ザスタのクマさん -4ページ目

ザスタのクマさん

あらゆるアート、デザイン、 特に写真が大好きなクマこと熊谷の作品集。

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好きな串ネタを教えて!


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串の日が九月四日であると聞けば、なるほどと膝を打つ。九は「く」、四は「し」。世間はかくも軽やかな語呂合わせによって、ひとつの欲望に暦の名を与へるのである。実際、九月四日は「串」の読みから来る記念日として広く案内されてゐる。



晩夏串微吟
秋はまだ来りきらず、されど夏はすでに倦み、
油の匂ひのみが遠い祝祭のやうに胸の底をかすめる。

串揚げを欲する心は、必ずしも空腹によらぬ。
むしろそれは、かつて気軽に齧り得たものへの追憶であり、
薄き衣の内にひそむ小海老、蓮根、牛肉、その一つ一つに
託された小市民的栄華の残像である。

されど私の胃袋は、その声に応じてただちに
景気づくことができぬ。欲望は古風に鳴るのに、
財布は近代の風邪を引いたままである。





思えば、縁日の灯は貧しくともあたたかであった。
紙の皿は薄く、ソースは少しく甘く、一本百円ほどの
串揚げが、少年の空腹には一つの祝祭であった。

あのころ、油は単に食物を黄金に変える魔法であり、
物価という名の、あの冷たい算術はまだ提灯の外にいた。





いま、高楼の下を歩けば、港区の夜風は妙に
澄まして、胃だけが庶民のまま取り残されている。

舌は昨日の記憶によって肥え、
懐は今日の価格によって痩せる。

一本の串を前にして、食うべきか控うべきかと
逡巡するさまは、ほとんど小市民の形而上である。







されど、切ないとはいえ、串の本義はなお失われぬ。
食材は、細き一本に刺し貫かれて、熱き油の試練をくぐる。

その姿には、雑多なるものを一つに
束ねる、ささやかな倫理がある。

人もまた、生活という衣のほころびを抱えつつ、
何ものかに貫かれて立っているのかもしれない。






ゆえに私は、串の日と聞けば、景気に遅れた
胃袋の哀愁を笑いながら、なお一串を恋する。

価格は上がり、時代は遠のき、百円の記憶は
すでに薄暮の縁日へ退いた。されど空腹だけは、

昔のまま、提灯の赤い光の下で、

静かに揚がる音を待っている。


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昨日の続き。
エジプトの名物バザール!カイロの仲見世、ハンハリーリ市場へ。


ハンハリーリの昼下がりは、まだ夢の襞をたたみきれぬ
都のまぶたのように、半ば眠り、半ば醒めていた。

十四世紀の塵を吸いこんだ石畳は、歳月そのものが
擦り減って道になったかと疑われる。

市場は日本の仲見世を遠い異国の熱で煮しめたようで、
軒ごとに沈黙を吊し、店ごとに人の気配の抜殻を並べていた。






私は無言のまま歩いた。言葉はこの場所では鳥ではなく、
すぐに迷って壁に嘴を打つもののように思われたからである。

やがてさらに狭い路地へ折れ入ると、道は一筋の川ではなく、
砕けた鏡の罅となって四方へ走っていた。

幅一メートル半ばかりの小径は、蛇の脊骨の
ようにかくり、また折れ、行き止まりは行先を
失った運命の額のように、黙ってこちらを見返した。

閉ざされた店々は棺にも似て、
扉の隙から昨夜のざわめきの亡霊だけが、
まだ淡く滲んでいるようであった。






しかしランプの並ぶ一区画へ至ると、
世界は俄かに金属の花園となった。

灯はまだ点らずとも、吊された無数の器は、
夕闇を待つ蛍の繭であり、光を宿す前の小さき月の群であった。

夜になればそれらは火を含み、壁や石に
アラベスクの影を咲かせ、闇そのものを刺繍すると聞く。





その夜、再び訪れた私は、一組の新婚の男女を見た。
妻は光の中に身を置き、花瓶に活けられた異国の
花のように身をひねっていた。

夫はその一瞬を永遠に引き延ばさんとする者のごとく、
地に坐し、低き所から掌中の機械を向けていた。

あたかも愛とは、相手を実際よりも少し脚長く、
少し美しく、この世に写してやろうとする、
いじらしい虚構の技である。







古き迷路の底に、人の世の新しい幸福が、
ほのかな火のようにともっていた。
人は旅をし、光の中に立ち、自らを記念する。
だがその背後では、幾世紀も前の夜が、
少しも老いずに同じ灯を揺らしている。

