものなので、「気温が氷点下になる

と、普通の道路でも水たまりが凍って、滑るんだよ!」と、冬の様子を話すと

とってもびっくりする。(でも、実感はわかないようだ。無理もないけど)


気温ゼロ度以下=「寒波」の関西から来た私だって、いまだに路面凍結には

びっくりする。日陰では春まで凍ったままだったりするんだから! 日陰は

凍ってるかも、という認識が身につかないので用心することも覚えられず、

よく自転車ごと滑ってコケたりしている。(目が悪いので、見えてない)


やっぱり氷点下はつらい。



景気は良くなっている、と政府は言ってるけど、人は幸せになっていないようだ。

日本って自殺がホントに多い。特に十代の頃は、有名人や他の同世代の自殺に

つられてしまう。決して軽いノリで同調してしまうって意味じゃない。やっぱり出口は

ないのかって思うからだろう。たぶん。


私がティーンエイジャーだった頃にも十代の自殺ブームがあって、私自身、中学

時代にはいじめにもあったし、かなりヒサンな時期を過ごしたけど、なんとか生き

残った。これといった理由はわからない。もっとも生きてて本当にマシだったか

どうかは疑問なので、「生きてれば必ずいいことがある」なんて約束はできない。

未来は誰にも見えないし、人生は「もしも…」と考え出すとキリがないもんだ。


命の大切さとかキレイ事をほざく連中は、結局、大して苦労してないんだろうね。


When youre a young man, down and out
キミが若くて、落ち込んでてみじめな時は
You really need someone to help you out
真剣に助けが必要なんだよ
It looks like life or death is your only choice
生きるか死ぬかしか、道はないように思えても
Its really hard to see
それは現実が見えてないから
The forest for the trees
木だけ見て、森が見えてない
The forest for the trees
木を見ても、森は見えてないんだ

And when you get angry and everythings black or white
怒ってる時は、すべてを白か黒かで片付けてしまう
You should know that it isnt that simple, no ones always right
でも現実はそう簡単じゃない、完璧に正しい人はいない
You know that youre life it worth living
わかるだろ、キミの人生には生きる価値がある
You gotta start taking if no one else is giving
誰も与えてくれなれば、自分から手を伸ばせ
And if youre not afraid to open your eyes
目を開くことさえ恐れなければ
You may be pleasantly surprised
うれしい驚きが見つかるはず
Things are never as bad as they seem
物事は決して、見かけほど最悪じゃない
You just gotta learn to see
見方を学べば見えてくる
The forest for the trees
木じゃなく森全体が

So if you need somebody, tell them please
だから助けがほしければ、声に出すんだ
If you want someone, get up off your knees
誰かが必要なら、自分が行動を起こせ
Things are never as bad as they seem
何事も、見かけほど最悪じゃないから
You just gotta learn to see
見方を学べば見えてくる
The forest for the trees
木じゃなく森全体が


Huey Lewis & The News "Forest for the Trees"

これが流行ったのは、アメリカで十代の自殺が社会問題化した頃。

ビリー・ジョエルも同じように「しっかりしろよソング」を出している。

(You're Only Human)挫折多くして何とかヒットチャートに載る とこまで

たどりついたおじさんミュージシャンたちは、とっても真剣だったのだ。

政府とか教育委員会よりずっと。


人は誰でも、一人一人違っている。

遺伝子情報が全く同一の双子でさえも違っている。

同じ人はひとりもいない。


この単純な事実を私は本でも講演でも繰り返しているが、なぜか理解

してもらえない。どうしてだろう?


先日もメールが来た。自分をアスペルガーと確信して医師に診断してもらおうと

思ったが、諸事情によりしてもらえなかった人から。「自分が誰なのかわからない」


???理解に苦しむ。レッテル貼りってそんなに大したことなのか?

あなたがイチゴジャムのビンか何かだったとして、そこにオレンジマーマレードの

ラベルを貼ったら、中身が変わる…わけがない。


どういう診断をされようとされまいと、「その人」は「その人」に違いない。日本人はなぜ、

(勤務先の会社名とか役職とかもそうだが)安直なレッテルを貼りたがるんだろう?


