果汁グミうまい。
音楽blogから日記blogに日々変化しつつある。気分はこんなもん。すぐかわっていく。
今日は今までに経験したことがないほどの罵倒を浴びたのでメモ程度にのこそうとおもい。
罵倒は残念ながら仕事の話。大嫌いなホテルのイベント音響である。通常のライブなどと違い、打ち合わせもあまりされない当日合わせの素人宴会がそれを締める。今日はなにやら政治がらみの偉い先生方が集まる宴会。以前もウチの会社が引き受けている、この宴会。映像が映らないいう事態が発生してホテル規模であやまる結果になったらしい。もちろんウチの会社も責任者がでできて謝罪。なかなかない事態である。
で今日。
映像は他の会社が引き受けていて音響、照明のみの仕事となった。自分は音響。音響といっても弦楽4重奏にシュア―の57を4本立てて後はmc用マイクとステ―ジマイクで58が2本、ワイヤレスマイクを2波使用しただけである。政治家は声がでかいのでハウリングは、まずしない。弦楽もbgmとしての使用のため特にむずかしいことはない。そもそもスピーカーもモニターも出さずに会場の常設スピーカーのみの使用のため、はっきり言って気がゆるむ。朝っぱらだし。
進行は挨拶があり、表彰、乾杯、歓談、余興、中締め、お開き。といった具合。で自分が失敗したのが余興である。
ゲストにプリティ●島がくるという悲惨な余興。初めチアガールが飛び出してきて野球のseが入り、プリティ●島の入場曲、巨人の星を流しプリティが出てくるという流れ。md1枚カセット2枚という状況。
特にリハーサルせずに本番に挑む。本番前にヘッドホンで素材の確認をした際、プリティの音源が飛んでいることが判明。プリティ控え室にダッシュ。プリティ着替え中。部屋に飛び込んだので不機嫌。プリティに説明するも今までそんなことは無かったという。{今あるんだ・・・}
でよく確認するとb面にカンパケが入ってるのが判明。ちなみに自分が受け取った時はa面が頭だしされており、「頭からかけて!」と言われていた。b面にカンパケがはいってる事実にプリティ不機嫌。まー理不尽だがb面を確認していない自分もいたのでここは弁解。

で

余興開始、司会コメントでチアガールダンス曲をかける。この素材がmd
だったので残るはテープのseと同じくテープのプリティ入場曲。
上下スタンバイしてる状態。チアガール曲が終わりseをかけるつもりがプリティの曲をかけてしまう。この時点ですぐ{やばい・・}とはおもった。しかしこういう時普段ならばプリティ個人に謝罪ですむ。謝罪ですむなどその時は考えてなかったが。(実際ミスだし、かなり同様している)
様子が変わったのがココからである。イベントの仕切屋が形相を変えて向かってくる。「実況は!?」(seのこと)と叫ばれる。どうしようもないので「かけ間違えです」と謝罪するも。どうやらそんなことでは済まない。8方からいろんな人間に詰め寄られる。「なんでかからない?!」「どうした!!」ごちゃごちゃである。{こいつら俺より焦っている・・・}
プリティのseはそこまで重要なのか?!とさえおもう。
その時ステージにあがったプリティがいう。「先ほどかかった実況はここにいらっしゃる●●先生の宝ものである。●年の巨人阪神戦伝説の試合の生録音テープです」とかなんとかいっている。客はなんの事はわからないし、プリティ自身もドアの外から合図で入場してきたため”実況”がかかっていない事実はしらない。自らの入場曲が流れたからドアをあけて入場したにすぎない。
しかもプリティ、この実況のネタで本日いどんでる。前置きがないのにわけわからんといった具合の客。会場内困惑。プリティに罪はない。
全部俺。
「どうしてくれんだよ!!」いつの間自分の回りはヤクザ大集合状態。
ことのやばさを感じ始める。用は先生お膳立てイベントだった分けだ。
こうゆう時はあやまってもなにもならないのでとりあえず本番に集中。罵倒の中である。本番終了後にどう行動するかをかんがえよう・・・。
本番が終わる。イベント関係者はすべて音響卓付近にいる。
先生は直せずからんでこないのがまた恐ろしい。遠くに視線を感じる。
いつの間にウチの責任者が横にいる。「仕方ないよ」といわれぐったり。
