やっと梅雨が明けたと思ったら今度は台風。ほんまに今年はアカン。お盆のお参り。幸い昨日済ませることが出来ました。お昼、いつも利用しているお店でもよかったのですが参加してくれる親戚も毎年同じ顔ぶれなのでたまには「どこか違うところで」と予約も無しで車でうろうろ探してみました。「以前ココはおいしいお店があったのに」と行った所がコインパーキングに形を変えてます。そういえば外食産業がこの不況の影響をもっとも大きく受けているといいます。何とか見つけて入ろうと思ったら今度は駐車場が満車。ということは予約無しで入ると随分待たされます。うろうろと行ったり来たりした挙句、結局近場のファミレスで済ませました。そのファミレスも一時のことを考えるとずいぶん減ったような気がします。最近はTV番組でもお笑い芸人のレポートしたお店が番組放送終了後には客足が伸び盛況になるそうです。また、有名ブロガーが紹介したお店や商品がよく売れるといいます。もちろん本当においしかったりいい雰囲気だったりよい商品だったという場合もありますがお店やメーカーがタレントやブロガーに報酬を支払って商品の宣伝を依頼しているケースが多々あります。その商品の評判はネットや口コミでまたたく間に広がり、販売増につながるという図式です。ブログの場合、「良い所も悪い所もあるけれど、結果的に満足した」というふうに書くのがコツだそうでなかなか手が込んでます。 商品とその紹介をする人を仲介する業者も存在し、こうしたビジネスを「サクラ・ビジネス」と言い、こういった手法を探知されにくいステルス爆撃機に例えて「ステルス・マーケティング」と呼びます。「サクラ」。大昔からある古典的な商法。TVやネットの時代でもやっぱり生き続けてます。いつだったか某企業の新商品発売で大勢の客が店に並んだ際も、その多くがサクラだったことが発覚し話題となったことがあります。
ちなみに、客を装った偽客のことを「サクラ」と呼ぶのは、昔の芝居小屋には芝居をタダで見るかわりに、頼まれて役者に声をかける人がいて、タダ見=桜との連想からそのような人を「サクラ」と呼んだことからきているのだそうです。
「四時の寒暑は一瞬の如し。若年はどこかに去り暮齢今来たる。一生の是非は一夢の程に似たり」
一日は長く一年は短い。早いものでお盆の施餓鬼法要がやってきます。普段忙しさにかまけておろそかになっている仏様にお詫びして回向してもらおうと思ってます。(殊勝でしょ)
去年のお盆はどうだったか?こういうときに日記が役に立ちます。さかのぼってみるとこの時期北京オリンピック。いろいろな批判もありましたが終わってしまえばアレはアレでそれなりに意義があったように思います。世間一般も今ほどに閉塞感がなくずっとよかった。だんだん時代は悪くなってきている。抵抗するにも個人の力ではどうしようもない。この時期なにかひとつのことを手がけてその成果が見えるのに最短でも5年。その間パワーを維持できるか?出来たとして、もし失敗したら取り返すのに何年かかる?。臆病の虫が顔を出します。大怪我をしないままにそろそろ潮時か?いや!まだまだ!でもココから先はコケたら「駄目もと」では済まないだろう・・・そんな思いが行ったり来たり、交錯する今日この頃。
『明日のことまで思い悩むな。明日のことは明日自らが思い悩む。その日の苦労はその日だけで十分である」ルカ12章 22~32
親戚に裁判員に任命された人がいます。好む好まざる関係無しに選ばれ、よほどの事情でないと拒否できないそうです。そんな思惑もあって先日からの新制度。関心を持って見ていました。東京都足立区の隣人女性殺害事件で、殺人罪に問われた被告(72)の4日目の公判が6日、東京地裁で開かれ裁判長は懲役15年(求刑懲役16年)を言い渡しました。(刑期終えたら87歳)裁判長は、被告が「ぶっ殺す」と言って何度も刺し、逃げる被害者を追い掛けたなど、ほぼ検察側の主張に沿って認定。主な争点となった殺意の強さについて、「強い攻撃意思を持って、あえて殺害行為を行った」としました。裁判は、3日午前に女性5人、男性1人の裁判員と男性3人の補充裁判員が選任され、4日間連続で開廷。3日目には風邪を理由に地裁へ来なかった女性裁判員1人が解任され、補充裁判員と交代しました。気になったのは裁判員の発言。当然のことながら事件の経緯については十分頭に入っていてその上での質問。調書と裁判所での発言の食い違いを指摘しました。原告の答え「覚えてない。言われるままにサインしました」弁護人から被害者の性格について原告への質問。これも終始「覚えてない」自分の母親の性格を覚えてない?不自然。裁判員から被告への質問『凶器のナイフは亡くなった娘さんの遺品。それを人を刺す道具に使う?」それに対する被告の答え「そこまで考えなかった」こういう事件を裁くのってどうなんだろ?裁判所。実は以前に行ったことがあります。代金回収訴訟の原告として。でもその時は先方が出頭しなかったので原告(私)の言い分が100パーセント認められ結審しました。(相手方がトンズラして行方不明で結局取れずに終わりましたが)刑事裁判のやりとり。関心も興味もありますが私にはこの事件。原告被告ともに共感できる部分が少なくて裁けない。
3日の日経の社説に面白いことが書いてありました。以下一部抜粋
政府は、2020年までに指導的地位に女性が占める割合を少なくとも30%程度にする目標を掲げている。だが、実情はかなり厳しい。
民間企業の管理職(課長レベル)は10年前の3.4%から上がってはいるものの、まだ6.6%だ。国家公務員の管理職にいたっては1.1%から1.9%になったにとどまっている。 今や労働力人口に占める女性の割合は4割を超える。女性の働きなくして経済活動は維持できない。男性1人の収入で家族を養うことも難しくなっている。共働きは1000万世帯を超え、専業主婦家庭を200万上回っている。にもかかわらず、両立支援は不十分だ。女性が男性と対等に働こうと思えば出産をあきらめざるをえず、子どもを抱えて働けば仕事と育児の両立に苦労する。一度職場を離れれば好条件での再就職は難しい。これでは指導的地位につける女性は限られる
こちら先週のニューヨーク・タイムズでは「疑いなく女性が管理者として(男性より)優れている」というある企業の女性シニア・バイス・プレジデントのインタビュー記事がありました。聞き手はノースウエスタン大学の社会心理学部の部長Alice Eagly氏。要約すると
①女性管理者は男性管理者より協力的で民主的である。
②男性管理者は部下を叱るなどネガティブなアプローチを取るが、女性管理者は元気付けるなどポジティブなアプローチを取る。
③女性管理者は一緒に働く人達に対し、指導することや彼等彼女等の個人的な事情を考慮に入れることなどでより世話をする。
④女性管理者の方が男性管理者よりも効率的に仕事をこなすが、これは仕事ができないと女性の方が男性よりも解雇されたり、降格される可能性が高いからである。
(最後の見解は女性管理職が4割以上というアメリカでもそういう空気があるのが意外)
やっと梅雨が明けたそうです。旧暦ではこの週末はもう立秋。そもそも8月を旧暦では「中秋」とよびまた「葉月」とも。どうやら日本は完全に温帯から熱帯地方の仲間入りしたようです。