さて、レッテル貼りに反対している人を見つけた。一応、親向けの本なんだけど、

困ったことに翻訳版は分厚くて文字が多く、とても問題がある子どもの親(似た傾向の

ある人が多い)が読破できるとは思えない代物。残念なので概要だけ紹介しておく。

(関連サイトの一部を翻訳させてもらえないか交渉中)著者はアメリカの小児科医。


   *         *        *       *

「発達障害」「アスペルガー症候群」「LD」といった分類は人間の個体差に比べて余りにも

おおざっぱすぎるし、分類さえつけば、その「箱」に放り込んでおしまい、肝心の成長に

応じた発達のフォローがない現状では、意味がない。


著者(レヴィーン先生)はIQテストなんかよりももっと細かく、神経学や脳科学と、実際の

子どもの観察を組み合わせて問題点を探り出す方法をすすめている。チェックポイントも、

従来のIQテストなんかよりずっといろいろある。たとえばこんな感じ。


○人間の脳の神経発達システムにはこんな種類がある


注意制御: 脳の管理部門。心の能力資源を集中管理していて、いつ、どこで何をすべき

か、適切に注意を向け、エネルギー分配をする。

 入力制御:雑多な外界から重要と思われるものを選んで取り込む。余分な

        刺激に惑わされず、自主的に情報を取捨選択し処理する。

 出力制御:しっかり考え、落ち着いて複数の選択肢を検討し、過去の経験

        から必要な情報を適切な時に取り出して使う。経験から将来を

        見通す能力もここから発する。

ここが不調な時は、過集中、注意散漫、同時並列思考の不具合、早すぎるまたは遅

すぎる思考…などが起こると考えられる。


順序: 一年の十二ヶ月の順番を正しく把握したり、しなければならない物事に優先順位を

つけたり、勉強や運動などで段階ごとに順番に説明されることを正しく理解する。時間感覚

も順序の一部なので、限られた時間の有効活用ができる。この能力が不調だと、教わった

とおりにできない、時間を守れない、次に何をすべきかわからない、という混乱状態に

なってしまう。


空間秩序: 心の中に画像を思い浮かべたりして、言葉を使わないで思考する能力。地図

を読む力なども含まれる。ここが不調だと、運動のやり方を手本を見て真似したり、思った

通りの絵や立体作品を制作したり、数学的に思考する(記号や数式で考える)ことができ

にくくなる。


記憶: 持続時間が短い短期記憶と、脳に蓄えられる長期記憶がある。記憶のファイルを

上手に作り、図書館のように脳の中に体系的に分類して保管し、必要とされる時に的確に

取り出せると、ものごとの理解に役立てることができる。この機能が不調だと、物事が覚え

られない、知っていることなのに質問されても答えられない、といった混乱が起こる。

「頭が悪い」と思ってしまいがち。必要なことが覚えられない場合、訓練することもできる

し、同時に外部記憶(メモ、パソコン)などを使って補強することもできる。


言語: 言語は他の学科の学習にも道具として使用されるので、知識を得るには大変

重要。入出力いずれにも「音声」「書字」の二種類あり、得意不得意は人それぞれ。

不具合がある場合は本人の適性にあった形で補強し、のばしていくこと。(書字が

苦手ならコンピュータを使わせる、音声入力が苦手なら録音する)。言語に弱みが

あって質問に答えたりできないため「頭が悪い」と思い込んでいる場合もある。

 言語入力:本を読んだり、話を聞いたりして理解することであらゆる分野の

 知識を得ることができる。

 言語出力:思っていることを積極的に表現し、伝えることができる。他人と

 コミュニケーションするにも必要な能力。


運動: 運動には大きく分けて微細協調運動(手先などのこまかな動き)と、粗大筋肉運動

(スポーツなどで使うダイナミックな動き)の二種類ある。得意不得意はあっていい。本人に

