写真はROCK BOTTOM アメリカ版。(やすいので聴くべし)
以前ソフツを書いた時に再販を期待していたcd,ロックボトムが手に入ってしまった。吉祥寺のユニオンに引越し用にレコードダンボールを買いに言っただけだったのだが、ついつい棚を漁る。やけにケビン・エアーズが目立った時点で少しおかしいなと思いながらあさっていたのだが、もうすでに、はめられていたのだ。日々探していたもののオンパレードである。robert wyattのいままで出してきた音源には入っていない未収録曲集のレコード(ジャケがないw)やらアルフレット・ベンジとの共作。そしてロックボトムのlpである。中古で1400円であった・・・・。かなり焦った。{おい!まちがいだろ・・}と心でおもったのだ。このlp国内外問わず相場は1万いかないくらいなのだ。プロモ版やきわどいレコード会社のものではない。hannibal recordsのものだ。見られたらヤバイと思った。強奪されてしまう。反射的に前列のレコードで隠す。その前面のレコードがURのJUPTER JAZZであったのにも不意をつかれた。{おまえテクノだろ・・}
このようにプログレコーナーには色々な思いで買いそびれたけどいつか買ってやろう的なレコードが混ざっていることがよくある。隠すだけありおいしいレコードが多いのである。自分はそうゆうとこでみつけたレコードが好きなのでこれも購入。
JUPTER JAZZで隠したロックボトムをレコードダンボールと一緒にレジに行くときなどもう・・!!
2つレジがあるがさとられる可能性が少ないと判断し若いおねーちゃんのほうに並ぶ。自分の番がきた。ロックボトムを手にした途端おねーちゃんが隣の男になにやら話しかけている。{まさか気ずいたのか!?!}

レジは無事終了。ひやひやさせやがってあのアマっ!と翻訳される気持ちである。
家につきレシートをみるとロックボトム50%オフになっている!700円!!今日の酒はうまい。
このドラマーとしての生命を絶たれた一作目”世界一美しいアルバム”と評されてきたこのアルバムは正直世界一とか美しさは感じ取れない。ただとワイアットの作品にしては造り込まれている。精密だ。体の不自由により精神が敏感になったに違いない。実際盲目の人間の聴力、想像力は一般より発達してしまうという研究結果もあるくらいだ。体一つにしてもなんらかの影響はあるはず。身近なとこでいえばオリジナル・ラブの田島貴男が筋トレをつずけて音に影響があることをテレビで公言していた。(やつは変態の部類だ)
ロックボトム以降ワイアットの作品が政治的、社会的になっているのは有名な話だが、最近ビョ―クのアルバムに参加した際のコメントで、音楽より政治に興味があると断言するほどまでになっている。共産党に入党していたこともあるそうだ。
怪我や事故も業でありなにかの宿命ととらえるのは仏教的だが大きな契機になることは確かだ。病院で何日も横になるという事実だけでもその影響力はある。
計画も宿命には勝らないといういい例だ。
写真はdj bakuの1st。仙台にて購入。

続くと書いてしまったからには続かねばなるまい。
自分はいつもblogを仕事しながら書いている。音響の仕事なのだが毎日素材チェックというものをしている。その際に書いているのである。バンドのデモやライブ録音したもの、そのサウンドを聞いて使うスピーカーやアンプを選ぶのだ。このようなチェックはいいほうなのだが、自分は土日披露宴のオペをやることが多い。失敗が許されないため。持ち込みのmdを片っ端から聴くのである。(内容が残酷なまでにヒドイので音楽として楽しめる作業ではない)
ちなみに今は余興用のマツケンを聴きながら書いている始末である。

さてklock。
そう、現れたのである。
見られていた・・・。複雑である。

そもそもこのklockを知ったのは3,4年前の事。渋谷のcodeでのイベントに出かけた時の事である。元々ハードコア中心だった自分はdj bakuの選曲に面白さを感じていた。(http://www.disdefensedisc.com/  ムービーみてね)
その日もbakuやばいやばい騒いでいた所にklockと名乗る男が現れたのである。
初めはpush bottom objectあたりのヒップホップをかけていてこちらも少し気になる程度だった。やられたのは擦り始めてから。スクラッチが巧いわけではなく乗せ方がイカレテイタ。リズムも不安定なものが多いのだが、きずいたら頭の中揺らされてた。いままで音楽でイカレタのはこの時と中学の時友達の家のコタツでみたレイジ・アゲインスト・マシ-ンのビデオと国際フォーラムにきたジルベルト・ジョアンだけだ。
