ALECA 小濱白光の素敵な陽だまり -12ページ目

ALECA 小濱白光の素敵な陽だまり

依美澄卑親呼は宝物の名。小濱白光は進化した名。しかし、どちらにも許しと道があった。

それぞれの道と意味を、私はいま味わっています。

皆様、お元気ですか。 昨夜の美しい満月を、見ましたか?


あの、美しい、澄んだ空気に浮かぶ満月ほど、この国が清清しければいいのですが。




私は今日、ずっとニュースを見ていました。見ずにはいられなかった。混迷する定額給付金問題。


みんなのしてもらいたい施策は、他にいっぱいあった。 

少子化問題や、介護問題など、めぼしいものを全部足しても、1兆6000億円程だと言っていた。


そちらに切り替え、全部やってくれた方が、ずっと選挙対策になるのにと思いました。


それなのに、麻生さんは、G20で、再び10兆円を、“丸投げ”するつもりのようだ。

たぶん10兆円では足りないし、きっと日本は、再び、評価を受けないのではないかと思う。


国際的金融危機を招いたアメリカの、不誠実な言い分を応援をするくらいなら、

何も言わない方が、麻生さんの価値が上がるのではないかと思もうのは

私だけではないと、思うのですが。


国民をこれだけ疲弊(ひへい)させておいて、国民のために10兆円使えばいいでしょ。

きっと、今ある問題は、すべて解決するでしょうに。

財布は一つのはずでしょ。 みんなの国民の税金から10兆円出すのでしょ。

麻生さんのポケットマネーから出すなら、文句はありませんが...。



国民の声は、麻生さんには、聞こえないのでしょうか。

久々に、知事さんや、市町村長さんたちが、まともだと思えた今日この頃です。

なんと皮肉なことでしょう。


私ごとき者でも、政治に関心を持たざるを得ないほど、

この国の政治は、危ういというのでしょうか。 残念です。


私は日本国民に希望を持っている者です。

麻生さんは、記者に対しても、「あなたたちに解るあたまがあるとは思えない」

(だから説明等などしない(?))と、言ったようだが、

バカにするような態度は、やめたほうが良いと思う。

私でなくとも、「えっ?」と思ってしまう。


背筋の凍ることをしておいて、いくら(外国に)大口を開けて笑顔を振りまいても、

もはや国民は、喜んで着いていく事は、出来ないと思う。


日本国民のために、即刻の退陣を、要求したい。


ちょっと、言いすぎでしょうか。

ご気分を悪くされたら、ごめんなさいね。



                        H20.11.14 (金)  pm7:37 記    小濱白光

おはようございます。皆様はお変わりありませんか。


久しぶりの快晴、うれしいです。 我が家の2階から、富士山が見えます。

白い雪が見えます。 



今日は昨今にぎわしている定額給付金を、書いてみたいと思いました。


「定 額 給 付 金」 と書いて、51画。 (藤川先生、本p74 抜粋)

 8 18  12 5  8


  混迷運 (半凶) 一成一敗の意。 機会は二度無く、前途多難。 混迷す。

             希望の中に逆境が存在し、吉凶交わって徐々に衰退する混迷運。

             成功運が微弱で、一生に一度名実ともに繁栄するも、

             チャンスは二度無く、夢を追い求めて地に足がつかず

             生涯これを繰り返して、結局は無に帰し、晩年不遇....と。



(まるで、麻生さんの運命のよう?)   


「名称はこの五文字になりました」と、どなたか大臣がおしゃった時から、

この問題は、こうなる事がわかっていたように、推移してきましたね。


もう、やめるほうが、麻生さんのためになると、思うのですが、

意地を張って、傷を大きくすることになるのでしょうか。


また、国会議員のみなさんも、殿の御乱行を、止める役も放棄するようでは

世界から日本が信用されないのを、助長しているようなものだ。


悪法も法だ、などと、腐るほど古い思想を、持ち出してきてはいけない。

もっと、国民のための法を、きっちりとやるべきだ。


アメリカ大統領選とあまりにも違う愚かしさに、背筋も凍り、涙もでない。

(もっとも、アメリカのやり方がいいと思っているわけではありませんが)


この国を憂える一人の日本人として、とにかく、漢字も読めない者を、トップに据(す)えるのでは

いけないと思う。

(お側御用人も、彼のことが分かっているなら、ルビぐらいふっておけばよかったのに)

(お側御用人の、反逆でしょうか?)


彼は、笑っていればなんでも済(す)んでいく殿様ではない。

一国を背負って立っているのです。

見せ掛けだけの政治は飽きた。 しっかりできないなら、その場を去ってほしい。

まんがの話題だけでこの国が運営できるほど、この国はユルキャラじゃないぞ。

善良な日本国民の邪魔をしないでもらいたい。


みんな、がんばろう。

皆さんの努力が、無に帰さないように、国を運営してもらおう。

これから正念場(しょうねんば)の時がやって来る。

国をつぶさないように、がんばろう。

みんな、みんな、がんばろう。  これが私の願いです。




                 H20.11.13 (木) pm12:26 記    真福の  小濱白光

 


 

追伸  Uさんへ。 あなたには可能性がある。 


     そのことは、あなたもうすうす知っているでしょう。 

     私も知っている。 あなたのこれからが、楽しみです。  


     でも、人間は、強いところと、弱いところから出来ている。

     それを忘れないで、自分を大切に扱うのです。 分りますね。

      

