春です、蝶軽し頃 です。
今日は祝日ですが、会社で仕事をして過ごしました。震災で生じた遅れを取り戻さなければ。
それから父の原稿の出版プロジェクト。こちらもようやく昨日から再開することができ、今日も調べ物が数ページ進みました。
簡単な作業からスタートし、徐々に行動の幅を広げたいと思います。
さて今回の震災で私自身落ち着かない心持ちで毎日を過ごしてきましたが、気がつけば今日は春分の日です。
まだ寒い日が続きますが、すぐに暖かくなるでしょう。もうすぐです!
蝶軽し頃は着る物ひとつかな / 湖春
~蝶軽し頃 とは蝶が飛び回るうららかな春の季節の意味。いかにも春めいた雰囲気の伝わる、いい言葉ですね。
うたた寝も上品なのは本を持ち
本日は、父の原稿に関する調べものをしていました。地元の図書館が震災の影響で閉館していたので、
喫茶店でノートパソコンを開いてネット検索で作業をしましたが、非常に充実したデータベースを発見し、仕事がはかどりました。追々このブログでもご紹介したいと思います。
さて今日も古川柳のご紹介です。なおこのブログでは古川柳と書いたり、江戸川柳と書いたりしていますが、基本的に同じ意味で使っています。私自身は「江戸川柳」という言い方の方が好きなのですが、世間的には「古川柳」の方が通りがよいようなので、ときどき変えているとい程度のことで、特別の意味はありません。
気の知れぬものに植木屋唐とつけ
ちょっと風変わりな木にやたらと唐という名前をつける。唐カエデ、唐ハゼ、唐ギリ、唐センダンなどと。
唐(中国)は文明国家だったから、こうすると値打ちがあるように見えるのだ。
まぐろ売り生きているとはいいにくい
魚屋は「さっきまで海で泳いでいて、まだ生きてるよ」なんて威勢のいいことを言ってアジやイワシを売って歩く。しかしそういう台詞も通じないのが、マグロや鯨だ。
「古くはないかい」と聞かれて、冗談じゃねえ。この通りまだピンピン生きている……わけじゃないけどね。」
うたた寝も上品なのは本を持ち
うたた寝の書物は風が繰って居る
春眠暁を覚えず。うたた寝に関する句を二つ。
女房の聞くやうに読むにせ手紙
遊びに行くためのアリバイ工作。「なになに、向島で仕事の打ち合わせをしたい?しょうがないな」などと、わざと声を出して読み上げる。
以上、「江戸川柳」男たちの泣き笑い 下山弘 / プレジデント社 より引用しています。
夢の浮橋
私の父が亡くなってから二ヶ月がたちました。
もう二ヶ月もたったのか、まだ二ヶ月しかたっていないのか、
自分の中では、どちらも正しいといえます。
特にこの一週間は震災があったせいで、時間の感覚が
おかしくなっている感じがします。
父の愛した日本の古典文学、そのほんの一部分でも自分の中に
取り入れたいと思い、読書などをして学んでおりますが、
この方面において父と語れるようになるのは、まだまだ先の
こととなりそうです。
今日は、父がその著書の中で「(新古今和歌集の代表的な
名歌という)肩書きがまったく不要なほど美しい」と
絶賛しいていた和歌を書きとめておきたいと思います。
春の夜の夢の浮橋とだえして峯にわかるる横雲の空
小児医者むだな脈から取てみせ
昨日に続き、江戸川柳の中から心温まる優れた句をご紹介します。
「こんな大変なときに、なにが川柳だ」と思われる方もいるでしょう。
そのような方がいて当然と私自身も思います。
一方で今回の震災に直接的に、もしくは間接的に影響を被っている方に、なにかしら少しでも心が和らぐものが提供できないか?とも考えるのです。
夕立にとりこんで遣るとなりの子
突然の夕立に、隣の幼児がびしょ濡れになりそう。
それを急いで家に入れてやる。まるで洗濯物をあわてて取り込むように。
大三十日(おおみそか)世間へ義理で碁を休み
大晦日は以前は一年で一番忙しい日だった。家の内外の掃除やお正月の準備などなんやらで、どこの家でも家族総動員で働く。
といってもご隠居さんは別。普段と同じにのんびり碁でも打ってればいいのだが、一人だけのんきにやっていたら世間に申し訳ないから自粛する。世間とか隣近所へ気遣ってる。
傘(からかさ)を半分かして廻り道
「私の傘に入ってらっしゃい。」
「いいえ、私は方角が違いますから」
「なに、構わない。ちょっと回り道になるだけだから」
袖すり合うも多生の縁
小児医者むだな脈から取てみせ
こどもをあやすのはむずかしいものだが、病気の時はなおさらだ。脈を取るために、「手を出してごらん」といっても、なかなかいうことを聞いてくれない。それでお医者さんは、無駄なようでも、
「このお人形さんの脈を見てみようか」
なんてこどもの関心を引きつけて機嫌をとる。
以上今回も、「江戸川柳」男たちの泣き笑い 下山弘 / プレジデント社 より引用しています。
江戸時代と現代とは、当然ながらシチュエーションが異なり、また近所や世間との距離もだいぶ違うでしょう。
しかし上記の川柳が詠まれた状況を目に浮かべると、当時の人々の心情が意外と現代に生きる私たちと近いということに気づかされます。
脈々と続いている日本人の美点
本日は大規模停電の恐れがあるということで、早めに帰宅しました。私のような会社員は多かったと見え、帰りの電車はそれなりに混んでいました。しかし結局停電は行われずに済んだようです。
東電の、人々の生活に支障を来さぬようにとの努力も大きいと思いますが、関東近県に住む一人一人が、一つ一つの会社が、公共機関が協力し節電したことによる貢献も無視できないと思います。
私自身はあまり他の国の人と日本人を比べる機会がありませんが、日本人の特質としての、他人を思いやり協力し合うということろが発揮されたと言うことでしょうか?
そのような日本人の美点とも言うべきものは・江戸時代から脈々と続いているようです。
江戸時代の川柳から見てみましょう。
居酒屋で念頃ぶりは立って呑み
~お客から示す親密の情。他のお客に席をゆずり、といってもそのお客に愛想を使うのではなく、居酒屋の主人に親しみを見せている。
舌打ちで振る舞い水の礼はすみ
~神社のお祭りの時など、通行人に自由に飲んでもらうために、道ばたに水桶と柄杓が出してある。
それをごちそうになって、「ああうまい、ああ助かった」 この一言と、「チッ」という大きな舌打ち。これで十分。いちいちお礼を言うには及ばない。
以上、「江戸川柳」男たちの泣き笑い 下山弘 / プレジデント社
まだまだ沢山ありますが、今日はこれまで