イカレルと言う表現でしか表せまい。フム。
音楽でいかれてる時の共通の感覚としては音像が明確なことにある。これは音響的なものではない。友達のいえの14インチテレビがその理由だ。コタツにミカンとタクアン、14インチテレビだろうが目の前にレイジのザックが現れたのであるから仕方がない。視覚的ではなく感覚なんだろうがリアルなのである。脳は刺激されるといかれてしまうのである。脳内麻薬というやつである。
Lでもハッパでもなく脳内の話。元々やばい造り。誰も止められまい。フム
klockおそらく1時間やっただろうか。その後会場内にはいたがバカデカイはずの音が小さく感じていた。シラフってそんなもんだ。
これ以来klockの追っかけである。イカレタのは初回だけの話であった。(初期衝動か!?パンクか!?)しかしその後も魅了されて病まない。
テニスコーツとのcacoy,別名義のtoken。whakhakha。
どこでの活動もおもしろいのだ。残念なのは奥さんとのキスシーンをみてしまった事実があること。ニヤついていた。きもい。

さてそんなklockを目の前にして自分の一声目。「klock・・・?」。klockを目の前に「klock・・・?」はあるまい。
「はい」とニヤケられると、こんどは向こうから「ラスト前の曲なんですか?」との質問。  {なんだっけ・・・。}
「ライヒのなんかのB面です。」(こんな返答もなかろう)
しかたないのでレコード自体を持っていき「これです」。
「ユニオンクラシック館にゴロゴロしてます」(一方的じゃないか俺!)
「クラシックなの?」とKlock。
「はい、現代音楽です」と俺。
そこからは話も弾まず「そろそろかえります」と一言。いつから居たんだ。いつから見てたんだ。どうせなら感想を聞かせてくれればよかった。なにもプレイについて言っていなかったことに対して、後から考えていると段々へこんでいく自分がわかった。別になんてことなかったんだなと。
家に帰りライヒのなんかのB面を聴くとかけた覚えのない音が流れた。
嘘ついたw
いまだに何かけたかわかんないのである。
{なんだっけ}
写真はdj klockのファーストtape.
DJ klock=加藤さんw 知り合いではないが、最近イベントで話す機会があった。この人については後から触れるとして、このイベントである。
場所は西麻布にあるbullet`sというところ。入り口で靴を脱ぐというだらしない箱である。1年ほど前に自分主催でイベントをやったのだが、それからというものイベント情報をメールで送ってくる。ありがたいのだがその箱はあまり設備がよくないうえに音が出せない。だらだら音楽流すぶんにはいいのだが、リズムが浮きだった音楽は本領発揮できないのである。そんな理由からその箱からとうざかっていたのだが、去年の年末フリーでゲストに交代で皿まわしてもらうという、一風素人が考えそうなイベントが開催された。そこにである・・なぜか自分がゲスト枠にいれていただいたのである。丁寧な文章のメールと共に向こうからさそっていただいたとなれば断る理由がない。
前後なにがきても応用が利く様にノンビート(卑怯かw)ものを10枚ほど(20分くらいの考え)カバンにつめ出向いた。ほとんど遊びに行く感覚である。
現場につき階段を降り例の如く靴を脱ぐと引田天功似のオーナーが現れた。簡単な話を聴くためその日のゲスト14人と共に絨毯に輪を描くようにアグラをかく。天功によるイリュージョンが始まるのではないかと一人この儀式のようなスタイルに笑いをこらえる。どうやらメインでやるdjは何人か決まっていて(レギュラーでやってる方達)その前後に参加するというスタイルだった。
10人のサブを固める面子で話し合いがもたれる。ようは自分が何時やるかという話合い。自分はトリ前が好きだということ伝えると難なく通った。時間にして翌3:30から4:00の間。まー一般的に微妙な時間である。そんなことより10枚では足るまいということでB面を丹念に視聴。なんとか・・。
イベントが始まった。年末の忙しい中わりと客が入る。
この箱でやっている人達は割と面白い音をだすしみんなうまい!!あせりながらも面識のない人達となんとなく溶け込み話しあう。まー「どんなのきくの?」くらいから始まるのだが、この質問いままでまともに答えた記憶がない。「気分次第です」くらいに済ます。実際「人間とは何のために生まれた」くらいむずかしいW
自分の番が近くなる。いまだに緊張する。I‘m a Chikin(スペル?)
