象の夢を見たことはない -16ページ目

日本農業の将来ビジョンと農の本質 その2

ただこれじゃ食っていけね〜

それが本音であるわけで。

 

今、親父(84歳)が次回の米の作付けをどうするか考えているのだけれど、今日農協の人が来て来年の飼料米の作付けをどうするかという話が出ていた。

 

農協としては、政府の方針を下支えするという考えしかなくて、飼料米推奨。それは最もなことであろうけれど、市場主義的な話には決してならない。米・麦・大豆という2年でルーティーンを組む農家に対し、補助金でその農業を保証するのも相変わらずの在り様。大豆にしても、採れても採れなくても、作付面積に対し補助金を払うという。

 

イノシシによる作害で、これまでは大豆などを植えなくても、「猪に苗を全部喰われました」と平然と言いつのって、補助金を得る不当な輩がいたわけだけれど、豚コレラの影響で、山野にイノシシの姿が消えた今年からその辺りどうなるのか査定が見ものである。ザルはザル。当たり前の公務員の在り様なのだが、彼らも少しは考えるだろう。そんなことを言っているから目を付けられるのだけれど、自分が主体で農業をしているわけではないので、しょせんは外野の戯言でしかない。

 

ただ、小麦にしろ大豆にしろ、市場価格に見合っていないものをわざわざ補助金を付けて作らせているという在り様ってどうなのよと。小麦なんて乾燥した土地で作られて初めて美味しいものが作れるわけで、湿害が多い日本では、うどん用とかで、かつ安定供給ができないという、なんのために作っているのかレベルだったり。

田んぼで作っているのよ、水はけが悪い粘土質の場所ほど良い米が出来るという場所で、その小麦を。あのねぇ、もしもし?ってわけなのさ。何をしているの?

大豆もそうで、海外へ輸出できるような価格帯で生産できないものを作る意味って何?という話だったりする。何ですか、食料自給率って?バカなの?

 

喰えないから、ベトナム人を使ってというのは、米農家ではあまり聞かないが、高原野菜のレタスなんか、とっかえひっかえでそういう人を喰らう。牛の農家なんかも最近そんな感じの人も出てきていて、そんなビジネスなんぞ、ユニクロの綿と変わんねーじゃんという、なにがJGAPぞ?なんていう嗤わせる話も聞こえてくるわけで。コンプライアンスって何?食べられるの?ってレベルだったりする。

 

地道にモノを作ったとしても、日本人の同調圧力で値引き戦争となってしまうという日本人のモラリティが顕在化した今、高級志向で、アジアのあるいは日本の富裕層とやらに売るビジネスモデルしか考えられなくなってしまっているのが今のマーケットとしての農の在り様で、コロナによる市場の縮小に伴ってさらにどうするかというのを考えている昨今というのが、実際は日本の農業の将来ビジョンだったりするのだ、現実は。

 

要は、食えるか食えないか。それが、年金受給層でない、農業という職業の本質的在り様。

補助金でその本質を歪めるか否か、それは公務員そのものが必要か否かというところまで波及してしまうのは、相似であって当たり前でしかない。

 

 

日本農業の将来ビジョンと農の本質

昔に書いた反逆的な文章だが、本質は変わっていない。

なお、こういう意見を農大の生徒として書いて課題で提出すると県で共有されるらしく、これ以降、行く先々で目を付けられるのだが、県職員の人でも密かに賛同してくれる人はいた。

みんななにかを良くしたいのである。

 

「学生意見発表」夏休み課題  2014年8月30日

  

日本農業の将来ビジョンと農の本質

                               

第一次産業と第二次産業の大きな違いとして、製品の歩留まり率をコントロールすることが困難であることがあげられる。自然現象が相手の第一次産業、例えば農業を例にとってみると、日照時間、積算気温、風水害、年により異常発生することがある病害虫など、人知によってコントロールできない因子が大きく、その影響も経営上重い。そのため、政府の補助なく健全な経営を行おうとすると必然的に内部留保を多くとっておく必要がある。例えば、製品単価が安い生産物を作る企業でこれを考えた場合、中小企業であれ、大企業であれ、如何にそれが困難であるかは想像に難くない。

 

単価の安い製品を作る企業を想定してみよう。

例えば、

①    定価(売値)は同じ

②歩留まり率をコントロールできない

ことを前提としてみる。

製品製造のリスクを抑えようとすると、必然的に生産コストを下げる方向へ流れるしかない。大量生産して一つ一つの製品の生産コストを下げることで歩留まりによる損失を吸収する。

 