私はただ黙してそこに立ち、異国の迷宮の奥で、
時というものが一枚の薄い燈影にすぎぬことを、
ふと教えられた心地がした。





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柔らかいグミと硬いグミどっちが好き?


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9月になったので、ブログのヘッダーを変えました。

砂漠の乾いた光で雨の気配を遠ざける趣向が、
九月の入口にふさわしいと思い。

秋雨前線の湿りも、台風の遠鳴りも、線状降水帯の不穏も、
ここまでは来まいと思はせるものがある。

ギザの砂はただ静かにひかり、ピラミッドの麓を
ゆるやかにゆくラクダの背には、歳月をやさしく
連れ添つた二人。乾いた風は黙して高く、
九月の空を澄ませてゐる。


表紙原画


塵の都にて石の夢を仰ぐ

昼の日は容赦なく砂の大地に降りそそぎ、
砂漠は、地図の上で遠く始まるものではなかった。
ただギザ町の縁から、黙って世界の表情を
変えているにすぎぬ。その移り目に立った時、

私はいささか眩暈に似た思いを覚えた。
しかるに現実は、車の音、商人の呼び声、日々の
暮しの塵埃のすぐつづきに、ピラミッドはあった。

その取合せの不思議は、
夢の中に時計の音を聞く時の心持に似ていた。







遠く望めば、むしろ静かな幾何学にすぎぬものが、
近づけば、石はもはや景色ではなかった。一個一個の塊が、
荒々しく、重く、無愛想で、しかも人間の手の記憶を
どこかに宿していた。かかるものを、遥かな昔、

鉄の力にも機械の智にも乏しかった時代に、
よくぞ積み上げ得たと思うと、私はただ
驚くよりほかはなかった。

文明とは、必ずしも新しきものの名ではない。
古代の沈黙のうちにも、すでに眩暈を催させる
ほどの意志があったのである。






ピラミッドはかつては登ることもできたと聞いた。
しかし今は禁じられている。それは当然だろう。

実際、近くに立てば、その斜面は思いのほか急で、
人の脚力や好奇心を軽くあしらうほどの威厳を備えていた。

ピラミッドは黙したる王の墓標のごとく、
遠い世の栄華を乾いた空へ押しあてていた。

その前でスフィンクスはただ静かに、
傷ついた夢の番人めいて、来し方を見、
行く末を見ぬふりで坐している。







ラクダばかりが、白く灼けた昼のなかに
悠然と膝を折っていた。旅人の眼にひらめく驚きも、
胸をかすめる感傷も、あれらは少しも受け取らない。

ただ黙って、この土地に積もる古い時のうちへ
身を沈めている。砂は眩しく、ものの影さえ哀しく薄い。

私はその傍らに立ち、旅をしているのは己ひとりで、
彼らは最初から永い静寂の住人であったと思った。






やがて光は痩せ、石の稜はしずかに暮色へ沈んだ。
栄華は滅び、滅びしもののみ、ときに栄華より
永く世に踏みとどまる。人の世の賑わいは町に満ちる。
されど言葉を奪うものは、つねに砂であった。

ギザの空の下、
私は石の永さと人の世の脆さを終日の内に知らされた。
都は砂漠の縁に息づき、砂漠は黙して都を窺い、

ピラミッドは幾千年の無言によって、
人間の夢の重みをなお支えている。






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もしもの時の防災対策してる?


