御屁処 -4ページ目

京都ボンボン派の放屁道

京都ボンボン派の放屁道~屁会

「危肛派」の放屁道は広く庶民にも「嗅屁」の奥深さを知らしめるという目的で行われ、誰でもいつでも一人でも気軽に、という基本の元に主に関東地方に拡がっております。それに対し京都ぼんぼん派の放屁道は、その土地柄、非常に格式が高く、月に一回程度、京都の嗅家と呼ばれる家柄の人達だけが参加を許される御屁会があり、屁室と呼ばれる六畳程度の東屋風の建物の中で荘厳な雰囲気の中で行われます。

 服装も決まっており、男女ともに黄色或いは黄土色の和服というように厳しく限定されております。実は、この和服は大腿部の中頃程度までの短い寸法になっており、その上に袴着用をして、内部の風通しの円滑さを作るわけです。ですから室町などでこの色の和装をした人達が歩いている様子を見れば、「あ、屁会の日か。一度は出てみたいものだな」京都生まれの人は一種羨望の眼差しを送り、古都の奥深い歴史を噛みしめるわけです。


 さて細かな礼法は、危肛子さんが解説されていたのとさほど代わりませんので、ここでは屁会で行われる厳かな作法について述べましょう。


 まず御屁会の主催者は屁主、招待を受けた客は、屁衆と呼ばれます。屁衆は各自事前に豆類、芋類、そしてゴボウなどの根菜等、繊維質をたっぷり含んだ食事をしてこなければなりません。嗅家の人達のこれらの食材に対する関心が、京料理と呼ばれる京都独特の細かな料理の技の発達に大きな貢献をしたと言われています。


 「ほな、どなたはんもおそろいになりましたによって、そろそろはじめまひょ」と
いう屁主の言葉に、皆が「ほなはじめまひょ」と大声で答えて、御屁会が始まります。

そして一定の作法に則り、順番に放屁していくことになります。その順番が当たった屁衆は御屁人(おなろうど)と呼ばれ、屁室の真ん中に座ります。危肛子さんが述べたように「背筋をまっすぐに伸ばし~」の基本形は同じですが、若干の違いがあります。ぼんぼん派では背筋はやや反りかえるようにして臀部を突き出し気味にし、親指同士は重ねることはなく必ず2㎝離して正座の姿勢を取ります。屁衆は幼少の頃から厳しく作法を教え込まれているので、瞬時に間違いなく2㎝の間隔を取ることが出来るのです。そして両手で袴の裾部をしっかり畳に押さえつけて、袴の内部の空気がその2㎝の間隙以外から漏出しないようにします。


 放屁の直前になると、御屁人はその姿勢のまま臀部を持ち上げ気味にし、「今おいでにならしゃいましたどすえ」と静かに述べます。回りのものが「おいでどすか!おいでどすか!」と2回唱和しますが、このあたりの作法も、一切の発声が許されない危肛派とはかなり違いますね。そして屁衆は懐中から、各家に代々伝わる京扇子をおもむろに取り出し、静かに扇ぎ始めます。この動作により、自分の前の空気の流動化を促し、御屁人の放屁を自分の方に呼び込もうとするわけですね。御屁人は最初は無音で穏やかに放出します。そして頃合いを見計らい、袴内にとどまっている、放屁の空気に対する密度を上げるようにひたすら放屁を連発します。この時は有音屁が一般です。中でもブッという音が最上級とされますが、他の音色でも許されます。勢い余って放屁時に脱糞が付随してしまったときは「屁に対して礼儀を欠く」ものとされるのは危肛派と全く同じです。格式高い屁家の生まれで、厳しい修練を受けて育った、熟達した屁衆にまずこういうことはありませんが、何年に一度かはこういう凶事が起こることがあります。こうなると大変です。「こらあきまへんな。どないもこないもあらしまへんな」と皆から口々に非難哄笑を浴び、向こう三年は屁衆の資格を剥奪されます。


