ザスタのクマさん -3ページ目

ザスタのクマさん

あらゆるアート、デザイン、 特に写真が大好きなクマこと熊谷の作品集。

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前文
なぜ海外の写真が多いのか?
今でこそ携帯で誰でも自由に写真を撮れる様になったが。
デビューしたばかりのころ、新しいレンズを買うたび、
私は近所へ光の試し撮りに出た。

すると、町は風景を返すより早く、猜疑の影をこちらへ投げた。
ある日など、パトカーが2、3台押し寄せ、警察は令状もなく
玄関を越えようとし、私は狭い敷居の上で、かろうじて
自分の沈黙を守った。そういうことが幾度か重なるうち、

国内の街路は次第に曇り、私の写真だけが海を渡った。
異国の空は遠かったが、特にヨーロッパの人の眼差しは
日本より幾分やわらかかった。


『雨のマテーラ』 
マテーラはイタリア南部の洞窟住居群で知られる古都です。
そして、雨の気配が長く続く季節には、
こういう湿り気を帯びたブログがよく似合う。

ちょっと前の事である、
マテーラの街角に立つと、石灰の町は
白亜というより、曇天の下ではむしろ
古い骨の色をして、静かに乾いた歳月を積み上げている。

空はまだ沈黙を守ってゐながら、遠い丘の教会の
かなたから黒い雲が徐々に押し寄せて来てゐた。

石の家々は乾いた光をわづかに宿しつつも、
すでにその色の底に薄い翳りを含み、ほどなく来る
ものの気配を静かに受け入れてゐるやうであつた。






路地は狭く、壁は古く、しかもその古びやうは衰へではなく、
永い歳月に磨かれた気品のやうに見える。

私はその角に立ちながら、晴れと雨との境が、
かうもひそやかに町を包んでゆくのを眺めてゐた。

そして次の日、雨はためらふことなく降り出した。
昨日まで空の奥にとどまつてゐた灰色は、
今や街の上へ低く垂れこめ、石畳もしつとりと濡れ、
白い町並みはいつさう深い陰影を帯びた。

その静かな画面の中央に、ただ一台、紅い車が走り抜けていく。







ささやかなその紅が、雨に沈む景色のなかで
不意に人の世のぬくみを思はせ、

古い石の都にひとしづくの
現在を灯してゐるやうである。

雨は町を曇らせるのでなく、むしろその輪郭を
やはらかに浮かび上がらせる。

マテーラの雨景は、寂しさのうちに
ほのかな艶をひそませ、旅人の胸に静かな余韻を残した。

しかしその後は、雨脚のために、
ほとんどの写真があえなく焦点を失った。

旅には惜しまず金を費やしながら、
撮影機材の新陳代謝が疎かであった。

帰国してから私は、雨に強いレンズを探し、買い求めた。

今にして思えば、あのぼやけた失敗もまた、
旅の記憶そのものには似つかわしいかも知れない。

明晰に捉え得なかったからこそ、雨のマテーラは、
なおさら仄暗く、美しく、心の底に残っている。



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今日が良い日となり、

明日がさらに素晴らしい日となりますように晴れ。

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走ることは得意?苦手?


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紀元前450年のこの日、ペルシャの大軍がアテネを襲い
マラトンに上陸したのをアテネの名将ミルティアデスの奇策で
これを撃退し、フェイディピデスという兵士が伝令となってアテネの
城門まで走りついてアテネの勝利を告げたまま絶命したと言われている。

1896年(明治29年)にアテネで第1回オリンピックが開かれるに当たり、
この故事を偲んでマラトンからアテネ競技場までの約40kmの競走が
加えられ、初めての「マラソン競走」が行われた。

古い伝説が今日まで人の胸を打つのは、速さではなく、
ひとつの生を燃やして何かを届けようとする心が残るからでしょうね。


人生如長征
人生は、たぶんマラソンに似ている。
生まれたばかりの朝には、誰もが遠い城門を知らない。
ただ空は明るく、道はまだやさしく見える。

けれど、ひとたび歩みを進めれば、土は靴を重くし、
風は胸をうすく切り、疲れが次第に魂の底へ沈んでゆく

人はその時、はじめて自分がどこまで走れるかではなく、
何を胸に抱いて走るかを問われるのである。






名誉のために走る者もある。愛のために走る者もある。
あるいは、ただ一つの約束のため、誰にも知られぬまま、
黙って砂塵の中を進む者もある。

そうして人生の道を真に支えているものは、
脚の強さではない。むしろ、倒れてもなお
消えぬ一つの思い、土砂降りの雨の中、
彼方にかすかに灯る、小さな勝利の火であろう。