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9月1日の日付は、1923年(大正12年)9月1日に発生した
関東大震災にちなんだもので、また、例年8月31日 - 9月1日付近は、
台風の襲来が多いとされる二百十日にあたり、

『九月一日と帝大マント。』
九月一日という日付は、土の下でまだ熱を持っている。

一九二三年九月一日、関東大震災ののち、倒れたのは
家ばかりではなかった。流れたのは火だけではなかった。
人の口からこぼれた卑しい流言が、人を人の手へ引き渡し、
街路を裁きの真似事で満たした。

多くの朝鮮人が殺され、中国人、左翼、不逞日本人だと
思われた人も疑わしいというだけで命が選別された。

その日の東京には、文明の衣を着た野蛮が、
白昼、そのまま歩いていた。



NHKアーカイブス


私の父は、東大から上野へ抜ける道で、
鍵鳶口を肩にかけられた。日本人離れした、
長身で、洋人めいた顔立ちをしていた父は、
とっさにマントを翻し、
「東京帝国大学のマントが見えないか」叫んだという。

その一枚の布が命を分けた。学問のしるしが刃を
鈍らせたのであって、人間への信頼が彼を救ったのではない。
権威とは、かくも卑しい。しかも父の目は、
その直前、直後、阿鼻叫喚の虐殺を見ていたのである。




東京の麻布で結成された自警団。竹槍などで武装している
毎日新聞より




だから追悼は、曖昧であってはならない。
すべての犠牲者を悼むという言葉は、一見ひろく、
実はしばしば肝心の傷を覆い隠す。

天災の死と、デマによって煽られた虐殺の死とを、
同じ白布で包んではならぬ。

そこには加害の意志があり、群集の熱があり、
国家と社会の怠慢があった。

日本会議崩れ学歴詐称小池百合子知事という名を、
ここで曇らせずに書く。
彼女は関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式への
追悼文の送付を、二〇一七年から見送ってきた。

東京都は二〇二六年八月七日の記者会見でも、
春と秋の法要で「すべての方々」に慰霊を
行っているとして、今年も同趣旨の姿勢を示した。






だが、その均し方そのものが、虐殺の輪郭を削る。
歴代知事が続けてきた固有の追悼を絶つことは、
沈黙によって史実を痩せさせる作法にほかならない。

数字に疑いを差し入れ、記憶を濁らせ、
やがて無かったことへ導く。

否認とは、いつも静かな顔でやって来る。

九月の風は、慰霊堂の屋根を撫でても、
名を奪われた死者の上では止まらない。

私たちが守るべきは、礼儀ではなく事実である。
追悼文一枚の不在は紙の軽さで済むものではない。

その不在のなかで、また一度、殺された
人びとが沈められる。関東大震災の惨禍を語るなら、
その闇にひそむ虐殺を語らねばならぬ。
語らぬ者の静けさを、私は哀悼とは呼ばない。

追悼とは、死者のためだけでなく、生者がまだ
人間であるかを量るための、かすかな灯だからである。






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一番好きな野菜を教えて!


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8月31日の「野菜の日」は、8(や)3(さ)1(い)の語呂合わせで野菜の魅力と摂取を促す記念日です。1983年に青果物関連など9団体が制定し、日本記念日協会に登録されています。

夏の終わりにトマトをめぐる話は、少し可笑しくて少し切なく、抒情に向いています。

トマト審判
野菜の日とは、妙に人を饒舌にする日である。
八月三十一日という、いかにも青く湿った暦の隅に、
トマトの赤だけがひそかに灯っている。

もっと野菜を知ってほしい、もっと野菜を食べてほしい
という素朴な願いが、この日に名を与えたという。

まことに善良で、少し照れくさい。

私の好きな野菜を問われれば、トマトと答える。
あれは畑の夕陽を小さく円めて掌に載せたようなものだ。

野菜の顔をして店先に坐りながら、
腹の底では果物の夢を見ている。

そういう曖昧なものに、私はつい親しみを覚える。
人もまた、所属のはっきりしない心象がある。
笑えば滑稽、黙れば抒情というような、
境目のあやふやな一瞬が。

そしてときに何者とも決めきれぬまま、
塩を振られ、皿に載せられ、それでも妙にうまく
生きてゆく。トマトとは、そういう少し可笑しく、
少し切ない存在の、食べられる比喩なのかもしれない。








十九世紀の亜米利加では、ほとんど禅問答めいた
争いのために、この赤い実が裁判所へ曳かれて行った。

植物学者は果物だと言い、役所は野菜だと言った。
争いのもとは関税である。美学でも真理でもなく
税率のために自然物が糾問されるとは、
文明はしばしば妙なところで本気になる。

