家族葬。

葬儀前夜。

/隠国(こもりく)の未だ見ぬ国の遠の途

いざ待ちわびる今こそいかん

享年99歳にもなれば周りの人たちもみんなみんなあちらへ旅立たれ、残される人たちもみんな老いた人ばかりの人たちになる。葬儀はごく内輪のぼくらの家族葬と云ふことになった。枕経を誦まれ、南枕から北枕に、臨終経の読誦になった。小さく尹尹と響く鐘の音。お式の準備がだんだん整ってきました。祭壇には遺影のお写真、なつかしい笑顔だ。両脇には飾り花を立てる。まるでセレモニーと変わらぬくらいに華やいだ。庭木はぼくの剪定、松からヒバ、躑躅からツガ、ヤツデの葉っぱの整理まで、なんと全部危篤のときまでに間に合いましたよ~。ば様エライね、僕らに時間をくれたみたいだ。さあ億光年の彼方にお旅立ちです。守り刀を白布の胸の上に、姻族の数限りないまなざしに包まれて、明日には白木の卒塔婆に新しいお名前が記される。少しの烟と共にまるっきり入れ替わるんだね。ご来客が立ち去られた後の座敷にまたお一人になられた。静かだねまったく。まだ形骸があるうちに唇にお湿りをあげようか。

般若波羅蜜多

羯諦羯諦ぎゃていぎゃてい、

波羅羯諦

さあみんなで渡ろう。

法光あふれる永遠の国に。

 

倉石智證

2025,10,29 ば様逝去。

享年99歳。

ごくろうさまでした。

ゆっくりお休みください。

「小夜子さんの心電図が平らになって来てしまいましたよ~」。看護士さんがナースステーションから来てドアを開けて伝える。ほんたうだ。酸素飽和度は86だが、脈拍は50を割って来た。指の爪がまず紫色になって、手指はしろく冷たくなって来る。摩っても摩っても冷たさは戻らない。親族が集まって、最後の親族の到着を待ってゐる。息を引き取る───、ほんたうだね、肩呼吸一回、顎でベロを口内に引き込むやうにして息をして、それで熄む。間にあってよかったね、ぎりぎりだった。ば様の目じりに泛んで来た涙を拭いてあげる。昭和2年、2/14生まれ、満98歳と8カ月。天皇大好きの軍国少女は農家に嫁ぎ、過酷な労働力として桎梏な農労に明け暮れた。勲章は外側に歪(いびつ)のやうに反って曲がった親指のことである。農家の合い間自力で短歌教室と、お習字の学校にも通った。「ガクモシナルナクンバ」であった。茫々、漠々たる時間がアッと云ふ間に過ぎていった。生死事大なり。人はなぜ生きるかである。ばーさんは常々人は寿命だから、て云ふ。

ば様はうすうす気づいていて、ありったけの努力や才能はアッと云ふ間に忘却の彼方に消え去っていって、残ったものは無為で、ただ喰ふ、眠る、放る、の毎日はたまらないと口に滑らした。一方ここ4、5年は何かと云ふと胸の前に両手を合わせ、「南無」と口誦む。ミトコンドリアがくたびれ果てる寿命がなかなかやって来てはくれなかった。擦っても摩ってももうチアノーゼは止まらない。或るところからタイムオブノーリターンと悲鳴のやうな声が聞こえる。みんながば様の酸素マスクと喉元を見ている。「無呼吸が増えて来ましたね」。看護士さんがまた伝える。時々刻々は容赦なく峻厳なものだ。最後の親族が到着してすぐに最期のひと呼吸があって、それで了はった。享年99歳、たくさんな知恵、物語り、姻族、笑い、喜びを与え残して行ってくれてありがとう。感謝です。安らかにお休みください。

茅ヶ岳が夕照。

 

倉石智證

生死事大、なんだかば様がいきなりあっちの方へ行っちまうのではないかと気持ちが焦る。壁に設置されているoxygen 装置が激しく泡立ってゐる。昨日帰る時は8㍑のレベルだったものがけふは9㍑に書き換えられていた。ば様は赤い顔をして苦しそうに呼気を継いでいる。眼はうなされるような熱っぽい眼で、宙に放心している。ミトンは外されていた。「ストレスになりますからね」、とは説明されるものの、「ばサン、握って」とせっつくものの手を握り返す力もないのか反応が返って来ない。呼吸数が昨日に比べて倍近くに上がってゐる。苦しいんだよね。きっと水の中にゐるやうだ。物語が変わってしまった。ぼくらのストーリーでは看取りも含めて自宅で自然消滅していく風だった。痛み、苦しさが無く、意識がすり抜けて仕舞へばしたがって不安、恐怖もない。

2017に亡くなったじ様がほぼそんな感じだった。入院半月後くらいから食事を自分で摂らなくなっていった。水分量も減っていって、最後は枯木がとぼるやうにあっちへ逝ってしまった。それがなんて云ふことでせう。ぼくらのストーリーの中ではこの苦痛と云ふものが入って無かったのに、ば様は真っ赤(かい)顔をして酸素マスクの下で喘いでゐる。なんで死の瀬戸際にあってこのやうに苦しまなければならないのか。まったくいい人で在って、いい子でいたのに。熱い額に手を当て、がんばろうねと声を掛けるしかない。昏い気持ちでまた梯子の人になった。高梯子を紅葉の枝叢に突っ込んで、密集した紅葉の枝の上に立って顔を出す。滅茶苦茶にはみ出してゐる徒長枝を思いッきりばっさばっさと剪定鋏で伐ってゆく。

10/28深夜、血圧が下がって意識が薄らいでいる。

危篤───、の電話があった。

すぐに駆け付けて、ベッドサイドにゆくと、

ば様は荒い呼気を顎呼吸で。

酸素飽和度は94に下がる時もあった。

朝6時前、抗生剤点滴開始。

酸素は97になる時もあって、小康状態に。

6時過ぎにいったん自宅に戻る。

寒さもあって、運転中も終始躰が小刻みに震える。

 

倉石智證