この日のメインは「油壺」。

せっかく三浦半島の横須賀に行くなら。少し足を伸ばして、三浦半島の西南にある「油壺」に行ってみたいと思ったわたし。

とはいえ、2024年頃に水族館や温泉施設が閉業となり、何もなくなってしまった油壺。

そんなところに、個人的な趣味でかみさんに、行きたいんだと言うのも悪いかな、と思っていたんだけど。

かみさんも、実は「油壺」という地名がずっと気になっていたとのこと。

では、何も無いけど行くか。
ということになった。

わたしは1998年頃に、司馬遼太郎の「箱根の坂」を読んで以来、ずっと訪れてみたいと考えていた地なんだけど。マニアックすぎて、かみさんを連れて行くのはどうかと思っていた。

ところが、かみさん、中学生くらいの頃にドラマで出てきた「油壺」という地名がずっと心にインパクトを残していたらしい。

なんでも、小川真由美が出ているドラマで、誰かが誰かに「油壺」に何かを届けて欲しい…というシーンがあったらしい。安田成美がデビューした頃らしい。ストーリーは全く覚えていないけれど。かみさんは、このとき聞いた「油壺」という地名がとても印象に残っていたので、せっかく三浦半島に行くなら、ここありかと思う。とのことだった。

なお、かみさんはこれだけの情報では検索できなかったのだが、わたしは、この手の検索は得意なので、調べてみるとすぐわかった。

今から41年前のドラマ「息子が恋人」という、いかにも小川真由美のはまり役的なドラマだった。かみさんの記憶では、誰かが誰かに「油壺(マリンパーク?)まで何かを届けるというシチュエーションだったようだが、そこまでは探索不可能だった。

何はともあれ。
私の趣味だけでなく、かみさんも(かみさんの方が歴史は古い)油壺という地が気になっている。。

この機を逃すとチャンスはもう無いかもしれない。というわけで。今回は、横須賀中央を軽く済ませて、油壺にいくこととした。

時間的距離では、横須賀から電車で20分ほどで京急三崎口駅。そこからバスで20分ほどだ。 

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最寄り駅は、京急三崎口駅。

(さりげなく看板に「みさきまぐろえき」と書いてるところは注目してあげて欲しい)。


そこからバスで行く。

行きは、バス停油壺まで行く便が少なく(水族館と温泉が無くなったので)、一つ手前のシーボニア入口というバス停で降りて、西に向かう。



北は小網代湾。南は油壺湾に囲まれた一帯。



シーボニア入口から10分も歩けばこの地点。

左側は東大臨海実習所。前方や右手の空き地は、水族館や温泉があったところなのだろう。確かに何も無い。前方に富士山が見えるが、前進すると富士山がフェンスに隠れてしまう。しばし途方に暮れる。



ただ、道沿いに「油壺験潮場入口」とある。



そこからは、ちらっと海が見えた。

立ち入り禁止とは書いてないので、試しに急な階段を降りてみた。降り切ってみると。



そこには、美しい油壺湾の風景があった。




全国的に、寒波の押し寄せた日だったが、当地の気温はこの頃8℃。風もなく穏やかな晴れた午後のひととき。先の地図にあるように、油壺湾は深く切り込んだ内湾。まるで湖。



穏やかで美しい油壺湾を二人でのんびり眺めた。

独占だ。



海水も澄み切っている。

来てよかった。



というか、意を決して、急な階段を降りてよかった。



もちろん、戻りは急な階段を登るので、結構ハードではあったが。


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油壺湾を充分堪能して、再び、急な階段を登って道に戻る。


道沿いに、こんな看板。


帰りのバスまでは時間がまだあったので、この看板を頼りに歩いてみることにした。


徒歩483歩かどうかはともかく、富士山というのが気になる。



ちなみに、この油壺湾と小網代湾に挟まれた半島に新井城があった。


鎌倉以来の名族である三浦家。三浦半島を含む東相模一帯を領する大勢力として、室町時代後半まで君臨してきた一族だ。



しかし、室町時代後期、西の伊豆国を得てさらに西相模の大森氏の小田原城を陥し、東に侵攻してきた伊勢宗瑞(北条早雲)に攻め込まれ、この油壺の地にある新井城に三浦氏は追い詰められる。結局、籠城して三年の攻防を経て、ついに三浦家は滅び、北条は関東一円に勢力を展開するに至る。


