現在
天気がいい。
私は雨が大きらいだ。
無茶苦茶憂鬱になるし、体のあちこちが痛い。
今日みたいな日は
外に出たい気持ちに駆られるが、明日出かけりゃいいと思い。
また雨になる。
-現在-
私は自分のブログの言いまわしが嫌いだ。
とにかく偉そうで、取っつきにくい。
でも、なぜかこんな感じで書かないと見栄がでる。
そして本音も言えない。
何て自己主張の強い人間だ。
と、腹もたつ。
それにしても部屋がちらかってきたし、この季節なのに食器類の洗物が大変なことになってる。
たった数日で壁紙も随分と黄色くなった。
体の調子も、先日抑うつ剤とアルコール、風邪のトリプルパンチで涙目になった以外は順調だ。
プレッシャーに置かれている自分を想像すると
胃と胸が反応するから
もうしばらく時間はかかりそうだけど
そろそろ復活できそうな気もしなくはない。
そして何より、当ブログに足跡をつけてくれた皆さんのブログを見て(結構ちゃんと読んでます)
「勇気」や「知識」をもらってます。
ブログって楽しいですね。
強制
朝早く起きるのも、気持ちがいい。
まず、この習慣を当たり前にしないと。
-強制-
よく話をすると「絶対に~しなよ。」
って人がいる。
でも、大半が間違えている。
過去の私自信にも言えることだが、「絶対に~しなよ」
ということを伝えて、本当にそういう行動を相手がしたときは嬉しかったりする時期もあった。
当人にとってみれば、少しでも他人の人生に介在することは嬉しいのかも知れない。
でもそれは間違いだと思う。
だって、他人の人生を決定しているのは、その本人の脳だからだ。
例えば私の場合、人に相談されたときも、それに対して120%考えて話をする。
そして言葉の最後に、でも最後に決めるのは自分だということをちゃんと伝える。
導きだした結論が私の本意じゃなくても、本人が決めたことなら、それが正しいのだと思う。
無責任かもしれないが、その人の人生を決定するところまで介入するのは責任が持てないからだ。
他人に言われて決断したことは、失敗すると必ず他人のせいにする。
だから必ず後悔を伴う。
もしくは自分の感情よりも他人に決断を仰ぐ癖がついてしまうかも知れない。
ただし自分で決めたことは、自分で責任が持てる。
なぜなら自分が決めたことは絶対に正しいからだ。
だから後悔しない。
自分は他人にとっての脇役でいい。いつもそう考えている。
子供と大人の境界線
なんか般若心経のように延々とブログ書いている自分。
なんか湧いて出てくるものを抑えられないでいる。
早々に尽きてしまうと思ったが、なかなか尽きない。
一日のうちで何かしらの出会いがあるからだ。
でもちょっとやりすぎだとも思う。
-大人か子供か-
私は職業柄、学校の教師だったり、そういう職業の人に出会うことが多い。
その人たちが共通して言うこと
それは
-大人以上に子供は大人だ-
私もそう思う。
自分の子供のころを思い出してみると、
実は大人になってからよりも遥かに人間関係に気をつけていた。
悩みごともたくさんあったが、すべて自分で解決した。
考えて考えて、答えを出していた。
大人になると考えることを忘れる。
考えなくても何とかなってしまうことだってある。
答えを知っていると思い込んでしまう。
子供のころや子供扱いされたくない時代には
常に新しいものを発見した。
今まで自分の知らなかったものを見つければ、それを見て使い方を探したり工夫したりする。
買ったばかりのおもちゃの箱を見つければ、大人に邪魔をされる前に遊び方を見つけた。
でもいざ大人になってから見つけようとするとと、なかなか見つからない。
使い方がわからないものに興味もなくなる。
つまり自分の知らないものに対する好奇心だけでなく考えることそのものを放棄してしまうのだ。
-たぶん大多数の大人が言うこと-
自分はませた子供でした。
それは、つまり大人になるための努力をしていたということ。
自分で考えていたということ。