かつてトランシーバーはプラモデルと並んで子供たちの欲しい物の一つであった、
当時は模型店でもかなり売れたようで次の記事にも書かれている、
(昭和42年9月11日 日本模型新聞)
模型店によっては1日に1台は売れたようである、
トランシーバーは数社のメーカーが発売していたが、特にムデンの製品が売れたという、
(昭和42年10月16日 日本模型新聞)
そのムデンとは無電テレビ工業㈱のこと、
6トランジスタとは、トランジスタを6個使用したもの、
トランジスタを1個使用したものを1石トランジスタ、
そのトランジスタを多く使ったものほど高価であった、
(昭和42年11月13日 日本模型新聞)
「週刊少年サンデー」が当時アンケートをとったもので、1番ほしいもの、今すぐに買いたいものが3番目のトランシーバーとなっている、
そう、プラモデルを抜いて3番目、
ただ、ほしいとは言うものの、広告を見てもわかるようにかなり高価なもの、
それでもかなり売れたようなので、高度成長期の真っ只中だったことが大きく影響していたのだろう、
ところで、その「無電テレビ工業㈱」はどのようなメーカーなのか、
次の記事にて紹介されている、
(昭和42年7月24日 日本模型新聞)
その無電テレビ工業㈱は今も現存しているのかどうか、
ネットで調べると、出てくるものの現存しているのかどうか確認できない、
Googleマップで調べても該当住所には見当たらない、
おそらく、今となっては消滅したものと思われる、
ところで、冒頭の日本模型新聞の記事で、「レンズ物、天体用キット、小型写真も売れた」とある、
それは、顕微鏡、望遠鏡、天体望遠鏡、カメラなどの光学商品のこと、
(昭和42年8月14日 日本模型新聞)
光学製品で有名なのが、KOLブランドの「㈱キング商会」、
望遠鏡の組み立てキット
(昭和42年8月28日 日本模型新聞)
それと光学製品といえば、プリンスのブランドで「宮城産建㈱」があった、
(昭和42年9月4日 日本模型新聞)
この宮城産建㈱は大分前に消滅している、
プリンス光学 「宮城産建㈱」
昔の子供用カメラ
昭和40年代初頭は、トランシーバが流行って、