恋愛小説家 -88ページ目

“いつか”と“これから”

あなたが誰かと一緒に過ごした“いつか”より
私の人生にあなたが登場してからの時間の方が長くなった
だからといって ただそれだけのことだ

私の方があなたのことを
より多く解っているわけじゃない
追い越せたなんていう安心は 勘違いでしかない

若い頃のあなたは
どんな風に人を愛して 愛されていたんだろう
昔のことなど知る由もないし 考えるだけくだらない
大切なのはむしろ
続いていく“これから”の方だと信じなさいと念じる

それなのに 時間だけをふたつ並べて
くだらない勝負を挑むのは
自分には到底勝ち目がないと感じる

焦りのせいかもしれない

夏の病のようなもの

夏の病気、だから「夏病」。


夏になると開放的になってアバンチュールに燃える人、出逢い、別れ、恋、愛、いろいろ。私に限っていうと、夏は外の暑さに反比例するみたいに、恋から醒める季節だった。


たとえば学校で出会う人に恋していたころは、夏休みがくるとパッタリと終わる。毎日会っていることで、自分のなかで陶酔しきっていた恋愛モードも、顔も見なければどうってことなくなる。セミの声ばかり聞いて、アイスをかじって、「別に好きじゃなかったのか・・・」と、妙にスッキリした身軽な自分に気づいて、ぐんと大きく背伸びをする。


当然、私から好意をもたれていると思っていた人は、どうして手のひらを返したように冷たくされるのかと戸惑っていた。「別に、あなたが悪いんじゃなくて、夏だから。」理解不能な言い分をつきとおす。それでも、とにかくもう、夏の暑さだけで私は十分で、日焼けしてボロボロになった畳に転がって、すすけた天井を見ているだけでよかった。


(宿題は7月中に終わらせたいな・・・)

うと、うと、まどろむ夏休み。


あれほど熱中してした相手を大嫌いになる瞬間は突然おとずれる。何もかもいやで、それまでの自分まで消し去りたいぐらい落ち着かない。「夏病」にならない人ならば、たいてい長続きしていた。

 

なみだのしみ

わたしの麻バッグには イチゴのキーホルダーがついていて

歩くとぶらぶら 赤いイチゴが揺れる


別れ際に とうとう抱きしめられた

その日 とても傷ついていたわたしに

あなたは「必要なもの」をくれただけ


二度と抱きしめたらいけないと 感じていただろうに

そんなタブーを破ってくれたことが 切なくて


わたしは泣いた


胸に顔をうずめた首すじにふれた頬が

わたしたちの精一杯

シャツについた なみだのしみは

あなたに残した わたしの跡

 

赤いイチゴが揺れていた

ポスペのころ

前日よりも気温がぐっと高かった日。コーヒーとカモミールの飲みすぎで胃が重たい。 仕事は相変わらず。ルーティンになっている気楽な原稿を1本あげながら、平凡な夕暮れ時、何かの拍子に、ふと思い出してしまった。

ポスペ(PostPet)が流行っていたころ、私の飼っていたピンクのクマは、毎日かかさず彼の家に郵便を配達しに行っていた。
メールを届けると、いつもクマはご機嫌になって帰ってくる。

どうして私のクマはいつもご機嫌だったのだろうかと、今さらになって、覚めた頭で考えた。

メールチェックをしたら、クマが来る。

「お、また来たか!」と、喜ばれる。 マウスの手が、私のクマを猛烈になでなでなで・・・とっておきのお菓子が振舞われる。時には昼寝をして、くつろいだ様子で帰ってくる、ピンクのクマ。

ああ・・・。
それはまさしく、彼の家で過ごした日の私そのものだ。
私はやたらと、大事にだいじにされており、「たからもの」と何度も頭をなでられて、美味しいお茶とお菓子をいただき、昼寝して帰っていた。

夏が来る前に終わった恋は、いつしか家族のような愛に変わって、5年も続いた。とても大切に飼われていたんだな。クマも、私も。 目の前にあった温かさに気付けなかったこと、今ごろ気付いて切なくなっちゃったよ。