前の人がchari chariの曲でバトンタッチしますと伝えてくる。箱はみんな踊り狂っている。一番にがてなパターンだ。前から煽りの声が聞こえる。本当は足し算的なmixにしようとかんがえていたが引き算に変更・・・。ノンビートの中から最後に持ってくるはずだった。ホワイトハウス(古い極悪ノイズバンド)のセカンド中ほどに入っているタイトル不明の曲をかぶせる。ボーナストラックのようなものだがこれがすごいのである。痛いのだ。1kから1.25kくらいの周波数とともにギターがつんざく!なにしてるんだ俺は・・。耳を塞いだ人の姿が目に映る。笑ってしまった。これですぐに落ち着き自分のペースになる。みんな動きを止めている。ノイズを抜けだす曲は周波数つながり(なんだそれは)でカールステン二コライ。そこからお友達つながりで池田亮司・・・にthe CARETAKERを被せる。ここからからステ-ヴィ・ライヒ オンパレードIN THE BULLET`Sである。反復のみ。ミニマルじゃなく反復。ライヒを横に擦りまくる。反復が自分の擦りに影響してつられていく。かなり機械的に思えたが下手に変化するより気持ちがいい。終わりどころに困りスクラッチにタイムを限界までながくしたDELEYをかけて,スピーカーバリバリ言わせて交代。交代とともに拍手される。うれしい。箱で拍手されるとおもわなかった。「ヒョ-ウ!!」とか声かけられるならわかるがW。
そんなとき目の前にklockが現れたのである。
続く。
直訳=探求という名の部族。あんまりピンとこない。アルステッドのほうが部族っぽかった。(音もスタイルも)部族っぽいというのは信仰的だったりするイメージなのだが・・・。
hiphopを聴き始めて間もない頃はこの名は引っかかる対象には十分すぎた。
tribe聴いてなかったらhiphopを聴かなかったという人がいてもいいくらいその筋では愛されている。その筋とは自分の解釈でしかないが、jazzである。セカンドでロン・カーターにベース弾かせたこともあり世のjazzベースファンも無視できなかった。ジャズはサンプリングこの時代も大量にあったがあまりに生々しかったという。
今聴いているとすごく単純に構築された音なのだが、スキがない。Q-ティップ、ファイフ・ダグの2人が気合がない。ゆるい・・。ただ例もみないはっきりしたキックなのだ。ズンズンくる。(ズンズンってなんだ。)そこにメロディではなく、なにか(グルーヴか?)で構成されるうわ物が乗っかる。jazzだったりシンセだったりサンプルは様々だ。
ただただ単純なのである。ニュースクールと言われていたが衝撃的ではない。新しさも感じない。この3人おそらく時期がずれてもいて同じものを作っているにちがいない。オールドスクールであった可能性である。まー年齢的なものでしかないようにおもえるが。(de la soulにもいえる。この時期と現在進行しているhiphopには個人的にヒイキはある)
音楽的にみるとtribeに影響をうけた人間で、オリジナルよりすぐれている連中が5万といるのはたしかだが、ファンはゆずらない。
この連中がなにかもっていた証拠である。音楽にこの何かはつきものでカート、マイルス、ジョビン、フェラ(おもいついただけ)など自分のなかでそれにあたる。音楽自体ではなく容姿、思想でもない。これがだせる人間はそうはいない。才能といわれることもあるが言葉の意味が違う。うまれもったものじゃなく、もうあるもの。追求ではなく、なにもしないこと。
仏教や宇宙の話になるのでそれはまた今度。
今回やっつけだなw
プルグレの回で軽く触れたヒッピーについて気になったのでしらべてみた。
1966年頃、サンフランシスコのヘイト・アシュベリィを中心に世界的に飛火した文化の一つ。愛や平和をかかげる。
