待てない
どこか煮え切らない相手の気持ちが確かめたくて
「好きな人ができた」と嘘をついた
まんざら嘘でもないか
だって裏を返せば「あなたがすき」ってことだもの
そうしたらわたしはとても怒られて
不機嫌なまま告白された
でもなんだか どこかぎこちない
シナリオを読んで 無理やり言わされているような
愛の言葉は消化不良な台詞たち
欲しかったのは もっと別の・・・
待てないわたしはいつもそう
あとで失敗したと後悔してばかり
せっかくのヴィンテージワイン
もう少し熟成させておくべきだったと思っても
抜いてしまったコルクは元通りにならないもので
少し渋いけど
未熟なまま いただくことにしました
ドラマチックに憧れて
一昔前に、人から借りて読んだ、紫門ふみ氏の『恋愛論』に
こんなことが書いてあった気がする。
1day/1month
せっかく塗ったペディキュアに、
目覚めたらシーツの跡がついていた。
塗りなおす時間はない。ああ、もう・・・。
今日はパンプスに変更。
そういう気分じゃ、ないんだけどな。
ベトナム料理のランチプレートを1つと、フォーを頼んだ。
この店では、最初からシェアすることを想定しているようで、
盛り合わせの惣菜はみんな2つずつで、
頼んでもいないのに、フォーを取り分ける小鉢が2つ出てきた。
わたしたちは、あまり外を歩かない。
いつものデートコースを想像すると、鬱屈して下を向く。
(いい加減にハッキリさせてよ)
口を開きかけて顔をあげる。
が、目が合ったとたん、蛇ににらまれた蛙の気分になり、
レモングラスが飛び出した生春巻きをソースに突っ込んで、
思い切り、がぶりとかじった。
さっき言おうとしていたことも、一緒に飲みこんでしまうために。
(そして、ここで食べた物が、このあとエネルギーになるのよね)
彼はわたしの天敵だ。
会社にいるときは、知らない者同士のようにすれ違い、
二人でいるときは、微妙な距離をあけて歩く。
彼には、本当の帰る場所がどこかにあるらしい。
ところがこの人、キスがとても上手で、
その手は、わたしを安心させる。
ものの一瞬でせっかくの透明な思考は濁り、
頭に少し残っていた理性さえどうでもよくなってしまう。
格好良くしたいはずの女は、可愛くしたい女に負ける。
違和感は押し流されて、真っ白になるだけ。
いつの間にか、「月に一度」を期待して生きている自分。
割り切ることに必死になるのはやめて、
別れの言葉を淡々と口にすれば
きっとあっけなく終わるんだろうね・・・それも少し癪だな。
いびつになったペディキュアを落としながら、はらはらと泣いた。
ショート vs. ロング
世の男性に、女性の髪形について好みを聞けば、
一昔前まではロングヘアと答える人が主流だったように思います。
イメージはストレートのさらさらした黒髪で、振りむけば
シャンプーのCMみたいに、キューティクルがきらり・・・です。
過去のヘアスタイルを思い返してみると
伸ばした髪をバッサリ切る勇気もなく、
一緒にいる人の好みを裏切るのも気が引けるからと、
髪の長い時期が大半をしめていた私です。
おまけに、手間がかからないという横着気質も手伝って
「女たるもの、断然ロング。」と思っていました。
ところが
ピアスを開けた勢いで気が大きくなってしまったのか、
勇気を出して、伸ばした髪に一度ハサミを入れてみると
不思議なぐらい、いっぺんに好みが逆転しました。
鏡に映る新しい自分に出会ったときの高揚した気分は、
恋のはじまりのときめきに似ています。
それにしても、ゲンキンな気の変わりようでした。
先日のこと。
出先で「断然、ショートヘア派」という男性に会いました。
ステレオタイプの思い込みで、
<男たちはロングヘアが好き>と思いきや意外や意外。
彼の主張は至極シンプル。
「だって、短い髪の方が、相手の顔がよく見えるでしょ?」
はぁ・・・その考え方、新鮮でした。
オシャレに命をかけている女性には物足りないかもしれませんが
彼にとって髪型や、見かけ云々はたいして重要ではないようです。
私のツボに、心地よい台詞だったので
(ちょっとクサイかもしれませんが)
心にメモしておきました。
ノスタルジックな夏の宵
横浜は猛暑日、梅雨が明けました。
毎日、暑・・・“熱”くてしかたないのですが、
発熱するノートPCの上に、タオルに包んだアイスノンを置き
その上に腕を乗せて、カタカタお仕事です。
西日の当たる部屋で、どこまでエアコンに頼らず過ごせるか?
