暑~い、あつ過ぎます。
すっかり体調を崩し、信州に行く予定を止め家籠りの日々です。
予定が変わって所在ないので、
以前から気になっていた「石碑」、図書館に行ったついでに調べてみました。
十字路、交差点の真ん中、石壇の上に『榎』と彫られた大きな石が鉢巻のように注連縄を巻かれて立っています。
このため大型車は通行困難で、暫く見ていると、右左折するクルマの通り方は、マチマチ。よく事故が起こらないものだと感心です。
『榎』碑の石壇に銘板がはめ込まれているのですが、クルマが頻繁に通る交差点の真ん中なので、危なくて近寄れません。
で、近くの公民館で尋ねると、
「和邇の地は、古来から北陸道の宿場として湖西の交通の要だった。江戸時代に幕府の指示により一里塚が設けるように指示があった際、ここに一里塚を造り榎を植えた。 そうしたことから、和爾宿は『榎の宿』とも呼ばれた。 この榎は『天皇神社』の御神木として尊崇されていたが朽ちてしまったので、昭和43年に地元の有志により顕彰碑が建立された。」とのこと。
石碑から右側の道を西に向かって比良山方面に進むと天皇神社があります。
更に進むと
「途中」を経て京都の「大原」や
「朽木」を経て若狭の「熊川」に
行くことが出来ます。
志賀町史(第一巻 p.104)に、以下のように記載されています。
西近江路は大津札の辻から琵琶湖西岸を北上し、堅田・今津・海津を経て七里半越で敦賀へ至る道。この道は古く『古事記』にも見られ、応神天皇の歌の中に「佐々那美道」として登場します。平安時代には宿駅がおかれ、和邇は穴太に次ぐ第二番目の駅。 また、若狭街道は、比良山地西側の峡谷沿いを走り、小浜から途中(大津市)を経由して京都に出る、西近江路の間道。古来、畿内と北陸とを結ぶ最短距離の陸路として利用されてきました。 この二街道をつなぐ道が、途中から還来神社(もどろきじんじゃ)前を通り、竜華から和爾宿へと通じています。道はさらに湖上舟運の開けていた和邇泊へ。 その交差点にはかつて榎の大樹が枝葉を繁らせていたといいます。天皇神社の神木として崇められ、親しまれていたこの榎に因んで、ここは「榎の宿」と呼ばれました。残念ながら昭和四三年、榎は枯れてしまい、代わって「榎」と刻まれた自然石の石碑が建てられています。
確かに、古事記 中6 應神天皇を繙くと、
一時、天皇越幸近淡海國之時、御立宇遲野上、望葛野歌曰、
知婆能 加豆怒袁美禮婆 毛毛知陀流 夜邇波母美由 久爾能富母美由
故、到坐木幡村之時、麗美孃子、遇其道衢。爾天皇問其孃子曰「汝者誰子。」答白「丸邇之比布禮能意富美之女、名宮主矢河枝比賣。」天皇卽詔其孃子「吾明日還幸之時、入坐汝家。」故、矢河枝比賣、委曲語其父、於是父答曰「是者天皇坐那理。此二字以音。恐之、我子仕奉。」云而、嚴餝其家候待者、明日入坐。故獻大御饗之時、其女矢河枝比賣命、令取大御酒盞而獻。於是天皇、任令取其大御酒盞而、御歌曰、
許能迦邇夜 伊豆久能迦邇 毛毛豆多布 都奴賀能迦邇 余許佐良布 伊豆久邇伊多流 伊知遲志麻 美志麻邇斗岐 美本杼理能 迦豆伎伊岐豆岐 志那陀由布 佐佐那美遲袁 須久須久登 和賀伊麻勢婆夜 許波多能美知邇 阿波志斯袁登賣 宇斯呂傳波 袁陀弖呂迦母 波那美波 志比斯那須 伊知比韋能 和邇佐能邇袁 波都邇波 波陀阿可良氣美 志波邇波 邇具漏岐由惠 美都具理能 曾能那迦都爾袁 加夫都久 麻肥邇波阿弖受 麻用賀岐 許邇加岐多禮 阿波志斯袁美那 迦母賀登 和賀美斯古良 迦久母賀登 阿賀美斯古邇 宇多多氣陀邇 牟迦比袁流迦母 伊蘇比袁流迦母
如此御合、生御子、宇遲能和紀自宇下五字以音郎子也。
つまり、応神天皇が近江の国に行ったとき、木幡村(現・宇治市?)で容姿端麗な娘に出逢って、「明日、都に帰るとき、お前の家に立寄るぞ。」と言って・・・。そして生まれた子が大雀命(仁徳天皇)の異母兄・宇遲能和紀郎子とのこと。
なお、応神天皇には皇子12柱、皇女15柱があり、こののち皇位継承をめぐって血生臭い争いがあった・・・。
古代豪族のワニ氏は、奈良・櫟本町の東北にある和爾辺りを本貫地とし、近江国西部や山城国南部にも同族が居住していたといわれています。
この石碑から西近江路を南へ進むと、
街道から少し西に入ったところに
小野篁神社・小野神社・小野道風神社・小野妹子神社(唐臼山古墳)など
ワニ氏と同族の小野氏関係の神社があります。
・・・もちろん古墳も~
(石神古墳の石棺蓋石)。
和邇の交差点から天皇神社の脇を通って更に西に進むと
若狭街道(鯖街道)との合流点の近くに梛の巨木がある還来神社に出ます。
和邇から還来神社へ行く途中、
振り返ると緩やかな坂道の向こうに
琵琶湖が見えました。
酷暑につき、今回は、ここまで
・・・暑い、36℃~。
「日本ブログ村」に参加しています。
↑是非、クリックお願いします。
※ クリックしていただきますと
歴史関係ブログがたくさん集まっているサイトに移ります。
※山城や古墳などの探訪記は、以下のブログをご覧ください。