象の夢を見たことはない -20ページ目

瞑想 ichi

「男の瞑想学」らしイ。

 

おなごもすなるヨガというモノ。

とはいえ、美容よりどっちかというと瞑想のほうに興味があり、もれなくヨガがついてこられてもと。

 

かつてならHOT DOGプレスとかPOPEYEとか、そんな雑誌があったけれども、そのくらいの軽い雑誌じゃないといかがわしさにひいてしまう。

 

さいきんマインドフルネスちゃらなんちゃらと、またまたオーラの泉系のロックオン♪的な占いもなんだか不景気の占いとか霊感商法とか。またぞろっていう時期だけにどうかなとも思ったのだが、あまりに簡単に瞑想の方法が書いてあるので。

 

以下、瞑想方法の概略。備忘録。

 

その1 集中

① 目を閉じる

目を閉じても瞼の裏は見えている。

真っ暗というのは、「真っ暗闇」が見えているだけ。

 

② 何かに集中する。

 「音を聞く」となどいうテーマを決める。足がしびれたなと思っても、「あっ音を聞かなければ」と意識を戻す。

せっかくだから目に集中するのがいい。

目を閉じたまま確認できるスペースはどこまでかと、きょろきょろしてみる。そのときの意識の変化の具合をしっかり見据える。

 

③ 目の前を見据える

目を閉じると模様や光が見える。まずそれを見据える。その中で特徴的なポイントを見つける。そのポイントを追い続ける。消えても改めて探してそれに集中する。

細かく動くのでそれを追い続ける。ポイントが端へ移動するなら、それを中央へ引き戻す訓練をする。3分~5分続ける。

 

④ 呼吸を伴わせる

その集中に呼吸を伴わせる。鼻から吸って、鼻から吐く。目の前に集中ポイントを作り、そこに吐き、そこから吸う。常にポイントを意識する。3分~5分続ける。

 

⑤ 心臓と眉間に集中する

息を吐くときは心臓に、息を吸うときは眉間に集中する。5分続け、ちゃんと集中できているかをチェックする。そのために自分を観察すること。眉間と心臓の間の集中の移動を観察する。どんなふうに集中していたかどんな移動だったのか思い出せること。自分を正確に観察し、正確に思い出せること。

 

⑥ 面や立体に集中する

まず背中に集中してみる。背中は「面」なので、「背中に意識を向ける」つもりで行うとわかりやすい。そのとき、集中した気になるのではなく、自分の集中を、実体験を観察する。

次に左半身に集中する(立体への集中)。そして、それを右半身へ集中する。うまく移動できればよし。そうでなければ、意識を向けるという感じ。このときも、やはり観察が大事。どんな感じがするかをしっかり観察。

最後にもう一度背中へ。このとき、立体から再び面への集中となるので手ごたえが変わるのがわかるはず。

 

長くなったので今日はここまで。

次は瞑想へのステップ、その2、意識の拡大練習について。

 

 

 

 

ヴィム・ヴェンダース「セバスチャン・サルガド 地球へのラブレター」

アマゾンプライムでヴィム・ヴェンダース監督の映画を見つけた。

 

セバスチャン・サルガド。写真家だという。常識を知らない自分は写真家の名前もたいして知らない。だが、この映画の最初のシーンで、「ああ」と。

これって、自分の中のあの経験だという驚きというか。

この人の写真で、インドでのある光景を鮮烈に思い出した。

 

写真の持つ力というのは、なかなかに限られている。

ただただ美しい景色の写真もきらいではない。だが、自分の既視感を呼び起こす写真というのに出会うことは少ない。ましてや経験そのものを丸ごと思い出させるものというのは皆無に近い。それは、ある種のノスタルジーというのとも少し違う。

 

昔、名古屋パルコでヴィム・ベンダースの写真展があって、実際に値段がついて買えるっていう展示会だったのだけど、その中で、ポルトガルの海辺のホテルのプールを俯瞰で撮った写真とか、夕暮れに赤く錆びて朽ちかけたアメ車の上に野犬が乗っかってこっちを見ている写真だとか、ある旅情とか記憶の断片とか、あるいは夢の記憶だったのか、そういう自分の心の奥の何かとシンクロしてしまうような写真があって。

 

値段を聞いたらとても買えなかったのだけれど、それはまだ、ノスタルジーに近い種類のものだった。というか、そういうノスタルジーのズルさといったら言い過ぎだけれど、ある種のメタファがどこかにあって、それが狙っている感を漂わせてしまう。

 

そういうどこかで見たことがある何かという雰囲気でなく、モノそれ自体とか、人それ自体とか、その時その場所のそれ自体の経験を、もっとリアルに追体験する。あるいはさせる写真というもの。

 

 

たぶん、それをこの写真家はもっている。

 

モノにはそれを収める構図というものがあって、絵画とか写真とかはある構図さえ押せておけばそれなりに上手く見えるのだけれど、そんな構図ドリブンではなくモノそれ自体が写真をドリブンしている。

そういう写真を撮っている人だと。そんな気がした。

 

 

空気を読む脳

図書館で予約5人待ちくらいだったか。

 

 

最初の結論として、日本人は、同調圧力に従いやすく、不安が高く、社会的排除を起こしやすいと。

 

異なる文化のどちらが新しいか、進んでいるか、優れているかなどを議論するのは意味がない。現実社会で生きる必要のある我々は違いを知ることにより、自分の良きところを理解し、それを生かし、他者の良いところを学び、それを未来に資することが重要だと。

 

昨日の小論のお題ならそういう骨組みとして、具体策をひねり出す。弱点があるから対策が練れるわけで、そういう文章の作りにすると見通しが良くなるでしょう。

 

とはいえ、一般論には意味などなく、具体的にどうするのか。

自分ならどうするかというとこまで落とし込まないと意味がない。

 