人はしばしば、自分の歩みの遅さを恥じる。
隣を行く者の軽やかさに心を曇らせる。

だが、道は誰にも等しいようでいて、
ほんとうは一人ひとり異なる影を曳いている。
ある者の四十里は短く、ある者の一里は永遠に長い。

ゆえに人生の尊さは、早く着くことにはない。
ただ自らの痛みを抱きしめたまま、
なお前へ出ようとする、そのひそかな意志にある。









そして、ようやく城門の見える頃、人は知るのである。
求めていた勝利とは、誰かに告げるためのものではなく、
自分の内にひそむ臆病や絶望に打ち克った、
その一瞬の静かな光であったと。

倒れることは敗北ではない。声の尽きるまで走り、
自分の命を一つの知らせのように燃やしきったなら、
その人の沈黙は、どんな歓呼よりも遠くに響く。










そしてついに、ある者は勝利を告げ、
ある者は敗北を抱きしめ、

またある者は言葉にならぬ
沈黙のまま門にたどり着く。

しかし人生の真実は、そこで倒れるか
立つかにあるのではない。

はるかな道を走るあいだ、胸の中の報せを
最後まで守り抜いたかどうかである。

人の一生とは、つまりその一事の
為にある長い疾走であろう。

夕映えの中に息を吐きながら、
息の尽きかけるまで走り、
 
自分の命を一つの知らせの様に
燃やしきったなら、そのしじまは、

どんな凱歌よりも、麗しく強く
多くの心に強く残るに違いない。


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家族の電話番号、覚えてる?


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1900年(明治33年)のこの日、日本初の自動公衆電話が、
東京の新橋駅と上野駅の駅構内に設置された。

携帯電話や電子メールが普及した現在では、公衆電話を利用する機会が減っている。
ただし、大地震などの災害時には携帯電話などと比べて繋がりやすいため
、非常時における重要な連絡手段としての役割を担っている。

赤い電話箱のある黄昏

三十年ほど前、私の会社は高田馬場にあった。
あのころの駅前には、まだ電話ボックスがいくつも並び、
黄ばんだ灯りの下で、人々は硬貨やテレホンカードを
指先で弄びながら、誰かの声を呼び出していた。
携帯もネットも、まだ街に溶けこんでいなかった時代である。





週末になると、代々木公園や上野公園には
異国から来た人々が集まり、雑踏のなかに
濃い熱気をつくった。安い変造テレカを売る声も、
笑いも、警戒も、あの時代にはたしかにあった。

だが、そういうものはひとしきり風のように
街を騒がせたあと、ある日ふいに潮が引くように消えた。

残るのは、思い出だけである。


それにくらべると、ロンドンの赤い電話ボックスは不思議だ。






通信の道具としては、もう役目を終えかけているのに、
街から追放されず、むしろ街の顔として立っている。

ビッグベンの近くでは、人々がその赤い小さな箱の
そばに並び、順番を待って記念写真を撮る。

便利さではなく、姿そのものが記憶に必要とされているのである。


私は、ジャイルズ・ギルバート・スコットの手になる
古い型がとりわけ好きだ。丸みを帯びた屋根、
王冠のしるし、ガラス越しににじむ気配。






その姿は、電話箱というより、小さな建築であり、
街路に置かれた一人の部屋のように見える。


チャイナタウンの雨の夜であった。湿った闇の中に
ただ一つ、火のような色を持って立っていた。






その赤は、濡れた舗道へ静かに溶け、ゆらゆら長く滲んでいた。
私はそれを見ながら、これは街の景色ではなく、
誰かの見残した夢の切れ端ではないかと思った。

提灯の灯も、遠い足音も、みな雨に洗われて、
現実でありながらどこか幻じみていた。
夜は深く、色だけがひそかに息をしていた。


ロンドン近郊のブライトンでも、海辺の光の中に立つその姿は、
その姿もどこか寂しげだが、古くさくは見えない。







むしろ黙ったまま、自分に与えられた
色と形の美しさを、静かに受け入れている様だ。

波は絶えず砕け、風はやわらかく過ぎたが、
その赤だけはひそかな誇りのように、
午後の岸辺に残っていた。


私はあの赤を見るたびに思う。
文明とは、ただ便利になることではない。
古びてもなお、そこに残されるに値する形がある。






役目を終えかけたものの中に、、
なお人の心に小さな灯をともす力があること。
なお失われずに残る美しさを守ることでもあるのだと。

夕空の下に立つ赤い電話ボックスは、
もはや電話のためだけの箱ではない。

あれは時代の名残であり、孤高な彫刻であり、
そして、暮れゆく光の中にひっそり置かれた、

一篇の抒情詩に違いないのである。



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牛タンは厚切り派?薄切り派?