お久しぶりです。皆様はお元気でしたか。


ブログを書かない間に、いろんな事がおこりましたね。


昨夜の、筑紫哲也さん追悼特番をテレビでみました。もらい泣きをしてしまいました。


皆さんは、あのような立派な人にも、病気を与える神は、いけないと、お思いでしょうか。


それで、神も仏もない、と、お思いでしょうか。 



私は神も仏もあると思っている者です。


数字をも司る神が、彼に晩年の病気を与えた。

彼の名が決まった時から、彼の人生は、それを約束された。

息子さんは、30歳過ぎから45歳くらいの間に、親を亡くす、(手術を見る)星を

名前の中に持っている。


これらを、誰が止められるのでしょうか。


名は体を表す、は、本当の事です。



私は、姓名判断でも、西洋占星術でも、家相でも、どんな運命学でも、

それらに精通した人はみな、一様に立派に言い当てると、思っている者です。


なぜでしょうか。 わかりません。 ただそうなる。 どうしてでしょうか。 わかりません。


でも、答えを導き出す方法は、分っている。


それを信じない人が多すぎる。

昨夜のコメンテーターのように。 (もちろん、精通した人に限られることですが)


彼が必ず治ると信じて、と。 またテレビに出てこれると信じて、と。

その甘い判断に、

私の神経は、ぞっとしていた。


だから、この日本を代表するようなコメンテーターの、賢さと、優秀な学歴、

立派な仕事をしてきたという自負と、自分に自信を持っている人々の

人間的な人柄の良さとは別に

運命は存在しているのだという事を、もっと謙虚に、立派に、考察したい。



そして、皆さんに期待する事は、どんな事にも理由があって、

どんな事もうらみに思ってはならない、と、言う事です。


今生きている人は、すでに運がいいのです。 そのことに感謝しなければ

なにに感謝するというのでしょうか。


今食事ができる事を感謝しなければ、なにに感謝するのでしょうか。


今歩けることに感謝しなければ、なにをもって幸福というのでしょうか。


幸福は、遠くにあるのではない。

日々の小さな中に存在するのです。


それら小さなものの中に価値を見出せない者が、大きなものを発見するなどということは

永遠にないのです。


あなたの謙虚さが、偉大な者とつながっているように

あなたの愛が、永遠の御者とつながっているように

私たちのそばには、すでに幸福が、ちりばめられているのです。

それを見つけるのです。


アメリカ的一人勝ち、金融商品のウソ、銀行最優先の、国民置いてきぼりの施策など、

信用があったように見えたものが

来年から音を立てて崩れるかも知れない。


筑紫哲也さんが危惧していた事が、起ころうとしている。

でも、彼は警告者、その時代を見ることは叶わなかった。


でも、私たちは生きている。 私たちにできる事が、あるはずです。

良い日本をつくること。 良い日本人を育てる事。

りっぱな精神と、良い商品を作り出せる国民性の維持など。


金まみれの、汚い潮流に巻き込まれる事なく、

あなたらしく生きる事は、可能なのです。


あなたが良い人であることが、世界の平和に寄与するのだと、思っています。

強い心を育てて欲しいと、思っています。



「筑紫哲也のニュース23」 いつも楽しみに見ていました。

あなたと同じ人はもういませんが、

あなたが育てた愛は、きっと芽を吹いて、日本を、世界を、

支えるだろうと、思っています。  安らかにお眠りください。




      H20.11・12 (水)  am10:27 記      小濱白光




追伸  Uさん、コメントをありがとうございます。

     親別れの名を、持っています。

    

     算数、数学の式が美しいように、人間の人生も美しくあれば、いいのにね。



皆様、お元気ですか。


チャクラは 7 段、 もしくは 8 段 ありますが、8 段に上れる人は多くない。


でも、現実に「8段」の人は多くいます。 その人々は、目立たない事が多いのです。

なぜなら、そこまで行くには、必ず、「志、下を捨つるなり」と、要求される時が来るからです。


下品な事をしてはいけないのです。

それはマナーのことを言っているのではありません。


金銭にアゴを垂れることを(下)意味しているのです。

「金夫(きんぷ)を見れば頤(おとがい。アゴ。口を開ける事)を垂(た)れる。そのような者と

 一緒に行動する事はない」、と、強く戒められるからです。


聖書にもあります。

「金持ちが天国に行くのは、らくだが針の穴を通るよりも難しい」と。


つまり、天国には行けない、という事です。 永遠の愛とも無縁だということです。


聖書は、8000年前からでさえ、外伝があるくらい古くからの戒めの書です。


その時からでさえ人々は、いろいろな事を考えてきましたが、

いつもいつも、金銭(財物、物品)に目くらましにあってきたのが人類の歴史です。


ですから堕天する天使達はいつも、性欲か、金銭への執着によって身を滅ぼしてきたのです。



けれども、不思議な事に、ちゃんと働いていると、生きていける分ぐらいは

お金は着いてくるものなのです。


きっと、天がその偉人を守るために、余分の金銭(欲望)を持たせてくれないかのように、

ちゃんと生きていけるものなのです。

(仏陀が無意味な断食のすえに、スジャータに助けられたように)