やってしまった。責任者がきた時はもう個人の責任ではどうしようもない。会社の問題になっている。悔しいがでるまくなし。自らの謝罪を責任者の提案するも、どうやらそんなことではない。

ふがいない。ほんの5分で何度もいろんな人間にミスの報告をしたが報告する際「プリティ」「チアガール」の単語を使用しなければならないのが、さらにふがいない。先方ブチキレ、俺衰退状態で「プリティ」である。立派なコントだ。

ここから先どうゆう処分を受けるかは検討すると先方に告げられ会場をあとに。

で、いまにいたる。いろんな感情が芽生えるが、こんな時は耐えるしかない。
ボタン一つでどうにでもできる仕事。
禿げるな。
なにしてるんだ。これも因果だ。
一般的に輪廻を繰り返し、悟り、カルマ解消への道をたどっているとされているが輪廻するかぎりカルマはふえつずける。肉体と精神の不整合もこれ。
自身がつくりだすわりに、他人行儀。無責任。またくりかえす。ループして増幅。消滅してもループだけが続く。ぐるぐるぐるぐる。増幅。くりかえし。

もとにもどって。

もともと流れのみで構成されているはずの世界(宇宙)。そこに時間と記憶をつくりだしたわけ。まー流れもとまりますね。で、そこを軸にループしてしまってるのがカルマfor ACID。
肉体はカルマの塊。精神のみの感覚で解放。これはカルト。
カルマは肉体でも精神でもなく、想念。愛と一緒か。
肉体は愛からうまれる。これはオカルト。


それにしても最近の時代のカルマは個人的じゃない。そろそろでかいカルマ共有時代突入である。個人が個人じゃなくなる。もともとそんなもんだろ。いいかも。
自宅のミキサーの調子が悪いので一度結線をはずして一度向き合うことにした。aux outが4系統くらいのものを購入しようと考えてたためいい機会となった。ようはノイズとガリがのりはじめていたわけだが、専用のクリーナーで内部を拭いてやるとおぞましい量のホコリである。散々ふき取ってチェックに挑むとノイズもガリも解消された。だからアナログはやめられない。きれいにしてやれば機嫌がもどるのである。{2日もたてばうらぎられることも多々あるが}
ところでこのミキサーわざわざ机の下にもぐり結線しなおすのはかなり面倒である。職場ではシステム次第で毎日変更するため、なれてはいるが自宅の場合そうはいかない。システム変にがややこしいのである。ここで半月後に控えた引越しまでシステムを組まない事を心に決める。
しかしである。ここで以前からやってみたかったno inputミキサーが心をよぎるのである。ようはミキサーだけで完結させる楽器?としても扱い方である。ミキサー内部で微量のノイズをループさせてoutしてやるのである。簡単な例をあげると1chのフェーダ―をあおりそれをグループアウトで選択してそのoutも2chフェーダ―につっこんでやる。それだけで強烈なループができあがる。「ピギャ―ン!!」てなる。現実的には「ピギャ―ン」ではなく「ピギャ―ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー(略)----------(永続)」なのだが、とてもじゃないが耳がついていかない。フェーダ―下げた時点で負けである。これを解決する方法は考えた末、コンプレッサ-が浮かんだのでつないでみると確かにある程度のgainを保っているがなんせコンプである。どうやら音がすべての音がつぶされてしまい「ゴー」としかならない。なにも面白くない。
そこで同じラックに搭載されているリミッターの存在である。こんなもん家でつかうまいとおもっていたが、いわいる「時はきた」である。
これが見事功を奏す。ある程度でリミットがかけられるので「ぴぎゃぴぎゃ」いうのである。リミットかけられっぱなし。こんな寂しいことは無い。
しかしこれは面白い。もっと綺麗な音でこの効果がほしいがそんなもんでるはけない。
3つのフェーダ―をつかったシステムになったのだが。各chのeqをいじるだけでもしかしたら音階が出来る勢いである。その後フランジャーかましたりしたが、すぐに音がダマになる。結構繊細なのである。めちゃくちゃな音がであるのに。
なんだか面白くなってきたのでpcに取り込むことにする。