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牛たんの日

九月十日。
人はこれを、牛たんの日と呼ぶ。九をぎゅうと聞きなし、十をたんの響きへ渡すところに、いかにも市井の知恵らしい愛嬌がある。仙台牛たん振興会がこの日を記念日として定めたとされ、仙台の食文化として親しまれる牛たんを、より多くの人においしく、楽しく、安全に味わってもらう願いがこめられているそうです。

秋の入口の空は、まだ夏の名残をうすく持っている。
夕ぐれの店先に炭の匂いが立ちのぼると、
人はそれだけで少し昔の自分へ帰る。

皿の上に置かれた薄き肉の一片は、
ただの食物ではない。火に灼かれ、塩を受け、
湯気のむこうに沈黙の幸福を立たせる、
小さき詩である。






噛めば、かすかな抵抗ののちに、
旨味はゆるやかにひらく。その確かさは、
人生に稀な誠実さに似ている。

華美ではない。けれども軽んずることもできぬ。
麦飯の白さ、とろろのやわらかな流れ、漬物の澄んだ酸味、
それらは皆、一つの味の為に争わず、静かに席を分け合う。







人がうまいものを食べる時、たいてい言葉は少ない。
美味とは、雄弁を退けるからである。

ただ眼の底に、ほのかな明りがともる。
仙台の秋風は、その明りを吹き消しもせず、
ただ傍らで見守っている。

旅人も土地の者も、その一口のうちに、
炭火のぬくみと町の記憶とを受け取るのであろう。








かくして九月十日は、胃袋の祝祭であると同時に、
ささやかな情緒の記念日でもある。

われわれは肉を食みながら、
ただ空腹を癒すのみではない。

匂いに季節を知り、味に土地を知り、
ひと皿の向こうに人の工夫とやさしさとを知る。

牛たんとは、舌の上にのる郷愁である。

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食べものを捨てることなく食べきることが健康にも通じるとから、
健康長寿を祝う「重陽の節句」にあたる9月9日としたもの。

また、食べものを捨てないん(ナイン)残さないん(ナイン)の語呂合わせも。
秋の実りを迎える日に食べものの行方を考える。

食べものを粗末にしない心を、ただの標語で終わらせず、
少し洒脱に、少し痛切に響かせたい。

九日 皿の上の秋
九月九日。菊の香はまだ仄かに、膳の上には白い飯がひかり、
ひとひらの菜が、まるで夕暮の雲の名残の様に箸先に残ってる。

人はそれを些細なものとして見過ごす。
けれども、棄てられる一片の飯粒にも、

畑の風があり、曇天を気づかう農夫の眉があり、
水の匂いをふくんだ土の沈黙がある。






われわれは、飽食を文明と呼び、余ることを富と見なし、
惜しむことを吝嗇のように考えがちである。

だが真に貧しいのは、物の背後にひそむ歳月を感じぬ心。

皿の上に残された半片の魚、冷蔵庫の奥に忘れられた菜葉、
その小さな亡骸の列は、華やかな市井の灯の裏に、
ひそかに累々たる墓標を築いている。






食べものを棄てぬということは、ただ倹約のためではない。
健康とは、過度に貪ることでも、無造作に余らせる事でもなく、
己が身に要るだけを知る静かな分別に宿る。

多く買わず、よく見、先にあるものから食し、
余りは別の一椀に生かす。そうした慎ましい工夫は、
節制という名の、もっともやわらかな徳である。






重陽の節句は長寿を祝う日であり、
九という数を重ねたこの日には、
生命を粗末にせぬ願いが潜んでいるという。

九月九日が食べものを大切にする日に重ねられたのも、
食べものを捨てナイン、残さナインという言葉遊びだけではなく、
命のめぐりを敬う心に通じるからだろう。






もしフードロスをなくしたいなら、
壮大な理想から始めるには及ばない。

今宵の食卓にのぼる一椀を、
最後の一匙まで味わうこと。

そこから世界は、音もなく矯め直される。
もったいないという古びた言葉は、
実は未来に向けた、もっとも新しい祈りなのである。



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住んでみたいと思う国は?