辞書によれば「60年代のアメリカで、既成の社会体制や価値観を否定し、脱社会的行動をとった若者たち」とある。
ヒッピーとよばれたの人間の大数はベトナム戦争への反戦意識からくる兵役の拒否からはじまっていたらしい。カウンター・カルチャーの世代。(この時代は若きケネディ大統領の時代)時代が若者中心に動きつつある時代だったとよく書かれることが多い。(そんな時代あったか?)いいすぎかもしれないが要はネタにされた時代と解釈している。
たしかにヒッピー文化は様々な文化に多大な影響を与えた。フルクサスが有名になったのもこのあたりからである。オノ・ヨーコはイースト・ヴィレッジという所(いわいるヒッピーが集ったコミューンの派生的なところ。)でガラスの破片を並べ「空の販売」をした。それを掲げて見るとそこにみえる空がその人自身のものになるというもの。ポケットにも入る空。この作品を去年友人と展示会で見に行ったがガラスケースの中に閉ざされていた。実践できないのである。ようは永久的な作品ではなくその時のハプニングなのだと解釈した。オノ・ヨーコの作品は実践的なものやハプニング、イメージなどのインストラクションがおおいが現在のものではない。形としてはあるがもう終わっているものだ。残念であると同時に生を感じた。
話をもどして・・・。上記のような文化としてヒッピーは、今では美化されているが、ヒッピーとは忌み嫌われる人々だった。一般市民からもそうだったし、聖霊(アフリカ)との精神世界を追求するヒップスターに比べ理想が低いとみなされていた。ヒッピーは、ピップスターの物真似ないしは、なりそこないという意味だった。ヒップスターは、学問や文化に置いて無償でしかも高度なものを追求実現していた。しかし、ピッピーにはその多くが、裕福な白人中産階級の出で、インデアン文化とインド文化(ビートルズのジョンやジョージはインド文化に倒堕してますね
)を安易に結びつけドラッグとロックとをことさら愛した。コミューンを最高の社会と位置付けた生活にはマリファナが平和の象徴とされた。彼らは多くの派閥を作り、宗教団体「愛の家」などになって行くものやマンソンのような犯罪者を作り出した。しかし、彼らの行った自然回帰的文化を私は愛している。そして、当時を知る人は、ヒップスターを尊敬するもの、ヒッピーは楽むものと考えていた。ここでヒッピーを神格化している人に残念な話をします。実はヒッピーは甘えの構造により成立していました。それはヒッピーをしながら社会保証金(生活保護に相当)で暮らす、親の援助で暮らす、コミューンのただ飯で暮らすなどでした。当然行き詰まったコミューンの中には「愛の家」のようにロリコン向けに幼女売春をさせるものや寄付金のおねだりが横行し、一部は暴徒化しました。石油危機に代表される経済の低迷が彼らの甘えを許さなくなりヒッピー文化は消え去ったのです。しかし、今でもそのスタイルがバックパッカーなどと姿を変えて精神だけを引き継ごうと試みる者たちが残っています。
ちなみに家のオカンの若かれし写真の中なかでヒッピースタイルのものを発見。そのとなりにいるのは同級生の友人の母である。2人はいまだに仲良し。
チャールズ・マンソンについて書こうとしたけどマリリンの話にふらないといけなくなるのでやめます。マザファッカー。


写真は「土俵magazine vol,2」
1996から大阪を中心に活動しているhiphopクルー。
もとは「土俵」というパーティーから派生したものらしい。この時期に出した「土俵orizin vol`1」かきっかけでクルーとして活動しはじめている。
現在のメンバーは6人。なかでもindenはkrushの「深層」に参加したこともあり、全国的にも有名である。