しかしながら、大量生産した場合、結果的に製品の定価(売値)は下がる。

これに対しては、一つの手段としてマーケットを広げる。マーケットを広げるために海外に輸出をする。

あるいは、さらなるコスト削減を目指し、人件費の安い海外での生産を考えるようになるかもしれない。

 

いずれにせよ、薄利多売的な経営スキームをとることになる。

そして、経営の大規模化が必要となるという結論。

 

大量生産されうる製品は、その製法さえあきらかになれば、大量にコピーされうる。その結果がシャープの液晶テレビ戦略にみられるような、日本家電王国の崩壊劇。そして、いざ「ものづくり」を見直そうとしても、本体はすでに生産管理だけを行っている状態で、肝心かなめの技術開発能力は、外部委託、派遣雇用、海外への生産移行などにより、空洞化してしまっている。企業再生能力の弱体化である。

 

細部のストーリーに違いはあれ、結局のところ、大まかに言ってそういうレベルのストーリーになるようなスキームでしか今日の農業経営の未来は語られていない。

 

一方で、TPP加盟問題など農産物の輸出、輸入の自由化の波はもはや目前まで迫っている。安倍政権以前、例えば白川前総裁時代の日銀の為替介入が円高ドル安になんら影響を与えなかったように、世界経済はたかだか一国の経済介入によりその流れが変わるレベルのものでなくなっており、従って、もはや国の補助金政策レベルでは、輸入自由化による農産物の価格下落を抑え切れるものではないことは自明である。

 

かくして、小規模農家は蹂躙され、大規模農家も崩壊しうるというシナリオが出来上がる。

 

ここで、発想を180度転換してみよう。すなわち、農産物の自由化ありき、政府の補助金はなしということを前提とした場合、一体誰が困るのかということである。

一般の市民は、農産物の輸入自由化により、公正なマーケット価格で農産物が買えるようになる。税金も減る。

結局、困るのは農家だけである。農家だけとは言わずとも、その一番の矢面に立たされるのは農家となる。(あるいは、本当に困るのは現在の補助金農政にぶら下がっている公民の各種機関かも知れないが。)

 

さて、本当に農家は困るのか。結論的に言えば、困らない。現在、多くの農家は高齢者問題、後継ぎ不足の問題を抱えている。そういう問題を抱えている彼らのほとんどは年金受給世代である。例え、農家を廃業したとしてもすぐに食うに困るということはない。だから、逆に自由化の波が押し寄せ、補助金がカットされても続ける人は農業を続けるだろう。ライフスタイルとして農業として。あるいは生きがいとしての農業として。

 

逆に高度高齢化社会により、余暇やレジャーとして農業を選択する人はそれらの人々の中に増えてくる可能性も大きい。特に昨今の中国産の農産物の品質問題や減農薬嗜好など、農産物の自由化により自分の食の安全が脅かされると考える人は現在でも年配の方々の中に既に多い。それらの人の多くは「孫たちに健康な食生活を」とも願っていたりする。

 

したがって、農業全体で考えた場合、今後そのマーケットは、農産物を必要とする人の中にだけあるわけではなく、現在でも徐々に既に増えてきているが、余暇を農業に充てたい人の中にあるいは彼らそのものがマーケットになりうる。ある特定のコミュニティやそれらのコミュニティのネットワーク内で求められる農産物、そして、それを直截的、間接的に求める人、そういう人を対象にしたマーケットなど、付随的にさまざまなマーケットが発生することになると考える。そういった意味で、逆にビジネスチャンスは増える。単に、第一次産業として生産した製品を加工して売るという六次産業ではなく、リクレーションやサービス業も含めた総合的なビジネスとして農業を自社ビジネスの中に取り込もうというベンチャーな発想をもった人や企業もでてくるだろう。もう既に出てきているが。

 

一方で、大規模農家はどうなるか。基本的に、自由化によって農産物マーケット自体は縮小する。特に、今手厚い保護を受けている農産物品目ほどマーケット規模の縮小率は大きくなる。市場が自由化されるわけであるから、結局のところ、需要と供給の関係によって市場価格が決定されることになるため、逆に生産者側にとっても、本来的には、何をどの時期にどれだけ売れるかを予測しやすくなる筈である。補助金を当てにして生産計画を立てるような意識レベルの農家や農業法人は淘汰され、特定の戦略でマーケットを狙い撃つ、特定顧客ルートを開拓するなど、経営意識の高い農家や企業のみが生き残ることになると考える。

 

いずれにしても、自らが農業をすることの意義を明確に意識した人のみが、農業という職業を選択することになる。それは決して悪い未来ではないと自分は考える。

 

ここで、もう一つの課題、果たして農業の本質とは何か、あるいは第一次産業の本質とは何かということを考えてみる。

 

