「模型探偵団」明石小五郎の昭和のプラモデル

「模型探偵団」明石小五郎の昭和のプラモデル

昭和のプラモデルが好きなタダのジジイです、上から目線で書いてます、日本初のプラモデルメーカー、㈱日本プラスチックなど、真実のプラモデルの歴史を書いてます。

サンダーバード第十四弾は、

の続き、
 
ヒットを続けていたサンダーバードであったが、秘密基地を発売した頃からその売れ行きは鈍化の傾向をみせ始めていた、
 
         (昭和43年3月25日 日本模型新聞 ㈱ジートッププレス監修済み)
 
この記事にもあるように、3月に入って日増しに鈍化傾向にあるが、それは一時的な現象のようでもあったが、キャプテンスカーレットとの共食いの影響は否めないと予想されている、とある、
 
         (昭和43年3月25日 日本模型新聞 ㈱ジートッププレス監修済み)
 
この4月の発売予定リストでも、実際に秘密基地を発売後は新製品の発売予定はなくキャプテン・スカーレットに主軸を置き始めている、
 
また、「マイティジャック」も4月から放映が始まりそれにも今井科学は手を付けた、
 
         (昭和43年3月25日 日本模型新聞 ㈱ジートッププレス監修済み)
 
        (昭和43年3月25日 日本模型新聞 ㈱ジートッププレス監修済み)
 
結局、第15弾は秘密基地の発売から3ヶ月後のことであった、
 
          (昭和43年6月3日 日本模型新聞 ㈱ジートッププレス監修済み)
 
リストによると、6月中旬に「サンダーバード ミニ3点セット」、下旬に「コンテナNO4」、「コンテナNO5」となっている、
 
           (昭和43年6月3日 日本模型新聞 ㈱ジートッププレス監修済み)
 
                                    <続く>
 
 
 
 

サンダーバード第十三弾は、

の続き、
 
十四弾の前に、今井科学の昭和43年の経営方針はどうだったのだろうか、
昭和43年の経営方針について下記の記事のとおり述べられている、
 
          (昭和43年1月15日 日本模型新聞 ㈱ジートッププレス監修済み)
 
つまり、「サンダーバード」と「キャプテン・スカーレット」の両立で進めていくと、
まあ結果的にはそれが誤算であったが、
 
さて、第一四弾は、
 
         (昭和43年3月4日 日本模型新聞 ㈱ジートッププレス監修済み)
 
「サンダーバード秘密基地」が3月中旬となっている、
並行して「キャプテン・スカーレット」の「ベビースペクトラム基地」50円売りが3月下旬、
 
          (昭和43年3月18日 日本模型新聞 ㈱ジートッププレス監修済み)
 
「サンダーバード秘密基地」は3月20日から発売された、
 
       (昭和43年2月26日 日本模型新聞 ㈱ジートッププレス監修済み)
 
そして、今井科学は1億円に増資のために静岡協組を脱退する、
まさに今井科学が絶頂のピークに達した時であった、
                                    <続く>サンダーバード第十五弾は、
 

サンダーバード第十二弾は、

の続き、
 
サンダーバードの売れ行きがピークに達する頃、「キャプテン・スカーレット」の放映が始まる、
 
        (昭和43年1月22日 日本模型新聞 ㈱ジートッププレス監修済み)
 
そこで、サンダーバード第十三弾として今井科学はコンテナシリーズとして100円売りの「コンテナNO1」、「コンテナNO2」、「コンテナNO3」を2月に発売する、
 
         (昭和43年2月5日 日本模型新聞 ㈱ジートッププレス監修済み)
 
そのコンテナシリーズと併せて、「キャプテンスカーレット」にも手を付けてしまう、
そう、「キャプテン・スカーレット」第一弾はマスコットと同じく50円売りのプラモであった、
 
前回の記事でも紹介したように、ストアの安売り合戦で被害を被ったのが一般の模型店、
そのことについてまた火星人さんが書いている、
 
 
そう、プラモデルを安売りのストアで買ってモーターだけ模型店に買いに来ると、
 
         (昭和43年2月12日 日本模型新聞 ㈱ジートッププレス監修済み)
 
          (昭和43年3月4日 日本模型新聞 ㈱ジートッププレス監修済み)
 
その「コンテナ」が2月に発売されたことは上記のこの広告で確認できる、
 
         (昭和43年4月8日 日本模型新聞 ㈱ジートッププレス監修済み)
 
