ザスタのクマさん -2ページ目

ザスタのクマさん

あらゆるアート、デザイン、 特に写真が大好きなクマこと熊谷の作品集。

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🌿 若葉と涼風

その森へは、用事があつたわけではない。ただ昼の光が、若葉の上を
通り過ぎながら、どこかで余つた分を、誰かに分け与へたがつてゐる
様な気がしたからで
 
木立の間を抜ける風は、まだ夏ほどの図々しさを持つてゐない。涼しさだけを、
どこからか借りて来ては、しつとりとした土の匂ひの上に返して行く。

木漏れ日に向けてそっとあおいだ。そこに見えたのは、
天使でも理想でもなく、ただ、ただ透きとおった緑の天井である。




那須塩原高原にて



💡 木漏れ日を仰ぐ

しばらく空を見上げた。若葉はどれも似た形をしてゐるのに、一枚ごとに
受け取る光の量が違ふらしい。透きとほつた葉の裏で、日向と日蔭とが、
黙つて取引をしてゐる。

風が葉を揺らし、光が瞬き、ちらりと強くなった一瞬、シャッターチャンスを
切る度に森の中の時間が、一枚ずつ薄紙になつて手元に重なつてゆく。

写真機といふ文明の玩具が、こんな静かな木漏れ日を、
どう扱つてよいのか戸惑つてゐるやうにも思はれた。









💓 生のよろこび

呼吸をひとつ深くしてみる。肺の奥まで入り込んだ涼風が、体の内側から
若葉にならうとしてゐる。生きてゐるといふ事は、結局、こんな取るに足らぬ
光や風にさへ、いちいち頷いてしまふ不経済な感受性のことかも知れない。

森を出る頃、僕の撮つた木漏れ日は、どれも似たり寄つたりの失敗作に見えた。
それでもシャッターを切つた瞬間の、あの小さな躊躇と充足だけは、
どの写真にも写り込んでゐる気がしてならない。
 
その証拠に、カメラ裏のモニター画面の隅々まで目を凝らすと、
どこかで必ず、光が笑つてゐる。

そして、実態の木漏れ日はいつか消える。だからこそ、シャッターを押した
指先に、まだ微かに残る震えを、「生の証拠」と呼んでみたくなる。

一番好きなラブラブ季節の到来だから




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5月なので、ブログのヘッダーを変えました。
写真はロンドンのハムステッドヒース。

閉園間近な公園は街の喧噪から離れ、閑静な色を沈めている。


🌒 薄暮と木々

ひかりの 残りかすだけが
林の奥で にじんでいる
ハムステッドヒースの 夕方
空はまだ 終わりきらない青

道はしめって 土のにおい
犬の足あとも もう見えない
葉ばかり多い 黒い木立が
風のないまま こちらを見ている





原画





🪑 朽ちたベンチ

ぽつんと 明るいところがある
誰かが座って 立ち去ったあとの
ぬくもりだけ 置き去りにして
そこに ニスのはげたベンチ

色の抜けた 木の背もたれは
昔の会話を ぜんぶ覚えていて
でももう 名前だけが消えている
刻まれたイニシャルも 雨にほどけた。

🕯 かすかな灯り

街の方から バスのうなりが
遅れて ここまで届いてくる
世界はまだ 動いているのに
このひかりだけ 立ち止まっている

座ってみると 板がきしんで
何度も 同じ夕方を
ここで くり返してきたことを
体重の下で 静かに告げる

🌫 過去と現在

もう会わない人たちの声が
すこしずつ 木の根にしみこみ
ベンチの脚を 暗くしていく
それでも ここは明るいまま

薄暮の空の あいまいな色が
今日だけを 特別にはしないで
過ぎていった いくつもの日と
おなじように 静かに重ねていく

ここは さまざまな物語を結ぶタイムマシン




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図書館で最後に借りた本は?


