月末の週末。忙しい一日でした。時間がとれず手話もお休み。でもひょんなことから手話がらみのお話。お世話になってるお得意さんから「この辺通ることない?」と住所のメモを見せられました。「よく通る道から一筋中に入ったところですね。どうしたんですか?お知り合い?」「御中元渡しそびれて・・・悪いけどペットボトル1ケース私から暑中見舞いにと渡してもらえんやろか?」「宅配便みたいやねぇ・・・いいですよそんなに時間がかかるわけでもないし熨斗つけてお届けしておきます」「よかった。助かるわ。この人話せないのでファックス送っておきます」「へっ!ひょっとして聾唖のお方?」「大丈夫!目を見て話したら口の動き読んでくれます」お店出てから信号で止まるたびに手話のリハーサル。場所はすぐ分かりました。玄関のチャイムを押すと窓の奥で光が点滅してます。(やっぱり聾の方や!)上品そうな奥さんが出てこられました。ドキドキするけど持って来たPETボトル玄関先に置いて「こんにちはオジンと申します。○○様からのご依頼の品お届けにあがりました。すみませんがこちらに受け取りの印鑑もしくはサインでも結構ですから御願いします」これを手話でやってみました。帰ってきた答えが「有難うございます。暑い中ご苦労さまです。先方様によろしくお伝えください。手話、お上手ですね」ゆっくりと綺麗な手話が帰ってきます。玄関出てから車までの間スキップしてたかもしれません。(面白くないかと思いますがうれしくて誰かに話したかったのでつい書いてしまいました。)
で、飛び飛びですが「今日の一言」
       私たちの生き方には二通りしかない。

       奇跡など全く起こらないかのように生きるか、

       すべてが奇跡であるかのように生きるかである。


              アインシュタイン
よく通る住宅街でただならぬサイレンの音。はしご車が数台。野次馬根性がむくむくと顔を出し、仕事一旦中断して車を停車。ハザード点けっぱなしで見に行きました。見たところ火の気はありません。何人かいる見物客(野次馬)に聞いてみました「なんですか?わざわざはしご掛けなくてもエレベーターも非常階段もあるのに屋上まで上がって・・・」どこかで聞いたダミ声が返ってきます。「あの下の窓しまってますやろ?あの部屋から薬物のにおいがするらしいんですわ。最近自殺するのにおかしな薬物使うの流行ってますやろ」それとなく言ってる人の顔を見る。「おや、リ○アンさん?。具合悪いって聞いたけどもういいのですか?」「ややっ!知ったはるのん?オニイサン」「その顔と声ですぐ分かります」関西ローカル。それも地域限定。知る人ぞ知るという感じ。元祖オカマタレント「♪キョーバシはええとこだっせえ○○シャトーがおまっせ♪」確かショーパブもやっていたはず?体調崩したとかでCM以外では見かけません。「こんなとこで何したはるんですか?」「いや友達が近所に住んでるんやわほんで通りかかったらコレですわ」「もしそうだとしたら本人もそうですが近所にも被害が及びます」しばらくして振り返るともういません隣のイケメンさんと車に乗りかけてます。私もこんなことしてたら仕事にならん。それににしても人騒がせ。大事にならなければいいのですが・・・ Kif_5751_4 Kif_5750_3

 4月に改定された要介護認定。厚労省は28日、74の調査項目中43項目を旧基準に緩和すると発表しました。実施は10月1日申請分から。当たり前でしょう。状態が変わらないのに軽度に判定される。必要なサービスが受けられない。そんなことは当初から予想されていたはず。この改定。4月施行の時から批判が多く、直前に手直し。施行されてからも本人が申請すれば3ヶ月~2年間これまでの要介護度が適用されるという変則的その場しのぎ。これでは制度は信頼されません。大体介護保険制度というのは発足当時から「走りながら考える」という部分がかなりあり、その不備を指摘する声も多々ある中それでも10年。今回の改訂は特にひどい。それで浮いた分を事業所の報酬に回すと言うから手が込んでます。結果、職員には思ったほど還元されず相変わらずの人材不足。今回の基準緩和処置もいわば半年足らずで撤回に等しい状態。不細工この上ない。ご承知の方も多いと思いますが4月の開始直前に国会で厚生労働省の内部文書が暴露され、要介護認定見直しの本当の狙いは「給付削減」であることが白日のもとにさらされました。それでも「決めたのだから」と強行した結果がこれ。厚労省という役所がいかに厚顔無恥かを思います。「踊る・・・」のセリフじゃないけど「事件は会議室じゃなく現場で起きている!」地域福祉課。CM。現場の方々。ご苦労様です。ほんまに振り回されますなぁ・・・(笑)。ま、それでも利用者さんにとってはいいことだと思います

