ザスタのクマさん -4ページ目

ザスタのクマさん

あらゆるアート、デザイン、 特に写真が大好きなクマこと熊谷の作品集。

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おすすめのこんにゃくレシピ、教えて!


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今日、5月29日は「こんにゃくの日」です。 こんにゃくの種芋(いも)の植えつけが5月に行われることと、「こん(5)にゃ(2)く(9)」の語呂合わせで、平成元年(1989年)に、全国こんにゃく協同組合連合会によって定められました。

ということで、今日の一枚。
初夏のおでんというだけで、少し背徳めいてきますね。

初夏の陽は、裏庭のブロック塀を、いやに白々と磨き上げていた。
台所の流しには、まだ煮こごりの残ったままの鍋が据えられている。
昨夜の名残の、おでんである。

湯気はもう立たない。ただ、灰色のこんにゃくが、斜めの光を受けて、
冷や汗のような照りを帯びている。味噌をひとさじ落とすと、
その汗の上を、どろりとした影がすべっていった。









箸でつまみ上げたこんにゃくは、さながら罪人の舌のように、ぶるりと震える。
口に入れると、熱さはとっくに失せていて、そのかわり、昨夜の出汁と
人心地のぬくもりだけが、うすく残っている。

外では、子供らが、アイスクリームの名を呼び交わしている。ここでは、鍋の底で
忘れられたこんにゃくが、ひとり、夏に間に合わなかった冬のふりをしている。

私はシャッターを切る。レンズの中で、こんにゃくは、ますます黙りこくっていく。
その沈黙を噛みしめながら、ふと気がつくと、汗ばんでいるのは、
こんにゃくではなく、私の掌の方なのであった。



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撮影  文   熊谷


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花火の思い出教えて!


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花火の日は、主に1733年5月28日に隅田川で行われた「両国川開き」の
花火に由来する5月28日を指します。


🎆 川風と火薬の匂い

享保十八年五月二十八日、隅田川を渡る風は、
まだ夏になりきれぬ湿り気を含んでいた。

大飢饉と悪疫の年をようやく越えた江戸の町は、
喪服の黒を脱ぎ捨てることもできずにいる。

川面には死者の名もない魂が映り、
橋の上の人々はそれを見ぬふりをして歩いていた。

その日、両国の水神祭で、
最初の火の玉が夜の底からふいと立ち上がる。

料理屋が幕府の許しを得て上げさせたという花火は、
慰霊と悪病退散の祈りをこめて、火薬の匂いをひときわ濃く漂わせた。

闇を破る一瞬の光に、人は亡き者の顔よりも、
明日を生きる自分の影を見る。

だからこそ、見上げる首筋には、
涙ではなく、汗だけが静かに光る。









やがて、玉屋、鍵屋と声をかける遊戯が生まれ、川開きは年ごとの約束事となる。
だが、元より花火は遊山の道具ではない。空に消えてゆく火の花びらは、
名指せぬ死者たちに向けられた無言の点呼であり、生き残った者への、
黙ったままの赦しである。

五月二十八日を「花火の日」と呼ぶたびに、
私たちは知らず知らず、江戸の川辺に立たされる。

川は今も濁って流れ、花火は相変わらず
一瞬で消える。そのはかなさに寄りかかって、

人は今年もまた、何事もなかった顔で夏を迎える支度をしているのである。

熊谷






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百人一首やったことある?


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「百人一首の日」です。1235年(文暦2年)のこの日、
藤原定家によって『小倉百人一首』が完成した、とされているためです。

それでは、今日の湿った空気にしっくり馴染んでいる一首は。

春すぎて
夏来にけらし 白妙の
衣ほすてふ 天の香具山
持統天皇






春がいつ終わったのか、正確な日付を覚えている者は少ない。
桜が散り、上着を一枚ぬいだあたりから、人々は何となく「もう春ではあるまい」と
考えはじめる。しかし、そのあいまいな境目を、古い歌はずいぶんと明瞭に
言いあてている。「春すぎて夏来にけらし」と、少々ぶっきらぼうなほど、
きっぱりと言い切っているのである。

天の香具山の斜面に、干された白い衣が風に鳴っている情景は、
現代の読者には、洗濯物の行儀のよさに見えるかもしれない。
電線という余計な黒い線もなく、団地のベランダという余分な箱もない。
ただ山と、空と、白い布だけである。写真の構図としては、これ以上、
手の入れようがないほど簡素で、しかも、やや気取っている。