なんちゃって、エコライフ。
網戸の風も、なかなか気持ちいいものです。
★
この季節になると、思い出すのは花火大会。
毎年、この日ばかりは浴衣姿の女性たちが華やかに街を行きかい、待ち合わせの場所へ、下駄の音を鳴らして歩きます。
期待でいっぱいの眼が耀いているから、すっかり大人の歳になった私も、少しうらやましくなります。
多摩川の近くに暮らしていたころは、毎年打ち上げ場所の近くで見ていました。初めは家族と見ていた花火も、だんだんと友達同士で出かけるようになり、そのうち男女のグループに、そしていつしか恋人同士でと、時代とともに、一緒に見る相手が変わっていきました。
それでも、草を踏んだ青っぽい土の匂いや、火薬くさい濁った空気、宙にとどろく大きな音は同じままです。きっと今でも、土手の上には人が集まり、夜空に大輪の花が広がっているのでしょうね。
今年もまた、花火の日がやってきたら、
冷えたビールと屋台の食べ物でも抱えて帰りますか・・・。
うちわを手に、遠い音に耳をすませて、
ノスタルジックな夜を過ごしてみようと思います。
君は猫 僕は犬
仕事がおしてくると、君は徹底して音信不通になる。
起きた?
ちゃんと食べてる?
ちゃんと着替えてる?
ちゃんとお風呂はいった?
寝た?
一日何度もメール送信。
煙たがられても、気になって仕方ない。
絵を描くという職業柄、生活時間が不規則なのは分かる。
電話したいと思うときは、いつだってタイミングがとことん悪い。
ただでさえ短い睡眠を邪魔したくないし、
集中しているときの世界に入り込む隙はない。
いつも、猫みたいにふらっとやってきて、
近くで丸まっていたりするくせに
スイッチが入ると、突然現れる芸術家・・・
その横顔は、<見とれるぐらい最高です>。
それにしたって、10日間という音信不通はどうなんだ?
長い空白に、実はちょっといじけ気味。
恋しいとか一緒にいたいとかいう感覚よりも
君が居ないと、すごく、物足りなくて困る。
「やっと終わったよ~(^-^)
今夜時間ある?」
短いメールも用件のみ・・・なんだけど
放ったらかしにされている僕に、「とても好きだ」と君はいう。
栗色の細くてやわらかな髪をなでれば
ゴロゴロのどを鳴らして、抱きしめられる華奢な肩。
君は、僕のかわいい猫になる。
僕は僕で、とりあえず顔を見たら、
尻尾を振ってしまうのを隠せない
それも、たぶん千切れそうなぐらいな勢いで
ブンブン振り回しているんだろう。
僕は、君の忠実な犬になる。
一人称
月が高いな・・・今夜は。
いい天気すぎるから、
蒼い空を見ても、星を見ても
あなたのことを思い出してばかりだよ。
「私」と言う口ぶりも
「僕」と言う口ぶりも
「俺」と言う口ぶりも
全部知ってる。
それって、意外と貴重なんじゃないかしら?