私が一生忘れないように、彼もこうして、思い出す瞬間があるだろうか。あるといいな・・・身勝手でごめんなさい。

大黒

予定も目的も無いドライブはたのしい
あなたと一緒にいるだけでしあわせで 嬉しくて
車は 景色が変わる動く部屋になる

スロープが螺旋を描きながら、長く続く立体構造
大黒ふ頭の上を走る首都高速が 好きだといった

高架から見下ろすと 輸出入のコンテナや自動車が
モザイクかブロックのようにぎっしりと並んでいる
クレーンや貨物船、倉庫の屋根はみんな無機質

幾つも重なっている白い道路が
カプセルの中を車が滑る 未来小説を思わせる
異次元へとつながるワープみたい

そうね
不確かな未来は信じないけど
別の世界に 行けたらいいのに

もしかしたら
しばらくはこのまま一緒にいられるかな
少女みたいな幻想をして 潮っぽい風に吹かれる

in the rain

久し振りにまとまった雨が降った
季節の変わり目らしい雷の音が遠ざかり

フロントガラスが水滴をはじく
家の近くの鉄塔から「ジー」と音がする

口づけをする時に 顎先を持ち上げる人でした
温かい指がうつむいた顔を くっと

上に向かせる瞬間がとても好きでした

引き寄せられれば 抗えない瞳が閉じていく


雨が降っている夜は
別れの挨拶を思い出してしまうから
もう少しだけ 車に乗ったまま
滲んだ外を眺めていたくなった

ソウルメイト

ため息ばっかりついて どうした


何だか とても 気が重そう
不安なことがいっぱいあるから 笑顔も力ないし
口で言うほど 全然「大丈夫」じゃなさそうだよ

どうしたの?

たまにしか会えないし
たまにしか話せないけど

たとえ 久し振りに顔を合わせたとしても
安心して打ち明けて 一緒に泣ける
くだらないことを報告しあって 笑いあえるからいいよね

答えの出ない悩みでも
聞いてあげたいし 伝えたい

それは家族のような 古い友達のような
性別も 年齢も 関係なくて

根っこの深いところから
私は相手を好きだし 相手も私を好きだってことだけ


わがままを許しあえる
これって相思相愛じゃないだろうか


気が済むまで 好きでいいじゃん

このごろ、きみはきれいになった。淡い色をした瞳が、これまで見たどの表情よりも優しさに満ちている。その理由が隣にいる男のせいだってことも知ってる。


想いが通じなければ、恋は終わりかと問われれば、答えはNO。

昨日まで好きだった人に、今日から何も感じずに生きるなんて無理な話だ。
 

叶わない、だからどうした?叶わないと気づいた日から、心の中は鍛錬されつづけている。山火事さながら、くすぶり燃え広がるばかりだ。もしかして俺が器用な人間ならば、さっさと次の恋を探しにいけるのかもしれない。自分で言うのもなんだけど、もてない方じゃない。それなのに、気が済むまでそばにいて、好きでいるほうを選んだんだ。


きみが誰かのためにきれいになれば、開いた切り傷は、また塩をすりこまれるように痛む。だとしても、そうすることを選んだのは自分だから、愛に悲観的にならない。ちょっとカッコイイ気がするでしょ?しょせん強がりだと嗤いたきゃ嗤え。


そばにいる いつでも「ここ」で まっている

その「眼」がだれを みつめようとも


いつか、本当に他の誰かを愛する日がきたならば、それはそれまで。ありのままに生きるだけ。ボディに打ち込まれる痛みも上等、とりあえず、気が済むまで好きでいたいんだわ、どうしてもそばで。


それにしても、チクショーあの野郎。憎めない。


明日が来る。きみが抱かれた夜が明けても、昨日より愛している。


もしもし

なんとなく「不幸せ」な感覚は

ぼんやりとして果てしない


無力感と脱力感につつまれた長いトンネルは
いつになったら光が差すのかしれない

まさに今日

私が出会ったのは 純粋な「幸せ」だった
残念ながら それは私の物ではなく

白い花びらを投げながら ただ眩しくて目を細めていた


酔い覚ましに 夜道を一人
自分の足音に追われるように 歩いていく


こらえきれずに あの人の声を聞きたくなった

「もしもし」
「もしもし」

話すことなど、何も無かった


ただ 黙って耳を押し当てて

僅かでもつながっていることを確認したかっただけなの

震える膝

会う前には、いつも反復していた

どんな言葉で、何を伝えるか
どんな顔をして、どう振舞おうか など
ケーススタディのような確認事項のあれこれを

それなのに
呼び鈴を押して「どうぞ」と聞こえると
聞きなれた声に、ノブに伸ばしかけた手が止まる
「どうぞ?」
さっきよりも少し大きな声になった

わたしは観念して、そっとドアを開いて、中を覗いた
「ああ、いらっしゃい。」
懐かしい顔が目に飛び込んでくる

その途端に 
何度も学習したはずの内容はまっさらになってしまい
天気だとか仕事だとかの
どうでもいい話をし始めてしまうんだ
わたしはいつもそうだった 素直になれない

だけど思い出さなくちゃ
最低限 今日わたしがしたかったことがあったでしょう

一つ目、まっすぐ目を見つめて
二つ目、お礼をいう
三つ目、ぎゅっとする

これだけを果たすために
長い道のりを 震える膝でやってきたんだから