そして、ふと風が変わる瞬間、私は思い出したように空を見上げる。
山も神も見えぬ都市の空だが、その見えなさの向こう側に、

古い歌の余白が、いまだ薄く残っているような気がする。







だから、時々はこの歌を口の中で転がしてみるのも悪くない。
電車の窓の外に、ふいに真新しい白いシーツが翻るのを見たときなど、
「夏来にけらし」と、ひそかに宣言してみる。

上等な和歌というものは、暦よりもさきに季節を告げる、
少々気取った友人のような役を、
いまでもどこかで続けているのである。



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文 熊谷

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車で旅行するならどこに行く?


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今日は東名高速道路開通記念日。
1969年のこの日、大井松田IC~御殿場ICが開通し、
東京から愛知県小牧市まで346kmにおよぶ東名高速道路が全線開通した。
小牧ICで、4年前に完成していた名神自動車道と接続し、
関東・中京・関西を結ぶ日本の大動脈となった。

東名高速道路の思い出で一番は妻の両親に結婚の許可を
もらう為、東名を横切った事、だろうか。

東名高速のヘッドライトは、どれも同じ速度で闇を裂いているように見えた。
実際には、私たちの車だけが、わずかに震えていたに違いない。助手席の妻は、
まだ妻ではなく、指先だけが既に妻のようであった。ハンドルを握る掌には、
京都行きの地図よりも、彼女の両親の顔が重たく貼りついていた。

夜更けのサービスエリアで飲んだコーヒーの苦味は、いつになく現実的だった。
薄い紙コップの縁から立ちのぼる湯気の向こうに、私はまだ見ぬ義父の沈黙を
想像し、義母の微笑を捏造した。東名を横切るトラックの列は、
すべて他人の人生で、どれも私より落ち着いているように見えた。






京都で一泊し、朝の寺町を抜け、港へ向かう道すがら、
彼女は黙って「地球を歩き方、京都編」をバックにいれ、
ふっと笑って言った。「ここまで来たら、もう逃げられへんね」。
その関西訛りに、少しだけ肩の力が抜ける。

フェリーの甲板には、瀬戸内の風。白い航跡が、東名の光の帯と
どこかでつながっているような気がした。

四国の岸壁で待つ二人の姿を見つけたとき、エンジンを切る指が震えた。
「娘さんを…」と言いかけた声を、義父の笑い皺がやわらかく受け止める。

あの日から、私の地図には一本の道が加わった。
東京と四国を結ぶ線ではなく、ひとつの家族へと続く、
たった一本の、帰るための道だ。

あの長い東名の一夜こそが、まだ名もない家族の始点だったのだと、
今になって静かに悟るのである。

今日も東名高速上を、たくさんの人生の節目を乗せた車が
走っているのかもしれません。

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撮影  文 熊谷

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紺碧の海と、瓦の群れた橙色の屋根、ドブロフ”ニク。
その取り合わせが、教科書の中の世界遺産写真と寸分違わぬことに、
私はやや落胆し、そしてほっとした。想像したとおりに在る世界は、
いちど失いかけた身体、命には、なにより優しい。




東側スルジ山プロチェ地区低から 旧市街全景展望



一年半前、点滴の管に縛られた腕を眺めながら、
私はこの城壁回廊を一周すると決めた。

プロカメラマンとしての仕事を言い訳にした、
小さな私怨のような目標だった。

病棟の白い廊下を五十歩歩くたびに胸が鳴り、肺の奥がざわついた。

レンズは軽いものに替え、三脚はやめた。体力の衰えを、機材の更新という
専門的な言葉で誤魔化しながら、私は、自分の身体という最も古い道具の
整備を、やり直していたのだ。



旧市街西側外 新市街小さな港


やっと辿り着いた外壁の上は、風の回廊であった。
右手には青い海がひらけ、左手には赤い屋根と石畳の迷路が沈んでいる。
私はカメラを構えたが、すぐにはシャッターを押さなかった。再発の確率や、
次の検査日といった数字が、ファインダーの隅で
ノイズのようにちらついていたからである。