         (昭和43年3月4日 日本模型新聞 ㈱ジートッププレス監修済み)
 
そして2月に発売された「キャプテン・スカーレット」の第一弾プラモ、
 
まさに、今井科学が頂点のピークに達した頃であった、
今井科学の今井社長は各地から経営学のお手本として講師に招かれ、経営講座の講演にも飛び回り一躍時の人となった、
                                  <続く>サンダーバード第十四弾は、

サンダーバード第十一弾は、

の続き、
 
今井科学のサンダーバードが爆発的に売れていた頃、プラモデルの安売り合戦が始まったという、そのことが次の記事にも出ている、
 
          (昭和43年1月15日 日本模型新聞 ㈱ジートッププレス監修済み)
 
特に東京の西友ストアでは1,800円売り(1,800円ということはパノラマセットだろう)のサンダーバードプラモが半値の950円で売られていたという、
サンダーバードだけでなく、それ以外のプラモも徹底的に安売りされていたという、
 
なぜ、そのようなことが始まったかとその理由は、
 
            (昭和43年1月22日 日本模型新聞 ㈱ジートッププレス監修済み)
 
 
          (昭和43年1月29日 日本模型新聞 ㈱ジートッププレス監修済み)
 
つまり、スーパーストアの出店ラッシュで客寄せのためにプラモデルの安売りを目玉にしたということ、中でも特に人気絶頂のサンダーバードのプラモが選ばれたということ、
 
そこで、第十三弾は、
 
          (昭和43年1月29日 日本模型新聞 ㈱ジートッププレス監修済み)
 
イマイのミニミニ作戦と称して、
 
          (昭和43年1月29日 日本模型新聞 ㈱ジートッププレス監修済み)
 
        (昭和43年2月5日 日本模型新聞 ㈱ジートッププレス監修済み)
 
2月に発売された100円売りのミニ・シリーズ、「サンダーバードミニ4号」、サンダーバードミニジェットモグラタンク」、「サンダーバードミニ2号」であった、
 
キットの画像をコレクターの方からいただいたので紹介、
 
 
このミニ・シリーズのキットは僕も初めて見る、
 
さて、ちょうどその頃、「キャプテン・スカーレット」の放映が始まりだした、
今井科学はそれにも手をつけてしまう、      <続く>サンダーバード第十三弾は、
 
 
 
 
 

サンダーバード第十弾は、

の続き、
 
サンダーバード第十一弾は、「パノラマセット NO3」であった、
 
       (昭和42年11月27日 日本模型新聞 ㈱ジートッププレス監修済み)
 
         (昭和42年12月11日 日本模型新聞 ㈱ジートッププレス監修済み)
 
発売は12月上旬、
 
        (昭和42年12月11日 日本模型新聞 ㈱ジートッププレス監修済み)
 
マスコットシリーズの「スコット」、「バージル」、「アラン」、「ゴードン」、「ジョン」の5個入、
そして、紙製の基地のパノラマ入り、定価300円 である、
その画像をコレクターの方からいただいたので下記のとおり、
 
 
 
        (昭和42年12月18日 日本模型新聞 ㈱ジートッププレス監修済み)
 
そして、このパノラマセットと同じく12月に発売されたのが「サンダーバード2号 ラジコン」であった、

        (昭和42年12月4日 日本模型新聞 ㈱ジートッププレス監修済み)
 
そう、シングルのボタン打ちの「サンダーバード 2号 ラジコン」である、
この広告では12月中旬となっているが、実際は小売店では年末近くになって発売された。
 
実は、この頃からプラモデルの安売りが始まったという、
なんと、1、800円売りの「サンダーバード パノラマセット」を半値で売る店が現れた、
一体どこの店? それは東京の、         <続く>サンダーバード第十二弾は、
 
 
 

サンダーバード第九弾は、

の続き、
 
なおもサンダーバードで快進撃を続ける今井科学は従業員のために社宅をも増設する、
 
         (昭和42年10月16日 日本模型新聞 ㈱ジートッププレス監修済み)
 
そして、第十弾は、
 
          (昭和42年11月6日 日本模型新聞 ㈱ジートッププレス監修済み)
 
前頁での記事のとおり、11月には「ゼロX号」、「Xカー」までが発売されたので、次は「ジェットモグラタンク」、イージーキットの「2号」、「Xカー」が発売された、
 
そしてもう一つ、11月にそれらとほぼ同時期に発売されたのが、「サンダーバード パノラマセットNO2」であった、
 
         (昭和42年11月20日 日本模型新聞 ㈱ジートッププレス監修済み)
 
