Awaodori

お昼過ぎ行ったお得意さん。今年初めてということでちょっと遅いけど一応年始の挨拶。「いいお正月でしたか?」「どうだろう?この工場。今年が最後の正月になるかも?」「へ!それはまたどういう?」「知ってのとおり情勢は最悪。去年の実績は全盛時の4割減。まだ2番底があるという・・・」このお得意さん大手鉄鋼メーカーの下請け企業です。「下請けを切って全て自社生産に切り替えるのではないかという噂もある。そうなるとお手上げですわ。オジンさんの自販機も引き上げてもらうことになる。なんせ工場が続けられるかどうかもわからんのやから・・・」年明け早々なんとも暗い話。「ま、そうならないように今はとにかく生き残り策を考える」「頑張ってください」としか答えようがない。新聞紙上やTVなどで不況にさらされる町工場を見かけますが実際目の当たりにすると社長はじめ従業員の人たちの気持ちが実感として伝わってきます。過去20年程のお付き合いですがこんな事をいう社長を見たのは初めて。夕方信金のに~ちゃんが積み立ての集金に来た時もそんな話をすると彼のお得意さんでもそういうケースがかなりあるという。なんとも暗い。そんな気持ちを切り替える意味で手話サークル。例の手話落語。これが・・・ボロボロですわ(笑)どういうつながりか分かりませんが最後はみんなで阿波踊り(笑)それにしても手話。何とかしないといけない。当面はこの月末に聾の方と一緒に講演会に行きますのでそこでの手話通訳。これを完璧にこなします。

Fudeko1_2 「天使の羽」はランドセルですがこちらはピアノ。明治時代、時の皇后の命でフランスに留学。帰国後、華やかな前半生と打って変わり、後半生は滝乃川学園創始者亮一とともに知的障がい児教育 に取り組み、自身も3人の知的障がい児、虚弱児を育て数々の試練に挫折しながらも知的障がい児教育に邁進した石井筆子。「もっとも小さきもの」を慈しみ、誰もが自分らしく生き、他者にもやさしい気持ちが持てるようになればという思い。それが「鹿鳴館の華」といわれ華やかで翳りのない人生を歩んでいた筆子を障がい児教育に動かせたのででしょうか?
天使のピアノ。国立市にある滝乃川学園のチャペルで年に50回ほど行われている天使のピアノとは、筆子の嫁入り道具で日本最古のものといわれています。国立市の登録有形文化財に指定され、アップライトピアノの鍵盤上に、二人の幼児を抱いた天使の絵がはめ込まれていることからその名がつけられたといいます。このピアノで筆子の愛唱歌「聖歌433番」を子どもたちのために演奏したと伝えられています。たまたま昨日見たTVで美智子皇后陛下がその演奏会に出席された折、ご自分も「天使のピアノ」に触れてみたいと仰り、後日わずかな側近とお忍びで再来訪。『433』番を弾いて帰られたそうです。皇后陛下をもってしても彼女へのあこがれは隠しきれなかったのでしょうか

で、その『聖歌433番』ですが

「あるがまま我を血をもて贖(あがな)いイェス招き給(たも)う 御許(みもと)に我行く」

よくわかりません。早い話が「レット イット ビー」なのかな?今度牧師に聞いてみます。

無名の人

筆子その愛

 ご承知の方もおられるかもしれませんがこの週末。手話サークルで新年会があります。はずみで言ったとはいうものの小話を手話で披露することになってます。年末からどうも熟睡できない。はてなんでやろ?よくよく考えてみるとコレに行き当たります。「えらいこと言うてしもた。これまでやったら手話ソングで陰に隠れてごまかしてたのに今回はそうもいかん。」といって年末年始のあわただしさをいいことに少しも練習してない。失敗して笑ってごまかせるキャラでもない・・・今日から特訓します。