 

セロトニンが少ないと不安を感じやすい。日本人の脳の中にあるセロトニントランスポーターの量は、世界でもいちばん少ない部類に入る。

不安が高い理由。

 

一方が資金の配分権、もう一方が拒否権をもつゲームで、配分権をもつ方が、自分の取り分を多くした場合、他者が拒否権を発動できるルール。拒否権を発動した場合のみ、両者の取り分はゼロ、そうでない場合、拒否権を持つものにも配分はなされるという最後通牒ゲームというのがある。

拒否権を発動したところで、自分の取り分はゼロになるので、いくらかでももらっておくというのがサイコパシー度が高いとみなされるが、セロトニンが少ないものは、拒否権を発動しやすいと。義憤にかられやすく、社会的排除を起こしやすい理由。

 

同調圧力に従いやすいという証拠は、普段のセロトニン量が少なく、単独行動しているバッタがセロトニン異常を起こすと集団化し暴走するということを理由に、日本人もなんらかのセロトニン異常が発生すると暴走するのではという憶測。

かなり理由として弱いし、無理があると思うのだが、同調圧力に従いやすい理由。

 

生物学というのは、曖昧な学問で、物理のように因果関係を基礎としていない。相関関係を理由に論理を組み立てるので解釈はなんとでもなる。相関関係を因果関係に高めるために手段を尽くして、実験を繰り返していくのが本来の科学者としての生物学者なり、脳神経学者などの態度なのだが、昨今テレビでもてはやされるのは他人が調べた統計とか相関関係だけで、憶測し、結論をひねり出す類の科学者といわれる人たちだ。

 

だが、中野さんの場合は、言っていることにいちいち納得してしまうのは、自分がどこかでなんとなくおもっていることを深く言い当てているからなのだと思う。まあ、個人的な好みが多分に影響しているのだろうけれど。

 

彼女がこの本を書いた理由があとがきに書かれているが、コロナ禍の今、おそらく同じ同調圧力や自警団の暴走に不安や恐怖をみんなが抱えているのが、この本が人気な理由なのだろう。彼女の場合、自分はどのような人生の不安をもっていて、それに対し、どうしているかということをこのあとがきに書いていて、すごくフェアな人だなとますます好きになった。好きなのは、美人さんだからかもしれないが。

 

 

 

 

 

 

 

翻訳

「復讐者のメロディー」というのをアマゾンプライムで見ている。

 

 

フランスのベルギー合作の映画だが、舞台はイギリスのようだ。底辺の生活者を撮った映画だろう。簡易宿泊所を経営するフランス語を母国語とするイギリスへの移民の母娘と刑務所から出たばかりの無口な男の映画。
 
教えているコの一人が受験で小論文を書く必要があるという。
前年度の過去問を見ると日本の移民と労働というお題だった。
 
自分の立ち位置を決めて、それについて述べよという問題で。
日本に居ては解けない問題かもしれない。
どうすればいいかというのはなんとでも書けるけど、問われているのは経験で、日本では、すぐそばに日本語以外を話す人がいない。
 
肌感覚の欠如。サプリで補う。
真に必要なのは、それ以外。

海外ドラマで英語を学ぶ

海外ドラマで英語を学ぶ。

 

なかなかハードルが高いので、果たしてできるのかというところ。

最近そういう本を2冊ほど立て続けに借りて読んでみた。

 

 

最近の『ラ・ラ・ランド』とか『ボヘミアン・ラプソディ』まで教材として選んでいるところが目玉だったりする。

この本が目的とするところは、日常会話表現としての英語にどんなものがあるのかを紹介することがメイン。

なので、洒落た表現だとかを知るのにはよいのだろうけど、この本を読んだからといって、そういう言葉が使えるようになるわけでもない。また、リアルな英語の9割がすべて書いてあるわけでもない。

ただ、映画を見ることが苦にならない人が、会話英語を勉強するための入り口としてアカデミー賞をとった映画を見ればいいんじゃない?ということでそれぞれの映画を使って、ほんの少し、会話の表現を紹介しているだけって感じの本。

読み物としては、映画の裏話とかがあって面白くはあるけど、学ぶための本としては星1コかな。

 

 

英会話学校に通っていると、字幕なしで映画を見たいという人が一定の数ほどいると思うのだけど、最終的にはネイティブスピーカーと普通に話せるというのが目的であって、そういう人が読むべきなのはむしろこっちの本。

アメリカでの英語出来なさすぎ、苦しすぎ体験をきっかけに、どうやったらネイティブと会話できるのかという自身の経験から書かれた本。

英語で会話をするためのグランドデザインは何かということで、海外ドラマで勉強することを思い立ち、その過程でドラマの会話でよく使われている単語はたった350語しかないということに気づいた筆者。

そして、会話ができるようになるという観点で、英語の勉強法を組み立てなおした。

その方法とは、それぞれ4段階からなるスピーキングの塔、リスニングの塔というのを立ち上げて、レベルアップしていくための段階を踏むようにして、スキルを上げていくことで。

なんせ、自分の経験を深く見つめなおして、勉強方法をデザインしているのでスジが通っていてわかりやすい。

ただ、自分は関西の人間なので、この本のところどころに出てくる関西弁の口調がすごく親しみやすくてよかったのだけど、関東の人だとその辺りどうなのだろう?

まあ、中田敦彦絶賛らしいので、そのあたりは関東の人でも問題ないんだろうと。

 

実は、英語で難しいのは、スピーキングよりリスニングのほうで、リスニングのほうが習得するのに時間がかかる。そのあたりも含めて目から鱗な洞察や勉強ステップの構築の仕方がすばらしい。

1秒英作文など、教えている子供たちにも使えそうで、やっぱりこの本買うことにする。