 屁衆の資格を復活させるためには、春夏秋冬、毎日朝昼晩下半身を鴨川に浸けて、「どないかしておくれやす!おたのもうしますによって、どないかしておくれやす!こんだーまーたーへーだった!こんだーまーたーへーだった!」を繰り返し唱えるという苦行を乗り越えなければなりません。放屁道とはこれほど厳しいものなのです。


 さて、話しを元に戻しましょう。放屁連発により、やがて袴が僅かに膨らみかけるほどの密度になったとき、2㎝の間隙から一陣の風が吹くように香りが皆の前に現れます。これを放屁下放(ほうひげほう)と呼びます。これを感知した屁衆は口々に「やはり堀川のゴボウはんどすな~」(堀川ゴボウは京野菜の代表的な一品)とか「丹波の黒豆はんはこくがあり、濃いーおますな~」などと、御放屁様が宿ったと言われる食材を同定します。同定の速さを競うことで自分の家の格式を競うわけですね。


 一人の御屁人がすべて出し切ったと見切った屁主は「ほなさいならどすえ~」と言って、屁室の換気を執行します。皆「おなごりおしおすえ~」とか「さびしおすがな~」と名残の言葉を述べるのも儀式の一つ。中には感極まって「いかないでおくれやす~!」とその場に崩れ落ちる屁衆もいます。しかし屁室の換気は必須の行程。これは次の御屁人に降りてくる御放屁様の香りを新たな気持ちで迎えるための必要悪とされています。


 こんな具合に次々と御屁人がかわり、最後に屁主が締めくくりの役を果たします。屁主は有音屁を発するとき、他とは違う音を発する力がなければなりません。即ち、ブッではなく歯切れの良いボン!ボン!という二音です。これは田楽、能の鼓の音に影響されたという説がありますが、ブッ教の成立に多大な影響を与えたウパニシャッド、サーンキャ哲学を記したサンスクリット語=梵語の梵から来たという説もあります。


 しかし、どちらの説が正しいのか定かではありません。秘技と呼ばれるこの音を発するには直腸及び、肛門の括約筋を自在に操ることが可能でなければならず、並々ならぬ修行が必要とされます。余談になりますが、後年危肛派が分かれていくわけですが、彼らは「ブッ教に帰依すべきものがブッではなく、ぼんと云う音を発するのはいかがなものか」という異議を唱えた一派だと伝われています。しかしブッという音を発するとき、脱糞を誘発するという危険性があるのです。脱糞の危険を恐れずあくまでブッ音にこだわる原理主義一派は危ない肛門を持った者達ということから、危肛派という名前がついたようです


 これに対し、ボン音にこだわる者達がぼんぼん派という名を得たというわけです。さて、話しを元に戻しましょう。屁主のボン!ボン!という音によって屁室に香華が充満すると屁会はクライマックスです。これが終わると屁衆達は「ほんに、はんなりしてよろしおすな~」とか「そうどすえ、そうどすえ、いやぁ~、ほんによろしおすえ~」などと口々に最大級の賛辞を並べ、最後に「結構なお屁前どした」と感謝の言葉を述べ屁会が終わります。そして屁衆達は、鞍馬の赤土に屁主の屁香を練り込んだ貴重な線香を一束ずつ土産に貰い解散していくわけです。以上が京都ぼんぼん派の放屁道~屁会の概略です。


  関東危肛派の放屁道は常に時代に即応し、放屁道の大衆化、普及に多大な貢献をしております。


 一方京都ぼんぼん派の放屁道は、格式を重んじるあまり、一つの閉鎖社会をなしており、社会への普及という点では何ら貢献してはおりません。ですが古式をかたくなに守るというぼんぼん派の伝統重視の姿勢は、いつの日か無形世界文化遺産になる可能性を秘めており、その意味で京都文化に一つの貢献していると申しても過言ではないでしょう。   ぼんぼん丸







放屁道~その壱~

さて今日は、お作法のお勉強です。
茶と同じように、放屁にも正式な作法があります。


流派はいくつかあるようですが、今日は歴史もあり手本とされる「危肛派」について簡単に概要を説明します。
(もう一つのスタンダード、「ぼんぼん派」については、後日ぼんぼん丸氏から解説があるはずです)


