→Bloody moon(2)

 

「ブラッド」

澄んだソプラノボイスが彼の追憶にピリオドを打った。

ゆっくり振り返ると、燭台を手にしたディアナが立っていた。

「どうしたの?灯りもつけずに」

蝋燭の揺らめく炎に映し出されるシルエット。

モスリン地のエンパイアドレスを身に纏った緩やかな姿は

女神そのものだ。

ディアナは優雅な手つきで、壁掛けのランプに蝋燭の火を移した。

たちどころに、寒々とした部屋が優しい光に包まれ、居心地の良い

空間へと変わる。

ブラッディは眩しそうに目を細めた。

全てのランプに火を灯し終え、顔を上げたディアナは驚いたように

翠玉の瞳を大きく見開いた。

「ブラッド!血が出てるわ…」

テーブルの上に燭台を置き、ブラッディの傍らへと駆け寄る。

唇に僅かに滴る鮮血に白い指を伸ばした…が、それが触れる

寸前でブラッディは顔をそむけ、そのままディアナの脇を

擦り抜けるようにして、なめし革の椅子にどかっと腰を下ろした。

「何かあったの?」

不安げな表情を浮かべるディアナに物憂い視線を流し、親指で

唇を拭った。

「別に…ただ月を見ていただけだ」

「え?」

ブラッディの言葉に誘われるように窓の外へと目を遣ると

「まぁ、なんて大きなお月様なの」と感嘆の声を漏らす。

いつの間にか、月は元の姿を取り戻していた。

 

 

「きれい…」

ため息と共に呟く。

「キレイだって?

あの赤い月が、か?」

「ええ。

美しく澄んだ貴方の緋い瞳と同じ…」

「血に染まった赤い月は不幸の前兆だ。忌々しい!」

吐き捨てるような激しい口調に、ディアナの眉が僅かに下がる。

「私は好きよ。

貴方は”血に染まった"と云うけれど、私には

”紅玉(ルビー)のような”という表現の方がしっくりくるわ。

――ねえ、知っている?」

ディアナは視線をブラッディへと移した。

「紅玉はね、【勝利の石】と呼ばれていて、あらゆる危険や災難から

持ち主の身を守り、勝利へと導く神秘的な力があるといわれて

いるのよ。

燃えるような赤色には不滅の炎が宿るとされ、健康や富を守護し

満ちたりた気持ちと深い愛情に恵まれるパワーを与えてくれるん

ですって」

ピュゥ…尻上がりの口笛を吹くブラッディ。

「随分と物知りだな」

「ドクターに教えてもらったの」

 

『ドクター』というのはDark Angel号の船医のこと。

盲目の老医師の腕は超一流だが、素行にかなりの問題がある為

船内でも浮いた存在だ。

日がな一日自室に籠り、怪しげな”実験”に勤しんでいる。

その部屋にはキャプテンであるブラッディですら易々と入る事は

許されなかった。

―ま、入りたくもねぇが…―

辺りに漂う悪臭を思い出し、鼻の頭に皺を寄せる。

気難し屋のドクターだが、ディアナだけは快く部屋へ迎え入れ

どういう訳かそんな日には香しい花のかおりが船内いっぱいに

広がっていた…

最近では週に1.2度、ブラッディに言わせれば『暇つぶしの

でたらめ話』を語って聞かせているらしい。

 

「紅玉の語源はラテン語で”赤”を意味する【rubeus】。

サンスクリット語では”宝石の王様”という意味の【ratnara】と

呼ばれていたの。

アラビアやペルシアでは紅玉に病を治す力があると信じられて

いたそうよ。インドでは実際に紅玉の粉が秘薬として用いられた

事もあって――」

ブラッデイは頬杖をつき、身振り手振りを交え饒舌に話す

ディアナを見ながら苦笑した。

この調子では一晩中”紅玉”についての講義を聞かされそうだ。

 

*†*:;;;:*†*:;;;:*†*:;;;:*†*:;;;:*†*:;;;:*†*:;;;:*†*:;;;:*†*:;;;:*†*:;;;:*†*:;;;:*†*:;;;:*

 

長くなってしまったので続きはまた明日///

もう少しだけお付き合い願いますぺこり

                         あきまま

 

こちらも一緒にお楽しみ下さいマセラブラブ

 

リディアさま作

     『リオーラの酒場にて』

     『始まりの地にて』

 

アキさま作

     『Dark Angel号にて』

     『チェラリー島にて』

     『続 チェラリー島にて』