この人のライブを一度生で見たが、流れ方がすごくうまい。ゆっくり深く重くズブズブさされる。リリック自体の深さとは別に言葉を音の用に発するので深みが増すのだろう。実際この人の声質は苦手であるにも関わらずライブでは相当な所までつれていかれた。boss the mcのそれとは違う。
モス・デフ、エイソップ・ロックなんかと同軸上にあるんじゃないかと感じた。
大阪からきた知合いにindenのことを聞いてみると「普通の子やで、いつもレコード屋におったわ」との事。しかしこのosaka kara kita siriaiは、その人自体かなりイカレタ(イカスでも可)人なので、たまたまそう映っただけかもしれない。(あなたに比べたら世間はつまらない普通だらけだ)
あっ、とてもいい人なんですよ。

確かに土俵orizinは真っ当な音で勝負している。曖昧な音で逃げない。このクルーの幅の広さは土俵マガジンシリーズで確認できる。
自分がこのクルーを知ったのは「vol`2」の時である。その頃このんでmixtapeを買い集めていた時でまだ原宿にrough tradeがあった頃そこで名前が気になりかったにすぎない(デザインも好きだった)。なんせ土俵である。
トラックリストも読まず聴いてみるとリズムとクリックの中にスクラッチを交えたすさまじいものである。今の自分のスタイルにだいぶ影響があるようにおもえる。深さへの高揚とでもいうのだろうか。
それ以来土俵のファンになってしまった自分はつい最近でた「vol`11」まで買って行く事になる。この土俵マガジン毎回djが交代しているかたちでリリースしている。wessun,pwu,hal,kanamoriの4人。
最近でた「vol,11」はkanamoriが出したものだ。内容は彼らしくテクノ、エレクトロニカ、hiohop、レゲエなど幅広く、そして巧く聴いてて心地いい。
ただ納得いかない点が一つ。何故cd-rリリースなんだ!!!!tapeだから製品に特徴を感じたし飛ばさず一時間聴けた。残念であったがメディアを理由に買わなるのも奇妙なことなので買ってしまった。コレクター心理というのは誰しもあると思う。レコードは製品としてみたときも楽しめるものがいい。cdではそれは感じずらい。単に小さいからと匂いがしない等の理由からくるのだとおもう。tapeは詰め込まれてる感じがいい。記録も再生もかねているすばらしい出来だ。cdがあまり好きではないのはよく分からないからだろう。
まーいいや どうでも。
写真はジェフ・パーカーのソロ作。
行ってきましたトータス。
IT`S ALL AROUND YOUが発売されてから一年まではいかないが、かなり待たされた。以前blogにも書いたように「人間味」に対する疑問への確認が自分の中で先行している。20時スタートなのだが会場に19時には到着していた。早くついたのには分けがあり、前日の夜友人がやってきたため朝まで飲み明かし、2時間ほど寝てから午前には別の友達とレコード掘りに宇田川町にでかけていた。時間があまり、やることもないので現場に向かうことにしたのだ。しかしこれがよかった。リキッドには(新宿時代もそうだが)ホールの後方に高みになったテーブルがある。ここは音も聴くにはなかなかいい位置なのだ。そうそうにイスを確保し職業柄、楽器のマイキングやPA卓のin outプットを見回す。このバンドやけにoutが少ない。ステージをみても確かにモニター周りがすっきりしている。こうゆうステージは少ない経験上だが、ジャズに多くみられる。ジャズをやる人間はPAを嫌う人間が多い。マイクも嫌う。彼らの音楽には用なしなのだ。ただこっちだって拡声するのが仕事なのだ。よく意見が食い違う。ただ根本は自分自身マイクなど立てたくない人間なので、客の事をかんがえてのことだ。
