私がブログ等に書いた複数の文章をけっこう長期間にわたって無断引用、つまり引用であるという表記や引用元へのリンクなしに一部改変してブログに載せ続けている人がいる。もちろん全然知らない人。
べつに金になるわけでもない(なるくらいだったら私自身が金にしてる)のにそういうことしてる理由が分からないし、私の書くものなんてどうせ糞以下のたわごとだし、そんな糞以下のものでもその人は何らかの価値を感じて何度もブログに引いてるのだろうとも思うし、という複雑な感情もあって今まで静観してたけど、やっぱりちょっと気持ち悪いのでその旨ここに表明しておきます。
こんなこと書くと誰が見ても私の方が関係妄想にとらわれてるようにしか見えない、ということも含めてこの件の気持ち悪さはあるわけですよ。
もろもろに加え、おまけに今朝血尿は出るわで、気が散ってかなわない。
何ヶ月か前に一度あって、二度目。だがいずれも、便器に残った赤い跡からそう判断したので、出てるところは見ていない。どちらも大便時。ググるとそういう例はあるらしい。姿勢と力の入り方によって出血するみたい。
もちろんそれは検査して異常がなくて初めて判断できることだが。
ちなみにストレスで血尿は出ないらしいです。
病的なものが今ここに集まってくるのは、半分くらいは何かしら必然で、残り半分はただの偶然なのだろう。
いいほうにも悪いほうにも、やたらと因果をみつけないほうがよかろう。何かが自分の邪魔をしようとしてるなんて思ってはいけない。何かなんてない。
ただ粛々と今ここですべきことをする。
すべきことをしてから、次にすべきことについてあらためて考えればよい。
今朝は「羊たちの沈黙」をひさしぶりに見た。よかった。意外と短い映画、と感じるところがよかった。
何ヶ月か前に一度あって、二度目。だがいずれも、便器に残った赤い跡からそう判断したので、出てるところは見ていない。どちらも大便時。ググるとそういう例はあるらしい。姿勢と力の入り方によって出血するみたい。
もちろんそれは検査して異常がなくて初めて判断できることだが。
ちなみにストレスで血尿は出ないらしいです。
病的なものが今ここに集まってくるのは、半分くらいは何かしら必然で、残り半分はただの偶然なのだろう。
いいほうにも悪いほうにも、やたらと因果をみつけないほうがよかろう。何かが自分の邪魔をしようとしてるなんて思ってはいけない。何かなんてない。
ただ粛々と今ここですべきことをする。
すべきことをしてから、次にすべきことについてあらためて考えればよい。
今朝は「羊たちの沈黙」をひさしぶりに見た。よかった。意外と短い映画、と感じるところがよかった。
喉は今日の夕方までには最悪に近い異物感だったが、さっきある芝居の動画を見ていたら劇的といっていいくらい急に緩和した。まだ飲み込んだときの違和感などは感じるけど、何もしていないときにも四六時中締め付けられるようなあの喉の非常なこわばりはなくなった。それだけで全然楽だ。ちょっとほっとする。
とはいえ小説に関しては、基本的に絶望している。けれど本当の絶望は無意識につねに回避してしまっているために、底をついて何もかも手放して楽になる、ということができないでいる。絶望を知らない楽観というものの弱さを思い知る。どこか明るさの残る場所に身をおいて、そこから暗い方ばかり見て絶望のふりをするという欺瞞…。
とはいえ小説に関しては、基本的に絶望している。けれど本当の絶望は無意識につねに回避してしまっているために、底をついて何もかも手放して楽になる、ということができないでいる。絶望を知らない楽観というものの弱さを思い知る。どこか明るさの残る場所に身をおいて、そこから暗い方ばかり見て絶望のふりをするという欺瞞…。
おとといくらいから喉に違和感がある。食べ物がずっとひっかかってるような感覚。でも水をがぶ飲みしても咳をしてみても取れない。
何か食べたあとにかすかにそれを感じて、その後一旦は忘れてたのだが、昨日の夜からまた気になり始めてそれからずっと気になっている。