あった、楽しめる種目で運動能力を伸ばすこと、そのための指示を適切に理解できる

ことが大切。指示は「順序」が苦手な場合理解しにくいし、言語入力の「音声」が苦手な

場合もついていきにくいので、困っているようなら適切なサポートが必要。


社会思考: 以下の二種類に大別されるが、いずれにせよ、対人技能というものを

理解し、有効に使えるようになる、社会の価値観を認識できる能力。

 社会的言語機能:相手に応じた言葉遣い、話題の選び方、会話のやりとり。

 社会的行動:場に合った服装、ふるまい方など。 

この分野が苦手な子どもは学校でいじめなど不当な扱いを受けやすいので注意が必要

だが、社会的な価値観にも生活スタイルにも多様性を認め、いろいろな人がいていいのだ

という認識が、すべての子ども(と親)にいきわたることが何より大切。


高次思考: 人間のもっとも深く高いレベルでの考え。「概念」形成(それはどのような

ものか、類似のものをまとめて考える思考法)、創造(自分ならではのものを創り

出す)力、問題解決(問題点は何か、それに対して何ができるか、選択肢は何か)

する力、批判的分析(CMや流行についての記事を読み、裏にはどのような意図が働いて

いるかを冷静に考える)力などを身につけることが、成長し、社会人として生きていくうえで

一番大切。


ひとくちに発達と言っても、これぐらい細分化して見ていく必要があるそうだ。


細かく分析するためにはいくつかのテストやら診察があり、その結果、発達のどの部分

に問題点があるかをつきとめたら、本人に「きみの長所はここだけど、こんな弱点もある」

と知らせ、本人の意見を聞きながら親や教師、必要なら訓練士やセラピスト、精神科医

なども共同して問題点をどう扱うか(訓練で補う、回避する、両方を行う等)方針を決め、

あとは定期的に進み具合を観察していくわけ。


本人の特技や、熱中していることを利用して弱点を補強する(トラックの趣味について書く

ことで言語を訓練するなど)もおおいにすすめられている。


教師と幼児期~学齢期の子どもを持つ親にとって特に役立つ本なので、がんばって読み

通そうと思う方はこちら。↓


メル レヴィーン, Mel Levine, 岩谷 宏, メル・レヴィ―ン, 岩谷 宏
ひとりひとりこころを育てる

箕輪 優子
チャレンジする心―知的発達に障害のある社員が活躍する現場から

やっぱり!やっぱり!やっぱり!

読みながらガッツポーズしていた。(深く感動していたことは、いうまでもない)


知的障害を伴う自閉症の方のことについて質問される機会が多いし、そういう相談

はたいてい「就労し、自分なりに自立できるか」「結婚できるか」といったことなので、

勉強のために読んだ本。ある会社で、知的障害のある社員だけの特例子会社を

つくり、そこで、生き生きと、素晴らしい能力を発揮して働く人たちの様子を、彼らを

採用し、見守って共に働いてきた著者が書いた本。


普通の会社と何ら変わらない。収益を上げ、立派に経営も軌道に乗っている。

唯一違うのは…採用されたのは全員が「知的障害がある」と行政によって認定され

た人びと、おおむねIQ70以下で、社会的活動に困難があると判断された人々だ

ってことだ。会社の名前は、「横河ファウンドリー」という。


私はこれまで「自閉症を体験する」というワークショップ形式の講演会をしてきた。

自閉症じゃない人に、自閉症ってどんな感じがするものか、少しでも「心で感じて」

もらうためだ。


私には、知的障害はないとされている。が、知的障害を伴う自閉症の人たちを理解

したい、という質問をたくさん受けたし、自分でも、知的障害があるってどんな感じ

がするものか、いろいろ想像してきた。その時に、「こうじゃないかなあ」と思って

いたことが、この本の中にはたくさんたくさん、「実例」として登場する!!


