陰鬱な面持ちで薄暗い船室の窓辺に佇む男。

彼の通り名は『ブラッディ・オッド・アイ』

海の荒くれ者のなかでも最も恐れられている存在。

その名の由来でもある真紅の瞳と同じ血のよ うに

赤い満月がゆっくりと欠けていく様をじっと見つめていた。

【a total eclipse of the moon】皆既月食。

月の輪郭が細くなるにつれ、ブラッディの表情も苦々しげに

歪んでいく。

疼くような鈍い痛みを覚え、長い指で眼帯に触れた。

闇に塗りつぶされ消えゆく赤い月と、失った紅い左目。

奇妙な符号とひんやりとした皮の感触が、尖った神経を

逆撫でる。

何故大切な女(ひと)は、みな自分を置いて逝ってしまうのだろう…

二人の『母』を想い、唇を強く噛みしめた。

 

前世の呪いか罪なのか――

紅い瞳をもって産まれ落ちた忌み子。

親に捨てられ、人々に蔑まれた幼子は人として生きる事さえ

許されなかった。

見世物小屋に売られ、好奇な目に晒される暗澹たる日々の中

初めて安らぎと人の温もりを与えてくれたのは若くして夫を亡くした

敬虔なクリスチャンだった。

彼女は檻の中から少年を連れ出し、惜しみなく深い愛情を

注いでくれたのだ。

だが、幸せな時間は唐突に終わりを告げた。

血塗られた月。

村人達の狂ったような罵声と、憎しみに満ちた顔…顔…かお。

その夜、ブラッディは左目と母を失った。

 

再び始まった辛い毎日。

絶望のどん底を彷徨っていた彼を救い上げてくれたのは

美しき女海賊だった。

長い銀の髪を潮風になびかせながら『強い男になれ』と云った。

彼女の愛艇 Dark Angel号で共に旅をしながら身を護る術(すべ)や

航海術、様々な国の言語や風習など多くを事を学んだ。

厳しい物言いの中に隠された温かな優しさ。

ブラッディが思慕の情を抱くようになったのは極自然の流れだった。

師として、母として…そして…

 

奪う事を糧とする海賊暮らしは常に危険と隣合わせ。

彼女と言葉を交わした最後の夜も月は赤く染まっていた。

発砲音と船の腹を打ち付ける激しい波しぶき。

火薬の匂いが濃く立ち込める。

何か予感めいたものを敏感に感じ取っていたのだろうか?

負け知らずの女海賊は終ぞ見せたことのない弱々しい

笑みを浮かべ『強い男になれ』と云った後、艶やかな唇を

ブラッディの唇に重ねた。

初めての口づけは、刹那の間。

唇を離すと、くるりと背を向けブーツの踵を鳴らしながら力強く

歩き出した。

「リディア―――」

思わず呼び掛けたブラッディの声に振り返ったその顔は既に

獲物を前にした豹のように冷酷でありながらどこか嬉々とした

表情に変わっていた。

『船の上では男も女も関係ない。情けは無用。

敵に対峙したら命がけで戦うのみ』

酔った時の彼女の口癖。

その言葉通り、女海賊は潔く…美しく…散っていった……

 

 

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先週のスーパーブルー・ブラッドムーン×皆既月食は

ご覧になりましたか?

私はうっかり見逃してしまいましたがーん

その翌日、お友達や先輩からlineで送られてきたたくさんの

月の写真を見ているうちに、ふと彼の事を思い出し…

書かずにはいられませんでした。

(月の画像は写真好きの先輩が撮ったものです。素敵でしょ?)

 

お話の中に出てきた”女海賊”はリディアさま作

;『始まりの地にて』の主人公リディア・シックザールです。

勝手に拝借の上勝手に葬ってしまいましたあせるごめんなさい。

一話完結にしたかったのですが、少し長くなってしまったので

二回に分けます。

今回はかなり重いお話でしたが次回は少し明るくなる予定。

書きあがったらUPしますねドキドキ←相変わらずの行き当たりばったり汗

 

ではでは、次回をお楽しみに音譜

 

                     あきまま

 

こちらも一緒にお楽しみ下さいマセラブラブ

 

リディアさま作

     『リオーラの酒場にて』

 

アキさま作

     『Dark Angel号にて』

     『チェラリー島にて』

     『続 チェラリー島にて』