あるもの(まあその、私的にはかなり苦労の産物)をお貸しした方から、
葡萄をいただいた。我が家には立派すぎてもったいないぐらい。もちろん、それはそれは美味だった。取り急ぎ、受け取ったその日のうちにすぐメールでお礼を書いた。
お礼状を書くのは、いつも忘れないよう努力してることの一つ。誰かと会った帰りにケータイからメールで短いお礼を送ることもよくある。取り急ぎのお礼は、どんなにくたくたでも、基本的にその日のうちに書くことにしてる。
お礼状の種類はさまざま。モノをいただいたお礼、親切をいただいたお礼、時間をさいていただいたお礼…時には、私みたいなヘンなヤツの友達でいてくれることへのお礼も書く。最近はさすがにお礼状もメールですますことが増えたけど、本当はもっと、昔のようにちゃんと手紙やカードを書いて、郵送したいと思っている。(世の中のスピードが早くなったことや、利き手の手首が慢性的に痛んで手書きするのが辛くなったことなんかで、なかなか実行はできてないけど)
念のために強調するけど、私は決して品行方正、礼儀正しいってタイプじゃない。どちらかというとかなり逆。見た目は無愛想だし、対人的にはカンチガイで無礼なふるまいをしてしまうこともしばしばだ。でも、文字が書けるようになって以来、お礼状だけはとにかく、こまめに書く。短くてもいいけど、形式的な決まり文句で中身のないことやウソはダメ。相手にいただいた何が、どんな風にありがたかったのかを、自分の言葉で、具体的に書く。
アメリカにいた16才の頃、ホストファミリーと一緒に旅行して、数日間、ファミリーの友人宅に泊めてもらった。帰宅するなり、部屋からいきなり便箋をとってきてキッチンでお礼状を書きはじめた私を見て、ホストマザー(育て上げた子ども5人)が「どういうしつけをしたらこんな子になるのよ!」と半分あきれてた。
でも実は、別に誰からも「お礼状を書け」なんて教えられたこと、ないと思う。
ただ、幼いころ親にもらった、子ども向けの、小さくて薄い、ごく基本的なマナー本(玄関でのあいさつのしかた、お菓子をすすめられた時の答え方、公共の静かな場所では子どもも騒いではいけない、といった当たり前の内容)に、お礼状を書く、って項目も、確かあったような気がする。それだけ。
お礼状を書くのは、私にはとっても大事なことだ。書く目的はもちろん、自分がうれしかったことや感謝の気持ちを伝えて、できれば相手にも喜んでもらいたいから。
だけど、それ以上の意味もある。無愛想な態度やヘンなふるまいで、もし相手に対して何か失礼があっても、お礼状をこまめに書く習慣は、多少、失敗をフォローする役に立つからだ。
もちろん、何かまずい失敗をやらかした場合、後から謝っても取り返しのつかないこともある。それをごまかしたり、言い訳するために書いてもムダだ。おわび状やお礼状を書くのはあくまで、こちらの率直な気持ちが少しでも相手に伝わる可能性があるから。その可能性があるとないとでは、ヘンなヤツへの好感度にも、やっぱり差が出ると思う。
社会性には問題アリ、常識にはブラックホールのような大穴がぼこぼこ、という私みたいなヤツは、ほっといたら自覚もなしにどこでどんな無礼なことをやらかしてるか、わかったもんじゃない。だから、できるだけ人前では丁寧にふるまうように心がけている…つもり。(夫には、まったくそうは見えないらしいが)対人関係でコケた自覚がある時はおわび状を書き、誰かに何かをいただいた時はできる限り忘れずに、すぐお礼状を書く。いわば、社会生活上のサバイバルスキルみたいなものだ。
お礼のように、急いでる時でもケチるべきでない言葉って、ある。
でも、最近多いんだよね~、言葉を妙にケチって突然音信不通になっちゃう「それっきりさん」たちが。
・ メールで打ち合わせしてる時、「じゃ、こんな感じでお願いします」って送ったら、それっきり。
→かなりいるタイプ。こっちは、「送ったメール、中身ちゃんと読んで了解したのか?」「感じとか雰囲気を伝えただけなのに、細かい部分を詰めたりしなくていいのか?」と、悩む。
・ 何かを質問してきて、返事を送ったら、それっきり。
→ものすごく多いタイプ。こっちだって時間をさいて、考えて、それなりに気をつかって返事を書いてるんだってこと、気づいてないのか? せめて相手が返事を一応は読んだってことは、こっちも確認したい。それに、質問への答えが気に入らなかったんだとしても、返事するために時間をさいてもらったことに対しては、一言ぐらい礼を言ってもバチは当たらんと思う。
・ メールで何かの交渉してる時、「条件は?」「内容は?」なんて質問してきて、「これこれです」って返事を書いたら、それっきり。
→これまた、わりといるタイプ。「もう交渉は止めたのか?」「理由は、条件があわないから?」「それとも、内容が気に入らないから?」「それとも、単に上の人の許可がないと決断できないから、時間が必要なだけ?」こっちには謎だけが残る。
はっきりいってこういう場合、一行でもいいから何か言葉を返してくれないと、どう考えたらいいのかわからない。もうお手上げだ。でも、夫によると、こういう「それっきりさん」は会社でも増えてるらしい。「了解です」「確認しました」「預かって検討します」といった一言ですむ連絡をよこさない人も珍しくないらしい。
ケータイやメールは何のためにあるんだろう?
必要な言葉をケチってみても、いい印象を与えないぐらいが関の山。何の節約にもならないんだから!
