鍵があるから立ち会えと云ふ

♪明日は出てゆく、出てゆく

黄金の鍵を背中に仕舞い

古びた使い古した木の扉を開ける

鍵はどうやら魔法に使えるらしい

♪はあるばると

緑の野になったり

砂漠の砂丘になったり

眼を閉じさえすれば

触れんばかりのお星さまに取り囲まれて

どう云ふわけか動物たちと会話をしてゐる

よっぽとそれの方がまともなのだ

 

 

ずいぶん長い旅をしたなぁ

推論では崖から落っこちさうにもなったが落っこちなかった

海流に乗ればどこまででも気儘に行けたし

だから飛ぶために滑走路なんか要らないよ

しまい込んだ鍵を取り出しさえすれば

すぐになつかしい我が家に

暖かい寝床に帰れる

まるで涙が出るほどのことだった

 

オーガベン『こころの宇宙』

 

倉石智證

 

林檎可愛いや。

剪定。

便失禁、てんやわんや。

東京さ帰って来てそのままリンゴの木に上る。林檎可愛いや、鵯たちやあい。多勢に無勢ではあるがいざ。エライ啄っつかれているなぁ。お利巧さんは分かるんだね熟して来ているのが。5時近くまでガンバッたけれど半分くらいで手元も薄暗くなって来た。

さて翌日、朝庭の落ち葉掻きをしているとば様の寝所が賑やかだ。妻がワァーって叫んでいる。ば様がうんちお漏らしになって、シーツやら下着やら大変に。着替えて車椅子で食堂に連れて来られたばーさんはすっきりした顔をしてゐる。さてけふは調子が悪いぞ。昨日の夜半も独り言をべらべら話しまくっていたが、またまたその続きを始めるらしい。譫妄だ。左のこめかみのどっかそこいら辺りに、犬がゐたり、可愛い孫がゐたり、なんか盛んに喋ってゐる。あぁ、人間の脳ってなんと広大なんだらう。とりとめもなや、そしてけふはお喰いだれがはげしい。

人生ってわからんわぁ。あっちは陽が照っているのに、こっちはやたらに不穏で雲がかってゐる。林檎の木に上るしかないんだわ。八つ颪が吹き始めるころ、ようやく剪定芥も畑に運び、なんとか今年最後の剪定は終了した。病院に薬を取りに行ったり、買い物に行ったり、ばさんは睡眠から目覚めて、さてリハビリです。

 

倉石智證

なんだおまへ様だったのか

まさか僕だと思ったよ

深く刻まれた皺皺

落ちくぼんできた眼窩

自分ぢゃあまだ若いつもりでいたが

よくよく顔をのぞき込むと

なんだあんたはおれ様じゃあないか

ずいぶん遠くまで来たもんだね

風雨嵐に曝されて

とるもの取り合えずすっきりしたもんだ

十八歳の時に知り合って

言葉もポッと出の田舎者さ

大都会の洪水にアッと云ふ間に押し流された

目の前の掴れるものには藁にもすがる思ひで

痛めつけられ立ち直り

なんとかここまでやって来たね

よおし、握手だ乾杯だ

ハグして躰を揺すぶり合って

おお、そんなに呑まんでもいい

云っておくけれど大野屋のご飯もちょっとだよ

健やかなる一年を

来年もだよまた

きっとだよ

倉石智證