で、小話。本来落語のまくらに噺家がほんの5~6分。これでざわついてる客を引き寄せます。
※字の知らん「無筆」の噺といぅのは昔はチョイチョイあるんでっせ「『つかさ』といぅ字ぃどぉ書くねん?」て、魚屋に聞ぃたやつがおるんですなぁ。
●『魚屋のおっさん「つかさ」ちゅう字ぃ知らんかいなぁ?』▲『司か、同じくといぅ字ぃ二枚に下ろして骨付きの方や。』
 実にこの、魚屋らしぃ教え方でございます。
※寒い晩に布団が一組より無い。『男同士や、色気が無いけど一緒に寝よか』っちゅうわけで被って寝てると、寒いもんやさかい、どぉしてもガ~ッと自分の方へ布団を引っ張りますわなぁ。 こっち側は背中が出て寒なって目ぇ覚まして、夢うつつでまた自分の方へグ~ッと引く。ほな今度、こっちの方が背中が出て、また無意識に己の方へガ~ッ引く。

 こっちが引っ張って、こっちが引っ張って、夜通しこんなことしててヘト
ヘトにくたびれてしもて……

●あぁしんど、いっぺん起きて休もかぁ

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  多分「全国区」だと思うのですが百人一首の絵札を裏返しにして積み上げ。順にめくっていき絵柄に坊主が出たら吐き出し。女性が出たらそれを没収というゲーム。正月休みに姪がおふくろとやってました。小学生と認知症患者。どちらも手心を加えることなくマジで勝負してます。『ボンさんやぁ!』『お姫様が来たぁ!』普段はDSで一人黙々と遊んでいる子供でも根っこの部分は変わらないのかもしれません。ま、どっちも作ってるのはニンテンドーですが・・・思えば正月。羽根突き。コマ回し。凧揚げ。そのどれも見かけることがなくなりカルタ遊びも風前の灯。どれもあまりに単純すぎて今の子供たちには食い足らないのでしょう。百人一首。文字を読み意味を知ったらどう言うだろう?そのうち機会があったら話してみようと思います。生々しい恋歌。それでも大声張り上げて読むかな?
●忘れじの 行末までは かたければ 今日を限りの 命ともがな
(今死ねたら私は幸せですあなたは「愛してる」と仰ってくださった
人の心は明日変わるかもしれません。あなたの心が変わるまえに死ねたらいい)
●あはれとも いふべき人は 思ほえで身のいたづらに なりぬべきかな
(死んでも、かわいそうとか気の毒だという人がいるとはとても思えないから、恋人に捨てられたわたしは、このまま一人むなしく死んでしまうんだろうか)
●長からむ 心も知らず 黒髪の乱れて今朝は ものをこそ思へ
(いつまでも変わらないあなたの心も知らずにお別れした今朝は寝乱れているこの黒髪のように、心が乱れて思い悩みます)
  初詣。食う。寝る。散歩。温泉。他に思い出せない正月休み。妹が旅行の計画を立てていたようでしたが3が日はどこも混雑すると思ってキャンセル。その結果が最初の5つ。「初詣」といっても近くの神社2軒。参拝客もちらほら。あらかじめ用意していた小銭を賽銭箱に放り投げ、数え切れないほどの内容を祈願してきました。「食う」は弟の義父の喪中ということで祝い膳をしませんでしたので年末に買ってきたおせちを食べたぐらい。あとみんなで鍋を囲んだぐらいかな?。「寝る」はおふくろがよく眠ってくれたので普段よりよく寝ることができました。「散歩」これはアチラに行ったときは一日何度かは必ず行きます。おふくろももともと散歩好きなので苦になりません。ただ、やはり弱っているようですぐに『帰る』と言い出しますが。「温泉」近くに温泉があります。鉱脈が地下にあるようでこちらで言うところのスーパー銭湯の温泉版みたいなところが車で5~10分ぐらいのところに数件あります。行くと1時間以上は楽しんでくれるようです。以上が今年の正月休み。あとそれ以外はずっとTVつけてましたが今、記憶に残ってるのは紅白でドリカムがトリだったことぐらい。それとDVDでC.イーストウッドの『グラン・トリノ』を見ました。で、今日から仕事。やっぱ仕事がいいわ(笑)
   30日、無理言っておせち早めに作ってもらったのを引き取りに行きました。ひれ酒用にと「ひれ」おまけにもらってそのまんま別の料理屋さんに直行。毎年恒例の内輪だけの誕生パーティー。今年は3日遅れです。2時間ほどで済ませておふくろと一緒に帰宅。それから今日3日まであちらで過ごしました。PCに触れることもなく電話も年賀状代わりのメールだけ。(新年会の案内もどきもありました。)聞くところによると大晦日24時過ぎ一時通信不能になったところもあったといいます。新年の挨拶も昨今は年賀状のかわりにメールで済ます人が増えているのでしょう。肩ひじの張らない相手ならそれもいいのかも知れません。私宛に来る賀状もこころなしか例年より少し減ったような気がしますが「高齢の為今年限りで新年の挨拶辞退します」というのは致し方ないとしても本来年賀状というのは日頃疎遠になっている人にもせめて正月ぐらい、という意味から発生したものじゃないか?そう考えるとやはり私も含めてプリントしたのが大半でも葉書に書いて送り、そして送られるほうがいい。欲を言うなら時間をかけて書かれたものが嬉しい。ゴムバンドで巻かれた賀状の束を持つとどこか自分の存在価値が認められた証みたいな気さえします。ちなみに今年の賀状。何処で間違えたのか『小栗旬』が2枚も入ってました。これも数の内。(笑)
