午前中通院介助が1件ありました。汗かきながらご自宅まで帰り着き一息『暑かったねぇオジンさん』『いや、それでも雨に降られるよりはずっといいです』『そういえば先月は雨にたたられましたなぁ』日誌書きながらそんな話をしてると玄関のインターフォンが鳴って女性の声。(最近どこかで聞いた声?)昨日のケアマネさんです。「こんにちは○○ケアセンターです。おや?オジンさん。』(この時間私が来てる事知ってるくせに・・・しらじらしい)どうやら話の内容は以前からおかしいと指摘していた介護タクシーの事。月一で3キロほど離れた病院まで介護タクシーを使っておられるのですがこれに身体2で介護保険を使っている。このことはケアマネさんに聞いて知りました。利用者さんは直接支払わないし負担分も小額で済む。そういうものだと思っておられたようですが日々私たちが医院まで車椅子で通院している延長でそれほど重度と思えない人に介護タクシー身体2はどう考えてもおかしい。表に出ない事をいいことに暴利を得ている?直接会って話しをしたわけではありませんが胡散臭いタクシー業者の印象は免れない。差し出がましいようですがそういうことを続けているとケアマネはもちろん事業所もおかしい目で見られる。結局利用者さんには負担増になるけどその分他のサービスに回せばいいと一般のタクシーを使ってもらうことになりました。乗降のときだけちょっと気をつけてくれたらいい。今のタクシー会社。運転手も事情を話せばそれぐらいの事はします。で、お盆で休んでた手話。今日は手話落語家気楽舎馬次郎さんが落語会のPRに来られ、お城の堀で魚を釣ってて見つかりうそをついて見逃してもらうという小話を見ました。やっと手話落語の面白さが分かるようになってきたかな?いや、これはやっぱり落語家さんが上手いから。
先日の会議。終了後友人からアイフォンを見せてもらいました。発売されて日も経ってますからそれほど珍しくないのかもしれませんが私には初めて見るブツ。目を引くのがモニターの大きさとタッチパネル。指でなぞるとカラフルなアイコンがころころ変わります。ボタンを押すのに慣らされてる身に果たしてついていけるかどうか?(笑)他にいいなと思う機能が動画。youtubeが変換せずに見れます。それと無線イヤフォン。これまでも無線イヤフォン(ブルーツース)はありましたが機種が限定されて使えませんでした。買い換えるならその機能付きにしようと思ってましたがクリアしてます。これ、運転中や仕事中手が離せないときに便利なんです。印象としては電話機能はおまけ。アイポッドの延長みたいな感じかな?
週末おふくろとTV見てて思ったことその1。(2もあるんですが長くなるから)自民党麻生氏と民主党鳩山氏のそれぞれのマニフェストをベースに党首討論が放送されました。消費税を上げるとか上げないとか、つい先日借金してバラまきしたばかりの党首が相手のことをバラまきだと言ったり財源はどうすると問い詰める。他にもっと抜本的なことをいえないのだろうか?そんな思いで見てました。子育て支援。これは詰まるところ少子高齢化対策だと思うのですがことはそんなに単純だろうか?余裕が無いから晩婚。出産適齢期は昔も今もほとんど変わらない。だったらそちらに目を向けるべき。今、幼児教育が無料になったり月額2万いくらか補助金が出るからといって「じゃもう一人生もうか、育てようか」という気になるかな?必死になって相手党首の矛盾点を引き出そうとしている姿を見て思うこと『なんともけちくさい』それより夫の長時間勤務を減らし経済的に余裕を与えそして夫婦が一緒に過ごせる時間を増やす。くつろぎ、趣味、娯楽。早い話が夫が妻と一緒にすごす時間を増やす。コレが一番の少子化対策じゃないでしょうか?双方共通しているのですが『経済的に余裕が無いから子供を作らない。だから補助』というのはあまりにも短絡的。土日の高速1000円乗り放題。あるいは全面無料化。たくさんの車が排ガス撒き散らしその上、輸送を仕事にしているトラックドライバーには渋滞のデメリットが言われてます。鉄道やフェリー、航空機業界にも少なからず影響を及ぼします。視点がずれてるといわれるかもしれませんがそれならいっそ自転車。エコの代表。今、法的には自転車は車道を走るのが原則です。でも車道走れます?たった今も自転車で帰宅しましたが怖くて車道は走れません。路肩に駐車中の車でもいたら立ち往生。だったら歩道。これまた歩行者といつ接触するか、考えると怖い。欧米みたいに自転車専用道を作れないものだろうか?高速無料や1000円乗り放題よりその予算こちらに回せない?そのほうが将来的にもずっといいように思うのですが・・・でもこれでは票にならないか?(笑)
10代から20代ぐらいまで古着を好んで着ていました。ジーンズ。偶に新しいのを買っても早く擦り切れて色落ちさせようと毎日洗濯してました。母はそういう古着が嫌いです。貧乏くさいというのが理由かと思ったらそうではなく人の「念」が染み付いているといいますそれも晴れやかな念ならいいが古着屋に回ってくるぐらいだから悲しいネガテイブな念だと言う。プリミテイブなんでしょう。知り合いの奥さんも人から衣類をもらっても分からないようにこっそり捨てると言ってました。失礼だし何よりもったいない。でも案外そういう考え方の人は多いのでしょう。私はどういうわけかあまりこだわりません。自分に合ってりゃなんでもいい。ただこの『自分に合う』というのが曲者でそれが大変高価なものでも一旦私に着ら れた途端安っぽくみえる。5万円の服を着ても私が着ると3980円にしか見えない。ポールスミスを着ていても1着分の価格でもう1着おまけについてくる手合いにしか見えない。私そういうタイプなんです。逆の人もいるのですけどねえ・・・バッタモンの時計はめてても数十万に見える人。女性だって『いいバッグ。何処のお店で?』「イトーヨーカ堂」『そんな風には見えない。何処のブランドかと思った』着映え。持ち栄え。つまるところは体から出てくるオーラみたいなものかな?