判決は野菜であった。人は食卓でそれを甘味として
ではなく皿の脇に載せる。ゆえに野菜であるという。
実に常識的で、本当に詩のない理由である。

野菜か果物かと問う声が、どこか遠い法廷から
まだ微かに聞こえる。トマトは答えぬ。ただ赤く熟れて、
判決よりも静かに、人の暮しの側へころがって来る。








以前、夥しい数ののトマトを並べて撮影したことがあった。
赤、朱、橙、黄、緑の小球が卓上に群れ、まるで沈黙した
楽隊のようであった。撮影が済むとそれらは急に食糧へ戻る。

クライアント、スタッフ、隣近所へ配ってもなお余り、
我々は一週間、生のまま齧り、煮ては酸味をひらかせ、
油と草の匂いに和して、日毎伊太利亜の貧しく
陽気な夕暮のようであった。あの時、我々は、
ただただトマトに包囲されていたのである。

あれは畑の産でありながら、
いつも少し異国の匂いがする。

そうして最後には、トマトは結局、
野菜でも果物でもあり、またその
どちらでもない顔をしてつやつや笑って皿の上にいる。
まさに生活はたいてい皿の上にあるのだ。

そして一口噛めば、
夏そのものの残響として舌に残るのである。




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一度でいいから冒険してみたいことある?


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今日は冒険家の日。
1965年同志社大学アンデス・アマゾン遠征隊のボート下り。
1970年植村直己さんによる世界初の五大陸最高峰制覇。
1989年堀江謙一さんのミニマーメイド号による太平洋横断。
複数の歴史的な出来事が同じ日に重なったことから、自然と語り継がれてきた記念日。

密林の灯

人間の世をジャングルと呼ぶのは、
少し気取った言い方に聞こえるかもしれない。

けれども、実際また、それほど外れてもいない。
道のないところに道のようなものが見え、
光のあるところに必ず影が伏している。

そこには名も知れぬ蔓が人の脚にまといつき、
見えぬ湿気が志を腐らせ、また思いがけぬ所に、
ひそかに花の匂いが漂っている。

私は若い日の或る時、ことさらに険しい
その繁みの中へ、写真とデザインという
細い刃物を携えて分け入った。

今になつて思へば、それは若さの
野心であつたかも知れぬ。

いや、もつと曖昧な、
説明しがたい飢ゑであつたらう。





レンズを覗くということは、外界を見るよりも、
むしろ己れの迷いを覗くことに似ている。

光は常に美しいとは限らず、影は必ずしも暗いとは限らぬ。
女のひとが森の前に立つとき、その姿は一輪の花ではなく、
むしろ繁茂する生の気配そのものとなる。

私はシャッターを切り、さらに机上で色を整え、
傷を消し、沈んだ緑に呼吸を与える。

そのたびに、ただ景を作っているのではなく、
見過ごされるはずの一瞬に、ようやく名を
与えているのだと思った。






そして、今にして思えば、ずいぶん
気の長い冒険をしてきたのである。

かような不安定な稼業に身を置く者の背後には、
往々にして、本人よりも遥かに堅実な沈黙がある。

私の場合、それはカミさんであり、また家族である。
彼らは声高に冒険を称えはしない。

ただ、日々の暮しの中で、私の危うい舟が転覆せぬよう、
岸から見えぬ綱を握っていてくれたのである。

私は幾度となく、その恩を忘れたふりをしながら、
実はその綱の張りによってのみ、深みへ沈まずに済んだ。

ジャングルは今もなお、私の前に茂っている。
されど昔と違うのは、そこに分け入る私の足もとに、
すでに帰るべき灯があることである。

写真もデザインも、冒険の名を借りた
長い感謝の告白にすぎぬのかも知れない。

女と森の幻想を写しているようでいて、
生きる事の茂みで見失いかけた灯を、
なお灯のまま持ち続けてくれた人たちへの、
遅い感謝のしるしである。

『冒険家の日』に記す。


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よく焼く派?ちょっと生派?