このテーマはかなり奥が深く、現代にマッチしない面も多々ありますから、まずはその作法の基本を学んでいただき、別途これの現代版についても解説する予定です。


糞尿関係のニュースや強いリクエスト等が無い場合は、この作法についてしばらく書きますのでお楽しみに。



【基本放屁】


すべての基本となる放屁スタイルです。
衣服は特に決まりはありませんが、作務衣のような風通しがよく、動きやすい衣装が好ましいでしょう。
なるべく静かで、空気の動きの無い場所を選びます。お寺の本堂などは最適の場所といえます。


背筋をまっすぐ伸ばし、手を腿に置き、正座します。
足の親指同士が少し重なるようにします。
まずはこの状態で、左手を先に床につけ、次に右手をつき、深々と礼をします。このときに勢い余って放屁しないように注意してください。


再度両手を腿に置き、背筋を伸ばし、正面を見据えます。
その状態のまま、精神をすべて胃と小腸・大腸・直腸および肛門に集中し、御屁様の到来を待ちます。目を閉じる必要はありません。
(すぐに屁意が現れなくても、焦ってはいけません。古い伝聞によれば、この状態で約3ヶ月待ち続け、即身ブッになった修行者もいたそうです)


そして屁意が現れても、焦ってはいけません。


まず一呼吸おきます。
目をゆっくりと閉じ、大きく息を吸い込んだら、おもむろに利き手を床につき、自身の体重を支え、利き手と逆の膝を立てます。
床(座布団)と臀部の間に可能な限り空間を作り、放屁に支障が無い姿勢をとります。


そして静かに放出されるのを待ちます。
無理に力むことはしないでください。放屁のつもりが脱糞、という非常に屁に対して礼儀を欠く結果になるおそれがあります。


このとき、絶対に行ってならないのは「よっ」という掛け声を出すことです。
大変な失礼にあたりますからご注意ください。放屁前も後も、一切の発声は許されません。すべてにおいて沈黙し、屁の音だけが響くようにします。
放屁の直後に「よっしゃぁ」などと気合を入れることも言語道断です。大きなため息も無礼となります。静かに呼吸してください。


あくまで、自然の力(己の身体が自然のままに放出する)にまかせ、静かに放屁します。
無理に出さない、無理に止めないこと一番重要です。


すべて出終えたら、姿勢を元に戻します。


次の行動が二番目に重要となります。
再度深々と礼をし、ゆっくりと頭を戻すのと同時に、鼻だけで周囲の空気を大きく吸い込み、自己の放った雅香をありがたくいただきます


これを「瞑嗅」(めいきゅう)と呼びます。雅香が消えるまで、何度も吸ってください。
(この瞑嗅はすべての放屁後に必ず必要な作法ですので、必ずマスターしてください)



以上が基本的なお作法となりますので、まずはこちらを何度も練習し、ご自分のものとしてくださいね。




日常的によく行われる放屁にも、実は正式なお作法があります。


【基本放屁】の一連の動作をベーシックとして、そのシチュエーションごとに細かい礼儀作法がありますから、そちらもご紹介しておきたいと思います。



【寝具内放屁】

敷布団にまっすぐ平行するよう、仰向けに両手を腰に揃えて横になります。


掛け布団を顎の下まで被り、可能であれば近くにいる知り合いや身内に掛け布団を整えてもらい、隙間がないようにします。



基本放屁と同じく、静かに屁意を待ちます。目を閉じないでください。


屁意が現れたら、身体をどちらでも構いませんから、敷布団から約30度~35度、横を向きます。全身で背を浮かすような感じになりますが、体調が悪いときなどは臀部だけを少し浮き上がらせるだけでも問題ありません。


このとき注意したいのは、せっかく整えてもらった掛け布団がずれてしまい、敷布団との間に隙間ができてしまうことです。これは絶対に避けてください。
ゆっくりと、しかし確実に臀部を敷布団から浮かせてください。