第一次産業から第二次産業に、そしてそれも高度化すると、必然的に分業化が発生する。

分業することによって、作業が効率化できるからである。製品は高度化すればするほど、大量の種類の部品、数多くの工程を経ることで、より付加価値の高い生産物となる。しかしながら、このように高度に複雑化した生産物を作る上で、各々のそれに従事する人の役割は相対的に少なくなっていく。部品を作っていても果たしてそれがどのように直接のユーザーに役立つのか、そんな全体像がつかめなくなり、仕事をする上で、自らの存在価値であるとかアイデンティティが喪失されていく。生産が高次、副次化されていくと、それらの生産工程を管理するだけの人も増加する。一日中、取引先や部下、部署からのメール対応だけに終始し、果たして自らが前に進んでいるのかどうかもわからない。そんなふうにして、生きがいを喪失して心を病む人も多い。

 

第一次産業は五感に訴える産業である。生産物は目に見え、手で触れることができる。匂いがある、食べられる。なにより、生産過程が見渡せ、その全体像を把握できる。人は自分の行動に対するフィードバックがないとその行為の意味を見いだせない。五感は、非常にプリミティブで、かつ強力な生き甲斐発生装置と言える。原始的な分だけ直截的に脳や身体に、あるいは心に響く。バーチャルでなく、リアル。それが農業の本質である。

人は自らの身体を離れては生きては行けない。

自らが農業をする意義というのは本質的にそこにある。農業の面白さというのもそこを離れては存在しえない。いずれにせよ、農の本質を体感して、その意義を認識しうる人のみが生き残っていくだろう。そんなふうに自分は考える。

                                               以上

若冲と京の美術

 

 

 

三重県立美術館。

ダリのあとは若冲。

話題性の狙いはすばらしい。

 

美術館に入ると、というかチケットがなくても、三重県立美術館の場合、入れる場所がある。ミュージアムショップである。そのミュージアムショップをホールにも持ってきて若冲ショップが開催されていた。数万円~の複製画もあって。これも、ほんとにすばらしい。あと、ダリのときもそうだったけど、写真撮影可の場所がフロントに設けてあって。こんなふうに、もっと裾野を広げてもいいよね、美術界。

 

 

それはさておき、細見美術館の協力で若冲なのだが、若冲の作品はなかなかまとめて見られる場所が少ないらしい。だから、なにを見せるかというところが館長と学芸員の渉外能力と審美眼の見せどころなのかもしれない。それについては、今回少し置いておく。

 

日本画と呼ばれるものは、彩色と水墨の二種類があると思うのだが、どちらも技法というのが結構な比重を占めているように見受けられる。その技法というのが、ある種の敷居になっていて、なんだか素人目にはうさん臭いところがある。祇園の遊びのようなものかも知れない。外すと野暮だとみなされる。素材にしてもそうで、妙に階層化されていて独自の価値観がある。そういう見方を強要されているようで、やはり日本画は、自分には合わないなとしみじみ確信した。

 

それを離れて、そこは素人、自由な目で見ていたのだけど、デザイン性と細密な描写という全く相いれない価値観を別々に共存させているのが、応挙とか若冲なのだろう。描写とデザイン性を一つに融合させてしまうと、一歩間違えれば、ゴテゴテしい西陣織物のような柄になってしまうわけで。若冲の場合、そこが実は結構キワドイように思える。

 

あとは、日本画や水墨画が持つデザイン性について、ずいぶん考えさせられた。空間をデザインしすぎても、わざとらしさが際立つのだけれど、その辺りについては、日本の場合、書がもつバランス的な、ある種の日本人が漢字やひらがなの文字をデザインするときのデザイン力に引っ掛かって収まっているところもある。

 

そういうところを離れた、筆遊びのような、新しいものを見つける喜びで愉しんでいるようなところもあって、そこは自分が一番自由で闊達で生き生きしていると楽しんで見れた部分だった。

 

 

 

四角革命

死霊館のシスターがアマプラで見れるというので見始めた。

死霊館シリーズは自分の中でははずれがなく、正統派なホラー映画だ。

続き物でもあるので、そう言う意味でも楽しめる。

 

 

日本の悪霊というのは、因果関係で成り立っていて悪霊になるのは必ず理由がある。逆に言えば、その因までたぐって、それを解決さえすればよいという救いがある。

 

だがしかし、キリスト教の悪霊というのは、因果はなく悪は悪であって、原因などない。強いて言えば、原罪なのだろうけど、そういう観点ではなく、悪は常に存在している、あるいは現れるので解決できないし、解決できたと思っても一時的なものである。

 

そういう考え方が、コアとなっているので、ホラー映画の成り立ち方も西洋と日本で異なっているように思える。

因果は情緒の範囲内にある。あるいは情緒は因果の範囲を超えられない。

 