仕事の話をすると、「私」になるんだよね、
素顔になると、「僕」になるんだよね。
「俺」は、ほんの時々混ざるけど
たぶん、ちょっと似合わない。
でもわたしはやっぱり、「僕」という時が、一番好き。
なーんて、
たかだか、それだけのこと。
知ってるからって、何になるのかといえば、
全く何の役にも立たないね。
分かっているけどさ、
ただそれだけで、わたしは幸せだって思えるんだよ。
おやすみなさい、今日もいい日でした。
恋ってやつは
婚約している友達を囲んで、仲間と久しぶりの再会。
面白いメンバーが揃うと
面白い名言(迷言?)が飛び出すもので。
笑ったな・・・
いつの間にか歳相応に、大人の笑いを愉しめる我ら。
埃っぽい更衣室で、あの娘の胸もとにキスマークがあったとか
浮いたウワサ話でいつまでも騒いでいた時代も、
そんなに昔のことではない気がするのに。
帰り道
一人になった横浜駅のホームで
人目もはばからず、粘着質にくっついている
“いちゃつく”という表現がピッタリのカップルがいた。
若いなぁ。
まだ、10代かなぁ、きっと。
ふたりの世界には、外野なんて目に入らないんだろう。
強力な磁石さながら、ぴったりと密着した男女の姿を横目に
「いつかは別れるんだろうけど」と、冷めた事を思った。
10代のころは、夢のように
とても好きだった人と
「いつまでも一緒にいられる」なんて幻想を抱いた。
自分の方から、あっけなく夢から醒めるだなんて、信じない頭で
永遠だと思っていた。
考えてみろって。
高校で出会って、そのまま結婚する奴らなんて
何パーセントいるか?
おまえがすごいいい奴だから、
もっと後で、出会いたかったよ。
「もっと後で出会いたかったよ」と
付き合っているころから口にする現実的な彼に
いちいち傷つき、悲しくなったりしていたけれど
確かに、それは間違っていなかったし
なかなか核心をついていた。
恋ってやつは成熟するまでに時間がかかるらしい。
それは、うぶだった仲間たちがみんな
いつしか大人の女になっていたのと同じなんだわ。
ココナッツサブレをかじりつつ。
カロリー表示に「5枚当たり143kcal」と書かれているのを見て、
イカンなぁと思いつつ、手を伸ばした最後の一枚。
超ロングセラー、愛すべきココナッツサブレを、昨日の朝と晩に10枚ずつ、今日は昼に5枚食べて1パックが空に。食べすぎましたわ。
これでしばらく気が済むと思えば、カロリーなんて関係ないやい。要するに、「好きなものを食べきったぞ!」と満たされることが重要なのです。
★
今日は、私のことを少し。
経験値ゼロ、見切り発車的に始まったライター業は、世間知らずも甚だしく、日々が勉強の繰り返しでした。取材で撮影したお店の写真を拡大すれば、ドアに「CLOSE」の文字・・・今ではありえない失敗をすることもあったり。苦笑いの思い出です。振り返ればすべてが“本番の現場研修”、その一つひとつに、無駄はなかったといえます。
私に、話題とやる気を授けてくださる「大切な人たち」は、家族、友人、仕事の仲間、人生の諸先輩方、愛嬌ある後輩方、思い出の中の人々。加えて、インターネットのご縁で、顔も知らない人と心が通い合うこともあります。何はなくても必要なのは、互いに慕っていく「縁」のようなものかと思います。
万人には理解されなくても、性別や年齢、社会での立場など一切関係なく、当人同士だけが分かち合える感覚や共鳴は存在する気がしています。 手の届かないほど遠くにいる訳でもなく、会おうと思えば会える。返事がなくても、一方的にメールを書いてみるだけで、どこか落ち着ける。たとえ何年のインターバルが開いても必ず復活する、一種のつながりや運命の引き合わせ・・・でしょうか。
いつだったか、これも「愛」なのだろうかと考えてみました。そこに見返りを求めず、いなくなったら困ると思えるならば、そうだろうなとぼんやり答えが出ました。
いつになったら「こんな文字、書いています」と、自己紹介でためらわずに言える日がくるのか・・・。仕事の性質や、自身の性格的なものでしょうが、看板を掲げるとしても何屋なのかイマイチわからない私を、重宝してくださる皆さまに感謝です。
おつきあいの定義
この定義にはまったくもって驚いた。
だって、そんなお固いことを言ってしまったら、
むろん、同時進行の中にも暗黙のランク付けがあるだろうし
「本命」優先、残りは「あいまい」ということかもしれない。
何人かと同時進行なくせして、全ての相手に平等で
幾股もかけられる人がいたら、それはもうプロの領域だと思う。
そもそも「つきあっている状態」とは、
世間一般的に、どういうことをいうんだろう。
足並みそろった、カップル誕生には至らないということ?
他方はそう思っていないことだって、往々にしてある。
その分、抱え込んだ現実が増えて、