  卵割って殻を残して中身捨てました。初体験です。さすがに笑うより仕方がない。頭で考えてることと体を動かすことが別々にできる人間だとこれまで思ってましたがそうでもないということに今頃気づかされました。で、そういうときに考えてることってそれほど重要なことでもない。「二兎を追うものは一兎をも得ず」ようやく仕事が片付きました。日が暮れかかった頃玄関回り(見えるところだけ。もうこの時間誰も掃除なんかしてません)を内緒で掃除。明日は数件お得意さん回り。そして銀行。(入金しておかないと年明け早々に走りこむことになります)昼過ぎに頼んであったおせちをもらってその足で日にち遅れの誕生日会。そのまま帰ります。3日までお休みして午後には翌日からの仕事の準備。4日からは仕事に戻ります。今年もつたないブログ。お世話になりました。来年こそもっと充実したものにしたいと思います。(去年もその前も言ってたような気がします)皆様どうぞよいお年をお迎えください。
  昨日、一昨日とほとんど事務処理漬けでした。一応は形としてやっているのですがそれをチェックする機能がウチにはないのです。ですから時間をおいてみると記載漏れや不都合、不整合が出てきます。書類として提出するにはそれを修正する必要があります。これはかなり時間を要します。面白くない。で、今日は普段の仕事に戻りました。といっても相手先はほとんどが今日明日で年内仕事納め。『今年もお世話になりました。来年もどうぞヨロシクお願いします。どうぞよいお年をお迎えください』行く先々でこの挨拶。区切りですからそれもまたよし。ロケーションによっては年末年始のほうが普段よりよく売れるところもありますので念入りに商品補充。そしてこれまたお得意さんでおせちを注文。無理言って30日午前に仕上げてもらうように頼んでます。いつか自分で作ってみたいと思うのですがぎりぎりまで走り回っているうちは無理。遅くなったので夕食出来合いで済まそうと近所のスーパーに行ったらまたまた利用さんの奥さんにバッタリ。お互いレジ籠持って、他に言うことないので『○○さん。お元気ですか?』(つい3日ほど前に行ったばかりです)ついでに『どうぞよいお年を』(これも先日言いました)はちゃめちゃですわ(笑)
  正月休みを例年より少なく取ったのでこの週末はおふくろの家に行かず帳簿の整理をしようと思ってます。いつも正月休みにするのですがそうすると休み中ほとんどPCに向かいっぱなしになりそうなのでこの週末にできるだけこなしておきます。明日はお昼に陶芸教室の忘年会があるそうなのでちょっと顔だけ出してそれ以外は事務所にいるつもり。なんとも気が重い。じっと机の前に座って集中できるのは30分が限度。そして1時間休憩。(笑)よっぽど事務仕事に向いてないのだと思います。かといってアウトドア派か?というと別に海や山に行ってどうこうしたいとも思いませんから結局のところ「根っからの怠け者」なのかもしれません。
  今日は午前に1件サービスがありました。先日の会議でもらったアドレスに「これから○○さん宅に直行します」と打ち込んでから訪問。しばらくすると返信メールの着信音。利用者さん。『電話かかってますよ』『いえ、メールですからいいんです』一緒に外出します。利用者さん。『今はみんな携帯持ってピコピコしてるけど。私は持ったことないんです。ま、さして必要とも思わないですし・・・それより持つと手放せなくなるようでそのほうが嫌なんです』なんとなく分かるような気がします。便利で使いこなすほどになくなった時に困る。もともとなければそんんな不自由を感じることもない。考えてみればつい10数年前までなければないでそれなりに過ごせていた。それが今、片時も手放せなくなってしまってます。これって幸せな事なのだろうか?『さして必要でないと思ったら持たないほうがいい。固定電話で十分だと思います』そう答えて返信メールを覗くと『了解しました。ヨロシク!』と入ってました。
   色は匂へど 散りぬるを 我が世誰ぞ 常ならむ 有為の奥山 今日越えて
   浅き夢見じ 酔ひもせず 

