2026年10月1日 朝日新聞社 SDGsACTION
近年、日本では大規模な地震に加え、台風や線状降水帯による豪雨、河川の氾濫(はんらん)、土砂災害など、私たちの日常を突然変えてしまう自然災害が相次いでいます。
災害はもはや「いつか起きるもの」ではなく、「いつ自分たちの暮らしに起きてもおかしくないもの」として考える時代になりました。
だからこそ、防災についても「人がどう避難するか」だけではなく、家族同然に暮らすペットまで含めて考える必要があります。(インテグレート代表取締役CEO/藤田康人)
発想を逆転させてみる
犬や猫をはじめとするペットは、いまや単なる「飼育動物」ではありません。多くの家庭にとって、大切な家族の一員です。
しかし、災害が発生した瞬間、人はまず自分自身と人間の家族を守らなければなりません。
家族は無事なのか。どこへ避難するのか。水や食料は確保できるのか。自宅には戻れるのか。これからどこで生活するのか。避難時には「人がどう生き延び、どう過ごすか」だけで精いっぱいになるのが現実です。
そこに「犬のフードがない」「猫の薬を持ち出していない」「避難所に一緒に入れるのか分からない」といった問題まで一気に押し寄せれば、飼い主の負担はさらに大きくなります。
だからこそ、ペットの防災については発想を逆転させてみる必要があります。災害が起きてからペットをどうするか考えるのではなく、ペットの問題はできるだけ平時に解決しておくのです。
普段のちょっとした備えによってペットを守れる状態にしておけば、非常時には飼い主が自分自身や家族の安全、避難生活、生活再建といった「人の問題」により集中できます。
防災を日常生活に「混ぜる」
ペットの防災とは、ペットのためだけの防災ではありません。ここに、このテーマを社会全体で考える意味があります。
「ペットの防災」という言葉から、非常用フード、水、折り畳み式の食器、トイレ用品などを詰めた防災バッグを想像する人は多いでしょう。もちろん備蓄は重要です。しかし、本当に必要な備えはそれだけではありません。
例えば、普段からキャリーケースやクレート(ケージ)といったペットを運ぶ道具に慣れさせておくことも防災です。薬を飲んでいるペットなら、薬の名前や投与量、かかりつけの動物病院をスマートフォンに記録しておく。
迷子になったときのためにマイクロチップや迷子札を確認しておく。自宅近くの避難所まで一度ペットと歩いてみる。
さらに、「自分がけがをしてペットの世話ができなくなったら誰に頼むか」を家族や知人と話しておくことも重要でしょう。
その多くは特別なことではありません。例えば普段食べているフードを少し多めに買い、古いものから使うローリングストックなら、非常用フードを別に大量保管する必要はありません。
キャリーケースも押し入れの奥にしまうのではなく、普段から安心して入れる場所にしておけば、それ自体が災害への準備になります。散歩のコースを少し変えて避難場所まで歩いてみるだけでもいいのです。
大切なのは、「防災のために特別なことをする」のではなく、「いつものペットとの暮らしの中に防災を混ぜる」ことです。そうすれば、防災は面倒な宿題ではなくなります。
もう一つ重要なのが、ペットのウェルビーイングという視点です。
災害時にペットを守るというと、「命を守る」ことだけを考えがちです。しかしペットにとっては、突然知らない場所へ移動し、大勢の人やほかの動物に囲まれること自体が大きなストレスになります。
だからこそ、普段から健康状態を整え、人との接触や移動、クレートなどにある程度慣れておくことが、非常時のストレス軽減にもつながります。
また、普段使っているペット用品やフードなどが、ペット自身にとって本当に快適なものか、見直してみる機会にするのもよいでしょう。普段から心身の状態を整えておくことそのものが、防災になるのです。
この考え方が社会に浸透すれば、「ペットの防災」という言葉そのものの意味も変わってくるはずです。
飼い主の自己責任だけでは解決しない
では、この重要な「ペットの防災」を、いったい誰が中心になって進めるべきなのでしょうか。
まずそれを担うのは飼い主です。自分のペットが何を食べ、どんな薬を飲み、どんな環境を苦手とするのかを最もよく知っているのは飼い主です。行政が一匹一匹に合わせたフードや薬まで準備することは現実的ではありません。
しかし一方で、すべてを「飼い主の自己責任」で終わらせることにも無理があります。
避難所を運営するのは自治体や地域です。そこには動物が苦手な人やアレルギーのある人もいます。鳴き声、臭い、排泄(はいせつ)物、衛生管理など、共同生活だからこそ生じる問題もあります。