基本放屁と同じく、一切の発声は許されません。あくまで黙ったまま、自然の力に導かれるままにゆっくりと静かに放屁してください。



すべて放ち終えたら、浮かせた背・臀部をゆっくりと戻し、姿勢正しく仰向けになります。


一呼吸置き、ゆっくりと両手を掛け布団から出し、掛け布団の襟を持ち上げ、鼻まで持ってきます。
顔も気持ち程度掛け布団の中に入り込むよう首を縮めるとよいでしょう。



あとはたっぷりと嗅瞑し、雅香をいただきます。


寝具内放屁の場合、かなり長時間に渡って嗅瞑が可能ですが、就寝直前の場合は過度の嗅瞑が不眠につながる恐れもありますので、一通り香りを楽しんだら終了してください。


また、終了後に掛け布団を持ち上げて外気に晒すことは御屁様に対し大変な無礼となりますのでおやめください。


いかがでしたか?


まだまだいろんな場面でのお作法がありますが、今日はこれくらいにしておきます。
もし「こういうときはどうしたらいいの?」という疑問がありましたら、ぜひコメントを入れていただければと思います。



次回以降解説予定のお作法についてまとめておきますね。


【浴槽内放屁】
【エレベータ内放屁】
【自動車運転中放屁】
【オフィスワーク放屁】
【トイレ放屁】
【デート中放屁】
【映画館劇場内放屁】
【各種試験中放屁】
【カラオケボックス放屁】
【ネットカフェ放屁】
【長電話放屁】



まだまだ他にもありますが、追ってご紹介できればと考えております。

ありがとうございました。


(筆: 褐色の危肛子)

おなら体操

ちょっと時期を逸しましたが、かの「のだめ」で話題になった「おなら体操」。
かなり子供向けの童謡に近い作風なのですが、大変よく出来ています。


今日はこのメッセージソングに籠められた作者の本来の意図について考察してみたいと思います。


ドラマ中の登場は↓で。
http://www.youtube.com/watch?v=Rb7gfEghH9o



では、原曲の歌詞を転載します。(原作者は川澄綾子さんです)


1.元気に出そう いい音だそう
  ドレミファプププ わ~
  大きくたって 小さくたって
  どうせおんなじおならだもん
  手~は腰に さぁいくぞ
  ヘイ!ヘイ!ぷ~


2. みんなで出そう 笑ってだそう
  ドレミファプププ わ~
  父さんだって 母さんだって
  みんなおんなじおならだもん
  そ~高く さぁいくぞ
  ヘイ!ヘイ!ぷ~


3.なんだか出そう もうすぐ出そう
  ドレミファプププ わ~
  元気なおなら かわいいおなら
  今度はどんなの出るんだろう
  そ~れみんなで さぁいくぞ
  ヘイ!ヘイ!ぷ~ (出たぁ!)


まず、特筆すべきは、本ブログでも再三に渡って力説しているところの「屁は不浄なるものではない」ということを声高に伝えているのが良く分かりますよね。
すべてにおいて肯定しています。しかも、ただならぬ期待をこめている。これが実は屁に対する真っ当な評価であるということに、作者は気づいているのです。


「手を腰にあてる」という放屁スタイルの提案、隠れてコソコソするのではなく、「みんなで、笑って」出すべきだという放屁ライフへの提言、「そ~れみんなで」という屁コミューン形成への呼びかけなど、非常に優れたメッセージソングになっています。


最大のメッセージは、「今度はどんなの出るんだろう」にこめられていると小生は理解しています。
次なる屁への期待、今度はもっと素晴らしいものを、より良いものを!といった大変に前向きな姿勢が見てとれます。


これこそが屁への正当な向き合い方であり、さらなる屁の地位向上を実現するための一つのメタファーとして成立しているのです。


しかし残念なことに、ただひとつ、大いなる間違いがありますね。


  大きくたって 小さくたって
  どうせおんなじおならだもん


  父さんだって 母さんだって
  みんなおんなじおならだもん


これは相当な認識ミスであるといわざるを得ないでしょう。


屁は指紋と同じで、同じものは世の中に二つと無いのです。(これを屁紋と呼んでいます)
しかも言うに事欠いて、「どうせ」などという半ば諦めに近い表現にしてしまっている。非常に残念な部分です。