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8月29日は「焼き肉の日」です。「8(や(き))2(に)9(く)」の語呂合わせ、
平成5年(1993年)に全国焼肉協会が定めました。

焼肉遠景
八月二十九日、世にいう焼肉の日である。
六本木の交差点は、いつものように燦然と光り、
けやき坂には磨かれた硝子のような夜気が流れていた。
坂の上では六本木ヒルズが、いかにも資本主義の
本尊らしく黙って聳え、坂の下では麻布十番の
提灯が、庶民の未練のように赤く滲んでいる。

外苑東通りを流れるヘッドライトは川のようで、
遠く東京タワーは、焼網のうえの炭火みたいに赤い。
あれほど都会は人を飢えさせるのに、
同時に夢まで香ばしく焼いてみせる。

この贅沢な景色を無料で噛みしめる。
思えば六本木と麻布とかは、胃袋には厳しく、
虚栄心にはたいへん優しい町である。






私はそのあいだを、財布の軽さばかりを携えて歩いた。
焼肉とは近頃、もはや料理ではない。ひとつの思想である。
いや、思想というより租税に近い。

注文のたびに心は申告制となり、
上タン塩は住民税、特上カルビは固定資産税、
締めの冷麺にいたっては復興特別所得税の
ような顔をして迫ってくる。

気がつけば一食一万円以上は当たり前。
煙は立つのに、こちらの景気は少しも立たない。








私は焼き網の上でじゅうじゅう鳴る一片の肉を
想像しながら、家で質素な夕餉をつつく。

その慎ましさは美徳と呼べなくもない。
しかし本音を言えば、美徳とはたいてい、
買えない者の側に発生する方便である。

焼き肉の日に焼き肉から遠ざかること、
それもまた都会的な風流かもしれない。

煙の向こうにある贅沢を、
せめて皮肉だけは無料で味わうのである。

されば今夜もまた、私は肉を食わずして肉を思う。
この精神の節制が美徳であるかは、哲学者に任せたい。

そして六本木と麻布は、今夜も豊かだ。
少なくとも、他人の皿の上では。






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憧れる習い事は?


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八月二十八日、バイオリンの日。
明治十三年のこの日、東京・深川の三味線職人、
松永定次郎が国産第一号のバイオリンを完成させた。

異国の響きに胸を打たれたひとりの職人が、
まだ見ぬ音の形を木の内側に探りあてた。

その小さな工房にともった憧れの火は、
百四十余年をへだてた令和の舞台にも、
消えずにゆらいでいる。






その火をいま、演奏で繋いでいる『HIMARI』である。
2011年生まれの若きヴァイオリニストは、三歳で
楽器を手にし、2025年三月にはベルリン・フィル
定期公演にアジア人最年少ソリストとして立った。

小さな身体から放たれる音は、年齢という名の物差しを
音もなく追いこし、聴く者の胸の深いところへ、
まるでひとすじの水のように沁みこんでゆく






技巧はたしかに鮮やかである。
けれど人を黙らせるものは、指の速さではない。
弓が弦に触れるその一瞬ごとに、まだ言葉にならぬ
未来への憧れが宿ること、その事が人の心を振るわせる。

松永が木片のなかに夢見た西洋の響きは、
令和のいま、少女の腕によってふたたび
目を覚まし、遠い明日へ向かう光となる。






バイオリンの日とは、
過ぎた時代を飾るための付箋ではなく、
日本がこの楽器に託した夢の系譜そのもの。

弓はただ弦を震わせるのではない。
時代と時代のあいだに橋を架け、
人の憧れを向こうへ渡してゆく。





HIMARIの音色のなかで、
この国が一挺の楽器に託してきた夢が、
なお燃えつづけている事を知る日なのかも知れない。









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なんやかんや戻ってきてしまう場所は?