取り込んで聴くとなんともつまらない。結局行動が先行しただけである。まーがっかりしながら実験ついでに昔ovalがやっていたcdにマジックで線を書きそれを再生したものを構築するというのもやってみた。するとどうだろう読み込んでくれない・・・。マッキ―の偽者マーカーで書いたことがいけなかったのか?!それとも水性ペンなのか。同じ素材でも書き込むペンによって音が違うとかいうことになりそうだ。
{この実験以前もやっているがその時は普通に再生されてしまいただの落書きcdができあがった。}
どのペンが正解だ
みんな大好きdeley。音の遅れですね。
先日はじめてこのdeleyを作曲以外でつかう場面があった。
縦長のホールでのpaである。deleyスピーカーの存在は知っていたし仕込んだ事もあったがオペははじめてである。ようはステージ付近のスピーカーからきこえる音とフロアセンター両ハジにおいたスピーカーの音が同時に耳に入るようにするためにdeleyをかけてフロアセンターのスピーカーの音を遅らせるのが目的。遅らせないと後ろで聞いている人間は常にエコーがかかったような音を聴くはめになる。スピーカーの距離、位置によりあるていど数字はだせるが当てにならないことが判明(もしくは計算ミス)。
不得意とする微調整である。一般的なdeleyマシンとは違う、そして1Uに収めてしまったこのレンタルマシン。少ないボタンと小さなディスプレイのみがたよりである。アナログ回路万歳の自分にはきつい作業だ。つまみで遅らせて合うならそれでいいじゃないか!とつまみ無きこのマシンに問う。
まーあきらめてボタン連打でDeleyタイムを適度にのばし音をだす。自分の音とりはインドープサイキックスですることが多いが、たまに音響測定用ですか?などと聞かれる始末。説明できず会話終了。
さて、音を出した途端様子がおかしい、どうやらdeleyタイムのケタがまちがっていた様子。最高列で聴くインドープはダブと化しているのである。{やばい・・・}{freshだ!}
夜中の仕込みで誰もいないことをいい事にインサートしていたspx990を使い重ねてdeleyをかける。こんどはdeleyタイムたっぷりである。どんどんヤバイ音が増幅されてあっという間に団子上になる。
その時奥のドアから光がもれるのがみえる。{ヤバイ!}フェーダ―を瞬時にさげるがdeleyされた音が反響しまくっている。使い慣れたspxのほうのinputを少し遅れて下げるがまだ残っている・・。このレンタルマシーンである。どうやら1桁どころの間違いではなくすさまじいdeleyがかかりっぱなしである。インプットレベルのつまみもない。(実際動揺していて見失っただけだが)
会場に入ってきたのはイベントの仕切り屋さん。deleyされたインドープを背にこちらに歩いてくる。{そうとうヤバイ}
近くまできて一言「すごいですねー」{えっ}である。
「こうゆう音でチェックする人もいるんだなー」とかいわれる。
なんだこのおっさん、わかっていない。
スピーカーを飛ばしかねない勢いでdereyを増幅させて遊んでいた事実にきずいていないのである。
このチェック音源がpa定番ドナルド・フェイゲン「ナイトフライ」ならば、ばれたであろう。
ありがとうインドープ。
写真は巨大なおたまじゃくし。
音楽についてまたもや考えさせられたので一つ。
ジャンルという言葉がありますが、ここでジャンルの違い、有無意味について書くことはしない。万人がそれについての考えはちがうし事実混乱している面もあるからだ。今のところ自分は、すべての作品のジャンルが個々のものという意見と良い悪いだけの極端な分類の2点でジャンルが存在していると言う考えだ。音楽を聴いているのは聴覚でそこでは振動と周波数の違いでしかない。脳や精神がそれを解析しているのはわかる。だから環境の違いや精神状態で聴こえてくるものがちがう。音楽で感情移入される人が多いがそれはその音楽の話ではない。お前の妄想の話だ。
飯食ってうまい。sexして気持ちいい、本読んでなった気、映画みて主人公、走って疲れる、花がくさい、あっ霊だ。残念ながら全部脳内の話。
音楽も脳内。