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昭和25年4月30日、画期的な文化立法である図書館法が公布され、
それを契機として日本の図書館活動は新しく生まれ変わりました。

サービスとしての公共図書館の機能が明らかにされ、無料原則がうちたてられ、
わが国は、真の意味での近代的な公共図書館の時代をむかえたのです。

日本図書館協会は、今日の図書館発展の基盤となった図書館法公布の日を
記念して、「すべての人に開かれた図書館」をうたったその日を
「図書館記念日」とすることにいたしました。








今日は、図書館はいつもより少しだけ澄ました顔をしていた。
入口脇の掲示板には、色あせた紙で「図書館法公布記念日」とある。
活字の並びは、古びているのに、どこか自分の知らない
革命のあとを匂わせていた。

僕はカメラを首からさげ、静かな館内を歩く。ページをめくる音が、
海の底のように遠くでざわめいている。ふと視線の先、窓際に、
その人は立っていた。

シャッターを切る音が、図書館には不似合いなほど乾いて響いた。
こちらを向いた彼女は、少しだけ眉を上げ、しかし何も言わない。
その沈黙に、古い法律の条文よりも長い一文が、
僕の胸の中で始まりそうになる。

たぶん、あの画期的という形容詞は、法律のためだけのもの
ではなかったのだろう。彼女が眼鏡をを外し大きな辞書を胸に抱え、
微笑んだ時から静かな図書館の風景は、少しだけ様子を変えてしまった。

そして、図書館法条文よりもこの無言の立ち姿の方が、
図書館という場所のかたくて不思議なやさしさを、
少しだけよく語っている気がしてならないのだ。



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昭和と聞いて思い浮かぶのは?


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今日4月29日は祝日「昭和の日」ですが、昭和前半は「天長節」(1927〜1947年)、
その後は「天皇誕生日」(1948〜1988年)。昭和天皇崩御後は自然の恩恵に
感謝する「みどりの日」(1989〜2006年)になり、さらに「昭和の日」
(2007年〜)と変わり、4月29日は変遷を繰り返しました。

🌿 みどりの日から昭和の日へ   

4月29日は、カレンダーには「昭和の日」とある。
昔は「みどりの日」で、そのまた昔はただの「天皇誕生日」だった
と聞けば、暦の赤い文字だけが静かに戦争を覚えているようで、
意外に多くの死者を背負っている。

「昭和の日」は、公式には「激動の日々を経て、復興を遂げた
昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす日」とされています。

⚔ 昭和天皇の戦争責任という影

しかし「昭和」を語るとき、第二次世界大戦と昭和天皇の
戦争責任という重い問いを避けることはできません。






研究者たちは、昭和天皇の責任をおおまかに「法的責任」
「政治的責任」「道義的責任」に分けて議論してきました。

戦後の東京裁判で昭和天皇は被告とされませんでしたが、それは連合国側の
政治的判断の結果であり、責任がないという意味ではないのではないか、
という批判があります。一方で、天皇は実権をもたない象徴的存在に近く、
軍部に押し切られた「傀儡」だったとする見方もあります。

同じ人物を、「侵略戦争の最高責任者」と見る立場と、「暴走する軍を完全には
制御できなかった立憲君主」と見る立場が、今も鋭く対立しています。

戦場で名も知られず倒れた兵士たちは、この日を祝日と定めた
国会審議を知らない。焼け跡で泣いていた子どもも、
天皇が法廷に立たなかった理由を知る事はなかった。
ただ、猛烈な空襲、焼け野原と、腹の空虚さだけを覚えていた。

戦後の政治家たちは、昭和天皇を裁かなかった。その決定を、ある者は現実的な
選択と呼び、ある者は卑怯な妥協と呼ぶ。歴史家は「法的責任」「政治的責任」
「道義的責任」と、責任を三枚におろしてみせるが、台所の魚ほどには分けない。

私たちは、そのさばかれなかった骨を、祝日の名前の下に静かに
埋めているのかもしれない。「激動の時代を顧みる」とは便利な言葉で、
誰がどこまで間違えたのかを、ほどよく曖昧にしてくれる。

それでも、四月の風はどこかやわらかい。街路樹の新緑がまぶしい。
かつて「みどりの日」と呼ばれた頃と変わらない顔で揺れている。

その葉の一枚一枚の裏側に、戦争を見た人々の沈黙だけが、
いまも私の耳元で、かすかな空襲警報のように鳴り続けている。



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動物園でずっと見ちゃう動物は?


