人は、どんなに信じた事をやり抜いてもいい。
だが、間違っているときもある。
それは誰に対して真実であり、誰に対して間違っているかというと、
(あなた方には分らないかもしれないが)
あなた方は生まれた宿命によって、環境が与えられ、名を与えられているから
ほとんど自分を生きているのです。
しかし、そこにもう一つの真実があるのを、知らない事もあるのです。
それはあなた方の心の奥底に住む、真実の神のような、美しく、正しい、間違わないものに
巡り会わない事があるからです。
その人に一端巡り会う事ができたら、もう修行は始まっているから
正しく、美しい、ウソの無い世界を生きなければ、
その人がいつでもやって来て、あなたのする事に文句をつけるのです。
「自分」に従いなさいと、いさめるのです。
自分は自分なのに、自分でない正しい人が、私を見ている事を感じるのです。
そして、その人の言う事は人類の幸福、人間の幸福に直結しているので、
決して、決して、人間を不幸にする事を喜ばないのです。
そういう御者に巡り会う日が来る事を、せつに願うわたしです。
(このことばは、48番目のノートp96 にあり、H19.11.22(木)am10:51に記したものです)
皆さんも、一度くらいは、えっ?と思った事が、ありませんか。
誰が私に話しかけているのだろうかと。
内面の声? それがはっきりと、私に言ったのです。 「お前をくれ」と。
私はすぐに、「はい」という事が出来ませんでした。怖かったからです。
私を差し出す事もできませんでした。怖かったからです。
その恐怖に打ち勝った時、声は言いました。
「愛する人よ、さあ、ともに、新しい船出をしよう」と。
丁度そのとき、サラ・ブライトマンの イッツ・タイム・トウ・セイ・グッバイ が
ラジオから流れ出し、私は泣いた。行かねばならないのだと。
また、ある日、息子を成田まで送った帰り、早朝の事もあって、私は眠くなった。
16号線沿いの、ある店の駐車場が開いていた。開店まで30分あった。
開店まで少し眠らせてもらおうと、私は駐車した。
その日は雨で、やっと晴れた朝日が、木に付いた雫を、きらきらと輝かせていた。
私は目をつぶっていたが、ふっと思って、目を開けた。
きらきらした雫の美しさと、輝く朝日に、私は尋ねた。
「神よ。あなたは私に何を伝えないのか」と。
その時ふっと、FMラジオのスイッチをひねった。
そこから流れ出した音楽が、私を驚かせた。
男の人の歌だったが、そのバックにずっと、もっと低い男の人の声で
アイラブユー アイラブユー アイラブユー と、ずーっと繰り返していたからだ。
私は泣いて、そして祈った。 そうなのか、あなたはそうなのかと。
その日のラジオは、息子が成田をたった日だから、また、時間も、九時半だったから、
FMラジオに問い合わせれば間違いなく音楽の特定は出来るだろうが、
私は今もって確認していない。
なぜなら、もし、音楽の中に声が無かったらと思うと、怖いからだ。
でも、その声は私にははっきりと聞こえ、私を変えてしまったので、十分なのです。
私には、私を超えた何かが、私を導いていると分ったから。
私には皆さんにもきっと、そんな事が起きるだろうと思うから。
注意深くあって欲しいと、思うのです。
そして、もし、殺せと言ったら、それはトラップ(わな)なので、従ってはいけないのです。
殺すのも殺されるも地獄を生きるのです。 そんな事を喜ぶ神はいない。
かえって苦しみ、泣いて、あなたの不幸を哀れむでしょう。
悪魔のささやきに、決して乗ってはいけないのです。
「真実の道」と書いて、41画。 大器晩成型の最大吉。((株)グラフ社 野間覚玄先生p85)
大器は晩成なりという言葉があるように、一朝一夕では、つかめないともいえます。
忍耐と努力の末に、歩ける道なのかも、しれません。
その時あなたは、きっと、輝いているのです。 がんばりましょうね。
H20.10.27 (月) pm3:39 記 真福の 小濱白光
追伸 ☆さん、あなたが平和を願う者さんだということは、分っていました。
なぜ急に☆にしたのか、考えたのです。打つのに長いからですか。
でも、平和を願う者は、47画。大吉です。私の好きな数字です。
星にするくらいなら、もっとよいなにかをと、思っただけです。
でも、もうなんでもいいのです。気にしないで。
あなたであることが分ればいいのですから。