ザスタのクマさん

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あらゆるアート、デザイン、 特に写真が大好きなクマこと熊谷の作品集。

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海外土産でうれしかったものは?


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6月28日は「貿易記念日」です。
経済産業省(当時は「通商産業省」)によって1963年に制定 されました。
1859年のこの日、江戸幕府が横浜・長崎・箱館(函館)の3港を開港し、
自由貿易を許可したことにちなんでいます。

六月二十八日が「貿易記念日」と名づけられていると
知ったのは、つい先日の新聞の片隅だった。

安政六年のこの日、江戸幕府が横浜、長崎、箱館を開き、
五か国との自由貿易を許したのだという。

啖呵一つで刀を抜いた武士の世が、
印章一つで約束を交わす帳簿の世へと、
音もなく衣替えをした日であったのかもしれない。

コンテナ船は、
遠くから見ると一つの街のようだ。
窓一つない箱が幾千と積まれ、
その内部に、機械や衣類に混じって、

誰かの期待や不安までが
きちんと梱包されているのだろう。

かつて異人と呼ばれた相手は、
今では取引先と呼ばれ、
顔も見ぬままメール一本で値段を決める










便利になったと口では言いながら、
海を渡るのは貨物だけで、
人の想像力は意外に足が短いと
感じることがある。

それでも、朝日の港に立っていると、
自分の生活のどこかに、この巨大な船の影が
差していることを認めざるを得ない。

安政の役人が震える手で条約に署名したあの日と、
この冷えた鉄の箱がきしむ今日とは、
細長い航路でかすかにつながっている。

貿易の記念日は、賑わう商社よりも、
むしろこの静かな岸壁にこそよく似合う。

世界中の貨物を積みこんだこの船も、
港を離れる瞬間だけは、
開国のときと同じように、
ただ静かに波を押しわけて進んでいくのだ。

日本が世界に向かって
扉を開いた日の記念碑は、
ブロンズではなく、

今日も黙って積み上がる
コンテナの直方体そのものなのかもしれない。



古く懐かしい曲です。
オーティスの 最高のパフォーマンス。
この曲のレコーディングの3日後に26歳で飛行機事故で死んで、
最初で最後のビルボード1位を獲るなんて、彼の人生は皮肉過ぎる。









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熊谷


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ちらし寿司の好きな具材は?


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広島県広島市西区に本社を置き、ちらし寿司などの調理用食材の製造・販売メーカーである
株式会社「あじかん」が制定。

日付は、この日が岡山のちらし寿司「ばら寿司」が生まれるきっかけとなった備前岡山藩主・
池田光政の命日であることから。山の幸、海の幸などの食材をたっぷり使ったちらし寿司を
食べて、夏に向けて元気になってもらおうと記念日とした。

記念日は2004年(平成16年)に一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録された。


六月二十七日を「ちらし寿司の日」と
名づけた人の顔を、私は知らない。

ただ、その背後に、倹約令の札を睨みながら、
台所で首をかしげている備前の町人たちの顔が、
妙に生き生きと浮かんでくる。

一汁一菜と申し渡されてはいても、
腹の中までは支配されまい。

今日の昼さがり、台所は少し湿っていた。
まな板の上に横たわる胡瓜、
海を知らぬまま冷蔵庫で眠っていた。

隣には錦糸卵の切れ端が、
金色の紙吹雪のように散らばっている。

ガス台では酢飯がまだ湯気を引きずり、
米の一粒ごとに、山の陰と波の名残とを
抱き込もうとする。そこへ鮪が、いくらが、
遠慮のない赤と橙を連れてやって来る。









包丁は岡山の空を見たことがないくせに、
ばら寿司の故事だけは耳にしているらしい。

薄く引かれた海苔の闇に、海鮮たちは次々と落ちていき、
やがて皿の上で「ちらし」と呼ばれる秩序をつくる。

箸を入れれば、池田光政の倹約令も、夏痩せの心配も、
いっときは酢の香りに紛れてしまう。

人はこれをただの寿司だと言うが、
いくらのひと粒は、口の中で小さく破裂しながら、
海と歴史の両方を同時に思い出させる。 

口に入れた寿司飯は、
酸っぱくもあり、どこか甘い。

夏に向かう胃袋より先に、
先祖たちのささやきが、
静かに目を覚ます。


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撮影 文 熊谷


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落雷の瞬間を見たことある?