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9月8日がNYの日とされるのは、数字の語呂合わせです。
9をN、8をYに見立てて、NYになるからです。
日本ではこのような読みや形の連想で記念日が作られる。




ニューヨークを訪れたら、数ある名所の中で、
アメリカ自然史博物館はぜひ立ち寄りたい定番スポットです。

特に恐竜、地球、宇宙に興味がある人なら、半日〜1日かけて楽しめます。

まずは巨大な恐竜の全身骨格

館内に入ったら、まずは迫力のある恐竜の全身骨格を見てみましょう。

アロサウルスや23m〜27mあったバロサウルス大型の竜脚類など、
頭上まで届くような展示が並び、実物化石と複製標本を見比べながら、
恐竜の大きさを体感できます。





草食恐竜バロサウルスの横には子供のバロサウルスがいます。





子供を狙った肉食恐竜アロザウルス





バロザウルスが子供を守ってるシーンです。


見学時間が限られる場合は、
4F恐竜ホールを優先するのがおすすめです。

この博物館の一番の目玉は恐竜骨格標本で
4Fに所狭しと飾られています。

恐竜界の一番人気。はティラノサウルス・レックスかな






4Fには600の標本がありユーザー文によると展示標本の85%が本物。
映画「ナイトミュージアム」ではこの恐竜かな?深夜、動き出す。







体長37メートルもある新種の恐竜の模型、
この巨大恐竜は、同博物館にあるシロナガスクジラの
模型よりもさらに9メートルほど大きい。展示室には
収まり切らず、首から先を通路に突き出した姿で
来場者を出迎えてるのが面白い。







恐竜の化石は南米アルゼンチンのパタゴニアで
2014年に発見され、1年半以上かけて発掘された。

ティタノサウルスの仲間に分類されてるが、
まだ種名はない。ティタノサウルスは首と尾が長く
頭が小さい姿が特徴で、4本足で歩き回る。


次におすすめなのが、
ローズ・センター・フォー・アース・アンド・スペースです。
巨大な球体が印象的な空間で、地球の内部構造、
惑星、銀河、宇宙の成り立ちを紹介しています。





併設のヘイデン・プラネタリウムでは、時間帯によって
宇宙をテーマにした上映も行われてます。

詳しくはまた次の機会に・・・


あらためて効率よく見る順番

入口付近の大型恐竜展示
恐竜ホール
地球・宇宙関連の展示
ローズ・センターとプラネタリウム。











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秋の入り口は、ただ涼しくなるだけではなく、
光まで少し古びて感じるのがいいです。

秋の気配を言葉に移すには、白露ほど文章映えする節気もありませんし。
白露の静けさは、言葉にするとかえって深まりますよね。

2026年の白露は9月7日です。
また、9月7日から次の二十四節気の次の第15節、
秋分の9月23日までの15日間ぐらいを指します。

白露どころか豪雨の都心ですが、それでも・・・
白露断章

黒の余韻をひと夜の底に沈めた町は、
今朝、白露という名の淡い気配にそっと襟を正している。

夏の名残はまだ瓦にも草の葉にもわずかに宿っているのに、
空のどこかでは、もう季節の権柄が静かに譲られたのであろう。

夜のあいだに降りた冷えは、庭の下草に細かな露を結ばせ、
その一粒一粒が、暁の薄明りのなかで、声もなく白く息づいている。






「陰気ようやく重なりて露こごりて白色となれば也」と古い暦は言った。
まことにその言葉には、手で触れれば壊れてしまうほどの
端正な寂しさがある。暑さというものは、去りぎわにこそ執着ぶかい。

去りたくはないと、昼の日差しの端にまだ淡い熱を残してみせる。
けれども朝は、もう夏の味方ではない。

朝もやは野の面を低く流れ、露は草の先にかすかな震えを
宿しながら、白く、冷たく、短い命を照り返す。

その白さは雪のように激しくもなく、
月光のように高貴でもない。

ただ消えやすいものだけが持つ、はかなさの色である。







人の思い出もまた、かつては熱をもって胸を灼いたはずなのに、
時がたてば、この朝露のように輪郭だけを淡く残し、
触れた途端に失われる。

白露とは、季節の移り目である以上に、
万のものが衰えへ向かいながら、なお一瞬の
麗をひらく、その沈黙の名なのかもしれない。

やがて秋分へいたる十五日のあいだ、
空はいよいよ澄み、風はいよいよ骨ばり、
ひとの心にもまた、説明しがたい翳が差す。

栄えたものは静かに褪せ、
満ちたものは音もなく欠けてゆく。

それでも朝の露は、
滅びの手前でただひとたび、
白く美しく光る。

終わりとは潰えることではない。
消えゆくものが最後に最も透きとおる事。

むしろ滅びの間際にだけ
許される、沈黙の気品。

朝日にほどけるこの露のごとく、
この想いも、まもなく空へ帰っていく。



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黒いものと聞いて思い浮かぶのは何?