これでよかったんだろうか。それぞれの器官に影響が与えられる。美味いもんくってるやつと牛丼食ってるやつで聴こえ方が違うことになる。
音楽の感覚について書いているが日本人自分個人の感覚であるのも注意したい。アフリカンな連中の音楽感覚はあきらかに違う。
例えばcdを聴いていて家の外で車が走ったとしてもそれを音楽として聴く人はあまりいない。車の音がしようとcdが音楽であり車は騒音ととらえる。同じ振動と周波数の問題なのに。分けてるのは脳内でしかない。過去に学習している車の音が音楽な分けがないというふうに分けているわけ。
大体の人に偶然の音楽がなくなっているんです。
しかしcdに車の音が入っていれば音楽としてとらえられるんです。スピーカーから聴こえるものはすべて。
残念な話。
音楽が認識でしかなくなってる。(少なくとも日本)
それはcdにはいることによって誰かが音楽として捕らえたという事実が安心感にもなってるんでしょう。それとは別に例えば砂漠でレコーデイングしたとしてその場に聴こえる音楽(ここでは楽器)以外の音も収録されたcdを聴いて空気感を感じたりするんですが、実際聴いている部屋の空気は聴いていないんですね。
ジャンルの認識もそれと同じ。音楽の認識はもう洗脳されてしまってるが分類まで洗脳されてるのが危険である。これがラーメンでこれがうどん。もとはにたような粉。これが醤油でこれがミソラーメン、これがとんこつ醤油でこれがみそベースとんこつ醤油、これが横浜系とんこつ醤油でこれが長崎砕きとんこつ醤油。ぶっ殺す!!!!!
分類は醤油みそトンコツ塩の4つで十分。ようはそれ以降だ。自分は違う的エゴでしかない。トンコツ醤油などトンコツでいい。土地の問題でもなかろう。
おなじ脳での認識だから音楽にもラーメンにも似たような傾向が見られるのだ。
パンクだサイコがヘビーだスラッシュだポストだソフトだエモだアバンギャルドだカントリーだプログレだロカだネオだハウスだテクノだエレクトロだヒップにホップだ音響だジャズだクラシックだオールドスク―ルだニュースクールだサイケだアシッドだアイドルだオタクだレゲエだスカだルーツだ初期だ後期だ年代だなんだかんだ!!全部なしだ。なしなし。

やりなおし。東京みたいだ。
2月中頃に念願の引越しである。物件は決めてあり新しく広い部屋だ。もともとごちゃごちゃと物欲みたいな部屋にいるので広くなるに越したことはない。
部屋の配置が今から楽しみで仕方ない。そうスピーカーの位置である。
現在は部屋がせまいため金属の棚の上にインシュレーターいれて鳴らしてる状態だがなんせウチのスピーカー(jbl4312a)ウーファーが強力なのですこし煽ると棚がビビリ話にならない。はっきりいってあきらめている。
それが引っ越すことにより新たな可能性を見出すかもしれないのである。
本領発揮。
新しい部屋は内覧した時に手を叩いた感じでは反射が強い印象がした。話し声は吸われていたのでホールほどのものではない響きである。おそらくカーペットを敷けば解消されるものである。しかしここで難問である。ものが多いためカーペットを敷いてしまうと、もしもの時はずすのが困難である。もしもの時というのは他の家具、レコード等を置いたときに発生するであろう余計な吸音である。ハイを煽ればいいではないかという意見あろうが、余計な周波数はいじりたくないないものだ。怖いのはカーテンである。あんなに吸われるものもない。部屋の配置からいって窓をセンターにスピーカーをステレオで置こうと考えたがセンターにカーテンはまずいのである。ステレオとはいってもセンターからモノラル一直線みたいなイメージで聴こえるのが理想である。用はそこが吸われてしまうのは危険である。ブラインドの購入を考えているが窓がでかい為余計な費用になってします。仕方あるまいか。
そしてスピーカー置く台である。スピーカースタンドはよいもので10万はしてしまう。よくなくていいじゃん!的発言はゆるすまい。なんせ唯一なにかと触れる部分なのだ。3つ穴ブロック積み重ねが定番だがやけに低音が増されるという話も聞く。しかし貧乏な市民はこれでなんとかするしかない。よって縦横交互の積み方ならばあまり増幅されないのでは・・・とおもっている。インシュレーターで設置面最小にすればたぶんいける。いけ!