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今日は雷記念日。

930年(延長8年)のこの日(旧暦)、
平安京の清涼殿に落雷があり、
大納言の藤原清貫が亡くなった。

平安京では長い間日照りが続き、
公卿たちが清涼殿に集まり雨乞いを
行っていた時の出来事だった。

この落雷は政治的な策略によって
京の都から太宰府に左遷され、
そこで亡くなった菅原道真の
祟りであると信じられ、
道真の学者としての名誉を回復した。




京都国立博物館より



また、これにより菅原道真は雷の神「天神」と
同一視されるようになり、「天神=学問の神」として
菅原道真が祀られるきっかけとなった日である。

ということで、まずは雷から







雷と言えば積乱雲なので
話が反れますが巨大積乱雲アメリカの写真をお借りしました。

Image Source
http://ht.ly/1NphI


大陸の平原のはずれで、私は雲に見下ろされていた。



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空の半分を占めるその塊は、



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山よりも無口で、都市よりも多弁である。




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稲妻が、雲の腹の内側だけを白く照らすたび、




 京都写真美術館より




巨大な動物の骨格が、瞬間だけ透けて見えるような気がした。





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アメリカという国名も、この前では地図の余白にすぎない。




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乾いた土の匂いと、遠雷の低い鼓動だけが現実で





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あとはすべて、雲が一時的に見せている夢の舞台装置にすぎなかった。




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ただ、黒く沈む平原の上に、天気という無名の形而上学だけが聳え立っている。

文  熊谷








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我が家のお気に入りの場所は?


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我が家のお気に入りの場所は? 
まずは玄関かなー

8月8日を末広の新たな出発点として、
月が満るがごとく、堅実に成長して行きたいという願いを込めて
ミドナイトブルーに塗った会社の玄関上に懸った三日月と成功の女神、

月はどう見てもまだ頼りない。刷毛の先で夜をひっかいたような
その細さは、初めての決算書をひらいた時の、あの心細さを思わせる。



ミドナイトブルーと成功の女神、会社の入り口付近。


生まれたばかりの、いかにも細い三日月が
社屋の階段にも写真を飾ってある。

だが、この月は、たしかに増えてゆくはずなのである。
社屋の階段を上るたび、壁の写真の月は、
わずかずつ肉づき、やがて円くなって行く。




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月が満ちるがごとく堅実に成功への階段を昇れということで、
上の階に上るにつれ月が満ちてゆく様になっている。

かつての社員たちは書類と画面に追われながら、
ときどきその月を見上げる。

昇給よりも先に、月だけが着実に満ちてゆくのを見て、
苦笑いする者もあった。




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不景気とコロナで
多くの仲間が会社を去った。
残った我々は、望月の夜を夢見ずにはいられない。

藤原道長が「この世をばわが世」と歌ったとき、
陰暦の月も、どこかであきれ顔をしていたに違いない。
我々にはそこまでの驕りはない。

ただ満ち足りた一夜のために、
粉骨砕身の今日を、
また一段、昇るまでである。

そして満月のような日々がきたら、
ささやかなカーニバルを開こうという、
ささやかな野心といっしょに。




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撮影  文 熊谷

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いよいよ梅雨も後半戦かな。

🌧 梅雨と遠い田園

東京生まれの東京育ちの僕には、
帰省の切符というものがない。

駅のホームで人波をかき分けても、
どこにも自分の「ふるさと行き」は見当たらない。

それにもかかわらず、梅雨と聞くたび、
雨に濡れたあぜ道の光景が、
妙に親しい記憶めいて胸に
うかぶのはどうしたことだろう。

薄曇りの空の下、濡れた苗の列が、
まるで方眼紙の罫のように田んぼを区切っている。
そこを、名も知らぬ子どもの長靴が、
ちゃぷり、ちゃぷりと音を立てて進んで行く。

その横顔を見ているのは、他ならぬ僕自身だ。
もちろん、そんな事実はない。小学校のころから、
通学路といえばアスファルトばかりだったのだから・・・

にもかかわらず、その風景は、
地下鉄の階段よりも、渋谷の交叉点よりも、
よほど素直に心の中へ描き出される。
考えてみれば不思議である。








この幻のような田舎の景色が、
どうしてこんなにも素直に立ち上がるのだろう。

TVの旅番組のせいにしてしまうには、どこかで胸が痛む。

やはり、遠い先祖から受け継いだ、
田を耕す血の名残なのかもしれない。

雨の午後、
窓ガラスを伝う雫を見ていると、
ビルの谷間にいてさえも、
どこかで蛙が鳴いているような気がする。

その声に耳を澄ますたび、
ビルの谷間を渡る風が
湿り気を帯びるたび、

ふるさとのない僕にも、
見たことのない雨のあぜ道が、
そっと心の中でぬかるんでいく。



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最近お墓参りした?


