いや、もちろん、活字は読めます。本や新聞なら、まったく問題ない。
それどころか、活字だったら、たとえ読めない文字(キリル文字とかギリシャ文字とか、デーヴァナガーリー
文字とか)でさえ、ついつい、じーっと見つめて、目で追ってしまう。
幼児期すでに、父親が勉強していた英語の本を、いつまでもじーっと眺めていたぐらいだし……。
そんな風なので、ごく最近まで気づいていなかったのだけれど、どうも私、手書き文字があまり読めないらしい。
活字のようにはっきり楷書で書いてあれば、大丈夫。ところが行書や草書になると、もう、どうしようもない。
知り合いに書道の先生がいて、いつも達筆でお葉書などいただくのだけれど、長~い時間にらめっこしないと
何が書いてあるか、さっぱりわからない。(それに、たとえ時間をかけても、全部は判読できていない)
もっとひどいのは、走り書きの文字。人によってまったく崩し方が違うから厄介だ。
走り書きしたものは、自分の字ですら判読できないので、できる限りいつも、丁寧に楷書で書いている。
当然、他人の話を聞きながらささっとメモをとったりするような、スピード感の必要なことは、まったくできない。
本を作るときには、編集者の方からよく、原稿(ワープロソフトで書いたもののプリントアウト)の上にいろいろ
メモを書いたものが送られてくるけれど、他人の走り書きとなると、まったくお手上げで、なんにも読めない。
相手は、「わざわざ書いて送ったのに……」と思っているから、話はややこしくなる一方だ。
編集者さんとの食い違いがあまりにひどかったので、やっと自分が手書き文字を読めていないことに気づいた。
そして、他の人には、たとえ走り書きでも、もっと読めているということも。
本の校正をする時は、赤ペンで原稿を手書き修正するのだけれど、「ものすごく丁寧に書いていますね!」と、
編集者さんに驚かれたのだ。
普通は、ささっと走り書き程度で直すものらしい。
私は他人の走り書きが読めないので、当然、自分の走り書きも他人には読めないものと思っていたから、
きっちり楷書で書いていた。(当然、遅くて時間ばかりかかるので、迷惑だ)
しかし、たいていの人は手書き文字がちゃんと読めるし、特に編集者というのは、いろいろな人の手書き文字を
見慣れているから、かなりささっと書いても、問題なく読めるらしい。
極端に読めないのが自分だけだなんて、知らなかった……このトシになるまで、全然知らなかった……。