  どう思われてるかはわかりませんがこれでも一応飲料販売のプロのつもりです。今年の夏は7月も末というのにまだ梅雨明けすらせず毎日どんよりとした曇り空が続いてます。当然売り上げも対前年でみると減少気味、この時期の1日は他の月の3日分にも相当するといわれますから今からもう取り戻すことは出来ません。気分を変えてかろうじて売れている「お茶飲料」についてのお話。 お茶には大きく分けて紅茶・緑茶・ウーロン茶がありますがこれらはすべて、ツバキの仲間のチャノキから作られます。違いは摘み取った茶葉の発酵度合いで。十分に発酵させると紅茶になり、反対に発酵を防いだものが緑茶です。発酵を途中で止めるとウーロン茶が出来上がります。(この辺はワインの赤、白、ロゼに似てますね) チャノキの原産地は中国の雲南省と周辺の山岳地帯とされます。17世紀に入り中国から欧州にまず渡ったのが緑茶。その後、英国人の嗜好に合わせ、紅茶が作られるようになったそうです。当時、英国の植民地だった米国でも紅茶は大流行し、米国が英国から押し付けられた茶条例に反対した一派が「ボストン茶会事件」を起こし、米国独立につながったそうです。面白くない?次は炭酸飲料の話しようかと思ってるんですけど・・・言ってる私も面白くないからおしまい。(笑)

今回の衆院選に神奈川から出馬予定の小泉元首相の次男が対立候補から握手をと手を差し出されて無視したというシーンがネット動画で話題を呼んでいるそうです。世襲候補と呼ばれ当然のことながら実績もない新人。イメージで売るしかないとは思いますが長兄に似てなかなかのイケメン。それにしても大変なんですねぇ これで当落が決まるとは思いませんが握手ぐらいすりゃいいのに(笑)

