前のブログでは、
公式様文書(律令の規則にのっとった文書様式)の符・移・解について説明し、
①太政官が神祇官宛に符を出していた。
②神祇官は太政官に解を出していた。
ついでに、
③神祇官は民部省に移を出していた。
と説明しました。
実際に古文書を見てみましょう。
こちらは佐藤進一先生の『新版古文書学入門』に掲載してある図版からです。
上部が少し切れていますが、読むのには支障なさそうです。
内容は、ぶっちゃけ関係ないので省略してもいいのですが、
ざっくりいうと、
太政官が神祇官に対して、奈良の広瀬神社について毎月の幣帛に関する何らかの命令を出している、
ということです。
注目するのは1行目だけです。「太政官符神祇官」です。
「太政官、ふす、神祇官」と読みます。
この1行だけで、太政官は神祇官に符を出している、
だから、太政官は神祇官より上、と認められるのです。
ちなみに『新版古文書学入門』によると、
この文書は、戦後になって学会で発表されたものということです。
神祇官が太政官より下であることを明示するこの文書は、
戦前の社会では都合が悪かったのでしょう。
では、次に神祇官が太政官に解の形式で文書を出している例を見てみましょう。
こちらは『新版古文書学入門』には掲載されていません。
が、便利なデータベースで検索して探してみましょう。
まず、東京大学史料編纂所のHPへ行き、「データベースの検索」タブをクリック。
そこから『大日本史料総合データベース』を選択します。
検索ワードとして「神祇官解」を入力し、「本文」にチェックを入れて検索。
すると、こんな画面になります。
一番上にある、「寛平3年8月3日」の右端の青い「刊」ボタンを押すと、
実際の『大日本史料』のページが出てきます。
『大日本史料』とはなんぞや、という疑問についてはまた別の機会に書きます。
細長いですね…。実際にはもっと左に文書が続くのですが、刊行本では次ページになっちゃうし、不要なので省略しました。
1行目に「太政官符」とあるので、太政官の符ですが、
この文書は1行目ではなく4行目に着目しましょう。
「右得2神祇官解1偁…」とあります。
「右、神祇官の解を得(ウ)るに偁(イ)わく」と読みます。
現代語訳すると、「神祇官から提出された解によれば、…」となります。
つまり、神祇官が太政官に解を出して、何らかの要求、あるいはお願いをした。
太政官はそれを受けて符を発給したという経緯がわかるのです。
神祇官が、太政官に、「解」の様式で文書を出していた。
つまり、神祇官が太政官より下であることを意味しています。
次に、神祇官の移です。
違うデータベースを見てみましょう。
例えば、『平安時代フルテキストデータベース』。
ここの検索ワードに「神祇官移」と入力して検索GO!
そうするとこんな感じ。
一番上のデータを見ましょう。
『熱田神宮文書』の84ページに掲載されているんですね。
クリックして現物にはたどり着けないようですが、全然オッケーです。
ピンク付近を読むだけにしておきましょう。
「神祇官移 尾張国司」とあります。
これは神祇官が、尾張国司に移を出しているということ。
移は、同格の官庁間で用いられる文書様式でした。
つまり、神祇官と尾張国司が同格だということを示しています。
次のデータも、「神祇官移遠江国」とあるので、神祇官と遠江国とは同格と示しています。
せっかくなので『奈良時代古文書フルテキストデータベース』も見てみましょう。
検索ワードは再び「神祇官移」で検索GO。
1件しかないですね。
2つ目のピンクを見ましょう。「神祇官移民部省」とあります。
神祇官が民部省に移を出していることがわかります。
つまり、神祇官と民部省は同格ということを示しているわけです。
ちょっとクドくなったかもしれないけど、
律令上、神祇官は太政官と同格、もしくはやや上という設定ではあるけれど、
実際の行政において、神祇官は太政官より下で、諸国や諸省と同格だということなのです。
律令政治とは、このように理念と実情、建前と本音によって成り立っていた、
ということが、古文書から言えるのです。
律令の表と裏を見ているかのような気分ですね。
それが可能なのも、古文書が現存、もしくはその記録が残っているから。
本当に素晴らしいです。
もちろん、律令すべてが建前と本音の二面性で成立しているとは思いませんし、
奈良時代だけの話かというと、そうでもないと思いますが、
二面性という視点は、良くも悪くも、
社会を視る眼として持っていた方がいいかなと思います。
ダブルスタンダード、ということでしょうかね…。
あまり褒められた視点ではないですね(笑)
【参考文献】
佐藤進一『新版古文書学入門』法政大学出版局、2003年
【参考URL】
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