スピーカー問題さて置きアンプ問題。去年?新品で買ったcec3300のプリメインアンプ。最近ガリガリ買った時からゲインをあげるとガリガリいうのである。
完全無帰還の回路構成とはこういうものだと言い聞かせて3分程前に至るのだがこのブロクを書いている時に改めて初心にかえり触っていた時のことである。
{ガリガリいうなー}などと思いに浸っていると、ふとオーディオファンとして自分ではなく、うんこPAとしての自分が現れたのである。{ガリじゃねーの}うんこは言う。{いえいえ、完全無帰還の回路構成による諸事情ですよ}オーディオファンは言う。
我に返りガリチェック。電源を切りゲインを左右に回しまくる。なにかに引っ掛けるイメージである。電源を入れstone throwのミックスコンピ101を書ける。(このcdすすめてくれた崇先生ありがとう)
・・・・ガリであった。なさけない・・・。なんだか音さえよく聴こえる。
新品という事実に疑いを掛けず1年近く。怒りではなく情けなさ先行。
とういわけで音自体は気に入っているこのアンプ、嫌いになったのは、つい4分まえである。やはり念願のmcintoshのアンプを買おうと誓う今現在。時間と心の変化は早い。宇宙に時間の概念はない。時間は心の変化でしかない。(誰だ)
McIntosh MC7150 クラスのパワーアンプなら中古で15万くらいで落ちていたりする。15万であの青いパネルが手にはいるなら・・・。この際プリアンプのことは考えないでおこう。(実際プリアンプにあまり魅力も感じないのである、なんせスイッチャ―みたいなもの的考えかたしかしてないからだろう。)
3ヶ月後目安で購入しようとおもいます。決まったものは仕方がない。

話はスピーカーにもどるが最近4312Dがでた。4312シリーズからすべてのユニットと一新したもでるである。(それって4312ではないのでは・・・)見た目は4312bに近い。
これがものすごい好みの音なのである。jbl独自のジャズ的な音ではない。音が明瞭なのである。しかしスタジオモニターとしては使いずらい。フラットではなく、立体の明瞭だ。{これなら見えるかも・・}といった感想。ようは「曲者のスタジオモニター」的な音なのだ。これが好き。生の質感をオーディオに求めるオーディオファンがほとんどだが、自分の場合、質感はほぼレコード溝に詰まっていると考える、割とアナログ以前の信仰的考えだ。オーディオはそれを何事もなく鳴らしてくれればいいにすぎない。
しかし何事もなくすのが大問題だからやめられない。
地元のjazz喫茶ベイシーの親父がcdをレーザーで読み取ることより一本のはりを溝にうめて音が読み取られるほうが数倍不思議だと書いていたが、そのとうりだ。宇宙人がみたらきっと溝を拡大してミクロマンのような生物を散策するに違いない。{ココニナニカガイルゾ}{ココニモナニカイル}{アッ、イナクナッタ}{サワルトコエガカワルゾ}{コウシンニセイコウシタンダ!}
レコードで地球が救われる日も近い。
nanoloopVER2.0がもうすぐでる。ALEC EMPIRE VLADISLAV DELAY APHEX TWIN DAT Politics Merzbow Pyrorator Stock, Hausen & Walkman(これは当時のnanoloop使用者。とりあえず有名な方々を・・・)
なんてことはないgameboyソフトなのですが、ようはシンセとシーケンサーな分けです。造ったのはドイツのどっかの大学生。3か4年前に発売されたこのソフト。友人のオトトくんと共にオトト君の実家長野へ向かった時はこのソフトにお世話になった思い出が・・・。
感覚的にはステップシーケンサーです。音源が何個かあり、キーほ決めて16個のマスにシーケンス。単純なので使い込みが必要なわけです。しかしこの音源がどうにも好きになれず自分なんかはホッタラかし。ここで登場したのがmidiアダプター。nanoloopで別音源、サンプラーなどを鳴らせるんです。が!!