癌などのできものや炎症など、もちろん実際に何か違和感の実体がある場合もあるのだが、自律神経の異常で「ヒステリー球」と呼ばれる同様の症状があるようだ。検索するとものすごくたくさんの症状の質問や経験談が出てくる。
去年は小説の応募締め切り前に腸の具合がずっとおかしくて、投函したとたんあっさり治った、ということがあった。今度はそれが喉に出たのだという気もするが、器質的な異変があるのか純粋に心因性のものかはもちろん検査しないとわからない。しかし検査はけっこう金がかかる。
腸なんかはもともと子供の頃から弱くて、何かと不調になるので本当は定期的に検査したほうがいいのだ。しかし金がないのでそうもいかず、実は最近血便が出てるんじゃないかと気になって検査にいこうと思ってたのだが(その前にまず虫歯を治療した)、尾篭な話なのでくわしくは書かないが、どうも血便はほぼ勘違いだとわかった。なので歯だけで出費は抑えられたと思ったら、今度は喉にきたというわけだ。
虫歯は今削ったあと土台まではできてる状態で、銀歯をのっけたら終わりだと思う。ここまでに七千円くらいかかった。あといくらくらい掛かるのだろう。
気晴らしにと思って何気なく見た「デビルズ・リジェクト~マーダー・ライド・ショー2~」が何だか気の滅入る映画だった。一作目が全然好きになれない感じだったので、もう二度とロブ・ゾンビの映画を見ることはないと思ってたのに、一作目とは全然タイプが違うとか、ニューシネマっぽいとかいう評判が気になって見たらやっぱり駄目だった。まったく惹かれるところがない。単につまらないとかでなく気が滅入る。たぶん物語と演出との関係が私にとって最悪なんだと思う、具体的にはよく判らないが。
…とか書いてるあいだに喉の違和感がみるみる増してきた。なんだか口から今にもキノコでもはえてきそうな感じがする。まさかそんなには精神追い詰められてる気はしないのだが、こんなに急激に発達するできものなど現実には存在しないだろう。不安とストレスはそれなりに自覚があるのものの、今日も全然書かずにぼけーっと一日過ぎようとしてるくらいだし、まだ余裕あるはず。むしろそれがいけないのか。
あと、アレルギーの可能性もあるので、それだったら急激に違和感増大、もありえるかもしれない。いま40円のコーラ飲んでたということは記録として残しておく。
何か食べたあとにかすかにそれを感じて、その後一旦は忘れてたのだが、昨日の夜からまた気になり始めてそれからずっと気になっている。
癌などのできものや炎症など、もちろん実際に何か違和感の実体がある場合もあるのだが、自律神経の異常で「ヒステリー球」と呼ばれる同様の症状があるようだ。検索するとものすごくたくさんの症状の質問や経験談が出てくる。
去年は小説の応募締め切り前に腸の具合がずっとおかしくて、投函したとたんあっさり治った、ということがあった。今度はそれが喉に出たのだという気もするが、器質的な異変があるのか純粋に心因性のものかはもちろん検査しないとわからない。しかし検査はけっこう金がかかる。
腸なんかはもともと子供の頃から弱くて、何かと不調になるので本当は定期的に検査したほうがいいのだ。しかし金がないのでそうもいかず、実は最近血便が出てるんじゃないかと気になって検査にいこうと思ってたのだが(その前にまず虫歯を治療した)、尾篭な話なのでくわしくは書かないが、どうも血便はほぼ勘違いだとわかった。なので歯だけで出費は抑えられたと思ったら、今度は喉にきたというわけだ。
虫歯は今削ったあと土台まではできてる状態で、銀歯をのっけたら終わりだと思う。ここまでに七千円くらいかかった。あといくらくらい掛かるのだろう。
気晴らしにと思って何気なく見た「デビルズ・リジェクト~マーダー・ライド・ショー2~」が何だか気の滅入る映画だった。一作目が全然好きになれない感じだったので、もう二度とロブ・ゾンビの映画を見ることはないと思ってたのに、一作目とは全然タイプが違うとか、ニューシネマっぽいとかいう評判が気になって見たらやっぱり駄目だった。まったく惹かれるところがない。単につまらないとかでなく気が滅入る。たぶん物語と演出との関係が私にとって最悪なんだと思う、具体的にはよく判らないが。