光は高く、白い城壁の内側と外側とを、等しく焼いている。
内側には洗濯物の垂れた路地があり、外側には観光船の白い航跡が伸びる。
あのとき、私は自分が再びこの眩しさに戸惑うことはないと思っていた。
人は意外に簡単に、生き返る。そのことを証明するのが、
いまここで押すシャッター一回の重さだ。




旧市街西側 右ボカール要塞



半周を過ぎたあたりで、足が鈍く痛み出す。脛の奥に、小さな鉛を
流し込まれたような疲労。一年半分のリハビリは、けっして奇跡ではなく、
ただ、ここまで歩くための最低限の準備にすぎなかったことを思い知らされる。

手すりに掴まり、息を整えるふりをして、私はレンズを海へ向ける。
逆光の中、波頭だけが銀箔のように浮かびあがる。ファインダーの四角は、
かつて検査結果の数字ばかりを追っていた私の視野を、
いまようやく別の単位で測り始めている。



左ロブリイェナッツ要塞 港中央新市街 右ボカール要塞


さらに3分の2過ぎたあたりで、ふいに足が止まる。眼下の教会で結婚式。、
私は望遠で新婚さんを2,3枚だけ撮り、それ以上ズームしないことにした。
過剰な解像度は、ときに無神経である事もあるからだ。



聖母被昇天大聖堂前階段での新郎新婦

一周に二時間かかると聞いていた城壁を、私は三時間かけて歩いた。
最後の角を曲がったとき、街の屋根が一斉に傾き、日の傍らに擦り寄る
ような気配を見せる。晩夏の太陽は、まだ沈み方を忘れた子どものように、
名残惜しげに石を照らし続ける。その橙色の光に、私の腕に残る注射痕の
薄い線までもが、ささやかな地図として浮かび上がる。世界遺産の城壁と、
かつて病に囲まれていた身体。その二つの囲いから、
私はようやく外へ出たのだと理解する。



城壁東側展望 海洋国家 旧港、旧市街、


やがて太陽が少し傾き、海の青が深くなるころ、出発点の門が遠くに見えてくる。
外壁を一周するという、それだけの目標に一年半、を費やした自分を、
滑稽だと笑う声がどこかから聞こえる。しかし同時に、あの長い点滴の
夜々を知らない者には撮れない画角が、ファインダーの中に静かに
立ち上がっているのも確かであった。



旧市街要塞上から南東方面 右奥ロクルム島 中央時計塔 左旧港 夕方



私はしばらく城壁の上に立ち尽くした。アドリア海の風は、
検査結果も予後も知らないまま、私の汗をさらっていく。
乳白色の病室で失われた時間の隙間を、この街の光と石とが、
少しずつ埋めてくれているように思えた。



薄暮プラツァ通り 中央手前フランシスコ修道院の鐘楼、中央奥市鐘楼



下りの石段を踏みしめながら、私は心のなかでだけシャッターを押す。
白い病衣を脱ぎ捨てた背中ごしに、まだ名のついていない未来が、
かすかにこちらを振り向いた気がしたからだ。

そして、実際は翌日の朝ももう1周したし、
次回は(いつになるか約束できないが)ロープエイで上がる
展望台からの旧市街全景及び、旧市内の昼と夜を更新したいと想う。




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p>スポーツ観戦は好き?


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1903年(明治36年)のこの日、
日本初のゴルフ場「神戸ゴルフ倶楽部」がオープン。
このゴルフ場を造ったのは、六甲山山頂在住イギリス人貿易商の
アーサー・ヘスケス・グルーム(1846~1918年)。

開場当時、六甲山には外国人の別荘が建ち並んでいて、外国人専用の
レジャーと社交の場としての利用が造成の目的であった。

📷 六甲山のゴルフ場記念日
ここをゴルフ場にしようと最初に口にした夜、グルームと友人たちは
山荘の暖炉の前で、スコッチを飲みながら、霧の向こうに見えない
フェアウェイの線を引いた。彼らの想像の中で、六甲の斜面はリンクスに、
転がる石はポットバンカーへと姿を変えた。その酔狂な夢想が、
いま、外国人専用の会員制倶楽部として現実となっている。