でも世の中は、金銭的発展を成功といい、成金(なりきん)をセレブと呼ぶ。 (ほんとは違うのだが)

大きなトラップ(わな)です。誘惑です。


成功と書いて、12画。 犯罪の加害者、被害者という、最大凶数がつくのはなぜでしょうね。

セイコウと書いて、9画。 壬寅(みずのえとら)で財をよびますが、

この9と12の関係は、男は再婚を呼び、色情の災いを呼び、他人に厳しい口を呼ぶのは

どうしたことでしょうね。

私には、成功者が常に立つスタンスのように見えるのですが。 (恐ろしいワナです)

(どこかで誰かが、ニヒルにあざ笑っているのでしょうか。まるで悪魔のように)

(ワナにかかる獲物を、見ているのでしょうか)


罠(わな)と書いて、11画。 ラッキーな大吉数なり。 これ(ラッキー)もトラップ?



私が皆さんになっていただきたいのは、本物の成功者です。

わなにかからない強い者に。


本物が通る道なら、門の方から、自然に開くものであることを、私は知っている。


無理してこじ開けるのは、たいがいニセモノだ。

本物が通る道なら、どんなに辛く見えても、誰も止めないものであることを、私は知っている。


(「本物の成功者」と書いて、35画。 「天水光神の庭」と同画。)


チャクラには色が配されていますが、すべての色の光りを合わせると白になるように

(絵の具は黒に)  (白は8段) (35=3+5=光り(8画))

白は使命のチャクラなのです。 結婚式に純白のドレスを着るように。


1段 赤   2段 橙   3段 黄   4段 緑   5段 青   6段 群青   7段 紫


チャクラはこのように虹の色をしていますが、

私は昔、虹の色が好きで、「虹色の衣を着たい」といったら、私の神は言った。「虹は低い」、と。 


なぜ低いのか、それを理解するのに何年もかかった。

チャクラの色は美しく、虹のように美しく、憧(あこが)れを持って見上げるそれは美しかったから。


それよりもずっと以前に、私の神は私に言った。

「山がいかに高かろうと、天より低い」、と。 



ですから、私たちが考えている高さと、高貴さと、

天がその人にご予定されている段とでは、いつも少し違うように見えるのかもしれない。

もっとずっと普遍的で、高く、

「偉大な使命があるのだぞ」と、言いたかったのかも知れない。


 赤・橙・黄・緑・青・群青・紫 と書いて、

(7・ 16・12・14・8・ 21・ 11=89-81=8 (光りと同画))。


8段の白(5)を足して、13となるように、光り+正=叡智だった。

叡智とは、あなたの使命を行う事、もしくは、見つけることだったのです。


しかも、あなたが最終段階の座面に座るまで、気は抜けないのです。

なぜなら、どこが最終地点か、分る人は少ないからです。

ですから、私達は、いつまでも、謙虚さを忘れる事はできないのです。


最終地点に近づいた者のみが、あれがそうだと、はっきりと理解するからです。

そこが見えない間は、まだまだだという事です。


しかも、そこに座れば使命が待っているだけですから、

私達は終生、謙虚という家来(けらい、賢臣)を、忘れる事はできないのです。


最終だと言いながら、おごり高ぶる者こそ、大詐欺師なのです。


最終段階に着座し、おごり高ぶる者など、どこにも存在しないからです。

仏像が、キリスト像が、マリア像が、

黙って、いつまでも優しく人々を見下ろしているようにです。


あの姿こそ、あなたの姿でなくてはいけないのです。


なれないと思うなかれ。


あなたは、いますぐにだって、そうなれるのです。


自分を信じることです。




                H20.11.6 (木)  pm 3:07 記      真福の  小濱白光




追伸    昨日映画に行ってきましたよ。


       まだ映画は上演中なので、内容はお伝えできません。

       残念ですが、 仕方がないですね

       私ももっと勉強しておけばよかったと思いました。

       「湯川先生」になりたい私です。

       息子と娘にそういいましたら、「お母さんはもうしてるじゃない」と。

       「何かあると、いつもペンを持ち、紙を取り出し、ささっと書いて、計算してるじゃない」

       「もうしてるよ」と。

       ちょっとこそばゆい私です。



       Uさん、平和さん、コメントをありがとう。これからもどうぞよろしく。


 



