2025年10月29日 弁護士ドットコムニュース
SNSで「#犬をしまえ」というハッシュタグが議論を呼んでいます。きっかけは東北地方で飼い犬がクマによって殺されたり、危害を加えられたりする事件が相次いで報じられたこと。

画像はイメージです(n.s.d / PIXTA)(弁護士ドットコム)
【話題をよんだ投稿】台風や寒波…「犬をしまえ」
これまでも台風や猛暑、厳寒などの過酷な気象条件下でも犬を屋外で飼育し続けることへの批判の声が度々上がってきました。犬は原則として屋内で家族として暮らすべきだ、という考えも広がっているように見えます。
かつて犬は「番犬」として屋外で飼育される(いわゆる「外飼い」)のが一般的でしたが、近年は「家族の一員」として室内で共に暮らすスタイルが主流となりつつあります。
こうした社会的な意識の変化の中で、「犬をしまえ」の声が高まったようです。では屋外で飼育することは、法的にどのように扱われるのでしょうか。現行法で「外飼い」がどのような場合に違法となり得るのか検討します。
●「犬を屋内で飼え」と命じる法律はない
まず結論から言えば、現在、日本の法律や多くの自治体の条例において、「犬を飼育する場所は屋内でなければならない」と直接的かつ一義的に定めた規定は存在しません。
日本の動物愛護の根幹をなすのは「動物の愛護及び管理に関する法律」(以下、動物愛護管理法)です。この法律は、飼い主に「適正飼養」の義務を課していますが、その飼育場所を「屋内」に限定するものではありません。
したがって、「外飼い」をしているという事実だけで、直ちに違法となるわけではありません。
●「外飼い」が違法となる境界線
では、どんな場合でも「外飼い」は法的に問題ないのでしょうか。
動物愛護管理法が定めているのは飼育場所の指定ではなく、「動物の愛護及び管理に関する責任を十分に自覚して、その動物をその種類、習性等に応じて適正に飼養し、又は保管することにより、動物の健康及び安全を保持するように努めるとともに、動物が人の生命、身体若しくは財産に害を加え、生活環境の保全上の支障を生じさせ、又は人に迷惑を及ぼすことのないように努めなければならない」という飼い主の責務(動物愛護管理法 第7条)です。
この責務を果たしていない、すなわち「適正飼養」の基準を著しく下回る飼育方法は、「虐待」または「ネグレクト(飼養放棄)」として違法性を問われる可能性があります。
では「外飼い」は本当に虐待やネグレクトに該当するのでしょうか。まず、一般的なネグレクトの類型を確認し、その後に今回のクマの事例を検討してみます。
1)ネグレクトの一般的な類型
動物愛護管理法 第44条は、愛護動物をみだりに殺し、傷つけることだけでなく、「給餌若しくは給水(えさや水を与えること)をやめ、酷使し、又はその健康及び安全を保持することが困難な場所に拘束することにより衰弱させること」も「虐待」として禁止しています。
これはいわゆる「ネグレクト」と呼ばれる行為です。具体的に「外飼い」において問題となり得るのは、以下のようなケースです。
過酷な気象条件での放置: 猛暑日に直射日光が当たる場所に係留し、日陰や十分な水がない場合(熱中症のリスク)。また、台風や豪雨、厳寒の日に、風雨や寒さをしのげる適切な小屋(犬舎)がないまま放置すること。これらは犬の健康と安全を著しく脅かす行為であり、ネグレクトに該当する可能性が極めて高いと言えます。
不衛生な環境: 排泄物が長期間放置され、不衛生な環境で飼育すること。
不適切な係留: 極端に短い鎖でつなぎ、犬が自由に動いたり、水や餌にアクセスしたりできない状態にすること。
適切な給餌・給水の欠如: 日常的に十分な量と質の食事が与えられていなかったり、新鮮な水が飲める状態になっていなかったりすること。
