グイド・レーニ 《ルクレティア》1636-38年頃 @東京国立西洋美術館 常設展 | akki-artのブログ

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今日の1枚のアート(←勝手に名付けた)

 

 

 

 

イタリア、ボローニャ派のグイド・レーニの名品

 

 

 

先日投稿した《ゴリアテの首を持つダヴィデ》の作者のグエルチーノと並ぶ

 

 

ボローニャ派の作家である

 

 

 

グイド・レーニ(1575-1642)の作品

 

 

 

東京国立西洋美術館の常設展の看板娘の一人

 

 

 

娘というより、看板ママさんですね

 

 

でもこれは悲劇の物語なのです

 

 

 

 

 

 

●グイド・レーニ 《ルクレティア》

 

 

 

 

 

 

▪️ルクレティアとは、

 

 

まだ王政だった古代ローマの頃の話

 

 

このルクレティアの美貌が、王子のセクストゥスを迷わせ、強引に自分の物にしよう剣で脅しましたが彼女はその脅しには屈しませんでした

 

 

それでも、彼女を殺害後、裸の奴隷の死体と一緒においておき、姦通の罪を擦りつけるという脅しには、王子を受け入れるしかなかったようです

 

 

その後、父と夫にその事を告白し、自害をしたルクレティア

 

 

それがきっかけとなって、ローマから王家は追放されて、王政から共和政になっていくという政変のきっかけを作った女性です

 

 

 

 

▼部分

 

 

右手には剣を持ち天を見上げています

 

 

作者は剣で自害する所ではなく

 

 

その少し前の、夫と父に話をする前後の場面を選んで、この絵にしています

 

 

 

ストーリーのどの場面を選ぶのかは作者の腕の見せどころ

 

 

 

レーニは自死を覚悟して、家族に屈辱の話をする、ルクレティアの悟った姿を描いているようです

 

 

 

右手には短剣を持ち、上を見上げて何かを祈るような眼差しです

 

 

これから死を選ぶ人の姿を描くことで、悲しみを倍増させていきますよね

 

 

 

 

 

 

▪️グイド・レーニ(1575-1642)とは

 

イタリアのボローニャに生まれ、カラッチのアカデミーで勉強をしたそうです

 

 

その後1599年から1602年の頃ローマへ行って、カラヴァッジョの影響を受けますが

 

 

ボローニャへ戻りるどヴィーゴ・カラッチの影響を強く受けて、彼と一緒にサン・ミケーレ・ボスコ聖堂のフレスコ画の仕事をしたようです

 

 

その後またローマに戻り、ヴァチカンの仕事もするようになります

 

 

この絵は輪郭が明解に描かれている初期の頃から、

 

 

色調を活かした晩年の作品への移行時期のものらしいです

 

 

 

柔らかな彼女の身体のラインがまた悲しみを呼びますよね

 

 

 

 

■同じボローニャ派のグエルチーノの投稿記事です

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