大阪芸大発 著名人教員の紙上講義】(30)演奏学科教授 水口聡さん
2009.11.15 大阪朝刊 19頁 大阪総合 写有 (全1,504字) 
◆歌の気持ち考えよう

 歌に必要なのは声だけではありません。(歌われている)この場面は、どういう気持ちでいるのか、それを考えないと声もうまく出ない。それから、君たちは、いい声を出しているのに、姿勢がもったいない。例えば楽しい場面だったら、もっとぴんと背筋をはって、口を開いて歌う。すると、自然に笑顔が出てくる。そんな歌い方をすればお客さんも楽しいだろうし、曲もよく聞こえてくる。

 《ウィーンを拠点に世界を活動の場にしているオペラのテノール歌手、水口聡さん。この日は約10人の学生がモーツァルトやプッチーニの曲を歌い上げ、水口さんが個人指導を行った。学生相手のレッスンで学生の何倍もの声を張り上げ、実演しながら指導する水口さん。その力に感化されたのか、学生も次第に声が出るようになり、課題曲の完成度を高めていく》

 (女子学生が、プッチーニのオペラ『ラ・ボエーム』から、ミミのアリア『あなたの愛の呼ぶ声に』を披露する)。この曲は(声の)伸びが必要だ。だから、普通に聴いているといい声だが、ちょっとまだ浅い。君たち全員にも言えるが、歌には呼吸の練習がいい。吸うときは腹いっぱいに吸い込み、吐くときはその3倍くらいかけてゆっくり吐く。その呼吸の出来が、聴かせどころの伸びにつながってくる。

 それから、歌うときのメリハリ。それをつけるだけで曲は生きてくる。また、何度も言うが、情景を考えること。これは楽しい歌ではない。もっと悲しんで、悲しみをぶつける調子で、もっと聴いてほしい、と心を込めて歌ってほしい。

 《幾度となく歌と情景の関係の大切さを力説する水口さん。実は彼自身が小学生のころ、「赤とんぼ」など歌と情景がマッチした唱歌に感動し、歌の世界を志した経緯があった。今、振り返ってみて「歌に一番必要なのは“歌心”だ」と水口さんは言う。その歌心をとらえるため、故郷の飛騨高山などで自然に親しみ、表現力をつけたとも。「雄大な自然の中に身を置き、感動を声にしていないと、いきなり劇場で大きな声は出せない。“気”が必要なんです」と、水口さんは歌の極意を語る》

 (次の女子学生がモーツァルトのオペラ『フィガロの結婚』から、高音が特徴的な『スザンナのアリア』を歌う)。やはり、みんなの課題は表現だね。もっと情景をふくらませてほしいし、しつこく、たっぷりと歌ってほしい。それにテンポ感が加われば、もっと曲がきれいに聞こえる。

 (学生から出た、高音を歌う技術に関する質問に対して)歌い手にとって、高い音をどうするかという点は、実はみんなが悩んでいることだ。気分の問題でもある。君たちは、音が出ているのだから、思い切ればいい。歌う人が苦しくやっていれば、聴く側も疲れてくる。だから、音によってどう出すとかは、あまり考えないほうがいい。

 今日聴いてみて感じたのは、君たちは、歌はできている。あとはどう表情をつけるかだ。歌心や気とか、表情の付け方はいろいろあるが、まず腹筋をきたえて音をぐっと伸ばすこと。1日200回くらい(腹筋を)やってほしいけど、まあ1日50回だ。それから、たっぷりと歌うこと。そうしていれば、歌心の世界に近づいてくるはずだ。

 (構成・福本剛)

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 【プロフィル】水口聡(みずぐち・さとし)

 テノール歌手。岐阜県出身。ミラノ国際コンクールなど受賞多数。日本でも新国立劇場公演などで注目され、2002年のW杯サッカー日韓大会前夜祭で国歌独唱も務めた。今月、自著「声の力で人生をもっとよくする!」(実務教育出版)を刊行予定。平成21年から大阪芸大演奏学科(声楽コース)教授。