これらの行為が確認され、動物が衰弱しているような場合、飼い主は動物愛護管理法違反(ネグレクト)に問われ、刑事罰(1年以下の懲役または100万円以下の罰金)の対象となる可能性があります。
2)クマの襲撃リスクがある場合、外飼いはネグレクトになるか SNSで「#犬をしまえ」という声が高まったのは、猛暑やクマなど野生動物に犬が危害を加えられる現実的な危険が生じてしまっているためです。
しかし、犬を室内で飼うことが非常にまれな地域はいくらでもあります。それらの地域でクマが出没するリスクがある場合、全ての外飼いがネグレクトになるわけではありません。
法は、飼い主が最低限果たすべき動物の安全の保持すら怠ったような場合を処罰する趣旨です。そこで、ネグレクトにあたるかどうかは、以下のような要素を総合的に考慮して判断する必要があると考えられます。
ア)クマの出没により犬が襲われる具体的な危険性がどの程度高かったのか
イ)その危険をどの程度飼い主が予見できたのか
ウ)飼い主が安全確保のためにどの程度の努力をしたのか
●自治体の条例による規制
法律レベルで「屋内飼育」の義務化はされていませんが、各自治体の「動物愛護管理条例」や「生活環境条例」などで、飼育方法に関する具体的なルールが定められている場合があります。
ただし、これらの条例も「屋内か屋外か」という視点ではなく、動物が逃げ出して危害を加えることを防止するという観点から規定されたものです。屋外で飼育する場合には「係留(つなぎとめる)義務」に焦点を当てていますが、目的は動物の保護というわけではありません。
たとえば、東京都の「動物の愛護及び管理に関する条例」では、「犬を逸走させないため、犬をさく、おりその他の囲いの中で、又は人の生命若しくは身体に危害を加えるおそれのない場所において、固定した物に綱、鎖等で確実につないで」(第9条)飼育することと定めています。
これは、犬が逃げ出して他人に危害を加えることや、交通事故に遭うことを防ぐための「管理」の側面が強い規制です。
なお、過度な「外飼い」は別の条例違反を引き起こす可能性もあります。
代表的なのが「騒音」です。屋外で飼育されている犬が、人通りや物音に過剰に反応して昼夜問わず吠え続ける場合、近隣住民の生活環境を害しているとして、自治体の「生活環境保全条例」などに基づき、指導や勧告の対象となることがあります。
●動物愛護のための法律の厳格化という流れ
現行法は、「外飼い」そのものを禁止していません。しかし、法律が求める「適正飼養」の基準は、時代と共に厳しくなっています。
2019年の動物愛護管理法改正では、虐待に対する罰則が大幅に強化されました。また、2021年からは、ブリーダーやペットショップなどの「第一種動物取扱業者」に対しては、飼育ケージの広さや従業員1人あたりの上限飼育数など、より具体的な基準(数値規制)が導入されています。
これは一般の飼い主には直接適用されませんが、社会全体として「動物の生活の質(QOL)」を重視する方向に向かっていることのあらわれです。
●まとめ:法的なリスクを回避するために
「外飼い」は、それ自体がただちに違法となるわけではありません。
しかし、クマによる被害が増えている現状で、動物愛護管理法が定める「飼い主の責務」を全うするためには、屋外飼育は屋内飼育に比べて格段に多くの配慮と管理コストが必要となっています。
また、クマによる被害だけでなく、日本の夏は酷暑の傾向が強まり、冬も地域によっては厳寒です。また、台風やゲリラ豪雨も頻発します。このような環境下で、24時間365日、犬の「健康と安全」を屋外で確保し続けることは、地域によっては非常に困難になっています。
「#犬をしまえ」という声は、当然ながら法的な強制力を持つものではありません。
しかし飼い主が動物愛護管理法の精神である「動物の命を尊重し、適正に扱」えているのかが、時代による価値観の変化や、外飼い自体の危険性の変化もあって、大きな問題となっているのでしょう。