小生でしたら、ここは以下のように作ったはずです。


  大きくたって 小さくたって
  どれも立派なおならだもん


  父さんだって 母さんだって
  みんな素敵なおならだもん


どれも同じ、などとは言語道断。たとえ童謡ライクだとしても見逃すわけには参りません。



しかしながら、ここまで屁を肯定した歌は、他に類を見ません。
かつての名曲、「屁ぇこきましたね貴方」でも、やはり根底には屁を最底辺の存在として扱う非業さが脈々と謳われていたのも事実です。
この過去の既成概念を打ち破ろうとした勇気に心からの賛同と絶賛を送るとともに、おなら体操の御屁処バージョンをお届けして、今回の締めとさせていただきます。




♪おなら体操 御屁処バージョン


たくさんだそう 香りもだそう


実実実実(ミミミミ) ブリブリブリッ (ウワー!)


ハードなおなら 水ぽいおなら


10分たっても におってる


さーぁみんなで それかぐぞ


ヘィ ヘィ ブー(くさーい)


(筆:褐色の危肛子)

教養講座四字熟語 力の15題

教養講座四字熟語 力の15題

ニコニコ たまには気分を変えてクイズに挑戦してみるのも良いのではないですか。世の中英会話英会話と大騒ぎですが、どこかの国の植民地じゃあるまいし(あ、もしかしたら植民地かも)、日本人の必須教養として、まずはこれくらいの漢字は書きたいものです。我はと思われる人は空所に漢字を入れて四字熟語を完成してください。どれもややムズかしいので、下のヒントを参考にして頑張ってください。高校、大学入試や入社試験での力強い武器になることを祈ってやみません。

問題…次の空所漢字を入れて四字熟語を完成しましょう。

1 四 塵 

叫び…昔普通だった田舎のどっぽんトイレに落下し、辛うじて胴体着陸は免れても…


2 刻苦  

叫び…便秘の人がやっとの思いで目的を成就する喜び

3 一期  

叫び…どの放屁も自らの体内の代謝が順調に行われている感謝の気持ちでなさねばならない


4 悪  
叫び…悪臭を伴う放屁はかなりの周辺の人に迷惑を及ぼす


5 五里  

叫び…上の4に対し、すぱっと竹を割ったような放屁はどこの誰にも迷惑を与えない


6 湿  

叫び…液状化状態の時、便器に溢れんばかりに拡がる惨状


7 不借  

叫び…昔貴乃花が横綱昇進時に同じようなことを述べた。こればかりは自分の責任で作り出す!


8 朝

叫び…これくらいの回数なら人に感づかれないであろう


9 朝三

叫び…上の8に対し、この回数になると、頻屁の症状に相当近いので要注意


10 両道
叫び…同時に2種のものが出現するので、事前に察知しないと大変なことになる 



11 以心

叫び…テストや試合か何かで緊張するとトイレに行きたくなる人が多い


12 我

叫び…ウォシュレット


13 順

叫び…あまり順調に便通があってもあまりに頻度が多いと煩わしいばかりになる


14 清
叫び…スパッと気持ちよく出ると、ほとんど紙など必要ないときがある


15 同

叫び…同じ肛門から出たものでも、時に全く趣の異なることがある











ドクロ解答


1 四肢糞塵(ししふんじん)     2 刻苦糞到(こっくふんとう)  

3 一期一屁(いちごいちへ)     4 悪屁千里(あくひせんり)  

5 五里無臭(ごりむしゅう)      6 湿多激便(しったげきべん) 

7 不借糞尿(ふしゃくふんにょう)  8 朝屁暮屁(ちょうひぼへ)   

9 朝三暮四(ちょうさんぼし)    10 糞屁両道(ふんへりょうどう)

11 以心伝糞(いしんでんぷん)  12 我臀引水(がでんいんすい) 