しかし、その現実は、どこか薄い膜に覆われている。
門の外には日本の山がある。檜、楓、名も知らぬ雑木が、彼らの
社交とは無関係に四季を巡らせている。山道を登ってくるのは、
日本人の荷運びや給仕たちだが、門をくぐれば彼らは背景へと融けていく。
ここは「彼ら」のためにしつらえた舞台装置であり、
神戸の街から遠く切り離された、一種の保護区なのだ。








プレーを終えた紳士たちがクラブハウスのテラスに集まり、
ジントニックのグラスを傾ける。話題は相場と天候について。
誰かが、霧の深さをロンドンの霧と比較してみせる。

笑い声の合間に、日本語の囁きが短く挟まるが、
それはすぐに銀食器の触れ合う微かな音にかき消される。
山頂にあって、ここだけが洋銀色の時間で磨き上げられている。

グルームは、グラスを置き、ふと山の縁へ目をやる。
眼下には港と街が縮小地図のように広がり、その向こうに
薄く瀬戸内の海が光っている。あの街の中で、彼は売買と契約と
波止場の埃にまみれて生きてきた。六甲山は、そうした日々からの
避難所であり、同時に、彼がこの国に刻みつけようとしている
小さな異国の記念碑でもあった。

やがて夕暮れが来る。霧はゆっくりと退き、
赤い陽が、まだ粗い芝目のゴルフコースを斜めに照らす。
少年のキャディが、最後のバッグを担いで山道を下りてゆく。

門の外で彼は帽子を脱ぎ、この奇妙な遊戯の世界と
日常との境界を一歩でまたぐ。













彼の背を見送りながら、グルームは、ここがいつまで
「外国人専用」であり得るのか、漠然と考える。

山は、国籍を知らない。芝は、誰の足音も等しく受け入れるだろう。

風が強まり、クラブハウスの旗がばさりと音を立てる。
その布には、まだ日本の紋章は織り込まれていない。
だが六甲の稜線の上には、すでに見えない線が描かれている。
ボールの弧とフェアウェイの曲線が、この山をゆっくりと
別の地図へと書き換えつつある。

霧の切れ目に現れる神戸の町を眺めながら、彼は時折、
球の落ちる先を見失う。外国人専用のコースに響く笑い声は、
谷からの祭囃子とは交わらぬまま、六甲の風にさらわれていく。



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好きな恋愛映画は?


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なぜ、5月23日が「キスの日」なのか? 
簡単に言うと終戦から1年後の1946年5月23日に封切られた映画に、
日本初のキスシーンが登場したからだ。映画の名は『はたちの青春』。

ということで、世界的永遠のアイコン・大スターの一言。

若い人に魅力がないと

言いたいわけじゃないけれど汗





男の人ってワインに似ているわ。音譜





寝かせれば寝かせるほどドキドキ







コクが出てくるのよ〜ラブラブ

マリリン・モンロー 

撮影  熊谷





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自転車に乗れたのは何歳?


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今日はサイクリングの日。

公益財団法人・日本サイクリング協会(Japan Cycling Association:JCA)が、
創立45周年記念事業として2009年(平成21年)4月に制定。
自転車は、CO2などの温室効果ガスや騒音を出さず、自然環境にやさしい。
また、健康の維持・増進が期待できる。そんなサイクリングに対する
関心と理解を深めることが目的の本日記念日。