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九月六日の黒の日は、黒の語呂合わせから生まれた記念日。

黒の日と黒くぬれが重なると、ただの記念日ではなく、時代そのものが
黒い絵具を指先にまとっていた気配まで呼び込みますよね。

黒の日に寄せて 黒く濡れるロック

九月六日。黒の日。空はまだ夏の名残を薄く抱きながら、
どこか遠いところで既に秋の喪章を結びはじめている。

私はふと、あの古い石のような響きを思う。
ローリング・ストーンズの「黒くぬれ」。

一九六六年に放たれたその歌は、
恋に敗れた男の胸に落ちた一滴の
喪のしずくであると同時に、

時代そのものの瞳に差した暗い翳りでもあったのだろう。
曲は一九六六年の作品で、英米で大きな反響を呼んだとされる。九






愛する女を失った者は、花の色に耐えられぬ。
赤は残酷に咲き、白は追憶を暴き、世界はあまりに明るすぎて、
悲しみを抱えた身にはいっそ侮辱にさえ見える。

ゆえに男は願うのだ。見えるものすべて、
触れるものすべて、記憶の襞まで、黒く濡れてしまえと。
黒は絶望の色でありながら、同時に官能の底でもある。

深く、艶やかで、光を拒みながらなお妖しく光る。
そこには涙よりも濃い感情がある。声にならぬ怒り、
接吻の残り香に似た悲哀、もう誰にも向けられぬ熱の行き場が。


「安全への逃とう避ひ」(沢田教一・1965年)
戦せん闘とうを逃のがれるため、必死に川を渡わたる親子。



けれどその黒は、一人の男の失恋だけでは終わらない。
街路を吹き抜ける風のなかには、戦火に灼かれた遠い国の灰も、
人種の断層にひび割れた都市の騒めきも、見えぬまま混じっていた。

一九六六年という年は、昨日までの秩序がまだ立っていながら、
明日の不穏が既に床下からきしみを上げる、不安と不吉さ。

だから人々はこの歌を、ただの失恋歌としてではなく、
世界の色が反転してゆく予感として受け取った。
シタール風の異国的な響きも、この曲の不穏さを強めている。



25万人のワシントン大行進、リンカーン記念堂のキング牧師の演説1963年


黒くするとは、隠すことではない。
むしろ、あまりに眩しすぎる現実を、
魂が見つめうる濃度へと染めなおすことだ。

喪失も時代も、欲望も怒りも、その闇のなかで
ようやくひとつの美に変わる。私はそう信じたい。

あの歌は悲しみの歌であり、怒りの歌であり、
そして滅びの手前でなお美しくあろうとする
人間の、ほとんど淫らな祈りなのである。







因みに、ビートルズは、まだ国家の嘘が完全には少年の肺へ
流れこむ前、配給の薄い朝のパンを分け合うように微笑む、
善良というより統治に従順な光の側の若者たちだ。

対してローリングストーンズは、帝国の煤で黒ずんだ
路地裏にしゃがみこみ、豊かさの祭壇の下へ掃き寄せられた
欲望と怒りを、わざと唇の端から見せる不良少年たちだ。
前者が秩序の夢なら、後者はその夢の腐臭であるのかも知れない。




Jumpin' Jack Flash



Sympathy For The Devil ‘‘悪魔を憐れむ歌‘‘



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エコバッグ持ち歩いてる?