 撮影・塚本健一

産経新聞社

大阪芸大発 著名人教員の紙上講義】(29)保育学科長 渡辺純さん
2009.11.01 大阪朝刊 23頁 大阪総合 写有 (全1,498字) 
◆自己肯定感を持って

 今配ったプリントは恋愛依存症かどうかの判定テストです。「『あの人なしでは私は生きていけない』と思ったことがある」なんて書いてあるね。

 精神的にも肉体的にも何かに依存してしまうこと、それがすでにこころの病気なのです。

 昔からモノに対する依存がありました。代表的なのがアルコールや薬物です。

 15~20年くらい前からは、行動に対する依存もあるとされています。パチンコ、ギャンブル、作家の中村うさぎさんは買い物依存症だといわれています。

 人間に対する依存も増えています。その代表が恋愛依存症であり、セックス依存症です。

 ひとつひとつにいろいろな背景があります。例えばアルコール依存症。酒好きというより、飲んでいやなことを忘れられるから早く酔いたいという願望があるんですね。最近の研究で、依存している間に気持ちいいと感じてしまう物質が出ているといわれています。

 《大阪芸大短大は、幼稚園教諭や保育所の保育士を養成する。渡辺さんが受け持つ「医学知識入門」は、教諭や保育士として子供たちの健康を維持するのに必要な知識を学ぶ。この日は、子供の心理を推察したり、自分のメンタルヘルスを守ったりするための基礎知識を学んだ。まずビデオで、15歳の少女が語る恋愛依存症の実例を見た》

 この少女は両親が離婚して、母親の顔色を見て育ちました。母親は自分の基準に合った良い子なら認める。子供から見ると、良い子でないと見捨てられるという不安があるわけです。基準が他人にある。常に周りに認められなければならない空虚感を持っています。

 このむなしさを、その辺にあるもので埋めようとするのが依存症です。自己肯定感を持っていればそんなことにはならないのです。

 恋愛依存症かどうかとは、「彼以外は考えられへん」となるか「恋愛は生活の一部」となるかということです。自分で自分のことを認めているから、相手のことも認めるのか。それとも相手が自分のことを認めてくれる間だけ自分を認めるのか。それは信頼の気持ちとつながっています。

 ちょっとテストをしてみましょう。

 2人一組になって向き合ってください。

 片方の人が相手に話しかけてみて、その距離を覚えておいてください。

 反対の人、話しかけてみて。さっきの距離とどう違っていましたか。

 次に、立ち上がって向き合って片方の人が目をつぶってください。そのまま前に倒れてみて。相手が受け止める前に目を開けてしまうか、それとも支えてくれるまで目をつぶっていられましたか。相手が逃げた? そんな人は信用せんほうがいいよ(笑い)。

 さっきの話をした距離が相手と心地よい距離感なのです。この距離感が信頼とか居心地の良さにつながるのです。

 話していて、やけに近くにくるとか、やたら触る人とかがいるでしょう。それは距離感が違っているからなのです。

 子供との距離も同じです。教師や保育士の中に「子供命」という人がいますが、子供との距離が近すぎるのです。ときに、自分のむなしさを子供で埋める人がいます。皆さんも教諭や保育士になったら気を付けてください。自分のむなしさは自分で埋める。そのために信頼できる人を見つけておくことが大切です。

 (構成・慶田久幸)

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 【プロフィル】渡辺純(わたなべ・じゅん)

 医学博士。昭和30年生まれ。大阪大学医学部大学院博士課程修了。専門は児童青年精神神経医学。平成5年、大阪芸大短大教授に就任。主な著書に「障害児と性 思春期の実像」(日本文化科学社)「小学生メンタルヘルスエッセンス こころの危険信号」(共著、同)。