ようはgameboyで完結するから魅了があるわけで外部と接続してしまった段階で価値観がなくなるわけです。ということで結局アダプター購入は見送ったわけです(国内では手に入りにくいし、ネットで仕入れるほどほしくもない)gameboy用の対戦ケーブルで繋げば同期再生できるという話も聞いたが、もう1セット買うやつもいまい。

で2.0の話。詳細わからず。GBA用で開発されたのは間違いなし。
てこと音源部が強化されている事になる。GBAの音源部はわりとよくできている。
そしてGBAで発売という事であればエミュレータも発生すること間違いなしです。これに誰かが改造コードさえ作成すればいかれたnanoloopが完成するかもしれないのです。(pc上で作動させることになるので前記した価値観はないのですが)pc上のエミュが納得いかないのならnokiaの携帯に落とせるのでそれで使用すれば携帯でnanoloopなのである。(音源部は携帯のものになるが・・・)nokiaならメモリカードもついているので保存も大容量可能になる。ただここまでしてこのgameをやる価値がもてる気がしないし、面倒な事は性にあわない。
周りの人間がそろって買うなら4台同期とか無茶してあそべるが一人となるとなんだかあまり・・。オトトくんも即答で買わないとの事。
小学生が昼休みnanoloopを同期させてる姿が想像できる。「よーし、先生も同期するぞー!!」「・・・」である。最近の子はきっと冷たい。
JBL。ジェームス・B・ランシングという創業者の名前のイニシャルが、社名でありブランド名になってる。先日、このJBLのかつてのフラッグシップ・モデル「パラゴン」を聴く機会があった。FROM武蔵野JAZZ喫茶ベース。なんとなく所在することは知っていたが、入るにいたらなかったがはいってみるとこれである。{パラゴンじゃねーか・・・}パラゴンは、普段見慣れたスピーカーの形とはずいぶんと異なった外観を持っている。演壇を横方向に大きくしたような形をしている。このスピーカーは、中身は通常の3ウエイ構成。左右チャンネル合わせて6個のユニットが納められている。低音用のウーファーは38センチ。内部に高音用のツイータが内蔵されているらしい。手元に1984年のJBLのカタログがある(何度みてもやばい!)。そのころ、国内販売を手がけていた山水電気が作ったカタログである。巻頭を飾るパラゴンは当時350万円となっている(安くも高くも感じる)。カタログの右上にある断面図を見ると、内部の構造がよく分かる。ウーファーからの低音は、内部のS字型のホーンを通過して外に出てくる。ウーファーのコーン(真ん中の紙の部分)は、張り替えが可能である。古いスピーカーではあるが、日本にはJBLファンが多く、メンテナンスの体制は整っている。正面の半円形に膨らんだ部分は、左右の中音ユニットからの音を反射させて前に出す役目を担っている。正面から見るとネジなどはすべて隠してあるが、全体をいくつかに分解することができるようになっているらしい。ベッド1台分くらいの占有面積で、本領を発揮させるには20畳を超えるリスニングルームが必要とのこと。さらに、300キロを超える重量。移動が大変なだけではなく、床の強度など設置場所を問う。さて、パラゴンは手作りである。ものによって寸法も違ったりするという。これを作る手間とコストは大変なものがあると容易に想像がつく。1957年のデビュー以来、全生産台数はわずかに1000台程度。材料となる良質な木材が手に入らなくなったこと、高度な技術を持った木工職人が引退したこと、などの要因が重なって80年代はじめには製造を終了している。最後の職人は日系人とある。日本の木工技術あればこそのパラゴン。 あっ、ちなみに音はザラッとしてて目が粗い感じ。本来鳴らされる環境とはほど遠い環境であったのとアンプとの愛称(そこはACCUPHASEのA-50とか言うやつ、多分最近のハイエンド機)、レコードそのものによる音いろいろな理由があったと思うが、音は4344なんかのスタジオモニターのほうが好きな感じがした。失礼なはなしだが音なんてどうでもいい。鳴んなくてもいいくらいだ。しかしこの形たまらない・・・。100万くらいなら買ってみようと思った。