お久しぶりです。皆様はお元気でしたか。私は、どうにも書けなくて、ごめんなさい。



家族ではいつも話し合っていました。

金持ち衰運は、まだ3ヶ月も残っている。誰が出てくるのかと。

かの吉兆でさえ、去年の年末でした。 だから、まだいるぞと。いったい誰がと。


小室哲哉さん。この方には、大金持ちになる運の、壬寅(みずのえとら)の並列と、

金銭トラブルとを引き起こす、麻原彰晃と同じラインが付いていた。

家庭的な不運と、ウラギリの星が、付いていた。


私が語らないでも、この人の人生が答えを出した。


この人を信じた人は多かった。でも、それは、拝金主義だった。ホリエモンを信じたように。

オールマイティーなエネルギーは、誰もが持ち合わせていませんが、

この人は、経理を見なかったという。


昔の立志伝中の財閥が、経理をしっかりと見たように、

この人も経理をしっかりと見ればよかった。稼ぎさえすれば、すべて人任せで、

あぶく銭はなくならないと思った甘さが、この人へのトラップ(わな)だった。

夢を見て、身ぐるみはがれた人だった。


それにしても、この人に稼がせていただいた人も多かったのに、みな手のひらを返した。

みんなあぶくを見ていたのだ。


人の目、あこがれが、いかに中身のないあぶくを、追い求めているものかを、

背筋が凍る思いで、見させてもらった今日この頃でした。




それでも数字にウソはなかった。

マスコミや人気が、いかに作られたものかを、ぞっとする思いで感じたとしても、

人はだまされる事が好きなのかも知れない。

宣伝すれば何でも売れる。


実質、世界に冠たる工業製品を作っても、名も無き工員は、ほまれも得ないのに。

日本はバカな国に成り果てたか。正当な給料を支払え。


日本語を読めもせず、意味も分からない者が、巷(ちまた)にあふれ、

英語にもならないいい加減な和製英語を、振りまいて、マナーも最低。

考える事は、化粧と、金儲けと、たかりと、麻薬。 笑っちゃう。 この国をつぶす気か。


政治家も、いい加減賢(かしこ)い人をえらばないと、

アメリカは日本に借りたお金(債権)を、(600兆)チャラにする事を考えているぞ。

(もしこれがウソなら、その収支を、国民に明らかにしなさい)

負けるな。 国民の金である。 取り返してもらいたい。

アメリカはきっと、原爆を落とした時のように日本のせいにして、借りた金を返さない気でいるぞ。

負けるな。

アメリカ大統領の選挙戦を占っている時ではないのに、日本人って本当におばか(?)

維持も張りもあったものではない。日本パッシングだって?。 笑っちゃう。

アメリカは金を借りた相手を、パッシングできるほど、血も涙もない国に成り下がったか。



小室さんのように、身ぐるみはがされた時、日本の政治家は、なんて言うだろうか。

「国民が(消費税を上げさせず)協力的ではなかった」と?。


いえ、国民自身を守らなかった、政治家の無知である。

国をアメリカに売った、政治家の無知、無責任である。 国民を守りなさい。


西洋的一人勝ちの時代は終わる。 無知無能が傷を深くする。 国民を守りなさい。

内憂外患は、政治家が招いたものである。



金持ち衰運は、まだまだ続く。 来年は信用がこけるだろう。再来年も、その傾向は同じ。

日本をつぶしてはならない。 みすみす疲弊(ひへい)させてはならない。


日本人が、目を見開いて、国の行く末を見守る時だ。 負けてはならじ。

世界に冠たる日本であろう。 そして、平等と平和を、実現しよう。

そうでなくても、日本人は、その誠実さと器用さで、国を支えてきたではないか。

木を、世界にいっぱい植えてきたではないか。

水を、飲めるようにしてきたではないか。

地雷を撤去、してきたではないか。 学校を、作ってきたではないか。

無学文盲を、なくしてきたではないか。 自尊心を持とう。


マスコミの愚かが、国を駄目にする。 もともとマスコミは、14の口、ウソツキを、並列している。

自分達の愚かを、国民に食べさせないで。



「三人成虎」(さんにん、とらをなす) 大事典p22にあり。

   

    三人までもが、市街に虎ありという意。

    実の無きことも、言者衆(おお)ければ、聞く者これを信じて

    実となすに喩(たと)う。

       

    街中で、三人の人が「虎がいるぞ」といえば、(それらを言う人が多ければ)

    虎がいなくても、聞く人はこれを信じて、「虎がいるんだ」が真実のようになる事のたとえ。



何百年も(いや、1000年、2000年も)前の人が分っていた(危惧していた)事が、

今の人には分らないなんて、残念だ。


「しっかりしなきゃと思ったら...」の、コマーシャルがあるように、

80パーセントの人は、なんとなくでも、しっかりしているものです。


10パーセントはすごく賢く、10パーセントの人は、どうにもならない人々、だとしても、

悪を増やさない努力は、80パーセントの人々の仕事でしょう(?)。

国の安泰は、そんな人々にかかっているのでしょう(?)。 (いえ、100パーセントの人に?)


全員が無知文盲になることはないでしょうが、それでも、引きずられやすい時代でしょう(?)。

叡智が、求められているのです。



             H20.11.5 (水) am11:34 記    真福の  小濱白光



追伸     これが終わったら、「探偵ガリレオ」の映画でも、見に行こうかな。

        あそこには、愛があるでしょうか。




おはようございます。皆様はおげんきですか。


昨夜、クイズ・ヘキサゴンで、キリストの事などをなんというか、という問題で、

「救世主」という答えがありました。


救世主という言い方は、キリストだけに使うようですが、ここには大きな意味が隠されています。

マリアが産み、パウロが広めた、その愛、考え方が、2000年を持ちこたえたのです。


ローマ・カトリックのヒエラルキー(位階制度)を、いけないという人もいますが、

そこにも大きな意味が隠されているのです。


宗教のしゅの字も知らない皆様にとっては、いろんな事を思うでしょうが、

何も言わない方がよいのです。 秘密を知らないからです。

もし、知ったら、滂沱(ぼうだ)の涙を流して感謝するときが来るからです。


何にしても今の世は、何も知らない者が文句を言い過ぎる傾向があります。

無知のゆえにしても、横暴(おうぼう)でしょう。

(横暴の意味すら知らないかもしれない)


