全てが薄っぺらく、描いた気になっているだけの駄作
「ヲタクに恋は難しい」はふじたさんの同名漫画を原作とした実写映画。「銀魂」などの福田雄一監督がメガホンを取り、「キングダム」などの山﨑賢人さんと「植物図鑑 運命の恋、ひろいました」などの高畑充希さんが主演している。
ストーリー:桃瀬成海は腐女子であることがバレてフラれたことをきっかけに転職する。そこではオタク趣味を隠して生きようとするが幼馴染の二藤宏嵩と再会してしまった。成海はオタク趣味がバレることを恐れるが、ひょんなことから二人は付き合うようになる。
※結構個人的にアウトなところが多かったので、厳しく書いています。観る人によってはそこまでではないと思いますが、一個人の感想として読んでください。
めちゃくちゃ厳しかったですね。まあ面白いところもあるのですが、全体的にギャグのキレも悪く、「パラサイト」や「1917」といった良質な映画が公開されている中、これを選ぶ理由はないと思いました。
まず、ミュージカルにした意味がわかりませんでした。というか、ミュージカルをやるという覚悟が圧倒的に足りないですね。曲の良し悪しではなく、明らかにスタジオ録音だとわかる音で歌う理由がさっぱりわかりません。もちろんスタジオ録音をしたっていい。だけど、ただ上手いとか、音程が合っているだけの歌はミュージカルの中では価値がありません。思いがあふれて歌になる。歌でしか表現できない感情がある。そういう、ストレートプレイ(歌やダンスが入っていない芝居のこと)よりも物語や感情を伝えるのに歌の方が適している時に歌を入れるのがミュージカルです。物語の中に歌が入っていればミュージカルになるわけではありません。上手い歌を聴くならコンサートで良いのです。役者の歌は上手さじゃない。物語や感情をどう伝えるか、です。
もちろん音程が合っていなければ聞きにくくなるし、集中が乱れます。だから音程は合っていた方がいいし、上手い方がいい。だけど、それは歌を伝えるための手段です。極端な話、音程がめちゃくちゃでも、それによってお客さんに気持ちや物語が伝わっているのであれば、ミュージカルの歌としてはより良い歌になるわけです。そこが全くわかっていない。ただ上手いだけの歌で歌詞が聞き取れたとして、それが何なのか。歌詞以上の感情のあふれがなかったです。いわば、棒読みの状態です。滑舌が良い方が聞き取りやすいけど、アナウンサーのような言葉遣いでセリフを読んでも伝わってこないのと同じことです。
そもそも歌でなきゃ表現できないようなプラスアルファがない状況で、「ここはバランス的に歌の方がいいな」ってくらいの感覚で歌が入ってくるので、本当に「唐突に歌い出した」というミュージカルが苦手な人のよく言う理由が痛いほどわかる作品になっています。
本来、ミュージカルの歌は「ここは歌しかないよな」ってお客さんが納得するタイミングで入ってくるはずなので、良いミュージカルなら唐突感はあまりないはずなのです。(まあもちろん歌に対しての忌避感が強い方には全てが唐突に感じるでしょうが)
しかも今作は1曲1曲が長い。セリフで言えばすぐ終わるようなことを2分も3分もやります。冒頭のダンスシーンですらそう思いました。ダンスは上手いと思いましたし、まだこの映画の惨状を知る前だったので結構テンション上がったんです。でも長い。何を見せたいのかわからないし、ただ上手くていろんな衣装の人が踊っているだけのシーンをあんなに長くやられても、どんどん盛り下がっていくだけです。ダンスパフォーマンスの動画を見ている方がはるかに良い時間だと感じました。
というわけで一般の人が思うミュージカルのダメなところを凝縮したような歌のシーンがたくさんあります。僕としてはこれをミュージカルだと思ってほしくないですね。歌が入ればミュージカルになるってのは甘い考えで、これはただ歌が入っただけの映画で、ミュージカル映画ではありません。
では「ミュージカル」部分以外のところはどうなのか。
これもさっぱり面白くない。
というかオタクの描き方が間違っていると思います。専門用語を重ねただけでオタクを描けていると勘違いしている作品です。オタクって誰もが持ちうる「何かが好き」とか「何かに夢中になる」っていう対象がたまたまアニメやゲーム、アイドルなだけだと思うんです。そして、その感情が強すぎるが故に他の人から笑われるようなことをしてしまったり、言ってしまったり、時には迷惑をかけてしまったりするのだと思うんですよね。その大前提がなんか甘くて、熱意が感じられないのです。グッズをたくさん持っていればオタクなのかと言えば、そうじゃない。何も持っていないけどオタクな人だってもちろんいるわけです。
映像的にいえば好きなもののグッズに囲まれている方が表現しやすいでしょうし、専門用語を使った方が描きやすいでしょう。けど、これも前述の「ミュージカル」と同じなのです。これらは手段です。根本のところ、何かが好きという強烈な感情があるからこそオタクが描けるのではないかと思います。
僕は原作を読んでいないのでわからないですが、細かいエピソードの積み重ねのような原作なのかな、と思ったんですよね。そのくらい映画では小さなエピソードが積み重なって構成されていました。それ自体が良いとか悪いというわけではないんですが、エピソード一つ一つが弱いんですよね。専門用語を連発してオタクであることを説明するだけのシーンが多すぎる。その中での感情の流れみたいなのが深まっていないんです。いわばオタク的なシチュエーションをオタク用語を入れて映すだけで満足しちゃっていて、何かを描いた気になってしまっているんです。
多分もっと繊細なものがあるんです。だって恋は難しい、ですよ。誰にとっても恋は難しいと思うんです。だからこそ共感できるところがたくさん出てくるはず。なのに、それがない。ただのオタクの紹介映画みたいになっている。こういうオタクがいますよ。こういうオタクの行動がありますよ。ここまでオタクが認知されてきた時代において、そこで止まっているというのがちょっと信じられませんでした。
オタクじゃない人にとっては、オタクという自分と違う生き方をしている人(そう、オタクは生き方だと思う)が、スクリーンの中で共感できた時、ようやくオタクを少し理解できるのではないでしょうか。同じように恋して、悩んで。その不器用さに笑って、でも応援して。観客と物語がそんな関係性になるように描いた作品じゃないのか。オタクというイメージのステレオタイプ(しかもちょっと古い)をただただ観るだけの作品に何の価値があるのかと思ってしまいました。
絶対もっと共感できるはずなんですよ。そして細かい機微を描けると思うんです。これは恋愛映画じゃないのか。二人の気持ちのすれ違いとか、空回りとか、そういうのがたまたまオタクのシチュエーションの中で起きているだけの話であって、その根幹の部分、物語の軸となる感情のやりとりが薄くなってしまっているのは本当にもったいないです。もっともっと切なくて共感できる一作になるはずなのに。
福田雄一監督のギャグのキレも悪く、テンポも歌のせいで阻害されてしまっている。全然題材に興味がないのが伝わってきましたし、うわべだけで作った映画という印象でした。
まあ別にここまで厳しく見ない人も多いだろうし、ギャグが面白いところもあるので、好きな人はいるかもしれないですが、オタクってこんな軽いもんじゃねえぞ。こんな簡単に描いた気になって良いもんじゃねえぞ。って思いました。
公式サイトは別にいいかな。