ペットを置いて避難できないために飼い主が危険な自宅にとどまったり、避難後にペットが心配になって自宅に戻ったりするケースがあることも考えれば、もはやペットだけの問題ではありません。
だからこそ、飼い主だけで完結させるのではなく、行政、地域、獣医師、動物関連団体、そして企業がそれぞれの役割を持つ必要があります。
行政がどこまで担うのか。飼い主自身が何を準備するのか。そして企業はどこに参加できるのか。特に重要なのは、「誰かが全部やる」のではなく、それぞれが得意な領域を受け持つことです。
その役割分担が整理できれば、ペットの防災は一部の飼い主だけが行うものから、ペットと暮らす社会の「当たり前」へと変わっていく可能性があります。
そして、その先にあるのは「ペットのための防災」だけではありません。ペットの心配を平時にできるだけ減らしておくことで、災害時には人が人の安全に専念できる社会をつくることができます。
自治体・企業の役割は
では、そんな社会を実現するためには、行政、飼い主、企業は具体的に何を担えばよいのでしょうか。
ペットの防災の役割分担をシンプルに整理するなら、行政が基盤をつくり、飼い主が自分のペットについて備え、地域や企業がその間を支える、というかたちがもっとも現実的でしょう。
行政が担うべきなのは、個々のペットの世話ではなく、避難できる環境を整えることです。
どの避難所でペットとの同行避難が可能なのか。避難後、人とペットはどのように過ごすのか。動物が苦手な人やアレルギーのある人とどう空間を分けるのか。災害時に獣医療や一時預かりが必要になった場合、地域の動物病院や関係団体とどう連携するのか。
こうしたルールは、災害が起きてから決めるのでは遅すぎます。
また、「ペット同行避難が可能」という情報だけでは十分ではありません。飼い主が知りたいのは、「犬はどこで過ごすのか」「猫のケージを置けるのか」「必要なものは何か」といった具体的な情報です。
自治体には、平時から地域ごとのルールをできるだけ分かりやすく伝えておく役割があります。
では企業は何を担うのでしょうか。企業に期待されるのは、行政の代わりになることではなく、飼い主が日常生活の中で無理なく災害に備えられるように製品やサービスでサポートすることです。
例えばペットフードなら、ストック方法を分かりやすく伝える。ペット用品なら、キャリーケースを非常時だけの道具ではなく、日頃から安心して過ごせる場所として使うことを提案する。
ITサービスなら、ペットの薬、ワクチン、アレルギー、かかりつけ動物病院などを普段から記録しておき、非常時にも確認できるようにすることが考えられます。
大切なのは、新しい「防災の専用品」を次々につくることではありません。普段使っている商品やサービスに、防災という機能を少し加える。ここに企業としての役割があります。中心に置くべきなのは「備えを習慣に変える」ことなのです。
不安をあおって新しい商品を売るのではなく、「いつもの暮らしを少し変えるだけで、もしものときの心配を減らせます」と伝える。それなら企業活動と社会的価値を両立させることができます。
「ペットの防災」の本当の意味
ペットの防災を考えるうえで最も重要なのは、災害発生時に飼い主がペットについて考えなければならないことを、できるだけ少なくしておくことです。
災害時には、次々と判断を迫られます。避難するのか。どこへ行くのか、家族とどう連絡を取るのか、何を持って自宅を出るのか、仕事はどうするのか、家が被害を受けたらどこで暮らすのか――。
ただでさえ判断しなければならないことが多い状況で、さらに「ペットフードはどこで買えるのか」「薬の名前は何だったか」「この避難所に連れて行けるのか」といったことを一から調べるのは大きな負担になります。だから、平時に決めておくのです。
この「すでに決まっていること」が多いほど、非常時に判断しなければならないことは減ります。ペットを守ることが、人を守ることになる。ここにペットの防災の本当の意味があります。
これは単に「動物に優しい社会をつくりましょう」という話ではありません。ペットを守れる状態を平時につくることによって、災害時に人も守る。
目指したいのは、
「ペットのことは、ある程度備えてある。だから今は、自分と家族の安全を考えよう」
と思える社会です。
平時のうちに備えられる環境を社会全体でつくっておく。防災を特別な日のための準備ではなく、365日の暮らしの一部にする。それが、ペットを家族として暮らす時代に求められる、新しい防災のあり方ではないでしょうか。