「模型探偵団」明石小五郎の昭和のプラモデル

「模型探偵団」明石小五郎の昭和のプラモデル

昭和のプラモデルが好きなタダのジジイです、上から目線で書いてます、日本初のプラモデルメーカー、㈱日本プラスチックなど、真実のプラモデルの歴史を書いてます。

竹岡商事は昭和31年1月頃からレベル社の製品の発売を開始した、

 

               (昭和31年2月10日 日本教材新聞)

 

そして、ちょうどその頃、㈱日本プラスチックは正式に会社の設立登記をおこなった、

 

 

 

設立登記の日付は昭和31年2月11日、

 

それから昭和34年の春頃までレベル社の製品の下請け製造を行った、

そう、あの事件が発覚するまで。

 

 

 

東京支部より、

 

もけいたんていだん・とうきょう    です。

私の悪友、スロットレーシング・アイリス  こと  高瀬好喜氏が12月に亡くなっていた事がわかりました。

ヤフオクアカウント
https://auctions.yahoo.co.jp/seller/iris458ma

Amazonアカウント
https://www.amazon.com/sp?seller=A2QAJLIG9LSNGG

実店舗、新横浜ラーメン博物館(閉店案内)
https://www.raumen.co.jp/information/news_000929.html

12月と云えば、いつも彼と共に参加していた「ワンダーランドマーケット」が開催されました。

コロナ禍の中であり、2019年初であり最後のマーケットでした。

彼はここ数年来、患っていた重度の病状がありました。

骨髄異形成症候群、と云う血液ガンの一種だそうで、正確にガンでも無く、白血病でも無く、、、と、非常に厄介なモノでした。

普段から怪我やら病気やら
患っている自分でも病名を聞いただけではよく分からず、調べてみたらまず完治しない、ただ状態によっては治療すらせずに経過を見守るなんて、訳わからん病気です。

その様なため、ここ何回かワンダーランドマーケットには彼は参加出来ず、僕は他の出展者から病状等も尋ねられて心配されていました。

その12月のワンダーランドでも同じく皆さんに心配していただきましたが、おそらく開催された12月半ば以降に亡くなったものかと。詳細に日時は解っていません。

治療が佳境に差し掛かっていた事は承知してまして、失礼ながら彼には「何かやりたい事とか、、こっち(関東)で会いたい人とか、居ないの?」と、聞いていました。

10月の時点でかなり弱っていたところに11月に入り骨髄移植を主にした治療~入院をする事になり、その入院の直前の僅かな日時を活用しようと思いましたが、叶いませんでした、、、

弱った体力に骨髄移植って、絶対無理だろうに、、、

何度かの治療の際、無菌室入院をしている間にもモバイル連絡は行ってましたので、今回もそうしましたがなかなか返答は無く、架電したところ圏外、、、

まさかとは思っていましたが、回線解約されていない圏外ガイダンスに賭けて度々架電し続けました。

いやな予感がしたのは、、、

彼の在庫、知る人ぞ知る、超ボッタクリ価格の絶版プラモ達。

見覚えのある品々がヤフオクに数点並んでいるのを見て、もしや、と考え調べたところ、残念ながら予感が的中してしまいました、、、

電話解約されてないんか、、、今月過ぎたら、「現在使われておりません」になるのかしら。

彼には身寄りが殆ど無く、甥っ子だか姪っ子だか1人居るだけ、と聞いていましたが、今回調べている中で、永い付き合いだった中で自分も初耳だった、大昔に離婚していて息子が1人居る?と。

えー!!離婚はどうやら横浜に出て来るよりも遥か以前の事らしく、、、その頃だったとしたら、もうかなりの大人でしょうか。

何かあった時には連絡出来る様にと伝えていたのですが、、、諦めず闘病していたって事なのでしょうが、
もう少し、忠告を聞いて欲しかったです。

超ボッタクリ価格もそうですが、今だから笑えるハチャメチャなエピソードもありましたし、恐らく彼の右に出る者が居ない位の「田宮のスロット」にかけた情熱。

そんな「伝説のスロットカー屋」の話を残したい、って考えていましたが、もう叶わぬ様です。

それよりも、仏前に手を合わせる事すら叶わず、悔やまれます、、、


合掌

(乱文御容赦下さい)



 

ショウノウで走るプラモ、

先日の記事で樟脳で走る艦船プラモを紹介したが、

 

またアホなことを思いついた、

そう、洋上模型を走らせてみようと、

 

 

この「にしき屋」の洋上模型の空母飛竜、戦艦大和、

これを樟脳で走るかどうか試してみたい、

 

 

その前にちゃんと浮くかどうか、浮かべてみたらちゃんと浮く、

これに樟脳を挟んで走らせることができるだろうか、

 

樟脳を買ってこなくては、      <続く>

 

 

酒井製作所の玩具用トランスを用意した、

 

ちゃんと作動するかどうかテストのためにモーターを用意、

 

 

昔のアルスの交流モーター、

 

 

トランスに繋いでツマミを右に回すと、ちゃんとモーターは回転するので大丈夫、

この酒井製作所のトランスを何の為に準備したのかというと、

 

 