西洋で物理学が発展し、アジアでは発展しなかったのはその根本的な人の考え方の在り様なのではないかという。コアがある、それがこれまでの共通理論を見出そうという希求の源泉になっている。

量子物理学的観点は、これまでのニュートン力学から相対性理論までの因果関係や因果論から離れている。無から有が生まれるわけで、だがそれは実は色即是空、空即是色という般若心経のそれと似ている。そういう意味では、仏教もその根本では表面的なカルマとか因果律とかいうものとは違う教義も含んでいるのだろう。

 

だけれど、色即是空、空即是色という考え方は多くの日本人には実は本質的に理解できないし、浸透するようなものではないのかもしれない。文化的な在り様を見ているとそう思うし、それが日本人の限界なのだろう。今のままだと、22世紀には、地図にはない国になっているかもしれない。

 

 

 

 

サン・タンヌ教会

佐伯祐三の絵である。

 

 

最近のネット美術館的なものはすごくて、ここでもその絵は見れるし、ここでも見れる。油絵具の盛り上がりが展示された場所の照明を反射している。それによって油絵独特の印影まで見えてしまうのだけれど、ホンモノを目の前でしげしげと見るのとは違う。

 

白い絵具を投げつけた様に盛り上がっている部分とか、逆に煙った空気で教会の丸屋根が遠くに見える様子など。実際のモノを目の前にして、違った角度から眺めると、異なる部分が目に飛び込んでくる、油絵の彫刻性。なぜ、絵は図版ではダメなのか、現場で見ないとダメなのかというのは、この彫刻性にあるように思う。

 

だが、インターネット環境とAR/VR技術や映像技術、AIなどの発展によって、そのうち三次元的に美術館の所蔵品が見れるようになるだろう。自分の手元で角度を変えたり、あまつさえ、いじったりすることもできるようになるかもしれない。4Kテレビなどとは次元が違うモノになる感じがする。

 

この作品は、三重県立美術館の所蔵品で、今回の常設展で展示されていた。常設展にいけば常に見れるかどうかは知らない。美術館に所蔵されている作品は数千点もあるので、企画展に伴って、展示するテーマを変えたりする。今回は、ダリの展覧会に合わせて「美術館の幻想芸術コレクション」とか「ゴヤの創造した幻想世界」とかが展示されている。この作品は、その中で、第三室目の「コレクション名品選」に展示されているので、貸し出しがない限りはかなりの高確率で常に展示されているものなのかもしれない。

 

作家はモノを見たように描くという言葉を子供のときに聞いた気がする。しかし、実は彼らがモノを見たように描いているわけではないというのは、シュールレアリズムの絵などでは当たり前のことだが、風景画でもそうなのだということは、洲之内徹の「気まぐれ美術館」で初めて知った。子供のときの写生の授業のせいで、風景は見たまま描かれていると思いこんでいたのかもしれない。

高校のときの美術の授業では、油絵のお題は人物画で、風景画は描かせてもらえなかった。そのときの美術の担任の土嶋敏男先生によると風景画はいくらでもごまかしがきくからだそうだ。人の体は比率が決まっていて、パースのかかったアングルだとごまかしがきかない。だがら上手い下手が露骨に現れるらしい。

 

で、件の絵である。この道は実際はまっすぐな道なのだが、かなりな坂になって曲がってしまっている。それによって、目線が上に引き寄せられる。引き寄せられた先にあるのが茫洋とした教会のドーム状の屋根。

松本竣介の絵について、その場所を捜し歩いた記録が「気まぐれ美術館」に書かれているのだが、洲之内徹によると、彼の絵は実際の場所に別の場所の建造物をもってきたり、実際にはありえないアングルでそれらを構成しなおしたりしているようだ。

もうそこまでいくとごまかしとかそういうレベルでなく、風景の創作になるのだけれど、なぜ、そんな風に風景を歪めて描くのかというのは、作家それぞれによって異なる個人的な意味を含んでいるようで、その歪め方が好きか嫌いかというところに鑑賞者の好みが出るのかもしれない。

 

サン・タンヌ教会、自分的にはこの歪みよりも、どちらかと言えば、フォービズム的なタッチで具象と抽象のハザマを行き来するような在り様が、いや、ある種のユトリロ的な精神の闇が気になるからこの絵に惹かれるのかもしれない。今回の展示では、四日市高校の高校生のキャプションが2つもついていたけれど、手前の建物の水たまりに写り込んだ風景などまでちゃんと見ていて、果たして自分は高校生の頃はこの絵に惹かれただろうかとある種の感慨を覚えた。