→Bloody moon(3)

 

「Stop!」

ブラッデイは右手を上げ、ディアナを制した。

「汲んでも尽きぬ知の泉。

お前の探求心にはいつも感心させられるが、

そろそろ話を元に戻さねぇか?」

「元にって?」

ディアナが小首を傾げる。

「赤い月の話だ。

ディアナ、お前はあの月が好きだと云ったな。

”俺の瞳と同じ”赤い月が」

「ええ…」

「だが、俺はこの瞳と同じ位、あの月が嫌いだ。

俺が大切なものを失った夜には必ず、消炭色の空に

あざ笑うような赤い月が昇っていた」

ブラッデイの唇にフッと淋しげな笑みが浮かぶ。

暫し遠い目をして押し黙っていたが、

「俺も昔”Mad Dr.(いかれ医師)”から紅玉の話を

聞かされた事がある。全ての不幸の元凶だった

この緋い瞳をダガ―(短剣)で掻っ切ろうとした時にな…」

ブラッディは残された右目を手で覆った。

ディアナは小さく息を飲み、目の前の海賊を見つめた。

奇異な緋い瞳故に、計り知れないほどの辛い過去を

重ねてきた事は想像に難くなかったが、自ら刃を

突き立てようとするとは…

部屋の中には穏やかな波の音だけが広がる。

「ドクターは貴方にどんな話をしたの?」

沈黙に耐え切れなくなったディアナが囁くように尋ねた。

 

『残された光を断ち切るのはオマィさんの勝手じゃからの

止めはせんが、儂の話を聞いてからでも遅くはなかろう』

老医師はそう言って話始めた。

 

「…紅玉は勝利と幸運を運ぶ石だが、その強力なパワーが

時に負のエネルギーを生むことがある。

石の持ち主や、それを取り巻く者が必要以上に我欲を持ったり

権力を求めるとマイナスの力が働き、オーラに裂け目を作ってしまう。そこから一気に邪気が入り込むと持ち主に大きな災難が降りかかる…そんなくだらない話だ」

 

そして、老医師はこう締めくくった。

『研ぎ澄まされた剣を手にした者はそれを振り回し過ぎ

己をも切り刻んでしまわぬように気を付けねばならぬ。

逆に上手くコントロール出来れば最強の武器にもなろう。

まっ、そう言うことじゃて。』

判るような・・判らぬような話を聞いているうちに激情は

波が引くように遠のき、気付くとダガ―は老医師の手により

鞘に納められていた。

 

だが、一旦おさまった波も今宵のような赤い月の夜には

大きなうねりとなって心を揺さぶる。

「・・今はいいが、いつか俺の中に綻びが生じた時、噴き出す

紅蓮の炎がお前を焼き尽くしてしまうかもしれねぇ…

そう思うと堪らなく不安になる」

何物も恐れない稀代の大海賊が見せた弱々しい姿に

胸がぎゅっと締めつけられる。

ディアナはくるりと背を向け、赤い月を見上げた。

この船に乗った時から心は決まっている。

「安心して、ブラッド。

私は決して貴方を独りになどしないわ。

貴方と一緒ならば、私は何も怖くない。

例え地獄の業火に焼かれたとしても」

その言葉にブラッディは呟いた。

「My dear Muse―――」

腕を伸ばし細いウェストを引き寄せる。

不意を突かれたディアナは後ろに大きくよろけた。

身体がふわりと浮き上がり、そのままブラッディの膝の上に落ちた。

慌てて立ち上がろうとするディアナの華奢な肩を

ブラッディの大きな手が押さえる。

頬が触れ合いそうな距離で絡み合う視線。

この瞳はどれ程の哀しみを映してきたのだろうか…

それでも私は・・

「ブラッド。

私は貴方の瞳が好きよ。深く澄んだ優しい色」

少しでもいいから、その哀しみを取り除いてあげたい。

ブラッディの指先がディアナの艶やかな紅い唇をなぞった。

「俺なんかより、お前の唇の方がよほど高貴で美しい紅玉だ」

熱い吐息がディアナの頬を撫でる。

「…その聖なる唇で俺の汚れを祓ってくれ…」

軽く重ねた唇から、温かな想いが溢れだし荒ぶる心を凪いでゆく。

 

「ドクターに感謝しなければいけないわね」

「何を?」

「貴方の瞳に捉えられる幸せを奪われなかった事」

微笑むディアナの髪を撫で、ブラッディも笑みを返した。

「そうだな…じじぃもたまには役に立つ…

ところで、今日はどんな与太話を聞かされてきたんだ?」

「また、そんな言い方をして!ドクターに失礼よ」

唇を尖らせて見せるも、その眼は笑っている。

つかず離れずの関係に見えて、その実強い絆で

結ばれている事を知っているから。

「今日はね、妖精のお話よ」

「妖精だって?随分メルヘンチックな話だな」

一体何(ど)の面下げて…

ブラッディは肩を竦めた。

「以前ある島へ立ち寄った時に、ドクターは深い森の中で

妖精を見つけたそうなの。背中に蜻蛉(かげろう)のような

羽を付けた、銀の髪の小さな小さな女の子だったんですって。

ドクターは持っていた麻袋で彼女を捕まえ、船に持ち帰り・・」

「おぃ、ちょっと待った!

俺は長年、あの老いぼれと共に旅をしてきたが

妖精なんて代物にはただの一度もお目にかかった事は無いぜ」

その言葉にディアナの眉尻が下がる。

「ドクターが云うには、妖精というのは純真な子供の心を持った

人にしか見えないのだそうよ…」

「くそじじいが」

毒づきながらも、どこか楽しそうだ。

「それで、その妖精はどうなったんだ?」

 

話を促しながらブラッドは一瞬、窓の外へと目を遣った。

 

心を陰鬱にさせる、あの月が海に溶け落ちるまで

もう少し、こうして心地良い声と温もりに包まれていたい。

 

夜はまだ長いのだから―――――

   ―――――FIN―――――

 

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やっと終わりましたあせる

Bitter→Sweetバレンタインチョコにまとめてみましたが、いかがでしたか?

書きたいことが多過ぎて…計4話となってしまいました。

長々とお付き合いいただき、ありがとうございました。

また、機会がありましたら2人の物語を描きたいな・・と思ってます。

 

さて、今日はSt.VDラブラブ

おまけとしてLOVE×2ショットをどうぞw

皆様の想いが愛しい人に届きますように(/////)

 

 

こちらも一緒にお楽しみ下さいマセラブラブ

 

リディアさま作

     『リオーラの酒場にて』

     『始まりの地にて』

 

アキさま作

     『Dark Angel号にて』

     『チェラリー島にて』

     『続 チェラリー島にて』