で、ひさびさに今日の一言

夏に咲く花があり

冬に咲く花がある

どちらがしあわせなどと誰にもいえない

走る人がいる

自転車の人がいる

車椅子の人がいる

造られたもので目的のないものはないという

価値のないものもないという

動かない指を見ながら今日はそのことを思っていた

                              富弘

200810000285

 映画でもそうなんですが見ないとなると何年も見ないのに見るとなると毎月場合によると毎週でも見たくなる。旅行もそう。どうもひとつの傾向に偏る性格みたいな気がします。1Q84を1ヶ月かけて読み終えて急に終わってしまうのもどうか?と悪い癖。ストレッチ代わりに肩の凝らないエッセーを読んでます。
「恋をしよう。夢をみよう。旅にでよう」540円。価格も肩が凝らない。角田光代さん。この20年ほとんど毎年のように文学賞を取り「対岸の彼女」の直木賞受賞、そしてプライベートでは、母親の病気、看取り…。そうした背景でこの気の置けない友達との茶飲み話のような語り口。一時、和島功一のボクシングジムにも通っていたとか?昨年離婚。何かと興味を引く人です。ですからタイトルはおよそ私には似合わない(笑)と思いながら買いました。本の中で印象に残る部分がひとつ。「美貌、才能、健康。どれを選ぶ?」「何かをするのに資質は必要だが、才能は不必要である。才能という言葉を、今の私はてんで信じていない。」という部分。「才能というのはあとづけの何かだ。一生続けることができたその一生の終わりにこそ、才能という言葉を持ってくるべきだ。二十歳かでもらえるギフトではない。それが私の個人的な『才能感』である。」結局彼女は「作家は体力勝負。健康を選ぶ」といいます。なにかちょっと人より抜き出ているとすぐ「才能がある」とか『私には才能がない」なんて口にしますが「才能」って本人はもちろん周囲もそんなに簡単に見分けられるものじゃないと思います。じっくり時間をかけて何年何十年努力を重ねて「あぁ私には才能があったのだなぁ」と分かる。ちなみに「才能ある人」を英語に訳すと「タレント」になります。ということは今、TVに出てるあの人もこの人もみんな才能ある人なんだ。(笑)
 果肉の90%以上が水分であり、ノドの渇きを癒やすには最適。むくみ解消が期待でき、カリウムを含み、利尿作用もあります。夏の果物?(野菜という人もありますが)としては最高でしょう。子どもの頃にはカブトムシのエサにしましたが、実はカブトムシのエサには向かないそうです。水分が多いために、カブトムシが下痢をするといわれてます。スーパーなどの店先では、カット販売が増えていますが、丸ごとのスイカを買うときは軽くたたいて「ポンポン」と小気味よい音が甘さの証しです。今はあまり目にしなくなったのですが関西では『氷スイカ』。スイカを大きめにカットしてカキ氷を上にかけみぞれ蜜をかけただけのものですがよく食べました。
 何年ぐらいまえになるでしょうか、天神祭りの日。天神さんのほど近くで喫茶店をしておられたお得意さんから『仕事終わってからでええから店、手伝ってもらえんやろか?」といわれ、車両通行止めになったお店まで夕方、地下鉄に乗ってお手伝いに行きました。これといって経験もないのでそれほど役に立ったとは思えませんがそれでも随分喜んでもらえたようです。仕事といえば専らカウンターの中で黒いエプロンして作り置きしてあるアイスコーヒー。紅茶。レスカ。クリームソーダ。そしてレモンを輪切りにしてグラスにはさむだけのコーラにカキ氷。お店ではカキ氷といわずにフラッペと呼び、宇治茶シロップやミルクとあずきをかけて出してました。そしてフルーツパフェ。缶詰のみかんや桃にパインとチェリー。バナナとスイカにキウイぐらいでしたがバナナの切り方。そしてスイカ。縞と縞の間に包丁を入れると種が表に出ないということもここで教わりました。小さく形よく切り分け飾り付けます。フラッペは一晩で百数十個は作りました。にぎやかな店内に氷をかくヴ~ンシャカシャカという音が鳴りわたります。あとオムライス。ミックスサンドも。どちらも結構手間がかかります。(何も祭りの日にわざわざサンドイッチ食べなくてもいいやないか)とあせりながら作ったの覚えてます。窓の外から花火の音が聞こえます。(見てるわけにはいかんから音だけ)浴衣がけのカップル送り出してやっと一息。びちゃびちゃになったエプロン外して時計見ると10時半。「ありがとう!ほんとに助かったぁ!コレ僅かやけど・・・」と茶封筒。『いや!そんなつもりで来たのと違います!』といいながらきっちりもらって帰り、開けたら中からピン札が1枚。ビル街の中の喫茶店。5年ほど前にマスターが亡くなり今は空き家になってます。

衆議院が解散しました。思えば小泉氏の郵政選挙以来4年。安倍、福田氏が途中で投げ出し残すところ1年という時期に麻生氏が就任。この間本来じっと腰をすえて難題解決に費やさなければいけない時間をただただ浪費した。取り返しのつかない4年。そして解散に至るまでの見苦しいスタンドプレー。今の自民党には政権担当能力はない。そういう背景もあってか今回の選挙では民主党が政権を奪取するのではないか?といわれてますが少し気になること。これまでの発言を整理していくと 民主党は新しい政策に官僚のエネルギーを利用せずに信頼を 失った官僚機構に対する戦争を宣言してきているように取れます。耳ざわりはいいけど果たしてそれでやっていけるのか?次に社会主義者と旧自民党の冷や飯食いといういわば寄せ集めのセコハン集合体みたいな党に首尾一貫した政策が出せるのか?幅の広さ、ブレの大きさは自民党以上。特に外交。かなり危なっかしいように見えます。長く自民党と官僚組織は内容はともかくパートナーとして動いてきました。ここにきてパートナーが変わり次の相手が「あんたは私の好みじゃない」と言う。それでも代わりはいない。コントロールできるのか?最後は「やっぱり仲良くしようやないか」そんな風になるのじゃないでしょうか?言い出せばきりがないけど金魚の「ふん」みたいに10年も自民党にくっついてきた公明党はこの先どうするのかな?金魚がこけて「ふん」だけ残る?それはない。 ま、なんでもあまり長すぎたら緊張感も薄れるということでしょう。