漢字も読めず、言葉の意味も分からない者に、甘く、やさしい時代です。(それも悪くないが)


その間に優秀なものがどんどんと流出して、国が空っぽにならないように、

何か大切なものを、維持したいと思うのは、私だけではないでしょうと思うのですが。



「救 世 主」と書いて、「太 陽」と、同じ21画。  「大 自 然」とも同数です。

 11 5  5        4  17             3  6 12

          

(藤川先生の本p63 より抜粋)

     21(頭領運、大吉) 独立独歩、偉大なる頭領運を有し、尊敬富栄。女性も社会では吉。

               雲晴れて、一歩一歩着実に地位と名誉を手に入れる成功数。...。

               信念を貫いて徐々に人の上に立つようになり、衆を率いて大成します。



 (21を、女性にとって後家相、といって嫌う人がいますが、短絡的ですよ。

  幸せに生きている人も多いものです。ちょっと本性が、たくましいだけです)


キリストは、大自然が生んだ傑作ですが、

マリアだって、パウロだって、仏陀だって、空海だって、

そのほかの偉大な人々はみな、傑作なのだと思います。


私はそういう人を見つけたい、作りたい、一緒に歩いていきたい。 私の大望(たいもう)です。

何を大きな事をと、お思いの方も、いらっしゃると思いますが、

私は本気です。


皆さんのまだ見ぬ才能を、見つけてみたいのです。

あなたがどこまで大きくなれるか、見てみたいのです。


もちろん、私の神は、わたしに、誰でも育てよといった事は一度もない。

私が、「すべての人を、より多くの人を助けたい」などというと、必ず、

「ノー(no)」と言います。 「人を見よ」と、言います。

「誰にでも手を出してはいけない。自尊心を傷つけることがあるからです」と、言います。

そして、その人を尊重することを、善しとします。


また、「正しい道」というのは、あなたが踏まなければいけない地雷(じらい)を、

すべて踏んでつぶして行くことでもあると。


逃げたら安楽のような気がするでしょうが、そんな事はない。

いずれそのツケを、支払う時が来るだけだ。


小さなツケなら「あいさつをしなかった」「人にいやみを言った」「親にあいさつしなかった」

エトセトラ、エトセトラ、...。 そういう小さな苦しみから人は出来上がっている。

小さいものならまだ良い。 

大罪は償(つぐな)えない。 命で返すのだ。

小さな地雷(苦労)をおろそかにすると、大きな地雷を踏む事になるのだ。


これらとは違う、現実の地雷は、人間がした残酷な行為である。

撤去するのは人類のつとめ。


戦争による大きな金の動きのために、人類は金を求めて愚かな事をしてきた。

今のようになるのは分っていた。

世界で飢えている人がいるのに、大量の食べ物を捨ててきた。

(有名な吉兆も、高い金を払わせておきながら、ウソにまみれていた)

それらのツケを払うのは、当然のことだ。

身から出たサビなら、ツケは払った方が後々のためにはずっとためになる。


長い目で見たときの一瞬の苦しみは、耐えたもの勝ちである。

忍耐と言うことばがなくならないのは、それが必要だからだ。

大きな幸せの前の、小さな苦しみは、大切にしよう。


どこの宗教に入るのかだって、大きなトラップ(わな、試(ため)し)である。

あなたの道が違っているなら、その仲間から離れる事だって、

恵みなのである。

あなたではない道に進むよりは、去った方が良い事だって多いのものだ。


そんな時もあなたは、どんな小さな悪事やサギ、使い込みも、してはならない。

それは悪だから。

悪から咲く花はない。 アダ花だ。

10年もたたずに枯れるだろう。


枯れない花を咲かせるには、愛情が必要なのである。

愛情は、ただ甘やかすだけでは足りないが、甘みも必要なのである。

厳しすぎるところには、美しい花は咲かない。

暖かな陽光と、栄養が、必要なのである。 休息が(冬が)、必要なのである。




                  H20.10.30 (木) pm1:26 記    真福の  小濱白光


おはようございます。 今朝は、秋特有の、高度の高い美しい雲を見ました。

季節は着々と進んでいます。

私たちも、着々と進めればいいのですが、時の運がある。そうも行きませんのが人生ですよね。



私たちの進む道にはいろんな山がひかえています。

一つ越えてもまた一つ、次々に山はやってきます。


その時、山を征服する事を、山を越えるといいます。


一つの峰を征服し、第二の峰に挑戦する時が来たのです。

恐れずひるまず行く事を、求められるのです。


やわな人間でさえ、たった一つの峰で終わる人はいない。

ですから、やわな人間でないあなたは、ひるんではいけないのです。

どんなに泣いて恐れても、時間がかかっても、行けばいいのです。

そして、その山の鍵を手にいれるのです。



鍵を手に入れても、次の山に苦慮した時、人は自分を、「才能がない」というのです。

たった一つの山を越えただけで才能が開花されるなら、

こんな楽な世の中はないのです。


次の山の鍵も手に入れるのです。悟りの山は、最低でも、5本の鍵がいる。


5本の鍵が手に入って、やっと、中庭の光りの中に立てるのです。(曼荼羅です)


