救世主 と書いて 太陽 と同じ。 | ALECA 小濱白光の素敵な陽だまり

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依美澄卑親呼は宝物の名。小濱白光は進化した名。しかし、どちらにも許しと道があった。

それぞれの道と意味を、私はいま味わっています。

おはようございます。皆様はおげんきですか。


昨夜、クイズ・ヘキサゴンで、キリストの事などをなんというか、という問題で、

「救世主」という答えがありました。


救世主という言い方は、キリストだけに使うようですが、ここには大きな意味が隠されています。

マリアが産み、パウロが広めた、その愛、考え方が、2000年を持ちこたえたのです。


ローマ・カトリックのヒエラルキー(位階制度)を、いけないという人もいますが、

そこにも大きな意味が隠されているのです。


宗教のしゅの字も知らない皆様にとっては、いろんな事を思うでしょうが、

何も言わない方がよいのです。 秘密を知らないからです。

もし、知ったら、滂沱(ぼうだ)の涙を流して感謝するときが来るからです。


何にしても今の世は、何も知らない者が文句を言い過ぎる傾向があります。

無知のゆえにしても、横暴(おうぼう)でしょう。

(横暴の意味すら知らないかもしれない)


漢字も読めず、言葉の意味も分からない者に、甘く、やさしい時代です。(それも悪くないが)


その間に優秀なものがどんどんと流出して、国が空っぽにならないように、

何か大切なものを、維持したいと思うのは、私だけではないでしょうと思うのですが。



「救 世 主」と書いて、「太 陽」と、同じ21画。  「大 自 然」とも同数です。

 11 5  5        4  17             3  6 12

          

(藤川先生の本p63 より抜粋)

     21(頭領運、大吉) 独立独歩、偉大なる頭領運を有し、尊敬富栄。女性も社会では吉。

               雲晴れて、一歩一歩着実に地位と名誉を手に入れる成功数。...。

               信念を貫いて徐々に人の上に立つようになり、衆を率いて大成します。



 (21を、女性にとって後家相、といって嫌う人がいますが、短絡的ですよ。

  幸せに生きている人も多いものです。ちょっと本性が、たくましいだけです)


キリストは、大自然が生んだ傑作ですが、

マリアだって、パウロだって、仏陀だって、空海だって、

そのほかの偉大な人々はみな、傑作なのだと思います。


私はそういう人を見つけたい、作りたい、一緒に歩いていきたい。 私の大望(たいもう)です。

何を大きな事をと、お思いの方も、いらっしゃると思いますが、

私は本気です。


皆さんのまだ見ぬ才能を、見つけてみたいのです。

あなたがどこまで大きくなれるか、見てみたいのです。


もちろん、私の神は、わたしに、誰でも育てよといった事は一度もない。

私が、「すべての人を、より多くの人を助けたい」などというと、必ず、

「ノー(no)」と言います。 「人を見よ」と、言います。

「誰にでも手を出してはいけない。自尊心を傷つけることがあるからです」と、言います。

そして、その人を尊重することを、善しとします。


また、「正しい道」というのは、あなたが踏まなければいけない地雷(じらい)を、

すべて踏んでつぶして行くことでもあると。


逃げたら安楽のような気がするでしょうが、そんな事はない。

いずれそのツケを、支払う時が来るだけだ。


小さなツケなら「あいさつをしなかった」「人にいやみを言った」「親にあいさつしなかった」

エトセトラ、エトセトラ、...。 そういう小さな苦しみから人は出来上がっている。

小さいものならまだ良い。 

大罪は償(つぐな)えない。 命で返すのだ。

小さな地雷(苦労)をおろそかにすると、大きな地雷を踏む事になるのだ。


これらとは違う、現実の地雷は、人間がした残酷な行為である。

撤去するのは人類のつとめ。


戦争による大きな金の動きのために、人類は金を求めて愚かな事をしてきた。

今のようになるのは分っていた。

世界で飢えている人がいるのに、大量の食べ物を捨ててきた。

(有名な吉兆も、高い金を払わせておきながら、ウソにまみれていた)

それらのツケを払うのは、当然のことだ。

身から出たサビなら、ツケは払った方が後々のためにはずっとためになる。


長い目で見たときの一瞬の苦しみは、耐えたもの勝ちである。

忍耐と言うことばがなくならないのは、それが必要だからだ。

大きな幸せの前の、小さな苦しみは、大切にしよう。


どこの宗教に入るのかだって、大きなトラップ(わな、試(ため)し)である。

あなたの道が違っているなら、その仲間から離れる事だって、

恵みなのである。

あなたではない道に進むよりは、去った方が良い事だって多いのものだ。


そんな時もあなたは、どんな小さな悪事やサギ、使い込みも、してはならない。

それは悪だから。

悪から咲く花はない。 アダ花だ。

10年もたたずに枯れるだろう。


枯れない花を咲かせるには、愛情が必要なのである。

愛情は、ただ甘やかすだけでは足りないが、甘みも必要なのである。

厳しすぎるところには、美しい花は咲かない。

暖かな陽光と、栄養が、必要なのである。 休息が(冬が)、必要なのである。




                  H20.10.30 (木) pm1:26 記    真福の  小濱白光