象の夢を見たことはない -307ページ目

ライフハック(笑)

amazonで頼んだ『LifeHacks PRESS Vol.2』が届いた。

ライフハック

堀E・正岳氏のhttp://lifehacking.jp を見つけてこないだからチラチラ見ていたのだが、言ってることが分かり易い。
で、どうやら『LifeHacks PRESS Vol.2』に記事を書いておられるようで 、とりあえず買ってみようと注文。


そういや、昨日友達のアメブロをハック(笑)していたら、勝間和代さんの本を買ったとかで、勝間さん、情熱大陸にも昨日出ていたらしい。
その勝間さんのインタビューも冒頭に載ってます。


で、ざーっと眺めたのだけれど、どうもインタビュー部分は頭に入ってきにくい。

というかたぶん身体にも入ってきにくいというふうに感じた。

インタビューの場合、いろんな職種の方がそれぞれの仕事に応じた時間術や仕事の仕方を紹介されているのだが、それらは彼女たちや彼らの文脈で使われて生きるのであって、テクニックだけ取り出しても長続きしない。

全部のテクニックを自分の仕事に当てはめて使おうとすると、時間的・処理的な不整合がどうしても起こってしまう。


テレビ番組、たとえば「カンブリア宮殿」でも「プロフェッショナル仕事の流儀」でもそうだが、すべての人が彼らのテクニックを普遍的に使えるわけではない。

基本的に人は自己肯定本能から、そういう幻想を抱きやすいし、視聴率を取ろうとする以上そういう作りの番組になってしまうのだけれど、そんなに人間、可塑性があるわけでもない。


こういうインタビュー形式の番組や記事では、たぶん、同一の職種や似た時系列で仕事をされている人、同じような頭の使い方をしている人のテクニックは生かしやすい。
私は「勝間さん」派、私は「堀Eさん」派って、割り切ってしまったほうが、実際に自分の仕事に使いやすい。そんなふうに思う。


基本的に、ある種のテクニックを使おうとする場合、それを生かすためのロジックが自分の仕事の流れの中に含まれていなくてはいけない。あたりまえのことだが。。

また、自分の身体に染み込ませ易いテクニックとそうでないテクニックというのもある。

頭で使うのではなく、身体で使えること。
それをどう見極めて、どう先人たちの知恵を使うかが、ライフハックの醍醐味であって、それ以外に意味などない。


カイゼンなんかでもそうで、業種や仕事のプロセスを無視してよそ様の管理術やテクニックを使おうとしたって無理がある。

自分の仕事にとって、筋がいいもの、筋がわるいもの、それを見極めるか否かが『カイゼン』と『カイゼン(笑)』との分かれ道である。
とくに上級管理職の人は、ええ年こいてそんなことも判らず、『なんとか(笑)』の人が多くて、部下は『なんとか(苦)』になり勝ちだったり。。ライフハッ苦にはなりたくないものである。。でた、オヤジぎゃぐードカン。。○| ̄|_


ちなみに、堀Eさん、「宴の支度 (1) ブログを続けるための5つの注意点 」てのも書いておられて、実はこれを読んで、「堀Eさん、すごい!納得」ってことで『LifeHacks PRESS Vol.2』を買おうと思ったのでした。

で、アメブロでこのモチベーション↑はちょいちょい使わせてもらっているのである。ははは。
。。やっぱり踊らされてるのかにゃ

『父の詫び状』 向田邦子(文春文庫)

石垣りんさんの詩に『父の日に』というのがある。

宇宙の片隅で―石垣りん詩集 (詩と歩こう)/伊藤 香澄
¥1,470
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向こうに 立っている お父さん。

そう始まる詩は、

父は 立っていなければならない。

と来る。そして

はじめから 終わりまで。
向こうの方に 立っている お父さん。

で終わるのである。立ちっぱなしである上に、向こうで立ってなくてはいけない。
父の日にこんな詩を読まれても、いまどきのお父さんだったらせつないだけだよなあと思ったりもしていたのだが、石垣りんさんも向田邦子さんも本を読めば、ずいぶんお父さんを愛しておられたのがわかる。

父と娘のあり方。昔は、父は娘にとってはずいぶん理不尽な存在だったようだが、こういうかたちで愛されるのならと逆に嫉妬も覚えたりもする。

りっぱな父というのは、やはり娘にとっては誇りなようで、私の父もそっちのタイプで、わがままで理不尽だったりするのだが、妹もそんな感じだ。
どうやらそういう父親は、やさしい父より存在価値があるようなのである。やれやれ。


『身体髪膚』

妹は私と違って、友達が多く、活発だった子供の頃には、よく家に男の子、女の子問わず友達が遊びに来ていた。
妹の友達で、近くに住むとん子ちゃんは、とも子という名前なのだが、お菓子工場の娘さんで、田舎のおかし工場だと当時よくありがちな話だったのだが、壊れたパイ菓子なんかをビニール袋に入れて親から与えられ、それがおやつがわりだったようだ。