でも、使命は、本当はその後から分るので、6本目、7本目、8本目の鍵が

いる事だってあるのです。人の才能とは、それほど多彩なのです。



2本の人も、3本の人も、います。(今テレビをにぎわしている有名人のように)

でも、もしあなたが、6本、7本必要な人なら

そんな有名人の言葉では足りないのです。 そこから離れる事を、恐れてはなりません。


あなたという命が求める本数まで、必要であるなら、

山は次々と来るからです。

行くのです。行き続けるのです。それがあなたの道です。


たとえ8本の鍵を持とうと、それで終わりではない。

それで偉ぶる人には、もちろん到達できる世界ではないので、心配はいりません。

行ける人のみ行けるからです。

決心も覚悟もない者を、棚から牡丹餅のように、引きずって行く神はいないのです。

すべて自己責任のゆえに、決心をした者のみ、到達できる高みです。



「全 部 の 山 の 鍵 が 開 く 鍵 と は 何 か」と書いて、94画。 ( 94-81=13 )

 6 15  1 3  1  17 5  12 1 17 2 4  7  3


13画とは、叡智の13(大吉)なり。 愛と書いて、13画。 おもしろいですね。

(ちなみに、ALECAと書いて、13画ですよ)


では、お金の山の開く鍵は何か。


「金 山 の 鍵 が 開 く 鍵 と は 何 か」と書いて、80画。 

 8  3  1 17 5  12 1 17 2  4 7  3


 80画とは、最高吉(81)に1足りない未達の80なり。(藤川雅浩先生 姓名判断 p84より)

 徒労運 (凶) 労多くして功なく、終生困難の意。

           障害や病災を生じる孤独な凶数なり。と。


8とは、天の意思で行けば“光り”でもあるが、8と0は金と水。重くて海底に沈む(?)。

(まあ、時には、それらを引き上げる人たちも、いますがね)


(「お金の山の鍵が・・・・・」と書いても、4画。 本p56より、破壊運(凶)破壊滅亡、災難の兆し)


(「金の鍵が開く・・・・・」と書いても、77画。 本p83より、分配運(半凶)運が中途で一変し、

 前半と後半に吉凶必ず分離する不思議な運数。 (○○エモンさんみたい)

 若い内に恵まれれば中年以後は災難続きで不遇となり、逆に前半著しく不幸だった者は、

 それだけ晩年に幸福を得ることができます)と。


(「金の鍵が開く鍵」と書いても61画。 本p77より、勢強運(半吉)名利ともに得る富栄の象(しょう)

 ながら、高慢で衝突、不和を生じ、内情は険悪。謙虚さを欠くエゴイスト、肉親の争いを招く)と。




13は火。叡智の偉大な火なり。 8とは金。 火と金は、常に対立する宿命を持つ。

むかし、聖書は言った。二つの神に仕(つか)えることはできない、と。

(それをしようと見せかけたのが、世に名高い○○○真理教なり。金銭トラブルなり)



山々の鍵を、一度に全部開く事が出来る鍵は、愛のみ。 愛を知っている人は幸い。


悟り、大悟りの最終地点は、ゆるぎない愛です。


決心の帯をしめ、ゆるぎない堅固な愛の巌(いわお)の上に立つ事を、求められる。

その時出てくるものは、愛以外のなにものでもない。

そこには、清らかさと、愛以外に、存在するものはないからです。


人々は(おさなごは)その人が分るものです。人間も、捨てたものじゃないです。


もちろん、マスコミによって、虚像を実像だと思わせられる事も、よくあります。

ですから、あなたのためにも注意深くあるべきですね。





どんなに泣いても、苦しんでも、見つけた者勝ちなのが、愛の鍵なのです。


「愛 の 鍵」と書いて、31画。 本p66より、

 13 1 17                           


健全運(大吉) 健全にして天徳有し、温厚なり。 希望も達成し、富貴幸福、一生安泰。

          才能が豊富で、智、仁、勇の三徳をそなえた幸運数。

          気立てもよく、才もあり、信念を貫く勇気も持ち合わせていますから、

          いずれの社会においても常に人望を集めてトップに立ち、

          富貴、幸福を得て大成することになります。

          女性は才色兼備で人情に厚く、誠実な人柄は誰からも好感を持たれ、

          家庭的にも社会的にも恵まれた健全で幸せな人生を送ります。と。



数字とはなんとおもしろく、真実を隠す事がないことよ。 がんばりましょうね。




                   H20.10.29 (水) pm12:39 記     真福の  小濱白光




追伸  31のような恵みの大木(ご神木)を得たとしても、それを切り倒すオノ(斧)を同時に持てば、

     人は死ぬ事もできる。 31画といえどもトラップ(わな)もある。

     人はどこまでも謙虚に学ばなければならない。

松伏は快晴です。秋の青い空です。いちょうもそろそろ色づいて、楽しみな季節となりました。

皆様はお元気ですか。


80% 20% というと、“80歳まで自分の歯を20本残しましょう運動”のようですが、

少し違います。


人の運命は100%良い事はありませんから、80%良い人は100%良いと思っていいのです。

ほとんど100%と思えるほどに、幸福感を感じられるからです。


しかし、80%良い人も20%は我慢しなければならず、悪い20%を恨めしく思い続けるのは

いけないと言う事ですよね。


逆に、20%しか良い所がない人は、ほとんど死ぬほどの苦しみなのですから。


では、20%しか良い所がない人はどうするかというと

運命とあきらめるには、もったいないでしょ。

0%では無いのですから。


手持ちの20%の活かし方を、私は探りたいのです。


あなたの中の、まだ燃え残っている炎を掻き起こして、正しい道に進めば、

大阿ジャ梨様にだって成れるかもしれないのです。

時を待つ勇気と、努力し続ける勇気が、いるのです。


あなたは、誰からも評価されないと思っていますか?

