2026年4月14日 毎日新聞
2025年は、クマによる国内での人身被害が統計開始以来、過去最悪を記録。死者は13人にのぼり、獣害問題への関心が高まった。都市部に住む人には身近に感じにくい側面もあるが、そんな獣害問題をひとごととせず、自らできることを模索して行動する大学生たちが東京にいる。現場に足を運び、獣害対策の手伝いをする「早稲田大学狩り部」を取材した。【早稲田大・菅野潤(キャンパる編集部)】
わな猟や草刈りの手伝いなどをこなし、野外で食事を共にする「狩り部」のメンバーたち=沢本朔さん提供(毎日新聞)
◇シームレスな活動内容
早稲田大学狩り部は17年、アフリカのゾウの獣害問題を研究する同大平山郁夫記念ボランティアセンター前准教授の岩井雪乃さんによって設立された。部員は早大生のみで、当初、部員数は10人未満で推移していたが、25年度末時点で70人ほどを抱えるまでに着実に増加している。
岩井さんが部を設立したきっかけは14年、夫の畑で収穫を間近に控えていた作物がイノシシによって一晩のうちに食い荒らされてしまったことだった。自らわな猟の免許を取得し、実際に獣害対策に関わるようになったが、「大学生も巻き込むことで、問題への関心と理解を広げていこうと考えた」のだという。
部員らは実際に農村に出向いて農作業の手伝いやわなの仕掛け、捕獲した野生動物の解体の手伝いなどを行っている。こうした活動を通して、獣害対策にどう貢献できるかを模索したり、食の自給について考えたりしている。狩り部で幹事長を務める同大商学部3年の沢本朔さん(20)は、狩り部を「狩猟の側面も、ボランティアの側面も持ち合わせている。はっきりとは分類できない、シームレスなサークル」と形容する。
◇活動の舞台は関東近郊の農村部
入部動機はさまざまで、「おいしいジビエ料理を食べたい」という人が最も多いが、社会問題に敏感な学生も多い。部員たちが獣害問題に直接向き合うために足を運ぶのは、千葉県鴨川市や同県佐倉市、山梨県丹波山村など、関東近郊の農村や中山間地。月に1、2回ほど現地で草刈りや柵の設置を手伝ったり、箱わなの設置や見回りを手伝ったりするボランティア活動を行っている。
また、捕獲したイノシシやシカなどにとどめをさす作業や解体作業にも加わっている。部員らは年に12回程度、鴨川市にある活動拠点で解体作業の練習をしており、さらにジビエ解体施設の運営者からも指導を受けている。
さらに狩り部では、解体した肉を地元のハンターから譲り受けることもあるという。その肉を使い、部では数カ月に1回、早稲田キャンパス(東京都新宿区)近くの調理可能な施設の一室を借りて、ジビエ料理会を開催している。料理会では、部員自らハンバーグやシチューなどの料理を作り、味わっている。
部員の中には狩猟免許を取得している学生も多くいる。特にわな猟の免許は、15人程度が取得しているという。一方、審査が厳格で取得のハードルが高い銃猟の免許取得者は3人にとどまる。さらに、銃猟の免許を取得しても、銃の所持許可を得たうえで十分な修業を積まなければ実際の猟には出られない。そのため、大学卒業後にハンターとして銃猟に携わる人はごくわずかだという。
◇重要な「順応的管理」
クマに限らず、近年はイノシシやシカなど多くの野生動物が人里に頻繁に姿を現し、農作物を食い荒らしたり、人間に襲いかかったりして、深刻な被害をもたらしている。その背景として、岩井さんは少子高齢化を挙げる。
農村では人口の減少が続き、手入れの行き届かない土地が増えた。そのため、人間の生活圏と自然との境界が曖昧になり、野生動物が人里へ入りやすい環境となっている。結果として収穫直前の農作物が食い荒らされるなどの被害が増え、深刻な打撃を受ける農家も少なくない。
岩井さんは、人間が野生動物、ひいては自然と向き合っていくうえで重要な考え方として「順応的管理」を挙げる。自然を人間の思い通りに一定の状態で保ち続けることは不可能である。だからこそ、その時々の状況に応じて柔軟に対策を変えていく必要があるという考え方だ。
例えば約30年前、ヒグマの個体数が大きく減少した際には、政府は個体数を回復させるための政策を行った。しかし現在は個体数が増えすぎたため、今度は減少させる方向へ政策が転じている。とはいえ、過去のヒグマを増やす政策が誤りだったわけではなく、岩井さんは「ただ当時の状況に応じて適切に対処した結果だ」と指摘する。
◇緩衝地帯をいかに維持するか
現在の農村の状況を「人間と動物の陣取り合戦」と表現する沢本さんは、里山などを緩衝地帯として維持し、人間側が気を抜かずにすみかを守り続けることができれば、一定の共存は可能だと考えている。そのためには「野生動物が身を隠せる場所を減らすための草刈りや、畑の周囲への柵の設置など、地道な対策を積み重ねていく必要がある」と指摘する。狩り部がこれらの作業の手伝いに精を出すのはそのためだ。
岩井さんは、狩り部の活動を通して部員たちに伝えたいこととして、農村に住む人々へのリスペクトと、自然の強さを挙げる。「困っている人は弱い存在だと思われがちであり、農村も高齢化が進んでいるため、外部からは余計そのように見られやすい。しかし実際には、農村で暮らす人々は非常に力強い存在だ」という。
沢本さんも、草刈りや柵の設置、農作業の手伝いで学生たちが疲れ切って休憩している間も作業を続ける農家の人々の姿を見て、「ご高齢なのにもかかわらず、自分よりはるかに体力があることに驚いた」と振り返る。そして「こんなに農家の人たちはパワフルなのに、それでも獣害が起きてしまうのか」と感じたという。
◇身近な「できること」に目を向けて
とはいえ、大学生が全くの無力というわけではない。沢本さんは「週末にお手伝いしにいく感覚でも十分貢献できる」と語る。狩猟免許を持っていなくても、ハンターを職業としなくても、週末に農村に赴き草刈りに参加するなどして誰もが獣害対策に関わることができるという。
さらに、農村へ足を運ばなくても、都市部でレザー製品やジビエを販売・消費することも、獣害対策に貢献することにつながる。こうした活動は、時間と体力を比較的自由に使える大学生だからこそ取り組みやすいものである。
沢本さんは、同世代の学生たちに対して「ニュースで報じられる獣害をひとごとだと思わないでほしい」と呼びかける。都市部であっても、例えばカラスがゴミをあさる鳥害は、獣害とひとくくりにして鳥獣害と呼ばれる。まずはそうした身近な問題に目を向け、人間に及ぼす害について最低限の知識を持つことが大切だという。そして、「小規模でも構わないので、将来は社会の一員として共に活動し努力していきたい」と語った。