写真は琴を弾く老子。
農耕民族onジャパン。そう農耕民族なのだ。
今日これをまざまざと感じさせられた場面があった。
韓国人と日本(江戸っ子)の披露宴である。日韓の文化を披露しあう面ももった披露宴だという。新郎新婦入場は江戸っ子大好き「木遣り」での入場である。始めてみた時はジーさんがなにやら歌いながら列なして歩いてくるので行進曲のようなものだとおもいこんでいたのだが、ウチのバーちゃんと電話ではなす機会があったので聞いてみると、どうやら労働歌ということらしかった。重い木や石を運ぶ時の掛け声から生まれたもので、なぜそれがめでたい席で歌われているのかは知らないらしく、自分で調べてみると、発生は信仰的なもので,神霊の依る木という意識から,新築する家に強力な霊力を付与するために使用する木や石を賛美したり,これから建てる家の繁栄を祈願するという祝唄の性格をもつらしい。木遣り唄が盛んに歌われるようになったのは戦国時代以後各地で神社仏閣や城がつくられるようになってからである。
大木を会場内にわざわざジーさんが運んでくる姿は説明しても韓国人にはわかるまい。しかも一人は甲高い声で歌い(鳴くともいうらしい)運び手はそれにあわせ掛け声を威勢よく上げる。ここはホテルだ。古文化にTPOなどない。
霊力という言葉がでたが確かにこの木遣り、独自の訴えるものがある。ジーさんはあきらかにトランス状態だ。トランスエキスプレス。運んでくる。
トランスジーさんはさて置き、掛け声に注目。日本労働歌、もしくは一般的意味でのか歌謡曲に多くみられる2拍子である。日本に2拍子が根ずいているのは四季によるものかららしい。ようは植物的リズム?。四季に応じて育つ植物がちがくそれは一定の周期で繰り返される。それはとてもゆっくりとしていてタメのようなのものも存在している。何故これが2拍子か言われるとすでに定説になっているからとしかここでは答えられない。疑問は多々あるが。
日本の音楽に重要なのは2拍子であることよりもタメなのである。この披露宴余興で琴も弾かれたのだが、これがすごい。3艘並べての演奏で「春の海」(正月によくながれるやつ)をやったのだが、さわりのタメが無音であるにも関わらず伝わってくるのである。視覚的なことであったのかもしれないが、そこにはタメが成立していた。反呼吸くらいだろうか演奏中にもこのタメは随所に見られたが、なによりさわりのタメが不思議で仕方ない。無音なのにはじまっているのだからしょうがない。ジョン・きのこ・ケージのそれとは類が違う。
さて韓国側である。リアル韓国語で解説のようなものが入り、なにやら大人数踊り始める(会場中まわりはじめる)。3拍子だ!その時韓国の祝いの席ではよくおこなわれると教えてくれたのは酔った日本人おっさんであった。{おっさんほんとか?・・・}
この3拍子エスカレートし会場中巻き込んでの大騒動。回ってないのは自分と写真家と収録ビデオ屋くらいで、その他150人クラスの人間が何を中心しするわけでもなく手に手を取り合い結構な速度で回っている。いつなにかが降臨してもおかしくない。(自分はなんかこう人が円になるスタイルが好きだ)
さて結構な間回っているので冷静になってみると、どうもぎこちない。そう我らが日本人である。3拍子など体内のリズムに記憶されていないに等しいのである。トランスジーさんなど2拍子で試みている様子。無理だろ。
リズムの違いを視覚で確認できるなんてすばらしい。
韓国の民俗音楽に3拍子が多いのも調べる必要がありそうだ。3拍子の労働なんて日本人の自分には思いつかない。(猟狩民俗のリズムが早いのは動物的ってことでいいんだろうか。)わからんこと多すぎ。
Apple Mac mini (1.42GHz, 80G, 256, Combo, 56k, E) 70000円くらい。   ある人物の影響でアンチAPPLEなのだが、これはMACにしては安い。ただこの値段ならPEN4の560プロセッサの160G,512MくらいのDOS-Vが組めてしまう。
やっぱなし。