…とか書いてるあいだに喉の違和感がみるみる増してきた。なんだか口から今にもキノコでもはえてきそうな感じがする。まさかそんなには精神追い詰められてる気はしないのだが、こんなに急激に発達するできものなど現実には存在しないだろう。不安とストレスはそれなりに自覚があるのものの、今日も全然書かずにぼけーっと一日過ぎようとしてるくらいだし、まだ余裕あるはず。むしろそれがいけないのか。
あと、アレルギーの可能性もあるので、それだったら急激に違和感増大、もありえるかもしれない。いま40円のコーラ飲んでたということは記録として残しておく。
私は本を読むのが苦手で、何時間も夢中になって読みふけるということは滅多にない。相当に面白い本であってもすぐに気が散り、ほかの本を手に取ったりネットを見始めたりしてしまう。
だからできるだけ「本を読む以外することがない」に近い状態がほしいのだが、それはたとえば風呂につかりながら読むことだったり、電車など乗り物の中で読んだり、喫茶店やファミレスで読むことだったりするだろう。私にとって今の生活が少しましになった状態、というものを想像するとすれば、これらのことが気軽にできるようになった状態だ。つまり電車はともかく、たとえば週に二、三回ファミレスで払う金の心配はまったくしなくてよくなり、ガス代がもったいないからとシャワーで済ませる必要がなくなった、と思える状態。そういう日がもし来ればちょっとは人生に陽が当たってるという実感がするだろう。
公園で読むという手もあるが、近所の公園は地形的に谷になってることもあって日当たりが悪い。だから天気がいいからといって出かけても、快適に読めるとは限らないところが難点だ。やはり風呂とファミレスのほうがいい。あるいはマクドナルドなどでもいい。ただし家の近所にはファミレスもマクドナルドもない。自転車で通う必要があるが、あいにく自転車はここ十年ばかしパンクしたまま放置してある。たぶんいろいろガタが来ててパンク修理してもすぐには乗れないだろう。自転車も買う必要があるかもしれない。
だが徒歩五分くらいの場所にファミレスがあるのがやはり理想的だ。うちから五分圏内にはくら寿司とすき家がある。どちらも読書には向かない店だ。あとちょっと離れて山田うどん。しかし読書向きの店が近くに全然ないという以外は、なかなか悪くない住環境である。なので金があったらすぐにでもどこか引っ越したい、という気分にはならないのは不幸中の幸いである。
だからできるだけ「本を読む以外することがない」に近い状態がほしいのだが、それはたとえば風呂につかりながら読むことだったり、電車など乗り物の中で読んだり、喫茶店やファミレスで読むことだったりするだろう。私にとって今の生活が少しましになった状態、というものを想像するとすれば、これらのことが気軽にできるようになった状態だ。つまり電車はともかく、たとえば週に二、三回ファミレスで払う金の心配はまったくしなくてよくなり、ガス代がもったいないからとシャワーで済ませる必要がなくなった、と思える状態。そういう日がもし来ればちょっとは人生に陽が当たってるという実感がするだろう。
公園で読むという手もあるが、近所の公園は地形的に谷になってることもあって日当たりが悪い。だから天気がいいからといって出かけても、快適に読めるとは限らないところが難点だ。やはり風呂とファミレスのほうがいい。あるいはマクドナルドなどでもいい。ただし家の近所にはファミレスもマクドナルドもない。自転車で通う必要があるが、あいにく自転車はここ十年ばかしパンクしたまま放置してある。たぶんいろいろガタが来ててパンク修理してもすぐには乗れないだろう。自転車も買う必要があるかもしれない。
だが徒歩五分くらいの場所にファミレスがあるのがやはり理想的だ。うちから五分圏内にはくら寿司とすき家がある。どちらも読書には向かない店だ。あとちょっと離れて山田うどん。しかし読書向きの店が近くに全然ないという以外は、なかなか悪くない住環境である。なので金があったらすぐにでもどこか引っ越したい、という気分にはならないのは不幸中の幸いである。