もちろん、自分以外の人のことを完全に理解することなんて、できない。でも…

よかった! 決して間違った方向で考えていたわけじゃなかったんだ。確かに。


私は、知的障害(つまり知的発達に問題)があると、どうしてもある程度の発達障害

が伴うと思ってる。社会全体のことを知るとか、対人関係の技術を身につけること

だってすべて、知的な処理能力、理解力は必要だし、たくさんの数の言葉を覚え、

使いこなすのもやっぱり知的な作業だから、コミュニケーション力にも影響する。


つまり、社会性を身につけ、対人関係を理解し、コミュニケーション能力を持つと

いう部分は、知的発達の障害があると多かれ少なかれじゃまされてしまうはずだ。


となると、知的障害がある人なら、誰でもいくぶん自閉症に似た部分をもっていて

もおかしくない。だからこそこの本が、「知的発達を伴う自閉症」と診断されている

人たちをよりよく知り、理解するのに役立つわけ。


この本を読んでいると、「知的障害」と一概に呼ばれているもの自体、実はかなり

あいまいで、実際に持っている能力にはばらつきが大きく、非常に得意な分野や
苦手な分野があり、不具合の程度も人それぞれであることがわかる。その点は

知的なものを含む・含まないに関わらず、あらゆる発達障害全般に共通だと思う。


要は、私が講演のたびに一生懸命繰り返していた「障害について本で学んだこと

を実際の人に応用するのではなく、目の前にいる人を観察して、想像力を使って

理解しようと努力してください」って考え方は、決して間違いじゃなかったんだ!


この本の中では、養護学校や福祉施設の方に「この人の能力ではこの程度以上

は無理ですから」と言われていた人たちの中から採用され、会社にやってきた人

たちが、劣等感(知的障害があると、「頭が悪い」とか「何もできない」ものだと思

われてしまいがち。だけど、そのことを本人たちも知っていて、傷ついているとは

みんな思わないらしい)を脱ぎ捨て、意欲や向上心を持つ→いろいろな仕事に

チャレンジしてみる→やれば予想以上にできることもあり、適性も見つかる→自信

をもち、さらに意欲的になる、という、プラスのサイクルが回り始める様子が活写

されている。


そして、いったんものごとがプラスに動き始めると、素晴らしいことが起きた。

養護や福祉関係者、家族が目を疑うほど、全員が能力を伸ばしはじめるのだ。

「福祉事業ではなく本物の、収益を上げる会社として機能する」という目標も達成。

知的障害者をお情けで雇い、適性も考えず、ただ簡単なことしかできない、教えて

もどうせわからない、という思い込みから、きちんと社員教育もせず、単純作業を

繰り返させるだけ、というのはむしろ侮辱的な扱いなんじゃないか? という、大事

なことが見えてくる。(だって自分がそんな扱いを受けたら、イヤじゃない?)


「うちの社では、知的障害のある彼らこそ貴重な人材であり戦力です」という著者

の言葉が身にしみる一冊だった。適材適所をみつけ、自分の適性を発揮して会社

の中でいい仕事をしている時は、彼らは「障害者」じゃない。生活の他の部分では、

他人の助けが必要な「障害者」であっても、職場では立派な「戦力」だ。


親である人にとっても大事な情報があった。


会社で実力を発揮しやすいのは、親が子どもの頃から、将来社会の中で自立して

いくために(障害のある子どもであっても、自立するのだ)”「家族の中で重要な役割

を担う一員であること」、「幼い頃からどのような大人になってほしいかのイメージを

持つこと」、「短所を認めながらも、ひとつでも多くの長所を見つけること」、「できる

ことを増やす生活を心がけること」”という、四つのポイントを意識して育てていた人。


前向きであること、失敗してもいいからできるだけ多くの体験をしてみることの重要性

も指摘されていた。言うまでもない。やってみなければ、できることも見つからない。


よかった。私が迷い悩みながらまとめた「親であるあなたへのメッセージ 」と共通

する部分がたくさんある。あれを作っている時は、知的障害のあるお子さんにとって

も同じ考え方で大丈夫なのかどうか、確信が持てずにいた。でも、どうやら、子ども

を育てるにあたって一番大切なことは、どんな子どもであろうと共通しているらしい。


やっぱり!やっぱり!やっぱり!


「知的障害がある」と言われる人びとを、よりよく知りたいと真剣に思うすべての人に、

ご一読をおすすめしたい本。