神が見ている。自分が見ている。

あなたが、評価して上げればいいのだと思います。


どんな時も悪をしない事です。遊ぶ金の大借金など、しないことです。


今の世は、ふるいのような時代です。ふるいにかけられているのです。


“万事塞翁が馬”(ばんじさいおうがうま)のように、しぶとくたくましく、生きる時、

ふるい落とす神はいない、と、私は信じています。


“一寸(いっすん)の虫にも五分(ごぶ)の魂”というじゃないですか。

50%です。50%もあれば、相当尊重していいし、大切に扱われるべきだと、私は思います。



昨日テレビで、自殺の名所といわれる 東尋坊(とうじんぼう) を見ました。

茂(シゲ)さんという方が、自殺志願者に声をかけ、多くの人を思いとどまらせていました。

ありがたいことです。

国から一銭の援助もないと。(マイナスが300万円を超えたとか)

それでも茂さんは、努力をし続けられるでしょう。 一国民として心から感謝をいたします。


(この国は、いったいどこへ行こうというのでしょうかね)(年金・事故米・金融・就職・自殺等々)


それでも、奮起(ふんき)するのは私たち一人一人だと、思っています。

(国と国民は同罪でしょう(?) 外国の人から見たら、分離はできないだろうと思いますもの)


ですから私たち一人一人が立派な国民であり続ける道を探り、維持し、研究するべきだと

思っています。


あまりに不幸なら、そこに答えが潜(ひそ)んでいるものです。

自分探しをしましょう。そして、苦労を克服してみましょう。

あなたの光りを、見つけましょう。



                      H20.10.28 (火) pm1:02 記    真福の 小濱白光


人は、どんなに信じた事をやり抜いてもいい。


だが、間違っているときもある。


それは誰に対して真実であり、誰に対して間違っているかというと、


(あなた方には分らないかもしれないが)


あなた方は生まれた宿命によって、環境が与えられ、名を与えられているから


ほとんど自分を生きているのです。


しかし、そこにもう一つの真実があるのを、知らない事もあるのです。


それはあなた方の心の奥底に住む、真実の神のような、美しく、正しい、間違わないものに


巡り会わない事があるからです。


その人に一端巡り会う事ができたら、もう修行は始まっているから


正しく、美しい、ウソの無い世界を生きなければ、


その人がいつでもやって来て、あなたのする事に文句をつけるのです。


「自分」に従いなさいと、いさめるのです。


自分は自分なのに、自分でない正しい人が、私を見ている事を感じるのです。


そして、その人の言う事は人類の幸福、人間の幸福に直結しているので、


決して、決して、人間を不幸にする事を喜ばないのです。


そういう御者に巡り会う日が来る事を、せつに願うわたしです。


   (このことばは、48番目のノートp96 にあり、H19.11.22(木)am10:51に記したものです)



皆さんも、一度くらいは、えっ?と思った事が、ありませんか。


誰が私に話しかけているのだろうかと。


内面の声? それがはっきりと、私に言ったのです。 「お前をくれ」と。


私はすぐに、「はい」という事が出来ませんでした。怖かったからです。


私を差し出す事もできませんでした。怖かったからです。


その恐怖に打ち勝った時、声は言いました。


「愛する人よ、さあ、ともに、新しい船出をしよう」と。


丁度そのとき、サラ・ブライトマンの イッツ・タイム・トウ・セイ・グッバイ が


ラジオから流れ出し、私は泣いた。行かねばならないのだと。



また、ある日、息子を成田まで送った帰り、早朝の事もあって、私は眠くなった。


16号線沿いの、ある店の駐車場が開いていた。開店まで30分あった。


開店まで少し眠らせてもらおうと、私は駐車した。


その日は雨で、やっと晴れた朝日が、木に付いた雫を、きらきらと輝かせていた。


私は目をつぶっていたが、ふっと思って、目を開けた。


きらきらした雫の美しさと、輝く朝日に、私は尋ねた。


「神よ。あなたは私に何を伝えないのか」と。


その時ふっと、FMラジオのスイッチをひねった。


そこから流れ出した音楽が、私を驚かせた。


男の人の歌だったが、そのバックにずっと、もっと低い男の人の声で


アイラブユー アイラブユー アイラブユー と、ずーっと繰り返していたからだ。


私は泣いて、そして祈った。 そうなのか、あなたはそうなのかと。


その日のラジオは、息子が成田をたった日だから、また、時間も、九時半だったから、


FMラジオに問い合わせれば間違いなく音楽の特定は出来るだろうが、


私は今もって確認していない。


なぜなら、もし、音楽の中に声が無かったらと思うと、怖いからだ。


でも、その声は私にははっきりと聞こえ、私を変えてしまったので、十分なのです。


私には、私を超えた何かが、私を導いていると分ったから。



私には皆さんにもきっと、そんな事が起きるだろうと思うから。


注意深くあって欲しいと、思うのです。


そして、もし、殺せと言ったら、それはトラップ(わな)なので、従ってはいけないのです。


殺すのも殺されるも地獄を生きるのです。 そんな事を喜ぶ神はいない。


かえって苦しみ、泣いて、あなたの不幸を哀れむでしょう。


悪魔のささやきに、決して乗ってはいけないのです。



「真実の道」と書いて、41画。 大器晩成型の最大吉。((株)グラフ社 野間覚玄先生p85)