そう、先日紹介したこの酒井製作所のトロリーバスを走らせるために準備した、

 

 

 

畳の上でもすぐに遊べるらしいので、6畳の部屋でも走らせることができるだろう、

ただ、現物が届くまでにはまだ10日くらいかかりそう。

 

酒井製作所 積極的にプラスチックを、    火星人さんの記事は正確、

 

      

続いてエルエスの「ドイツ戦艦 ビスマルク」、

 

 

縮尺1/600  全長約42センチ、

桂材は柔らかく角が欠けやすい、60年以上も経っており、板が反っているので修正なども大変な作業となる、

 

当時の木製艦船模型のことで興味深い記事がある、

 

          (昭和44年6月16日 日本模型新聞 ㈱ジートッププレス監修済み)

 

片岡千恵蔵さんの息子さんの基晴さんが作ったハセガワのミズーリー号のことが書かれている、

基晴さんは千恵蔵二世と呼ばれていたらしく、弟さんは数年前まで「日本航空」の社長さんであった。

巣ごもりで千葉支部ではドンドン模型作りが進んでいる、

 

今回は木製艦船模型の「ドイツ海軍 戦艦ドイッチェランド」、 「豪華客船ユナイテッド・ステーツ号」を紹介、

 

 

子供の頃、エルエスの製品は千葉方面ではあまり見かけなかったとのこと、

小学5年生の頃にこの「戦艦ドイッチぇランド」を作って今でも保管してあるらしく、今となってはそれを見せられないほどの出来具合、

これはその60年後の今再び作ったとのこと、

 

続いて、「豪華客船 ユナイテッド・ステーツ号」、

 

 

僕と同じように色は基本的に塗らない、

色を塗ると素材などが隠れてしまうから、そう、スッピンが一番いい、

いつでも色は塗れる、

 

次は、ビスマルク、    <続く>

三和模型の倒産の要因についてはすでに紹介しているように、乱造乱売による資金繰りの悪化が原因とされている、

まあ、それが主な原因であったことも間違いないと思うが、それ以外に何か企みがあったとも推察される、

 

ところで、いかほどの乱造乱売があったのか、それを物語っているのが次の広告だろう、

 

         (昭和38年5月15日 日本模型新聞 ㈱ジートッププレス監修済み)

 

なんと、一挙に50種類もの新製品が、

この広告で数えてみたら、たしかにちょうど50種類ある、たしかに異常とも思える乱造乱売ぶり、

粗悪な金型になってしまうのも納得できるが、

 

コレクターの方からミゼットシリーズの画像をいただいたので紹介、

 

なぜ三和模型がこのような乱造乱売をやってしまったのか今となっては不明である、

何か企みがあったとしか思えない。

 

三和模型 B-25D ミッチエル

 

除名処分の三和模型

 

 

戦後すぐにショウノウで走る船があった、

 

そう、1センチちょっとの長さのセルロイド製の船の船尾にショウノウ(樟脳)を挟んで、タライに水を入れ浮かべて走らせて遊んだものだった、

今でも発売している、

 

日本模型新聞を読んでいたら、そのショウノウで走るプラモの広告が載っている、

 

         (昭和38年6月5日 日本模型新聞 ㈱ジートッププレス監修済み)

 

この広告を見て初めて知った、ショウノウで走るプラモがあったことを、

長さが9、5センチなので結構大きい、渥美産業の洋上模型よりも断然大きい、

なんと言ってもその値段、なんと20円、

もちろん、見たことない、

旭産業㈱、どこにでもあるような名、

日本模型新聞のこの広告が初めて、他には一切載ってない、

只今、調査中。

ピーナツシリーズと言えば三共模型、

 

ところが一光模型にもピーナツシリーズがあった、

 

          (昭和44年7月28日 日本模型新聞 ㈱ジートッププレス監修済み)

 

一光模型のピーナツシリーズは飛行機ではなく車、

 

         (昭和44年8月4日 日本模型新聞 ㈱ジートッププレス監修済み)

 

たったの6種類だけだったようである。

 

今井科学は昭和44年7月9日に倒産した、

 

ところで、今井科学が日本模型新聞に載せた最後の広告というのが次のもの、

 

         (昭和44年7月7日 日本模型新聞 ㈱ジートッププレス監修済み)

 

ただ、これらの新製品などは倒産後に発売されたものだという、

次の記事にて書かれている、

 

         (昭和44年8月25日 日本模型新聞 ㈱ジートッププレス監修済み)

 

従業員の給料などの支払のために発売されたものだという、

 

ところで、その広告以外にも発売されるはずの新製品があった、

 

 

昭和44年の夏の前にに今井科学はサマー大作戦として水物プラモを発売した、

このカタログは今井科学としては最後のカタログではないかと思われるが?

 

 

この中に実際は発売されなかったものが、

そう、サブマリンファントム、ジャガー、

 

 

ひょっとしたら、箱詰めまでされ出荷直前に倒産したために市場に流れなかったのかも、

と思ったが、

おそらく、生産はされなく試作段階で終わったのではないだろうか、

なぜなら、他のプラモは完成品の画像が載っているが、これは完成品ではなくタダの絵だけに終わっている。