 撮影・甘利慈

産経新聞社

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大阪芸大発 著名人教員の紙上講義】(28)芸術計画学科長 相羽秋夫さん
2009.10.25 大阪朝刊 19頁 大阪総合 写有 (全1,427字) 
◆笑いは「反真面目」

 大阪の漫才は掛け合い漫才風でボケとツッコミが会話をしながら話を進めます。一方、東京は、ぼやき漫才風が多いです。ぼやき漫才というのは、一人で笑いを取れるので、ツッコミが役割を果たさない。昔のツービートなどはこのスタイルです。大阪でこのスタイルをとっているのは、今では横山たかし・ひろしや大木こだま・ひびきですね。

 (タレントの)カンニング竹山もこのタイプ? そうですね。彼がまたコンビを結成したらぼやき漫才の系統に入れることになるでしょう。

 チャンバラトリオが使っているボール紙を折って作るハリセンは、明治末期にその原形があり、当時は扇子の竹の骨を抜いて紙だけで相手をたたくといったことをしていました。だから、漢字では「張り扇」と書きます。

  《相羽さんが担当する「大衆芸能論」は落語や漫才を解説する授業だ。前期は落語を中心にした古典芸能を扱ったが、後期は漫才など現代の演芸を講義する。受講生はコントや漫才台本の作家を目指すなどお笑いに関心の高い学生が多い。その歴史や約束事を知らないと困ると説明にも熱が入る》

 先週見たビデオの中で、鳳啓助・京唄子と海原お浜・小浜が同じ「エクソシスト」を題材に取り上げていました。皆さんからエクソシストとは何ですか、という質問がありました。昭和50年ごろはやったホラー映画なのですが、皆さんは知らないようですね。

 漫才は落語と違ってそのときの流行や事件、時事問題などを取り上げることが多いので、知っていないと面白さがわかりません。世の中で起きていることもきちんと知っておいてください。

  《授業では中田ダイマル・ラケットや夢路いとし・喜味こいし、といった今では生では見られない古いコンビから現在までの漫才をビデオで鑑賞する。この日は、中田カウス・ボタンやコメディNO.1など昭和40~50年代に人気のあった漫才コンビを取り上げた。相羽さんは講義では知性は磨けるが、映像がないと感性が磨けないという。毎回感想を書かせるほか、1年間のまとめにはお笑いの台本を書き、表現の難しさを知ってもらう》

 漫才コンビに与えられる賞を表にしてみました。「NHK上方漫才コンテスト」や「M-1グランプリ」などは皆さんも知っているでしょう。さらに叙勲や褒章、人間国宝などもありますが、大衆芸能で現在、人間国宝なのは、落語家の桂米朝さんと講談師の一龍斎貞水さんだけ。漫才師はまだだれももらっていません。

 漫才はいい加減なもの、不真面目(ふまじめ)なものだから、国は人間国宝に認定しないのかもしれません。

 でも、私は笑いとは不真面目なのではなく、「反真面目」なのだと思っています。反真面目の姿勢を取っていると、真面目の本質が浮き彫りになる。それが国には理解できないのではないでしょうか。

 同じ古典芸能でも歌舞伎や能にはたくさん人間国宝がいます。落語家や漫才師にも人間国宝がたくさん出て、市民権を得てほしいですね。

 (構成・慶田久幸)

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 【プロフィル】相羽秋夫

 (あいば・あきお) 本名、澤田健一郎。演芸評論家、放送作家。大学卒業後、松竹芸能に入社。大村崑や正司敏江・玲児、笑福亭鶴瓶らのマネジャーを担当した。昭和62年、上方お笑い大賞(秋田実賞)を受賞。平成9年4月、大阪芸大教授に就任した。文化庁芸術選奨選考委員、文化庁芸術祭審査委員、上方漫才大賞審査委員なども務める。

 撮影・甘利慈

産経新聞社