あるサイクリングの日

霧が深いんだ
森の道はどこまでもしめっていて
タイヤが濡れた落ち葉を踏んで
しゅるしゅる音を立てる。

踏んだあとだけが
白い息みたいにのびていく。






ヘルメット越しの息だけが
やけに大きく聞こえて
前を行く背中が
霧の中でふっと消えたりあらわれたりする


道はもうほとんど沢すじになってきて、
サイクルの軽いフレームを肩にかついで
岩と水のあいだをぬう
冷たい水がシューズの中まで染みる。






川音がエンジン音みたいに
頭の奥で鳴っていて
ここまで来たのに戻る気なんて
最初からだれも持ってない。



西伊豆に落ちていく太陽と
競争みたいなダウンヒルで

さっきまで森の匂いだった風が
いつのまにか潮の匂いに変わっている

海に線を引くみたいに
オレンジ色が伸びていって
「あ、今日ここで終わるんだな」って
やっと気がつく







海に沈む太陽が、最後の一呼吸をするみたいに、
波のひだを一枚一枚、金色に撫でていく。

それを、ただ黙って見ている。
昼と夜の間の、誰のものでもない数分間を、
今日もちゃっかり盗み見してしまった、
という小さな罪悪感といっしょに。


日が落ちきるころには、街の灯りがぽつぽつ灯り始めていた。
ヘルメットを被り直してちょっとだけ、前輪を浮かせてみる。

ウイリーした瞬間、街灯と星と信号が一列になって、
夜のラインをまっすぐ引いたみたいに伸びていく。

フロントが地面に戻るまでの、ほんの一秒。
森の霧も、渓流の冷たさも、西伊豆の夕日も、
全部いっしょくたになって胸の中で爆ぜる。







うしろへすべる夜と
まっすぐにのびる前輪と
そのあいだでバランスをとりながら
急いでいるのは
じつは帰りたくない心なのかもしれない。

わざと少しだけ
遠回りしてから帰る夜。

撮影 文 熊谷






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小学生の頃の思い出で1番印象に残っている事は?


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今日は小学校開校の日

1869年(明治2年)の今日、京都市に日本最初の近代小学校
「上京第二十七番組小学校」と「下京第十四番組小学校」が開校。

ということで、懐かしすぎる小学校(分校)の様子。

瀬戸内小豆島町にある1954年に映画化され、後に
度々リメイクされている名作『二十四の瞳』のロケセットです。

小豆島町の古い木造校舎は、朝の光を飲みこんで、
まだ少し眠そうに立っている。
黒板の文字も、廊下の埃も、誰の記憶にもまだ属していない。





戦後の日本がかろうじて「未来」という言葉を信じていた頃、
フィルムの中で一度だけ若かった校舎だ。



子どもらの足音、先生のヒール、呼び合う声、それらが
まだ到着していない今、廊下はただ潮騒だけを通し、






窓からの緑の反射光が差しこみ、床板の傷を一本一本、
出席簿のように数えている。かつてここを駆け抜けた十二人の瞳の
気配だけが、古いフィルムから抜け出して、板の軋みに潜んでいる。



昭和二十九年、木下恵介が据えたカメラの視線が、
今もなお黒板の隅を斜めに切り取っている。





大石先生の声も、十二人の返事も、この部屋にはもういないのに、
黒板の黒さだけが、戦争の影を忘れきれずにいる。
今、、悪戯好きそうな少年が先生の席を占領していて。



そして、窓の外には赤い服を着た28前の息子。
海の匂いを嗅ぎ、彼は波間に、まだ知らない未来を見ている。






波打ちぎわのきらめきは、壺井栄の文章よりも前に、
無数の子どもたちの眼球に焼きついてきた古い光だ。
息子はそれを知らない。

映画化から七十余年、ロケセット保存から数十年を経て、
岬の分教場は、幾度も「開校の日」をやり直してきた。

かつて二十四の瞳が見つめた海は、今、一対の幼い瞳を映している。
その瞳は、戦争を知らず、飢えも知らず、ただ波のきらめきと
砂の冷たさを知っているだけだ。それは、たぶん幸福な無知であり、
大人たちが守らねばならない最後の領土であると
私はこの窓辺で彼の様子を撮りながら、願うのであった。



 
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撮影  文 熊谷

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此処のところ、夏日が続いているので、
思わず冷やし蕎麦、うどん系が欲しくなります。

そして、今日は冷やし稲庭うどんの1枚。

冷やしうどんに茗荷をのせると、途端に「夏の記憶」が
立ちのぼる感じがして、見た目も香りもいっきに涼しくなりますよね。







本当に茗荷が決め手なのだ。
冷やしうどんの上に刻まれた茗荷が、重なって紅い背を見せていた。

そこで思い出の一コマ。
祖母は生前「茗荷を食べると物忘れが激しくなるよ」と、
ろくに学歴もないくせに、仏典の一節でも引くような顔で言ったものである。

しかし近ごろの本によれば、茗荷の香りは大脳皮質を刺激し、
むしろ頭をしゃんとさせるのだそうだ。

世の中は、祖母の記憶よりも、わたしの記憶を救おうとしているらしい。

それでも箸先にのせた一片を、私はしばらく眺めている。
物忘れを怖れているのか、物忘れのせい、にして。
忘れてしまいたい事が多すぎるのか・・・

自分でも忘れてしまったのだが😆。



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