13 順糞満煩(じゅんぷんまんぱん) 14 清糞尻白(せいふんけっぱく) 

15 同肛異曲(どうこういきょく)


お疲れ様でした。

                            ぼんぼん丸





進化したコミュニケーション

こんばんわ。


どうやら青年期に修行をしていたらしい危肛子です。

あまり記憶が無いのは、もしかして解脱しちゃってるんでしょうか。


いえいえそんなことはありません。まだまだ地上人としての役目を終えておりませんので。



さて、ブッ教についてのお話は、実はまだまだあるのですが、日を改めて書き起こしたいと考えております。

今日は、いきなり未来のお話です。


人類の新しいコミュニケーション方法論です。


とはいっても、携帯型のTV電話がどうとか、インターネットがどうとかいうことじゃぜんぜん無いです。


流動食とかやわらかい物ばかりを食べている現代人は、さらにメールやネットばかりであまり喋らなくなってゆくのが火を見るより明らかで、アゴが退化してしまうのは時間の問題です。


そう、音声を使った会話ができなくなるのです。


ではどうしたらいいのか。


とりあえず手先と目があれば電子メールを送ることは可能でしょう。

しかし、やはりリアルなコミュニケーションは、実際の会話以上のものはありません。

でも「ウー」とか「アー」しか言えなくなった人間同士では、まともな会話になりません。


もうお気づきですね?


そうです。尻によるコミュニケーション、です。


ぼんぼん丸氏の記事にあったように、人類は二足歩行によって尾臀部(びでんぶ)を忌み嫌う意識を持つようになりました。そこをあえて、コミュニケーションの窓口にしようという提案です。


実は、この手段は、さまざまな今ある問題を解決します。


尻語は、「全世界共通言語」として汎用性があるということです。

もう英語だフランス語だスワヒリ語だ韓国語だと頭を悩ませる必要はありません。

世界はただひとつの言語、「尻語」で統一されるのです。


きっと、戦争もなくなります。経済摩擦や核問題、人種差別など過去の遺物に成り果てるでしょう。


だって、みんながみんな、お尻で会話してるんですから。


なんてユーモラスかつハッピーな世界なんでしょうか。


あっちでぷー、こっちでぶー。これこそ桃源郷、全世界の人々が夢見るユートピアではありませんか。



会議や面接、商談などでは非常に狭い空間での尻会話になりますから、独特の香りが苦手な諸兄には多少辛い面もあるかもしれませんが、これはもう慣れていただくしかないわけでして。


聡明な読者の皆様の中には、「おい、あぶねぇ肛門野郎!これだけ複雑なコミュニケーションをどうやって屁でやるんだ!え?分かるようにちゃんと説明しやがれ!」などと小首をかしげていらっしゃる方々もいることと思います。


古来、言語というものは、「何をどうしよう」ということで発達してきたものではないのです。

その場その場で、相手に伝わればいい、というだけの非常にシンプルなものでした。

英語をごらんなさい。アルファベットはたったの26文字しかないんですよ。これですべてを表現できてしまうのです。言語とはそもそもそういうものなのです。中国語や日本語は、その歴史によって複雑かつ難解な表現方法が必要だったということにすぎません。


仮に英語をスタンダードとして考えてみれば、簡単です。

屁の音と香りの組み合わせで26種類あればいい、ということになります。

ちょっと時間がかかってしまうかもしれませんが、英語を屁に置き換えることは、理論的には不可能ではないということです


もっともっとシンプルに、屁だけで会話が成り立つ社会。


これこそが、現代のすべて情報管理化された、殺伐とした状況を打破する最強の手段なのではないでしょうか。


いずれ普遍化されるであろう屁による会話、今すぐに始めてみませんか?

屁ェ会話教室に通ったり、TOHEICを受験して腕試しも悪くありません。


私ですか?


もちろんすでに体得済みで、常に実践しておりますよ。


ただし、まだまだ認識の甘い妻からは、


「屁で返事すんじゃねぇ!!」


と揶揄ともねたみとも取れるリアクションをされる毎日ですけどね。



(筆  褐色の危肛子)