油壺の名の由来は、この新井城落城の際、湾内が血汐で染まり油を流したように見えたからと言われている。



ただ、波が穏やかで、油を流したような海面だから油壺と呼ばれるようになったとの説もある。



個人的には、後者の説を取りたい。いや、そうしたい。


なお、この通路から眺めるのがスタンダードだとは思うが。


前述の油壺験潮場入口から降りて眺めるのはかなり素敵な眺めだ。満潮時はどこまで降りれるのか分からないけれど。ちなみに、この日14:30頃に到着したのだが、今日、調べてみると当日の油壺の干潮は15:11。ちょうど、海面が最も下がっていた頃らしい(干満差88cm)。偶然だけどね。


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先の地図だが。


今でこそ地続きだけれど。

関東大震災。そして、江戸時代にもあった関東大震災によって。このあたりの地形は大きく変化し、海面下のエリアが隆起して陸続きになったらしい。


逆に言えば、この地は、三浦半島と海で隔離されていたらしい。


地図の右端の「引橋」という地名のあたりは、天然の濠となっており、そこに引橋があったとのこと。


ただ、そのあたりが外濠だとすると、新井城のエリアは、小網代の森などを含む、ほぼ今の油壺一帯であって。今回行ったのはその西端のごく一部の本丸部分となる。つまり想像以上に当時の油壺の新井城は、巨大なエリアだったということだ。


ただ、どう検索しても、かつての新井城の範囲が分からなかった。海によって隔絶された、いわば島のような城だったのだろうけれど。



ともあれ、この看板を見る限り、128haというとんでもない面積の城だったらしい(面積分かるなら地図も欲しかった(笑))。


寄せ手の伊勢宗瑞(北条早雲)としても、引橋を突破しようとすれば、多数の犠牲が生じる。三方は海に囲まれ断崖絶壁であり、一方は引橋しか通れない。よって、包囲するしかない。三浦一族も兵糧を蓄え籠城戦を続け、三年後の滅亡まで戦い抜いた。


そんな歴史ある土地に、わたしは行ってみたかった。30年近く。だが、その趣味にかみさんを巻き添えにするのは躊躇していたが。実はかみさんも40年近く心に秘めていた「油壺」。私より昔から気になっていたことになる。


その油壺を、ようやく、眺めることができた。


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しばらく歩くと油壺の反対側にある荒井浜に出た。海の家もあるようだ。



富士山が見える。今度は富士山を愛でながら、のほほんと時を過ごす。なお、483歩だったかどうかは不明である(笑)。



ちなみに、かみさんのiPhoneの画像をもらったんだけど。なかなか美しすぎる富士山じゃないか。



帰りは、バス停油壺始発のバスがあったので、そこから乗る。ホントにバスが来るか不安だったが、来てくれてよかった。ご覧の通り、油壺バス停からだと一日に5本程度(シーボニア入口だと土日祝は1時間に1〜3本程度)。


何もない油壺。

観光客は皆無。

ただ、わたしたちは満足ではあった。

お互いそれぞれに心に留めていた土地にようやく辿り着けたのだから。


次に油壺を訪れることは、もう無いかもしれない。それは、この日ほど極上の天気のもと(ちょっと気温は低かったけど)、穏やかな油壺湾や富士山を眺められるとは思えないからだ。それくらい最高の油壺だった。と思っている。



次に三浦半島を訪れるならば。

京急三崎口駅から半島最南端の城ヶ島や三崎港に行き、まぐろを食べることだろう(笑)。おそらく、そちらの方が、今では明らかにスタンダードだと思うしね。


かくして、数十年にわたる時を越えて、わたしたちは油壺を満喫して、晩ごはんを久里浜に食べに行くのであった。

大人の休日倶楽部3日目の午前11時少し前。
私とかみさんは京急横須賀中央駅に降り立った。大人の休日倶楽部パスは伊豆急等一部私鉄は使えるが、京急は対象外。なんだけど、観光の中心はJR横須賀駅よりも京急横須賀中央駅の方らしい。




そう、3日目の目的地は神奈川県の三浦半島。


当初は、東京まで新幹線で行き、東京からは東海道線・横須賀線を使って「JRの横須賀駅」下車。軍港を眺めながらてくてく歩き「京急の横須賀中央駅」方向に歩き、横須賀の街を一日堪能するつもりだった。時間に余裕があれば浦賀あたり追加しても良いかと思っていた。