話がずれているので戻そう。どうゆう意図かわからないがモニターが少ないのはPAにとって負担がだいぶ減る。メインスピーカーに集中できるからだ。本当に息が合っていないとモニターなしは、やる側にとってもきついはずだ。
そんな事を考えるうちに睡魔が頂点に達した自分は眠っていたのである。
丁度、一時間後大歓声に包まれ起きることになる。(この時グラビアの杏さゆりの顔をした芥川龍之介と富士急のフジヤマの乗るか乗るまいかかんがえてる夢をみる。特にどちらもファンではないのだが。)
起きると20人ほどしかいなかった客が会場超満員までふくれあがっていた。
ステージにはドラムのハーンドンが手前にくてマッケンタイヤがセンター後ろにくる以前ネット配信でみかけたポジションだ。音一発目はMACから出される不思議なビートである。この時点で専属PAがあわただしく動きだしたのが目に入ったし自然と自分もそちらを見たことになる。LOが人に吸われている。寒い冬は厚着のため音は洋服に吸われてしまう。PAしていたのはアメリカ人と思われる女性だったのだがおそらくトータスの専属PAであろう。日本来日一発目人数による音の吸われは想像したにせよ寒さを舐めていたのだ。この会場自体たしかにコートでもいられるぐらいの気温だ。ライブハウス独自のもやついた暑さはあまりかんじない。
PAはLOを煽り会場中がもこもこした音に包まれた。一曲目ははじめて聞く曲だったが、こんなこともありあまり覚えていない。一曲終えて拍手喝采のなか2曲目、IT`S ALL AROUND YOUのイントロが流れた。この瞬間寝起きながらも明らかに興奮せているのがわかった。アレンジが半端じゃない!PAのことなどすっとんだ。ハーンドンのドラムはほとんどハードコアだ。(ほとんどハードコアの意味はわからないがそうなのだ。)
狂いがないのにおそろしいグルーヴだ。「人間味」感じ取れた。音楽をやっている。音源とは全く別の所にある。別のバンドのようだ。知っているト-タスではない。
時間の経過は早すぎたTNTやSTANDARDSからも何曲か演った。ものすごくまとまりのあるバンドサウンドを聴いた。
ただ物足りなさというか虚無感にちかい感覚がのこった。想像したトータスじゃなかったのだから仕方がない。正直マッケンタイヤのスタジオワークのほうが興奮できるなと感じた。この感想をだした自分に対して疑問をもつ。感覚が鈍いのであろうか。慣れた物に反応する感覚の持ち主。
プログレについて。
PROGRESSIVE=進歩的等と言う意味がある。ちなみにプログレッシブ・ロックなるジャンルが確立していたのはつい最近まで日本のみでの分類であったらしい。まー進歩的なロックという分類はいささか疑問を感じる。ただこの分類もすてたものではない。主にと60年代のイギリスを中心とするヨーロッパで流行していたサイケデリック文化から派生したバンドが中心としてとりあげられている。(ピンク・フロイドなどいい例)サイケブームというのがどうゆうものか資料不足のためくわしくわからないが、日本にも影響を及ぼすほどのものだった事実がある。ヒッピーはコミューンをもたず、週末のみドラックに明け暮れる。最近の言葉でいう「にわか」であろう。にわかヒッピーたちはドラック問題が深刻化してきたこともあり早々にサイケとともにきえていった。