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今日は慰霊の日
沖縄県は、1945年、旧日本軍の組織的な戦闘が終わったとされる
6月23日を「慰霊の日」としています。

沖縄県によれば、沖縄戦の全戦没者数は推計20万656人、
軍人を上回る民間人が犠牲になりました。

犠牲になられた沖縄の皆様と日米軍人および
軍属の皆様に心より哀悼の意を表します。

とても印象に残った、
1945年沖縄戦 6月21日、摩文仁 感動の1枚。
 





サトウキビ畑のかげから白旗を掲げたおかっぱの少女が現れたのを、
鉄血勤皇隊の仲村繁さんは見た。民間人や兵隊が後に続く。

「投降者だ、あいつらを撃て」と叫ぶ者もいた。
敵味方が見守る中、機関銃の音がぴたっとやんだ。
「まるでサイレント映画を見ているようだった」


その物語が1冊の本になった 『白旗の少女』 著 比嘉富子 絵 依光隆



太平洋戦争米軍本土攻撃のために戦場となった沖縄本島の南部。
軍部は守備の日本兵と沖縄の住民を見捨てた。

兄弟たちとはぐれたわずか7歳の少女が、
たった一人で戦場をさまようことになった。
しかし、偶然めぐりあった体の不自由な老夫婦の献身で、
白旗を持って一人でアメリカ軍に投降し、奇跡的に一命をとりとめた。
この少女の戦場での体験をおった感動の記録なのだ。


本当に戦争は二度としてはいけない。




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雨季にぴったりな一枚。
浅いガラスの大きな水槽の底に、
白い粘土の魚が一匹、
眠っている。

鱗のかわりに、安物の銀と金のスプーンとフォークが、
背中じゅう、腹じゅうに刺さっている。

その銀色が、水を張る前から、どこか冷たい墓標の
列のように見えるのは、作者である私の心が、
すでに少し疲れているせいかもしれない。

蛇口をひねると、水道水が細い滝になって落ちる。
やがて魚は、ほんの少しだけ浮き上がって、
しかし決して泳ぎださない。

スプーンもフォークも、光をまき散らすだけで、
何一つ掬わず、刺さず、ただ沈んでいる。











水面にスポイトで水滴を落とし、
水紋を作り、臨場感を盛り上げ、
シャッターを切る。

私はこの魚に、いくつもの名前をつけてみる。

進化の失敗作、人間の成れの果て、
あるいは食卓から逃げそこねた夢。

しかしどの名も、ピントが合う前にぼやけてしまう。

撮影を終え、水を抜かれた魚は、
再び乾いた粘土の塊にもどる。

その背に並んだ銀の食器だけが、
相変わらず上品そうな顔をしている。

私はふと、自分の背中にも、
見えないスプーンとフォークが、
いくつか静かに突き立っている
のではないかと疑う。

写真には写らないままに・・・




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撮影  文 熊谷

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父の日、感謝の気持ち伝えた?


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昔の話である。

白地に濃紺の文字が、
中庭の明るさを背にして、
かすかに光っている。

「有難うの気持ちです。 お父さん」と、
ありふれた文句がありふれた瓶に
ラベルが付けられているのを見た時、

私は不意に、廊下の板の隙間から吹き上げて来る、
梅雨どき特有の湿った風を意識した。

簾は、風に撫でられるたび、
古い記憶のように、ざわ、と鳴る。

その向うには、紫陽花の庭がある。
ピンクとも紫ともつかぬ花の房が、
曇天から落ちて来た水気を、
惜しみなく吸い上げている。




スタジオにセットを作って撮影する




父は黙って好みの切り子のグラスを指先でひねり、
底に映った庭を覗き込んでいる。

「…ありがとな」
 背を向けたままの声が、
畳の目を伝って足元まで届く。

その一言の短さが、瓶のラベルの
稚拙な文句よりよほど照れくさく、
私はただ「うん」とだけ答える。

どちらともなく「まあ、飲むか」と言った。

父の喉を下りてゆく
淡い酒の色が、
窓辺の紫陽花と
ひそかに呼びかわすのを、
私はただ、照れくささと共に眺めていた。

撮影  文   熊谷



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関東甲信が梅雨入りした。雨の日が続くのはうっとしいが、

僕には感動した雨の似合う廃墟の思い出、景色がある。
それはスコットランドの首都エディンバラにあるホリールード寺院です。






12世紀にホリールード寺院の迎賓館として建てられ、16世紀以降に宮殿として再建。
この宮殿を通って、めざす感動の寺院へいきます。





宮殿の中庭・・・閑散と・・・

この宮殿は、かつての悲劇のスコットランド女王、メアリー・スチュワートに関連する
たくさんの都市伝説を秘めてますが、その件と宮殿内の写真につきましては
長くなりますのでまた別の機会に。
宮殿を過ぎ、いよいよ、多くの画家が題材にしている、
宮殿に隣接した目的の寺院廃墟につきました。