緊張感の薄れといえば駐車違反。久しぶりに貼られました。以前もこの時期貼られた場所です(こういうのはなかなか忘れません)日記さかのぼってみると奇しくも7月22日。丁度1年前の同じ日。同じ時刻。厄日やね

明日22日は、46年ぶりに日本国内で皆既日食が観測されます。その為にと何日も前から移動、準備をしている天体ファン?も多いとか。その道の人に言わせると一大イベントなのだそうです。ただ、部分日食なら日本全国で観察が可能で、場所にもよりますが晴れていれば午前9時半過ぎ頃から午後0時過ぎにかけて天体ショーを楽しめます。(私はその頃谷町近辺から北に向かって仕事中ですから先ず無理。ちなみに昔は凶事の予兆とされることが多かった日食の周期も現在は正確に計算できるそうです。
 尚、国立天文台(NAOJ)は、以前は推奨されていたスス板ガラスの他、黒や色のついた下敷き、サングラスなど、誤った方法で日食を観察すると失明しかねないと注意を喚起しています。目の奥まで届かない紫外線よりも赤外線がより危険度が高く、9割が隠れている太陽でも、肉眼で見れば短時間で目に大きなダメージがあると言います。
 日食を安全に見るには一昔前のクリントイーストウッドみたいな顔して直接空を見ないこと。ピンホールを使って太陽の姿を地面に映す、木もれ日を通って地面にできた太陽の姿を見る、手鏡で反射させた光を建物の壁などに映して十分に離れて見るなどが安全な方法と言われてます。それようにと専用の日食グラスというのがあるようですがこれまた一部に不具合が報告されてるそうでうから使わないほうがいい。

『心から一歩も外に出ない物事はこの世界には無い。心から外に出ない物事は、そこに別の世界を作り上げていく。』「1Q84」前後編。1ヶ月かけて読みました。この小説には太陽ではなく月が2つ出てきます。感想はいずれ近いうちに書いてみます。D1001010

D1000994

 「なんか仕事ないやろか?」「ん?仕事?誰か仕事探してるん?」おふくろが仕事したいと言い出しました。出かけるのは無理。特技も無い。在宅で単純労働。「昔の映画で造花作ったり封筒貼りなんて内職してるの見たことあるけど・・・それと時代劇で食いはぐれた浪人が傘貼り。しゃ~けど今、番傘なんて見ることないわなぁ」話を聞くにつれ、どうも「生きがいを求めて仕事」というのではなく例の「お金が無いのは首が無いのも一緒」の延長みたいで手元に持っていたいようです。どうしてお金にそれほどこだわりだしたのかわかりません。「そんな心配せんでも銀行にも郵便局にも貯金たくさんあるし、なんなら塩漬けになってるけどファンドもある。(買った時の半値以下になってます)現金で持っていたいのならいつでも処分出来るけど今は離さないほうがいいと思うわ」「そうかぁ・・・で、全部でなんぼほどある?」「それは計算せんとわからんけど下ろしても使い道無いのと違う?それよりどこに行っても一番先に入って一番先に出てくる。『お金は後の人が払います』って言ったらいい。どうしても欲しいものがあったら『これが欲しい』って言ったら心配せんでも誰かが買ってくれる。それが一番得な生き方やで」ブスッとした顔で聞いてます。喫茶店で一緒にコーヒー飲んで帰り道ホームセンターに立ち寄りました。レジかごに買った覚えの無い花の苗。「これいるの?」「うん綺麗やろ?」レジ済ませて車に積み込む時、後ろからおふくろ大きな声で「200円借りやなぁ」(金額覚えてる!)「利子つけて返してやぁ・・・ウチは金利高いでぇ、10日で1割」「ウン!分かった!貯金下ろして払う」(家に着いたら花買ったこともう忘れてます)