いやまだ上記の11月6日の日本模型新聞の記事のとおり11月中に発売されたものがあった、
50円売りのマスコット 「スコット」、「バージル」、「アラン」、「ゴードン」、「ジョン」の5点である、
ただ、それらが11月に発売されたという特定できる記事はない、
しかし、11月中の発売されたことは間違いないだろう、
なぜなら、12月中旬にはそれらをセットした「パノラマセット NO3」300円売りが発売されたからである、
                      <続く>サンダーバード第十一弾は、
 
 
 
 

 

14日に「80s リアルロボット プラスチックモデル回顧録」が出版された、

 

 

今までの書籍とは違ってイラスト、画像は一切ない、

文章のみで対談方式で書かれている、

それが新鮮味を感じるかもしれない、

執筆者はその分野では第一人者の方、

ツイートでは「メチャ面白い」と、大評判、

この分野のプラモに興味のある方はぜひ読んでいただきたい、

もちろん、僕はこの頃の時代のことはまったくわからない、

 

 

僕は大して協力はしていない、脚注の古いメーカーのことだけ、わざわざ名前まで入れていただいた、

普通なら僕の名前など絶対に入れてはいただけないのに本当に申し訳ない、

そう、業界としては絶対に僕の名は入れない嫌われ者、

 

 

脚注には日本プラスチックのことまで書いていただいた、このようなことは商業誌では初、

とにかく正確に書かれている、

例えば、

ニチモについても始まりが「江田模型飛行機店」であること、

昭和32年にソニーと提携しプラ製のヘリコプターソニー号を製造発売したこと、

そして、伊号潜水艦が2月ではなく3月の発売であること、

このようなことを書かれているのも初である、

何でも歴史は事実を書かなければならない、模型業界に忖度して捏造して書いてはいけない。

 

さてさて次なる書籍は?、それはまだまだ秘密 ・ ・ ・ ・ ・ 。

サンダーバード第八弾は、

の続き、
 
上記の記事でも紹介したように、サンダーバード1号は当初はモーターライズ版で発売されたが、10月に突然にゼンマイ式に変更されて発売された、
 
コレクターの方から画像をいただいた、
そう、「パノラマセット」、僕もそこまでは気が付かなかった、
その「パノラマセット」には当然のことながら当初はモーターライズ版の1号がセットされている、
そして、1号がゼンマイ式になったのでそのゼンマイ式の1号がセットし直されて発売された、
 
 
1号の箇所、拡大してみると、
 
 
1号はモーターライズ、
 
 
その後セットし直されてゼンマイ式になっている、
 
さて、第九弾は、
 
          (昭和42年10月16日 日本模型新聞 ㈱ジートッププレス監修済み)
 
 
このリストによると、11月発売として
「サンダーバード2号 ラジコン」、「サンダーバードOX号」、「パノラマセットNO3」、「Xカー」、
 
12月発売として、
「パノラマセットNO2」、となっている、
 
さて、その中で11月に発売された第九弾は、
 
         (昭和42年11月6日 日本模型新聞 ㈱ジートッププレス監修済み)
 
ここにも、「Xカー」が11月中旬発売となっている、
 
        (昭和42年11月16日 日本模型新聞 ㈱ジートッププレス監修済み)
 
そして、この11月16日付けのリストには載っていないので11月中旬には発売されたとしていいだろう、
 
        (昭和42年10月16日 日本模型新聞 ㈱ジートッププレス監修済み)
 
同じく11月に発売されたのが「サンダーバード0X号」である、
 
        (昭和42年10月30日 日本模型新聞 ㈱ジートッププレス監修済み)
 
この広告にもあるように11月下旬の発売であった、    <続く>サンダーバード第十弾は、
 
さて、話は変わって、
 
 
14日に「80S リアルロボット プラスチック回顧録」という書籍が出版された、
明日はこの書籍について、       <続く>「80s リアルロボット プラスチックモデル回顧録」

サンダーバード第七弾は、

の続き、
 
         (昭和42年9月4日 日本模型新聞 ㈱ジートッププレス監修済み)
 
 
このリストにあるように、第七弾は50円売りの「サンダーバード バージル」であった、
 
         (昭和42年9月18日 日本模型新聞 ㈱ジートッププレス監修済み)
 
            (昭和42年9月25日 日本模型新聞 ㈱ジートッププレス監修済み)
そして、同じく50円売りのマスコットの「サンダーバード アラン」、「サンダーバード ゴードン」が
10月中旬、
 
おやっ、このリストをよく見ると、サンダーバード1号が10月上旬に発売予定になっている、
1号はモーターライズ版がすでに6月に発売になっているのに?
 