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今日4月28日は「象の日」です。1729年(享保14年)この日、現在のベトナムからの
献上品として日本に贈られた象を、中御門天皇御前で披露したことに由来しています。

🐘 故郷を出るゾウ

象は、ある朝、いつもより静かな森の匂いで目を覚ました。湿った土と若い草、
遠くで水が動く気配。だが、今日は小鳥の声よりも、人間の足音が早かった。

人々は、象の身体を測るようにぐるりと取り囲み、綱をかけ、言葉を交わす。
象にはその意味は分からない。ただ、母の匂いがどこにも無いことだけが、
はっきりとしていた。

そして大勢の人間達の前で、美女達が体を洗い、祝福し、見送ってくれた。









やがて象は、土の柔らかさを離れ、板の上に乗せられる。
足の裏にひろがるのは、森のしずかな弾力ではなく、
南蛮船の乾いた木の冷たさだった。



日本の雨の日、日本の空から落ちてくる雨粒が、故郷のスコールとは
似ても似つかぬ細さで、象の背中をたたいた。だが、濡れた皮膚の上を
流れる水の感触だけは、どこの国でも変わらない。

象はゆっくりと目を閉じる。目の裏には、かつての森が、
少し輪郭のあいまいなまま、まだ立っている。

日本の空の下で眠るたび、故郷の木々は一本ずつ
薄くなっていくが、それでも、完全には消えない。









遠い国から来た象は、いつかこの国の人々の物語の中に
閉じこめられ、やがては「珍しい見世物」としてだけ語られるであろう。

でも身体の奥では、遠い森がしずかに続いている。
象の足の裏には、まだうすく、故郷の泥の記憶がこびりついている。

それは人間の言葉にはならないが、象が静かに目を閉じるとき、
いまだに、僧侶達の引率、湿った森と、ぬるい風と、
水より重い光の川の姿を、そっと呼び戻してくれる。



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日常で役立つ哲学の教えは?


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今日は「哲学の日」。古代ギリシャの哲学者・ソクラテスの命日です。
ソクラテスは「自分は何も知らないということを自覚する」ことの重要性、
すなわち「無知の知」を説いた人でした。

無知を自覚し、探究心を持つことは、まさに哲学の出発点に他なりません。




『悩むソクラテス』。




しかし人々の無知を指摘したソクラテスは多くの反感を買ってしまい、
死刑判決。脱獄も可能な状況であったといわれますが、
彼は悪法もまた法であるとして、薬殺刑の毒を煽り亡くなった。



ファティマ大聖堂の中庭の片隅に、修道女がひとり立っていた。
顔だけが朝日に向かい、体はまだ夜の名残を引きずっている。
習慣という鎧を、内側から着崩そうとしているようにも見えた。

ふと、その横顔を見ながら、私はひどく不謹慎な問いを思いつく。
この人は、いつから「神を信じる」という仕事よりも、
「神を考える」という厄介な作業に追われるようになったのだろうか。





ポルトガル・ファティマ大聖堂にて




私には、その小さな背中が、信仰よりむしろ「考えること」
そのものに、罰のように縛られているように思われた。

信じようとすればするほど、考えねばならない。
考えれば考えるほど、信じ切ることはむずかしくなる。
この古い大聖堂の石壁は、何百年もその悪循環を見物してきたに違いない。