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『男はつらいよ』の日(8月27日 記念日) 1969年(昭和44年)、
監督・山田洋次、主演・渥美清の映画『男はつらいよ』シリーズの第1作が公開された。


柴又の駅前には、映画の時間がそのまま
風に立っているような場所がありますよね。

振り返るひと

旅に出る者の背中には、いつも少しばかりの
芝居がある。ことに寅さんのような男は、
去ることそのものを一つの情景にしてしまう。

柴又駅前の銅像は、まさにその一瞬を留めたものだという。
鞄を提げ、歩き出しかけながら、ふいと妹さくらのいる方を
振り返る。その動きには、威勢よく世間へ背を向ける
男のやせ我慢と、故郷に引かれる弱みとが滲んでいる。






1999年に地元商店会と観光客の募金で建てられた
この像は、単なる人気者の記念碑ではなく、
見送られる者の未練まで鋳込んだ像なのである。

さらに2017年には、見送る妹さくらの銅像ができてから、
別れはようやく完成したのかもしれぬ。

見送る者がいてこそ、旅立つ者の哀歓は定まる。
兄は風の方を向き、妹は暮らしの方に立つ。

動く者と残る者。そのあいだを、
夕方の駅前の気配がそっと繋いでいる。

人の世は案外この繰り返しで、
家庭というものの静かな力を思わせる。








だからこそ、銅像になって
なお寅さんは旅の途中なのである。

人はしばしば、旅に憧れて家を出る。
しかしほんとうに胸を打つのは、旅そのものではなく、
振り返るべき場所があるという事実ではないか。

寅さんが国民に愛されたのも、放浪の
気ままさゆえではなく、そのたびに
帰るべき柴又を持っていたからだろう。

前へ進む足と、後ろを向くまなざし。
その矛盾の内に、人間の可笑しさと哀しみが宿る。
駅前の像は今日も、出発とは別れではなく、
また帰ってくるための約束なのだと教えてくれる。








山田監督は、柴又を「日本人の心の故郷」と
感じさせる土地として語っている。

銅像の足元に刻まれた寅さんの故郷への
思いも、その延長にあるのだろう。

故郷は人を縛るが、同時に赦しもする。
出ていく者を責めず、戻る者を笑わず、
ただ昔どおりの顔で迎える。

その黙った情けの前では、
流浪もまたひとつの甘えでしか無いのだろうか。







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高いところは好き?嫌い?


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虹梁幻影

海の上に橋がある。いや、ただの橋ではない。
白く張られた肢体が空へ向かい、鋼の索が風を受け、
都市の呼吸をそのまま吊り下げているような橋である。

レインボーブリッジという名は、いかにも現代が
好みそうな、明るく軽やかな愛称にすぎぬ。

しかしその正式の名が東京港連絡橋であると知れば、
この橋にもまた、公的な顔と夢想的な顔とがある事に気づく。
人間が戸籍の名と呼び名とを持つのに似ている。






1993年8月26日に開通し、芝浦と台場を結んだ
この橋は、1987年に工事が始まったという。

六年の歳月をかけて、海の上へ一条の意思を渡した。
名づけ親は権威ではなく、群衆だったというのも面白い。

都市はしばしば無機質に見えるが、その骨格のどこかに、
市井の人の夢がまぎれ込むことがある。
虹という語は、その最も無邪気な証拠であろう。

昼、この橋を望めば、海は金属の冷たさを和らげ、
遠く東京タワーや高層の楼閣が、
文明の蜃気楼のごとく揺れて見える。






夜になれば、光は橋の輪郭を撫で、
闇の水面に都会の欲望を映す。

人はその景を見て美しいと言う。
だが美しさとは、眺めのうちに、
自分の孤独をそっと置ける場所がある
ということかも知れぬ。

映画やテレビドラマ、漫画、アニメなどで
レインボーブリッジが登場する作品がある。

『踊る大捜査線』織田裕二が演じる主人公・青島俊作の
「レインボーブリッジ封鎖できません!」が
象徴的とも言える名ゼリフとなっている。

そのシーンなどでレインボーブリッジが登場しているが、
実際に現地での撮影は行っていない。

橋はただ黙って海の上にある。






人が橋を名場面にするのではない。
橋のほうが、いつのまにか人の言葉を
記憶してしまうのである。

東京という巨大な夢の港にあって、
この白い橋はいまも、現実と幻想との
あいだへ静かに架かっている。

レインボーブリッジとは、
東京という巨大な散文の上に、
ふと掛けられた一行の抒情詩なのであろうか。





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