 
よく見ると、1号はモーターライズではなく、ゼンマイ式になっている、
 
         (昭和42年10月2日 日本模型新聞 ㈱ジートッププレス監修済み)
 
そう、サンダーバード1号はゼンマイ式になって10月に発売された、
 
         (昭和42年10月23日 日本模型新聞 ㈱ジートッププレス監修済み)
 
つまり、第七弾は50円売りのマスコット「サンダーバード バージル」が9月発売、そして10月発売のゼンマイ式の「サンダーバード1号」、続いてマスコット50円売りの「サンダーバード4号 ゴードン」、「サンダーバード3号 アラン」 であった、
 
                                           <続く>
 
 
 
 

サンダーバード第六弾は、

の続き、

 

          (昭和42年7月8日 日本模型新聞 ㈱ジートッププレス監修済み)

 

「ジェットモグラタンク」が8月中旬、モーターライズの「サンダーバード2号」が8月下旬、の予定となっている、

 

          (昭和42年7月24日 日本模型新聞 ㈱ジートッププレス監修済み)

 

そして、7月24日の日本模型新聞には、モーターライズの「サンダーバード2号」が8月中旬と予定が早まっている、

「ジェットモグラタンク」も同じく8月中旬、

 

           (昭和42年8月28日 日本模型新聞 ㈱ジートッププレス監修済み)

 

そして、8月28日の日本模型新聞には広告が載っているので、「ジェットモグラタンク」と「サンダーバード2号」は同時期発売とみていいだろう、

 

この頃、今井科学では大量に新入社員を募集した、なんと高卒を50人募集したと、

とりあえず30人ほどを募集したところ100人の応募があったという、

それ以外にも中卒、大卒についても10月頃に入社試験を予定していると、

 

          (昭和42年8月28日 日本模型新聞 ㈱ジートッププレス監修済み)

 

そうそう、この写真のように僕も銀行の入社試験の筆記試験を受けた、

まさに、この昭和42年の4月であった、

すでに紹介したとおり僕は名前だけ書いて答案は全て白紙で提出した、

問題は「次の英文を和訳せよ」、もちろん、わからないから白紙で提出した、

そしてもう一つが「県知事選挙」についてあなたの考えを書きなさい、

そう、ちょうど福岡県知事選挙の最中であった、

これも、「わかりません」、と書いて提出した、

筆記試験のあとは面接、

なぜ白紙で出したのかまったく聞かれることがなかった、聞かれたら正直にわからないからです、と答えるつもりであったが、

もちろん、県知事選挙についても聞かれたが、「そのようなことはわかりません」と答えた、

 

九州全域から優秀な?高校生150名ほど受けたが、見事受かったのがその内の7名、

もちろん、僕もそのうちの1人、

何が良かったのか僕自身もよくわからない、

ただ言えることは、絶対に政治的なことを言ったらいけない、「聞かれたらわからないと言いなさい」と指導を受けていた、

当時は特に銀行は左翼系の人間を警戒していた、○○党関係者などは絶対にダメ、

当時は戸籍謄本なども提出させられ、家庭調査なども堂々と行われていた、

おそらく、僕はそれらの面でパスしたのだろう、

筆記試験などはあくまでも形式的なもので、白紙で出しても問題視しなかったものと思われる、

なぜなら、学校からの内申書では僕の成績は学年トップになっていたので、

これも就職担当の先生が成績を捏造して僕をトップにしていた(笑)、

 

まさに当時はいい加減で適当な時代、 今ではとても想像できないくらい、

いい加減といえばもう一つ、

僕が銀行に入ってまだ2年くらいの頃、人事部の人がやってきて「誰か親戚かなにか知り合いでいい若い女性はいないか、採用したいので」と聞いてきたので、

僕は「兄の嫁の妹が銀行に入りたいと言ってましたが」と言うと、

人事部の人は、「おお~、ぜひ採用したいので、とりあえず面接だけでもさせて」とおっしゃるので面接させると、

その面接の翌日に人事部から「採用したよ、紹介してもらってありがとう」と連絡があった、

それが今の誰かさんである、

 

また余計なことを書いてしまった、

 

さてさて、サンダーバード第七弾は、           <続く>サンダーバード第八弾は、