ロンドン発祥の不思議な音楽は早々にきえることになる。この後この国ではアメリカかあらの影響でヘビーロック、ブルースといったアメリカンルーツな音楽が浸透しはじめる。これが腑に落ちないのはサイケとよばれた音楽に分類されたバンドだ。ブーム後消える運命にあるのは音楽だけの話ではないが、大きいブームほど消えるときは痴態感さえ植付けられる。サイケもそうだったのかもしれない。このバンドたちがどうしたかと言うとブルースの流れに乗ったものと、イギリスに固有したものに分かれた。(もちろんほとんどはきえていったが)。EL&Pのキース・エマーソンが言っている一言に「ヨーロッパベースの音楽がやりたかった」というのがあるが、言葉どうりこのバンドはクラシックの影響をもろに受けた音を出す。MOOGなどのシンセが出ていたこともあり、クラシックの「壮大さ」を表現するバンドがこの時期イギリスで増えてきた。(プログレの駄作のほとんどがこの「壮大さ」を履き違えて「ただ大袈裟」な音になっている。このようなバンドがプログレとして括られるのには腹がたつ)
クラシック、現代音楽を取り入れたサウンドは緻密で計算されていて、クラシック音楽理論をも理解したうえで成り立つものだったとおもう。この頃のバンドはプログレに限らずテクニックが重視されている。いままでこんな時代はなかったろうし今現在もそれを超えるテクニックが重視される音楽はうまれていない。(テクノロジーが発展しつずけるだろう将来もさらにこの可能性は薄れていくにちがいない。テクノロジーの根本が崩れる時はくるだろうが。)
この音楽はイギリスにとどまらず、ドイツ、フランス、イタリア、その他北欧にも影響を及ぼす。ドイツでカンやクラフトワークがではじめたのもこの頃でたまにレコ屋のプログレ箱にはいっていたりするW。ビートジェネレーション誕生はまじかである。ちなみにアメリカではニューウェーブが全盛の頃。
このビートジェネレーション、ニューウェーブなどの言葉が現れるあたりからプログレの存在はあやしくなる。この頃にはすでにほとんどのバンドは解散し、のこったバンドも活動を控えていたらしい。そして決定的なのはピストルズの存在である。プログレの繊細で緻密に構築された音楽を否定するかのようにベースをうならせたのである。(別にグレン・マトロックにうらみはない)
これに反応したのはもちろん若者である。パンクス登場である。マルコム・マクラ-レンは時代を読んだのか酔っ払っていたのか。音楽史のビックバンである。ピストルズは音楽ではない。パンクは精神も問題である。なのに音楽史をかえた。きっとこの頃のイギリスは相当くらかったに違いない。パンクが変えた。
それ以後、日本のみでプログレとよばれていた音楽は細分化し、独自のものになっていった。
いまなもPROGRESSIVEなバンドはすくないながら存在する。
音に言葉を与えると音そのものとは違う方向に進む事がある。言葉での分類はそのもっともいい例だとおもう。言葉は人に伝える時に用いるものだが、そもそも音楽をつたえるのは言葉の役目ではない。耳や体だ。
PROGRESSIVEに限らず言葉が力を持ったがゆえにきえた音楽は多々ある。言葉に勝る音楽があふれた時は音楽が平等に扱われるときだ。
2004/10/6 SOFT MACHINE,MATCHING MOLE,ROBERT WYATTの紙ジャケ再発盤が計10タイトル発売された。この日が誕生日だった自分はプレゼントということで全部購入。3枚カブルこととなったがデジタルリマスタリングの名目のもとそろえることにした。しかし残念なのは、レコード会社の権利問題だとおもうが「1」、「2」、そしてワイアットの「ROCK BOTTOM」が再発されなかったこと。「2」のヤバイジャケットを紙ジャケで拝みたいものである。これらに関してはリマスタリングなどなんの役にもたたないのは明確である。ワイアットの音はアナログであるほどよい。シンガーに転進してからもドラムを叩いていたときもワイアットが絡んだものはデジタルではいけない。そうゆう人だからという理由しかないが・・・。
ところでこのバンドに触れる際、触れるところを間違えると痛い目をみる。(スラッシュノイズ等のそれとは違う)