ただ、ある要素がこの旅に加わったので、横須賀滞在時間を減らすことにした。

東京から横須賀に鉄道で行く場合は、JRよりも京急の方が早い。下記のサイトが詳しいので参考にしていただきたいが、ざっくり言えば、京急は東京湾側を最短ルートで回るが、JR横須賀線を使うと鎌倉・逗子等西側を回りつつJR横須賀駅に行くので時間が余計にかかるのだ。

https://note.com/lithe_swan565/n/n7e53b9c2a665


とはいえ、せっかくJR乗り放題なので、東京から横浜まではJRで行き、横浜から横須賀中央までは京急を使った。

当初は横須賀にまったり1日かけるつもりだったが。今回は、横須賀海軍カレー本舗と三笠公園に絞った。

この日のお食事プランは、かみさんに完全にお任せ。かみさん、色々考えた結果、横須賀は海軍カレーにした(横須賀バーガーがデカそうだったので今回はパス)。


横須賀海軍カレー本舗は、1階は明るい土産品店。



直売コーナーの三浦たいこん立派。

日帰りなら買って帰りたい(笑)。


けど、2階のレストランに入ると、がらっと雰囲気が変わり。



こんなシックなお店。



さて、海軍カレーだからか。

メニューはお茶目。

あえて言えば「号」より「號」かな(笑)。



ただ、牛乳100ccがデフォルトでついてくるのはお断りした(わたしたちは生の牛乳はすきでないので)。いかにも海軍、健康のために牛乳がつくとのこと。



というわけで海軍カレー。

ほどほどの辛さで美味しゅうございました。

優しいけど、辛い。

まろやかに、辛い。

って感じかな。



とにかく、こんなテイストの海軍マニアチックなメニューが多く。



次に来る機会があれば、こんなごついメニューもありかな?と思った次第です。


ただ、サラダはなんだか不思議な味付けがされていたので。できれば普通のドレッシングでいただきたかったかな。


なお自衛隊や防衛大学校(この近くの馬堀海岸駅あたりにある)学生等は割引かなんかあるとのこと。


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横須賀といえば、三笠公園というイメージがあって。ここだけは一度行っておきたいと考えていたところ。



日露戦争でロシアのバルチック艦隊を破った日本海海戦。そのときの連合艦隊旗艦である戦艦三笠が、いまは穏やかに横須賀で展示されています。



司馬遼太郎の「坂の上の雲」が「好きだった」頃から、一度ここには来たいと思っていた。



艦橋から見渡す横須賀。

東郷平八郎司令官や秋山真之参謀達、連合艦隊首脳陣はこの艦橋で戦闘指揮をとっていた。



反射して読めないけど、八角形のプレートには名前が。どこに誰が立っていたかを示している。たまたま、数分、わたしとかみさんしか居なかったので、のんびりと過ごせてラッキー。



ただ、よく考えてみると、めっちゃ危ない場所で指揮してたんだよね。一応、こんな感じで、マットのようなものを周囲に置いて防御していたらしいけど、砲弾が飛び交う中、露天の艦橋で指揮するなんて、やはり軍人さんというのはすごいもんだなあと、変なところで感心した(笑)。



ちなみに、露天の艦橋の真下には「前部司令塔」がある。地味なので、あまり注目されてないエリアだと思われるが。


ここは厚さ35cmの鋼鉄で囲まれており防御力は抜群。



普通に考えると、戦闘時も東郷長官とかはこの安全な司令塔にいたほうが良さそうなもんだけど。


(もっとも、対するロシア海軍のロジェストベンスキー司令官は司令塔で指揮していたのに重傷を負ったとのこと。多数の砲弾が命中すれば司令塔も安全ではないか)



というわけで。

のんびりと主砲を眺めたり。



艦首から構造物を眺めたりして時を過ごす。ちよっと逆光だけど。



ちなみに、当たり前だけど、海上に浮かべているわけではなくあくまでも陸上で展示してるんだよね(メンテナンス無理)。


時間の都合上、艦内は端折った。いつかまた来る機会もあるだろう。



せっかくなので、記念に。


というわけで。

今回は、横須賀はほんとにサラッと済ませましたが。色々見どころや食べどころはあるみたいなので。次回こそは一日(せめて半日)はかけてゆっくり遊びたいと思っている。


というわけで。

横須賀中央駅付近をほんの2時間しか滞在せず、私たち二人は次にどこを目指したのでしょう。

以下次号。