村上龍の小説に『限りなく透明に近いブルー』というのがある。


英語版のタイトルは"Almost Transparent Blue"と訳されているが、almostという言葉を理解するのに見事な事例だと思う。


almostと聞くと大抵の中高生は「ほとんどの」という訳を言うと思う。


この理解(訳)が頭のなかで固定化すると、『限りなく透明に近いブルー』がなぜ"Almost Transparent Blue"と英訳されうるのかピンとこないはず。


almostは「ある状態に至る寸前までは来ているが、もうちょっとのところでその状態に及んでいない」という意味だ。


「限りなく透明に近いブルー」とは文字通り限りなく透明に近いのだけれど、透明になりきっていないブルーということ。


個人的にこの小説のタイトルをこのように英訳した人は見事な仕事ぶりだと尊敬します。


以前、アメリカ人の友人がある集まりに遅れてやってきた。


私が「今日は来ないのかと思ったよ」というと、彼は"I almost didn't come."と答えた。


「行こうかな」「行かないかな」としばし逡巡し、行かないと決めるに至る寸前のところでその決心に及ばなかったということが、"I almost didn't come."から窺える。


「私はほとんど来なかった」ではよく分からない。


とこんな風に書くと、市販の単語帳の日本語訳をすべて疑い出す学生さんもいるかもしれないので追記。


確かに英語と日本語は一対一に意味が対応することはまずないのかもしれないけれど、たとえそこに書いてある訳が古臭い受験英語っぽい日本語だとしても、先ずはそれを覚えるのが第一歩だと思う。


単語はたくさん暗記しなければ長文なんて読めやしない。一語一語「身元調査」をしていてはそれだけでぐったり疲れてしまう。


英語が好きで勉強を続けていれば、「へぇ~、こんな風な言葉という理解があるんだなあ」とたまに何かの機会に学ぶこともあるだろうぐらい気長にプロファイリングしていけばいいんじゃないかと、少なくともぼくは思うんだけど。


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