友達なんかにもあげたりしていたようで、たまにご相伴にあずかったりした。そのせいかどうかわからないけど、当時としてはふっくらとしてたのだが、それでとん子というあだ名だったりもするわけで、なんとも残酷といえば残酷で、子供というのはいつの時代もそういうところはかわらない。

で、そのトン子ちゃん、妹たちとのかくれんぼの最中に服のボタンが取れてしまったようで、何を思ったのか、そのボタンを鼻の穴に入れてしまった。

なくすとまた母親に怒られるとでも思ったのだろうか。が、奥のほうに入っていって取れなくなってしまった。

一生懸命、ほじりだそうとするが、すっぽり入ったそれは出てこようとはしない。

心の中ではあせっていたのだが、かくれんぼをやめてはいけないとこれもなぜか思ったらしく、一人になったときを見計らっては、悪戦苦闘していたそうである。結局、夜、家で泣く泣くおかあさんに話をして取ってもらったそうで、だいぶあとから妹はその話を聞いたそうだ。まあだいたい子供というのは、耳の穴やら鼻の穴やら、穴という穴にはなにやら入れたくなるものである。
そういや、子供の頃、おかんと街へでかけたとき、募金箱をもって募金活動をしている人を見ると、おかんに10円をせびって入れにいったもので、母親はいつも離れて見ており、母親の元へ走って戻るのだが、そんなときの母親といえば、いつも苦笑していて、昔はそんな息子が誇らしいとでも思ってそれが苦笑にでているのだといやらしく解釈していたのだが、どうやらそんな子供の性癖などお見通しで、鼻の穴に入れられるくらいならとニヤニヤしていただけだったのかも知れない。まあ、今聞いてもたぶんそんなことは忘れているだろう。


まあ、そんな思い出などどうでもいいのだが、向田邦子さん、本は読んだことなかったのだが、表題のエッセイを読むとこんな感じで、一編読むとなにかそんな思い出が自分の中にもよみがえって来るのである。

彼女のなにかに重ねながら、自分の思い出やその当時の想いを透かして見てしまう。

おのおのの短編が、あっちの思い出、こっちの記憶へといったり来たりしていて、主題なんかにおさまりなどしない。そんな文章なので、自然と自分の想い出が触発される。
不思議な文章の魅力なのだが、たぶんそれはただたんにそういうスタイルの文章だからなのではなくて、それぞれの短編の中の彼女のこしらえごとでない想いに触発されるからで、そして、やはりそれが向田さんの一番の魅力なのだろう。


東京生まれの人っていうのは、女の人でもやはりどこか同じ匂いがするものだ。人情家で、正義感が強く、意地っ張りで気が早い。軽妙でとんちが利いて辛らつである。

ん?と思って見直したら、白洲正子さんも江戸っ子で、さらにそういえば沢村貞子さんも浅草生まれだ。どうやら、気風のよい女の人に惹かれるようで、今やっとそういうことかと納得した。


ただ、あとで「あっ!」とおもったら石垣りんさんも東京生まれであった。

そうそう女流作家の方を、東京生まれということだけで一括りになどできるわけもないとおもったが、でも、彼女もどこかやっぱり似ていたりすると思うのはやはり自己弁護だったりするのか。


へんな屁理屈をブログで捏ねているせいで、素直に人を見るのも難しくなってきた。

父の詫び状 <新装版> (文春文庫)/向田 邦子
¥520
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情報の価値 自分の価値

冷泉さんのJMM配信メールを読んでいたのだが、5月7日から米メディアではヒラリー撤退についての報道を流し始めているようで、もはや現時点で、流れは固まったようだ。


現在、円の米ドルレートが102.81円で、ゴールデンウィーク中より今現在少し円高になっているようだが、原油高関係の影響なのか。最近はぜんぜん疎いのだけれど一国のトップが決まったことによる影響とかは投機筋ではもはや少ないのかも知れない。そのへん、どうなんでしょう?


北京聖火リレーも中国内に移ったので、中国批判も下火となり、今は日本のテレビも、ミャンマーのサイクロン被害での軍政による人的援助受け入れ問題に焦点が移ったようだ。


ミャンマーとサン・スー・チーさん、中国と北朝鮮、アフガン・パキスタン、イラン・イラク、日本国内での世界のニュースの扱いは、アメリカに対してを除いては、日本からのそれらの国の距離で決まっているようで、地勢というのは世界が狭くなってもその影響はあまり変わらないのかもしれない。

いずれにしても、コロコロ話題が変わるだけで、実生活にたいした意味などない。しょせんは、話題のはけ口レベル。こういう話題の重要性は自身がその国に入っていかないとわからないのか。


しかし、自分を振り返ってみると、インドにいたとき、世界やら、日本の情勢からすらも疎かった。

それでも過ごしていけたし、そんなことに構っている暇などなかったのだが。。毎日、楽しくて


日本行きの帰りの飛行機で、配られる新聞を求めてる観光客らしき日本人を見ると、妙に優越感があったのだが、あの優越感は、ある種、そんな情報から離れていても平気だという優越感を含んでいたのかもしれない。。