彼女は、黙ってそこに立ち尽くしている。
人は考えることから逃げられず、同じように、
祈るふりをすることからも逃げられない。

哲学とは、結局のところ、この「逃げられなさ」「考え続ける」という
少しだけ上品な名前を与えようとする試みではないかと思う。

鐘が一度、乾いた音を落とした。
修道女はゆっくりと十字を切り、朝日の中へ歩き出した。
ファテマ大聖堂の石段だけが、まだ暗い顔で、その小さな決意を見送っていた。




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撮影  文   熊谷

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おすすめの邦画は?


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今日は『七人の侍』の日
1954年(昭和29年)のこの日、黒澤明(1910~1998年)監督の
映画『七人の侍』が公開された。

日本の戦国時代が舞台であり、貧しい農村で野武士の略奪に
苦しむ農民たちは侍を雇って村を守ろうとする。

かくして集められた七人の侍が、身分差による軋轢を
乗り越えながら協力して野武士の一団と戦う物語。

撮り直しのきかないスペクタクルを撮るために、黒澤が初めて複数のカメラで
同時に撮影するマルチカム方式を採用し、豪雨の決戦シーンなど迫力の
アクションシーンを生み出した。

さらに脚本、綿密な時代考証、美術などにより、
アクション映画・時代劇におけるリアリズムを確立した。








農民も野武士もいない現在、西麻布1丁目に自社ビル(砦)をかまえた。
かつては七の倍のクリエーターが、この砦に出入りしていた。

ただ侍というより、今考えるともはや雑兵の軍隊、集まりだったかなー

コロナと不景気という名の戦争は静かに、
しかし確実に、彼らを連れていってしまった。







今残っているのは、経理とたまに来るデザイナーと社長という肩書を
ぶらさげた古残兵、カメラを肩にペンタブを握るたった一人の俺である。

撮影の日、クライアントは言う。
「社長さん自ら撮られるんですね。なんだか恐縮です」その言葉を聞くたびに、
密かに思う。恐縮すべきはむしろこちらのほうで、

かつては「カメラマンはカメラだけ」「レタッチャーはレタッチだけ」
という、分業制という名の華やかな戦術があった。

今は社長自ら「できる人ができることを全部やる」という、
戦場の医務室のような柔軟さが要求されている。

✍️ 生き残りという明るさ

奇妙なことに、人間は追い詰められるほど冗談がうまくなる。
電話の向こうでクライアントがため息まじりに言う。
「予算が、どうしても削られてしまって」笑って答える。
「大丈夫です、うちも人数が削られて身軽になりましたから」

もちろん、大丈夫ではない。だが、大丈夫ではない状況に、
大丈夫そうな表情を貼り付けて歩くことを、世間は「経営」と呼ぶらしい。

それでも、撮影したデータをレタッチしていて、肌のトーンがふっと整い、
空の色がきれいに転んだ瞬間、この戦場にも、ごく小さな勝利が訪れる。

「まだ、こういう色が出せるんだな」そう思うとき、自分が、
コロナと不景気という長い戦争をくぐり抜けた、ただの生存者ではなく、
ちゃんとした職業人であるような気がしてくる。

仲間の多くは散り散りになったが、「会社」という名の砦だけは、
まだここにある。自社ビルというのは、ローンと固定資産税とともに、
妙な責任感までついてくる不思議な砦だ。

逃げ場がないということは、裏を返せば、まだここで戦う理由がある
という事でもでもある。古残兵は、相変わらず、俺一人きりだが、
なぜかその背中は、昔より少しだけ真っ直ぐになっている。

七人の侍が田んぼを守ったように、俺は今日も、レンズの向こう側にいる
誰かの表情と商品、西麻布に建つ小さな砦を守っている。

そして、シャッターを切る瞬間だけは、この不景気な世界が、
ほんの一秒だけ、静かにピントの合った場所になり。
一人分のシャッター音が響く。七人の侍の残り火としては、
なかなか明るい音である。

そうそう、人生という写真の納期は、どうやらまだ先のようだから。


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給料日に真っ先にすることは?