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「毎月5日はレジ袋ゼロデー」でありますが9月5日限定ではない。

毎月五日がレジ袋ゼロデーであることを思い出すたび、
買い物袋の節約を寿ぐにはあまりに不吉な日付に見える。

かつて三十八歳という若さを勲章のように胸につけ、
環境大臣の椅子に浅く腰かけながら、レジ袋の有料化を
時代の良心であるかのように言い続けてた政治家がいる。

環境保護を看板に語った男は、袋の軽さを
の重さであるかのように言い換えた。

世間は少し笑い、少し呆れ、
それでも拍手の作法だけは忘れなかった。

 
J-CASTニュースより


人はそれを政策と呼んだが、実際には、空気に
値札を貼る身ぶりの優雅さだけが記憶に残った。

昨年は農林水産大臣として現れ、備蓄の古米や古古米を、
まるで文明の倉庫から発掘した救済物資のような顔で市場へ流した。

米価の軋みも生活の悲鳴も、彼の口にかかれば一種の舞台効果である。
飢えそのものではなく、飢えに対処している自分の姿が主題なのだ。

政治が現実のためにあるのでなく、現実が政治家の背景として
配置される倒錯。そこでは稲穂でさえ小道具にすぎない。



自民党ポスターより


そして、今は防衛大臣である。制服も艦影も安保も抑止も、
彼の周囲に置かれた途端、どこか記念撮影用の書割めいてくる。

国家の保全とは、本来、無言の計算と冷たい責任のうえに
成り立つ地味な営為であるはずなのに、彼の手に渡ると、
それはたちまち自己演出の照明を浴びる。

防衛が防衛である以前に、ひとりの政治家の輪郭を
際立たせるための背景布へと変わってしまうのである。


共同通信


おそらく本人に悪気はない。ただ、あまりに軽やかに、
あまりに明るく、自らを時代の中心へ滑り込ませる才がある。
平時の広報には便利でも、国の重さを持つにはあまりに空疎だ。

言葉は磨かれている。笑顔もまたよく訓練されている。
だが磨かれたガラスは、しばしば鏡にしかならない。
国民を映すべき器が、最後には自分の姿しか映していない。



陸上自衛官が自民党大会で国歌を歌唱した事は憲法違反である。


だが重い防衛まで軽々しく振り回すとき、
政治家はついに比喩ではなく災厄に近づく。

そして私たちは気づく。
この国がほんとうに有料化したのは、袋ではない。思考であると。

薄く、破れやすく、しかも毎回、我々が多くを負担するのだと。



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好きな串ネタを教えて!


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串の日が九月四日であると聞けば、なるほどと膝を打つ。九は「く」、四は「し」。世間はかくも軽やかな語呂合わせによって、ひとつの欲望に暦の名を与へるのである。実際、九月四日は「串」の読みから来る記念日として広く案内されてゐる。



晩夏串微吟
秋はまだ来りきらず、されど夏はすでに倦み、
油の匂ひのみが遠い祝祭のやうに胸の底をかすめる。

串揚げを欲する心は、必ずしも空腹によらぬ。
むしろそれは、かつて気軽に齧り得たものへの追憶であり、
薄き衣の内にひそむ小海老、蓮根、牛肉、その一つ一つに
託された小市民的栄華の残像である。

されど私の胃袋は、その声に応じてただちに
景気づくことができぬ。欲望は古風に鳴るのに、
財布は近代の風邪を引いたままである。





思えば、縁日の灯は貧しくともあたたかであった。
紙の皿は薄く、ソースは少しく甘く、一本百円ほどの
串揚げが、少年の空腹には一つの祝祭であった。

あのころ、油は単に食物を黄金に変える魔法であり、
物価という名の、あの冷たい算術はまだ提灯の外にいた。





いま、高楼の下を歩けば、港区の夜風は妙に
澄まして、胃だけが庶民のまま取り残されている。

舌は昨日の記憶によって肥え、
懐は今日の価格によって痩せる。

一本の串を前にして、食うべきか控うべきかと
逡巡するさまは、ほとんど小市民の形而上である。







されど、切ないとはいえ、串の本義はなお失われぬ。
食材は、細き一本に刺し貫かれて、熱き油の試練をくぐる。

その姿には、雑多なるものを一つに
束ねる、ささやかな倫理がある。

人もまた、生活という衣のほころびを抱えつつ、
何ものかに貫かれて立っているのかもしれない。






ゆえに私は、串の日と聞けば、景気に遅れた
胃袋の哀愁を笑いながら、なお一串を恋する。

価格は上がり、時代は遠のき、百円の記憶は
すでに薄暮の縁日へ退いた。されど空腹だけは、

昔のまま、提灯の赤い光の下で、

静かに揚がる音を待っている。


最後までご覧頂きありがとう。

今日が良い日となり、

明日がさらに素晴らしい日となりますように晴れ。

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撮影レタッチ  文   熊谷