大器は晩成なりという言葉があるように、一朝一夕では、つかめないともいえます。


忍耐と努力の末に、歩ける道なのかも、しれません。


その時あなたは、きっと、輝いているのです。 がんばりましょうね。



                 H20.10.27 (月)  pm3:39 記     真福の  小濱白光



追伸  ☆さん、あなたが平和を願う者さんだということは、分っていました。


     なぜ急に☆にしたのか、考えたのです。打つのに長いからですか。


     でも、平和を願う者は、47画。大吉です。私の好きな数字です。


     星にするくらいなら、もっとよいなにかをと、思っただけです。


     でも、もうなんでもいいのです。気にしないで。


     あなたであることが分ればいいのですから。


     

(昨日の朝は、大変な頭痛で、ブログを書けなくて、ごめんなさい)



チェ・ホンマンさんがブログで「死にたい」と告白したと。


今の韓国は異常? ブログでどんな誹謗中傷をいってもいいと考えるなんて、


残酷で、愚かな事です。


人は皆、他人のために生きているのではない。


ならば、どんな人生も愛されて、尊重されてしかるべきなのに、


人を自殺まで追い込むような社会は、異常です。


いったい、何人殺したら、満足するのでしょうか。 人を殺した罪は重い。



たとえ、パソコン上の、ブログでさえ、その罪は同じだと、私は考えます。



毒虫たちが、毒を吐く場所を得たと思うなら、インターネット社会は、失敗です。


たとえ、どんな罪でも、神が見ている。自分が見ている。


毒虫たちに安楽、安泰な世は来ないし、人を善くすることも出来ないのである。


毒虫たちの言葉にはトゲがあり、胸を傷つけ、痛みを負わせ、人を苦しめる。


しかも、誰をも極楽に連れて行けないのであるから、その毒は地獄と共にある。


しかも、地獄の番人ほどの力も無いのです。アホウの独りよがりなのである。



できるものなら、人々を救ってみよ。 出来はしまい。 それが彼らの威力だ。ちっぽけだ。



善良な、心ある韓国人よ。 人々の力で最善を尽くしましょうよ。


いつまでも「恨」の精神はよくない。


「恨」はうらみ、心が暗くなり、音符の「ハン」は精神不安定、ウソつきの 4画を示すなり。


そこから出た国民性が、人を死に追いやるなら、韓国に真の繁栄は無くなる。


人を生かす国が私は好きです。 韓国は見せかけの国であってはならない。





楽 天+ 楽 山+ 楽 土+ 楽 水+ 楽 正 =94-81=13画。 叡智の13なり。

15 4   15 3    15 3   15 4   15 5              (ALECAと同数なり)



論語にあった。 「知者楽水 仁者楽山」  (PHP現代語抄訳 論語 岬龍一郎編訳p119)


  静かに生きる人


  世には知者と呼ばれる人と、仁者と呼ばれる人がいる。

  知者は物事の道理に通じて、その心は水の流れるように滞(とどこお)ることなく動くから

  その好むところは水にある。

  いっぽう仁者は、道理の上に安住してその心は山のように動かないので、

  その好むところは山にある。

  それゆえに、知者は常に快活であるが、

  仁者は静かに生きるので寿命を長らえる。と。

  いかに知者、仁者といえども、時に応じては「動」にも「静」にもなり、

  この二つを臨機応変(りんきおうへん)に使いこなせてこそ知者、仁者ではなかろうか。

 

と、訳者は言っている。私もそう思います。




楽土とは、たのしきところ。 楽土とは心休まる場を持つこと。


こういう心境を体験できればいいと思う。


それは家庭であっていいし、心が自由でゆったりするための


教育の充実でもあろうと思う。


今の世の中、いかに無知が横行し、教師でさえ犯罪を犯す。


それを罪に定める裁判官でさえ、疲れに疲れ、医師も疲弊している。


いったい、誰が、こんな世を作ったか。


それは全員の罪。


ならば、全員でよくしていこう。


この直近、20年、その中心が日本なら、私たちの責任は重いのである。



私たちには、今、水が向いてきている。情念を清くすることが求められている。


古い政治家はいらない。しかし、清すぎて魚を殺してはいけない。


栄養と、休息、心休まり、一心に努力する事を応援するシステムが、生まれたいのだ。


生まれ出させましょう。

  


                   H20、10、26 (日) pm1:43 記     真福の 小濱白光



追伸  ☆さん、コメントをありがとう。 あなたにはニックネームがいるかな。


     ご希望があったらおっしゃってください。


     私でよければ考えましょうね。