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忘れかけてしまうほど昔、18歳の頃、
初任給は日雇い労働者で、月3万ぐらいだったかな。


十八の春、教室という箱の中で鉛筆を走らせることに、
どうしても意味を見出せなかった。

進学だの将来だのといった言葉は、黒板のチョークの粉と同じで、
咳き込めばすぐ喉の奥から追い出されてしまう類のものであった。

僕は受験参考書を鞄の底に押し込み、代わりに安物の軍手を突っ込むと、
新宿行きの始発電車が高架を震わせる頃、高田馬場職安前の通りへ向かった。

そこには、名前よりも背番号が似合いそうな
男たちが、朝の靄の中に立っていた。日雇い労働者。
新聞の隅にしか登場しない人々が、ここでは煙草の煙と共に濃く存在していた。

土埃と汗と、時々まじる血の匂いのする現場で、
僕の十八歳だけが妙に浮いていた。

周りの同級生がマークシートと格闘している頃、僕は鉄骨の影で
缶コーヒーを啜りながら、不思議なことに自分だけがまだ見ぬ「革命」の
前庭に立っているような錯覚を、ひそかに愉しんでいたのである。

そんな折、「日雇いの組合をつくる」と真顔で語る男に出会った。
猪瀬直樹。その人物は、現場の泥と、どこか書斎の紙の匂いを
同時にまとっていた。今思えば、転向という言葉がもし死語でないなら、
僕よりも、彼の方が相応しいかもしれない。

馬場の街は私の事情など露ほども知らない顔で、煌めく朝日の中
スーツ姿のサラリーマンと、眠そうな大学生が同じ階段を上っていく。
仕事にあぶれて、私はその流れに逆らうように、地下の改札へ降りていく。

「未来は無い」という結論だけが、
まだ磨かれていないナイフのようにポケットの底で光っていた。

それでも、朝のビル風に吹かれながら、私は奇妙な颯爽感を覚える。
まるで、世界の裏側に通じる非常階段をひとりで見つけてしまったような、

薄暗い優越感だった。

革命は見えない。だが、革命のふりをした自分の孤独だけは、
ガラス窓に映るビルの輪郭のように、はっきりとそこにあった。








そして報道写真の名作達との出会いが人生を変え、自分の
手中の安物カメラが、場違いな玩具のように思えてきた。

やがて僕は、写真の学校という場所に出願の書類を送る。
そこには「志望動機」を書く欄があったが、ふと文字を書く自分の手
のひび割れに気づいた。これが、日雇い労働の地平から持ち帰った、
ささやかな証拠品なのだ。

よく考えず、ズバリただ一行、
「プロレタリアの地平に立たなければ、革命の焦点距離は定まらない」
とだけ記した。

それが稚気の産物であることくらい、自分でもわかっていたが、
十八歳の稚気ほど、世界を真っ直ぐに凝視するものなのかも知れない。

ユージン・スミスの影を追い、沢田教一の残響に耳を澄ませながら、
私はファインダーの中に、まだ形のない革命の輪郭を探していた。

そして、父が亡くなり、家に金を入れる為に商業カメラの道に。
スタジオマンからカメラマン助手へと進路を変えるのだが、
人生のうち最悪の日々を過ごすことになる。その話はまたの機会に。


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植物学の日は、日本の植物学の父と呼ばれる牧野富太郎博士の
誕生日に因んだ、4月24日と定められた記念日。

草木を友とし、名を問う者に名を授け、山河を歩き尽くしたこの風狂の
学者の誕生日を、人はいつしか「植物学の日」と呼ぶようになった。
言いかえれば、この日はただ人の生まれし日ならず、日本の草木が
みずからの名を得た始まりの日でもある。