  (かぐわしく美しい花も やがては散る時がくる。生けるものはやがて死ぬ 
   この世に不変なものなどありえない 有為転変の現世の迷いを今越えて
   浅はかな夢などもう見るまい 夢に酔ったりもするまい)
「編集者さま。 私は8歳です。私の友だちはサンタクロースはいないと言います。
パパは「サンが言うことならそのとおりだ」と言います。
どうか私に本当のことを教えてください サンタクロースはいるのでしょうか?
 115 西95番街  ヴァージニア・オハンロン」
(この手紙は今もニューヨークに保管されています。
  サンタクロースが空想の産物で親がプレゼントを用意していたことを分ってしまう年頃はかなり低年齢化してきたように思いますが、サンタを信じていた子供が些細なことからそのの存在を疑う。 今から112年前、サンタを信じていた一人の少女が些細なことをきっかけにサンタクロースの存在を疑いました。娘に問われた親は、その場で事実を話し子供の夢を壊してしまうことを避け、新聞に問い合わせてみることをすすめます。 バージニア・オハンロンというその少女は「サンタクロースはいるのでしょうか?」と書いて新聞社に手紙を出します。困ったのは質問を突きつけられた新聞社。論説委員が社説で答えます。「イエス、バージニア。サンタクロースはいるのです」Yes, Virginia, there is a Santa Claus.で始まるその一文は本にもなり様々な形で読みつがれ多くの人を感動させてきました。 人はいつしか目に見えるものだけしか信じられなくなってしまいます。この話は「本当に大事なもの、大切なものは目に見えないんだよ」と語りかけてくれます。 夢や希望、人に対する優しさ、目には見えないけれど確かに存在するもの、心を豊かにしてくれるもの、それらを象徴するサンタは現代社会にも必要な存在だと思います。
ちなみに現代私たちが持ってる恰幅がよくて赤い服に赤い帽子のサンタ像はコカコーラ社の広告が始まりだと言われてます。
Cocacolasanta1931 なにはともあれ、皆さまに良いクリスマス
 が訪れますように
       メリークリスマス