いったい、なにに優越感を持ってたんだか。。


たぶん、日々の情報の価値というのは、そのレベルであって、そんな情報に目くじらたてている今の自分はたいしたものではない。昔の自分は言うだろう。

ほんとうに必要なことなど、自分が手が届く範囲と、自分の中にしかないのだと。


それよりなにより、『毎日楽しくて』。それが、たぶんもっとも重要で、そのための情報は自分で手に入れようとしないと得られない。


情報の価値は、自分によって決まるものだし、自分の価値は、持っている自分の情報によって自分が決める


と書いてはみたが、まったく、それ出来てねえなあ、今。。がんばろー。おー。

実は、これは滝田明日香さんの『晴れ、ときどきサバンナ』を読み始めての感想なのである。

元気とやる気は、いっつも女のコから貰うのである。ありがたや。


情報や本の価値って、やっぱり知識より、

どんだけぇ~元気を貰えるか

なのである。そうに決定~。あげキラキラ

晴れ、ときどきサバンナ―私のアフリカ一人歩き (幻冬舎文庫 た 36-1)/滝田 明日香
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KYK

雨だ。


雨です。


雨だなも。


いまどき、『なも』なんていっている人は見たことない。


ジム行って帰って来てすることがない。雨の日に買い物にいくと商品濡れ濡れ系でがっかり系である。


久しぶりにZIGGYを聞いてみた。そういや、ダスボンのライブも最近行っていない。


デパートの カーテン引き裂いて ⇒ レパードの カーテン引き裂いて


歌詞も聞き違えると台無しである。


KYK とんかつ、とんかつ KYK♪

http://www.tonkatu-kyk.co.jp/index.html


空気読めない系? 低燃費系でビュンビュン系。


ういーあーごるでんえっぐす

リーダーの資質

夕飯食べて、睡魔が襲って来て寝てしまったら、こんな時間に起きてしまった。じいさんだ。やれやれ。


友達に対する先輩からのパワハラが酷くて、たまたまその友達が病気で入院したあと、復帰時に状況を見かねていた上司が別の部署に話を通して移動させたと。


その話を聞いて、リーダーのもっとも大きくて重要な作業は、実は部下の働く環境を整えることではないかと改めて気付いた。

それが最もリーダーに必要な資質で、最も必要な能力だと。


自分の仕事を見返すと、まったくこれが出来ていなかったことにいまさらながら気付いた。

というか、恥ずかしいことだが、そこから目を背けていた。いまだからそんなふうに思える。


グループ員や部下の仕事の進捗や状態管理、指導や取引先との調整はできてあたりまえなのだが、それでいっぱいいっぱい。仕事も複数抱えるようになるとそれすらも危うい。


そういう状況でなお、あるいはそういう状況なときこそなおさら、部下の状況に目を配ってあげることができるか?


インドに長期出張していたとき、部長に言われて、現地の協力会社でインド人を面接した。

良い評価を与えたら、結局その会社で採用されて、日本に戻ってきたときに自分のところに派遣されて来た。

そんな話は聞いてなかったので、「えー、マジかよ」状態である。

もともと自分のところに派遣される目線では面接していない。

「それならそうと、面接の前にちゃんと話を通してくれよ」と思ったのだが、だいたい会社ってそんなものであろう。


インド人、オフショア・オンサイトで仕事をしてもらっていたが、やはり全体として評判が悪くなって来ており、それは日本人のコミュニケーションにも難があるのだけれど、そういったことからテコ入れということで、将来プロマネになるよい人材をという意図が、部長と協力会社の社長の底流にあったようだ。


とはいえ、現場では「もう、インド人はいいよ」となっており、自分も他の仕事との兼ね合いもある。正直アップアップ状態だったので、もう手間のかかるインド人との仕事は私もいいよという気持ちだった。


しかしながら、面接したときの印象以上にこの二人、「デキル」コたちだった。だが日本語は話せない。

能力はあるのだが、新しい仕事なので、いろいろ教えないといけない。

与えた仕事はきちんとこなす。結果的に彼らがした仕事は、取引先にも上々の評価だった。というか、その当時の取引先の担当者は、技術も指導力も私が尊敬すべき人と思ってた人で、その人からも評価して頂いた。

ポテンシャルはあったので、彼らを他のリーダに部分的に使ってもらうということも考えたが、コミュニケーションに難がある。しかも、その当時のインド人との仕事の状況で、他のリーダー達、こっぴどくインドに不審感がある。


ほかの状況もいろいろあって、結局その二人は、その協力会社を辞めてしまったのだが。。

果たしてあのとき、なんとか彼らを生かす方法はなかったのだろうか。


そういうことは、現場でしか処理できないし、実際に場にめぐり合わせないと対処の方法はわからない。

あとで考えて反省したって無駄である。でも、それでもなお。。


人を生かす。何を置いても、まずそれを頭にも身体にも叩き込んでおく。

ほかのことなんて、2段階も3段階も重要度が下の仕事だ。

リーダーというのは、まずもってそういう信念を持たないといけない。そして、それに基づいて行動すること。


今頃、反省したって遅えよなあ。

リベンジは現場でしかできない。