令和の世では、彼の生涯、朝の連ドラ「らんまん」と名を変え、
茶の間へ入る。ドラマの主人公・槙野万太郎は、名こそ違えど、その歩み、
志、ことごとく牧野のそのもの。土佐の山里に生まれ、学校という枠を軽やかに
踏み越え、ただ草木の声を聴かんがために東京へ出でて、図鑑を編むに至るまで、
その運命の糸は、朝露のごとく細く、されど切れず、きらめき続けた。




Wikipediaより 

植物学をテーマにして撮影した。

「植物学」と名づけられた世界は、往々にして退屈な名札をぶら下げているが、
覗き込まれた顕微鏡の中では、事情が少しばかり違っている。

ここでは、葉の切れ目一つが、文明の断層のように見える。細胞壁のひと筋の線が、
老いた石畳の亀裂にも似て、長い時間の圧力を耐えた痕跡として浮かび上がる。

彼女がピントをわずかに回すたび、レンズの奥で、植物の組織が別の街に変わる。
一歩も動かずに世界を渡り歩く、その奇妙な旅の只中で、彼女の顔だけが
微動だにせず、ひとひらの葉の深部へと、なお沈潜していくのであった。







植物園のような花屋で撮影した。

ガラスのドームを透かして、朝の光がいく筋も落ちてきていた。
湿度含んだ白い埃のような細かな粒を孕みながら、
静かに花々と葉たちを撫でている。




深大寺植物園前の花屋さんで。



二人は、深大寺のこの店の空気よりも少しだけ場違いな、
異国の匂いをまとっている。けれど、両の手に触れる花土の湿りと、
花の擦れ合う微かな音からはじまり、すでにこの小さな店の
ものになりつつあるらしい。



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あなたが思う「よい夫婦」といえば誰?


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二日酔いした日の食事は?


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2002年(平成14年)に設立され、長年シジミの調査・研究を続けてきた
島根県松江市の有限会社「日本シジミ研究所」が制定。

日付は「シ(4)ジ(2)ミ(3)」と読む語呂合わせから、食品として優れ、
水質浄化にも役立つ「シジミ」の有用性をアピールすることが目的。
記念日は一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録された。









三月の終わり、朝の連続劇「ばけばけ」は、あたかも舞台の緞帳が下りるように、
あっさりとその物語を閉じた。その簡潔さは、むしろ残酷であったと言ってよい。

視聴者の未練というものを、脚本家は計算に入れていなかったのかもしれないし、
あるいは、未練こそ作品の余白だとでも思っていたのかもしれない。

以来、私はことあるごとに、おトキちゃんとヘブンを思い出す。
思い出すというより、あの二人が、まだどこか別の週の、未放送分の物語の中で、
勝手に生き延びているのではないかと疑うのである。






NHK朝ドラ『ばけばけ』よりヘブンとのお別れ。





この朝のしじみ汁も、その延長であった。
宍道湖の名を聞けば、否応もなく彼らの明治が立ち上がる。
おトキちゃんが台所で鳴らしたであろう庖丁の音、ヘブンが覚束ない
箸づかいでしじみの身を取り逃がすさま、そうした些細な光景が、
味噌の香りにまぎれて舌のうえをよぎる。

ふと箸を止めると、貝の口が一つ、また一つと開いている。
まるで、宍道湖の底から、名もなきエキストラたちが小さな口をあけて、
まだ終わってはいない、と訴えているようであった。

朝ドラが終わるのは、放送の最終回でではない。
視聴者が、登場人物の名前を呼ばなくなったときこそ、
本当の終わりが訪れるのだろう。

だから私は、湯気の中でそっと呟く。おトキちゃん、ヘブン。
しじみの日くらい、もう一度だけ、あなたがたを呼び出しても、
NHKも、神様も、たいして咎めはすまいと思うのだが、どうだろうか・・・



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