このバンド「6」あたりから迷宮入りしてしまう。(「1」「2」のそれとは別物)いわば低迷ともいえる。それぞれ意見はあるとおもうが問題の「6」でのエルトン・ディーンの加入からこのバンドは変わっていった(すべてのアルバムにおいて変化をみせるが)。まだラドリッジとホッパーがいてのが救いといえる。エルトン・ディーンがいい音楽を手がけるのは脱退後ホッパーとのSOFTWORKSのみに等しい。
このバンド、アルバムすべてメンバーが変化している。それも生易しい変化ではない。後期にはオリジナルメンバーの影もない。初期の軸ともいえるワイアットは「4」まで。(実質「3」と自分はおもうが)中期の軸ホッパーは「6」。ラトリッジは「7」の後作「BUNDLES」までである。SOFTMACHINEというバンドが悪い方向に一人歩きしている。このバンドがSOFTMACHINEの系譜を絶やさないでいたのは1975年くらいまでであろう。
ただ注目したいのは脱退後のヒュ-・ホッパーの動きである。SOFT HEAD,SOFT HEAP,SOFT WORKS等で中期SOFTMACHINEのJAZZ ROCKの系譜を絶やすまいと活動しているのである。SOFT WORKSなどつい最近の出来ごとだ。中期ソフツへのこだわりからくるものだろう。この事実に感動すらおぼえた。
SOFT MACHINEは80年代にはいってから活動していないが、このバンドを返してあげたい。ワイアット、エアーズ、ラトリッジ、それとあえてオリジナルメンバーではないがホッパーへ。カンタベリーの町。学校の下宿であつまっただけのメンバーから始まったバンド。誰もこんな風になるなんて想像しなかっただろう。メンバーチェンジの理由などどの本にも記されていないため詳しいことはわからないが、ワイアットが最近だしたコメントで「60年代は最低だった。」というものがある。おもい一言だ。
このバンドは人間関係がとてもおもしろいので後にもふれることになる。ゆっくりみていってもらいたい。
きたる2005/1/7.8 恵比寿LIQUIDROOMにTORTOISEがシカゴからやってくる。アルバム5作目「It'S All Around You 」を引っさげてとの事である。前回(STANDARDS)以前の作品にくらべるとあまり実験的なものをかんじない。むしろ綺麗すぎるくらいのスタジオワークだ。ジョン・マッケンタイヤの最近の仕事をおっていると共通に感じるのはこの「綺麗さ」につきる。サヴァス&サヴァラスのミックスに関してもつまらなさすらかんじた。(スコット・ヘレンの意向かもしれないが)驚くほど独創的な音を期待して聴いたための事かもしれない。3rdのTNTがいまだに絶賛されるのは独創性においてのことだとおもう。4thのSTANDARDSが無視されたのは集大成でしかなかったからだろう。しかしこの「It'S All Around You 」不思議で仕方がない。心地いいが聞いたことがない、しかしノスタルジックである。矛盾とはこのことだ。体感していないのに懐かしい。そしてもう一つ感じたのが人間的ではないということ。たしかにジョン・マッケンタイヤのスタジオワークによるところもあるとおもうが音自体は非常に生々しい。有機的だ。なのに人間味がない。これは批判ではなく興味にあたいする。この5人がこの作品をどう演じるのか。もしもライブで5人のエモが感じ取れたときはSTANDARDSの高揚感を圧倒的に超えることになるだろうし、そこに人間性を感じなかったときは誤解をおそれずいうが「神がかり」である。 5人のバランスは精神でつりあっているのだろう。もしも恵比寿で共有できるのなら体験(精験?)してみたいものだ。ライブではなく禅にちかいものなのかもしれない。