adversity~賢くない私の生きてきた道~ -19ページ目

32。震災

震災が来た。
私はまだ寝ていた。
祖母が震災で亡くなった。
親戚も父親も父の彼女とも一緒に避難所で3日ほど非難した。
4日目に、私は彼に、実家に帰るように言った。
9日目に彼氏が迎えに来た。彼氏の親御さんがアパートを持っているので、
「家族の人も一緒に・・・。」
と言われたが、うちの家族構成は複雑なので、私だけ大阪の彼氏の家に行かせて貰う事にした。

合コン・・・

16歳から水商売を始めて、お客さん以外の男とは無料で話をする事が邪魔臭い。と思うようになりました。周りの子は合コンと騒いでるけど、数合わせのために1回だけ行った事があった。 私は、お金にならない男に対しては、フェロモンがでないようです。平気で、うんこの話してました。

31。またお昼に・・・

半年位、そのスナックで働いたのだけど、昼と夜の掛け持ちも疲れたので、スナックのバイトは辞めることにした。
それまで働いていたハンバーガー屋を辞め、髪を黒く染めていろんな面接に行った。 結局、家から近いケーキ屋さんで働く事になった。まだ17歳だったのだけど、「18歳以上」という条件だったので、あと2ヶ月経ったら18歳になるし・・・。と18歳ということにして面接を受けた。
仕事は楽しかった。同じ位の年の子ばかりだったけど、結婚してる子もいれば、帰国子女の大学生も居た。
私と同じくらいに彼氏もハンバーガー屋を辞めた。別に実家暮らしだし、お金に困ってる家でも無かったからか、彼は求人誌を買ってきて印を付けるだけ付けて、面接の電話もしようとしない。
「電話、なんでしぃひんの?」
と聞いたら、
「いや、その会社の前まで見に行ってきたけどなんか雰囲気が・・・。」
と、のらりくらりと言う。
そんな彼に段々、頼りなさを感じ、イライラして来て、ケーキ屋さんで一緒に働いてた子の旦那さんが働いてる運送屋さんで、働かせて貰えるようにして貰った。
彼の家からは遠くて通えないので、私の家から彼は仕事に行く事になった。
彼は、親にその事を話せなかったらしく、置手紙を置いて、お母さんが起きる前、4時位には荷物を持って家を出てきたらしい。21歳にもなって、家出みたいな事しかできないのか!とますます、彼のハッキリしない性格が鬱陶しくなってきた。

30。女の武器

私が勤め始めたスナックのママは当時22歳だった。スナックなのに、いつも着物を着ていて、老舗クラブ出身なだけに礼儀作法には厳しかった。
22歳でママなんてすごいな~と、思っていたら、ママのお父さんと思っていた人が、パパ(業界ではオッサンという)だった。だから、お店はオッサンに
出して貰ったのだろう。

お客は、スナックだとは思えない位、上客ばかりで
ある時、
先生と呼ばれる人が、泊まりで来るからホテルの懐石料理屋を、店の女の子のためにその先生が予約していてくれた。
部屋も、先生が来るまで使ってていいよ。 と、ママが言うので付いて行った。ママとチーママの会話を聞いて、ビックリした。
「はぁぁ~今日はしやんとあかんかなぁ~。こないだ生理って言ったしなぁ~。これも、次のラウンジ出す為、しゃーないよな~。」

・・・・・。オッサンが居る上にまだ金づるは居るのか!!
ある意味凄い!! 

29。初出勤

私は全くお酒が飲めなかった。16歳だから飲んだら駄目なんだけど、背伸びをしてまで無理に飲めないお酒を飲みたくなかったし、酒に酔って帰ってくる母を幼い頃から見てたので、
「あんな大人にはなりたくない。」
と、思っていたのかもしれない。

月・水・金だったかな・・・。週3のバイトでいつもその曜日だけ綺麗な格好をして帰ってくる私に不信感を抱くだろうと思い、自分からバイトの事を言った。
そしたら、
「水商売って楽じゃないでしょ。お母さんの気持ち分かった?服は全部お母さんの着て行っていいから。カバンもこれ、使いなさい。」
と、ヴィトンのカバンをくれた。

まだまだ真面目な3歳上の彼氏には内緒にしていた。
28歳の男とは、私が水商売を始めたら絶対に
「店に行く!」
と言いかねないので、来られるのが嫌だったから、それっきり連絡をしなくなった。
中出しの件はどうやら大丈夫だったみたいだ。