ホリールード寺院の、屋根を失った身の上は、
どこか老いさらばえた貴族の顔に似ている。

抜け落ちた天井から、雨が真っ直ぐ降りてくる。
石の床は静かに濡れ、ひと筋の小川めいて、
崩れた柱の影をなぞっていた。










その端を、蒼緑のブルゾンを着た
痩せぎすの少女が歩いている。

背中のリュックは、
旅の年月を吸い込んだように重たげで、
だがその歩きぶりには、
まだ自分の運命を信じている若者の、
いささか無鉄砲な直線さが残っていた。

ステンドグラスを奪われた窓は、
ただの様々な形の穴となって、
曇天をそのまま額に入れている。
墓標の石は、雨を映して、
うすく空の色を溜めこんでいた。

寺院の輪郭だけが、
湿った空に黒い線を引いている。

その、うつろな美しさの前で、
装飾というものが、たいていの場合、
人間の不安を糊塗するための化粧に
すぎなかったことを思い知らされる。

歴史の栄枯盛衰などという言葉も、
ここではあまりに凡庸で、
むしろ石の沈黙のほうが雄弁であった。

少女はふと立ち止まり、
雨粒を肩に受けたまま、
空洞になった祭壇を見つめる。

彼女の蒼緑が、
廃墟と空とのあいだで、
やけに生々しく浮いている。



(ちなみに、なぜ廃墟なのかというと1688年11月ウィリアム3世による名誉革命が起き、
そのあおりで、長年のカトリック優遇への反動からピューリタン系エディンバラ市民は
当時カソリック系修道院だったこのホリールード寺院や王室納骨堂の略奪破壊に走った。
寺院の屋根を含む復興活動が1758年になされたが、屋根は1768年の大暴風で被害を受け、
現在まで廃墟のままになっている。)

寺院から裏庭に出て、しばらくして、振り返ると、少し小振りになった雨の中、
青々とした芝生の庭園が広がっていて、その真ん中をゆるく蛇行する赤い小道に・・・
遠く・・・ポッンと、黄色い傘と白いドレスの女性。





それは、まるで忘れていたヨーロッパ映画の「エンディング」ようだった。



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撮影 文  熊谷

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2026年6月18日、ポール・マッカートニーが84歳の誕生日を迎えた。

ザ・ビートルズのメンバーとして20世紀のポピュラー音楽を決定づけ、
解散後もウイングス、そしてソロ・アーティストとして第一線を
走り続けてきたポール。作曲家、ベーシスト、シンガー、プロデューサー
として数え切れない名曲を生み出し、世代も国境も超えて愛される存在である。

そして、ポールのお生まれになったリヴァプールお家がこちらです。



日本アドスペースーStaff BLOG!!!



ポールは14歳の時に母メアリーを亡くして寂しい思春期を過ごし、
最初に親友になったのがロック、次に親友になったのが、ジョンレノンで、
共通して親の愛に恵まれない分だけ、孤独が二人の友情の絆を深め、
それが、多くの名曲を生み出す原動力になりました。

そして、ポール・マッカートニー、9年前日本公演ライブから


ライブモニターよりアップ



そして全景・・・

曲は『ヘルタースケルター』だったかなー



そして、フィナーレ ラストの神吹雪の凄かったクラッカー
公演39曲 4万8000人大興奮






八十四歳になったポール・マッカートニーは、
たぶん今朝もトーストに
マーマレードを塗っている。

黄金の縁を持った皿の上で、
あの革命的だった指先が、
実務的な老境の動きをしていると思うと、
少しおかしく、少しさびしい。

レコードの中の彼はいつまでも
「昨日」(Yesterday)を歌っているのに、
現実の彼だけが一歩ずつ「明日」を消費してゆく。




私たちはストリーミングの
再生ボタンで時間を
巻き戻したつもりになりながら、

実のところ自分の寿命を
削っているにすぎないのだ、
と気づくたび、

スピーカーの前で、
思わず、小さく姿勢を正している。







ダンジョンレインの少年たち(和訳つき)ポールマッカートニー
ポール・マッカートニーの18枚目のソロ・アルバム
『ダンジョン・レインの少年たち』収録曲。装飾を削ぎ落とした非常に親密な曲であり、
ポール自身が「僕にとってまさに“思い出の歌”だ」と語る、アルバムの感情的な
核心を捉えた楽曲。 





何かポールの遺言のような、哀愁感。


撮影 文  熊谷




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撮影 文 熊谷


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