人がしていることに対して、指をさして糾弾することを「正義感」といい、
人が自分の思うとおりにしていないのを糾弾することを「使命感」と言ったりします。
怒りや憎しみというものは、この正義感や使命感から生まれているようです。
自分が正しいと想うことや、自分に対して律していることを他人に押し付けたとき、憎しみや争い・怒りが湧いてくるようになります。
「正義」や「使命」は神の領域にあると思えますが、そこに「感」がか付いたとき、
つまり「正義感」や「使命感」になったとき、それらは悪魔の領域になるのではないでしょうか。
自分を正当だと思うことで相手を憎み、恨み、怒り、軽蔑する、という心の動きにつながるからです。
「正しさ」というものは、時代や様々な局面によって常に変化していきます。
自分の中に正義と使命は持っていてもいいのですが、そこに「感」がつくと、周りはつらい状態になり、息苦しい思いをすることでしょう。
「正義カン」と「使命カン」。
「カン」は振り回さずにゴミ箱へ。
自分はもしかしたら間違っているのではないだろうか、「私」の側に正義というものはないのかもしれない、と思い続けることが、
謙虚さということかもしれません。
宇宙を解説・百言葉
p131
小林正観
弘園社
お釈迦さまの言葉に「対面同席五百生」というのがあります。
対面し同席する人というのは、最低でも500回、人生を一緒に過ごしているという意味です。
私たちは毎日の食事のほとんどを、家族や職場の同僚と一緒にしています。
それ以外の人と食事をするというのは、よほど特別な状況や環境に置かれていない限りそう多くはありません。
少ない人では100人とか200人という人もいるでしょう。
多い人でも数百人の範囲。
ということは、一緒に食事をするということは、ものすごく密なる人間関係であるといえるのではないでしょうか。
同様に、今自分と気持ちの合わないような人でも、それは前世までに非常に親しい関係があったということがいえそうです。
私たちには敵とか味方という区別はなく、今生でのお互いの役割を演じながら、
支え合い、助け合って生きていくということを、シナリオで書いて生まれてきたのかもしれません。
今生でどんな関係であっても、
前世までにとても親しい関係であった人が、私たちの周りに現れてきているということになるようです 。
宇宙を解説・百言葉
P141
小林正観
弘園社
対面し同席する人というのは、最低でも500回、人生を一緒に過ごしているという意味です。
私たちは毎日の食事のほとんどを、家族や職場の同僚と一緒にしています。
それ以外の人と食事をするというのは、よほど特別な状況や環境に置かれていない限りそう多くはありません。
少ない人では100人とか200人という人もいるでしょう。
多い人でも数百人の範囲。
ということは、一緒に食事をするということは、ものすごく密なる人間関係であるといえるのではないでしょうか。
同様に、今自分と気持ちの合わないような人でも、それは前世までに非常に親しい関係があったということがいえそうです。
私たちには敵とか味方という区別はなく、今生でのお互いの役割を演じながら、
支え合い、助け合って生きていくということを、シナリオで書いて生まれてきたのかもしれません。
今生でどんな関係であっても、
前世までにとても親しい関係であった人が、私たちの周りに現れてきているということになるようです 。
宇宙を解説・百言葉
P141
小林正観
弘園社
そのうち お金がたまったら
そのうち 家でも建てたら
そのうち 子供が手を放れたら
そのうち 仕事が落ちついたら
そのうち 時間のゆとりができたら
そのうち・・そのうち・・そのうち・・と、
できない理由を
くりかしているうちに
結局は何もやらなかった
空しい人生の幕がおりて
頭の上に 淋しい墓標が立つ
そのうちそのうち
日が暮れる
いまきたこの道
かえれない
相田みつを
そのうち 家でも建てたら
そのうち 子供が手を放れたら
そのうち 仕事が落ちついたら
そのうち 時間のゆとりができたら
そのうち・・そのうち・・そのうち・・と、
できない理由を
くりかしているうちに
結局は何もやらなかった
空しい人生の幕がおりて
頭の上に 淋しい墓標が立つ
そのうちそのうち
日が暮れる
いまきたこの道
かえれない
相田みつを
「・・そんなんじゃ、なれるものも、なれない!それでいいの?
だいたい、目の見えない私が、こうして、自分の力で何とか人生を切りひらこうと、現実に地に足をつけて、やるべきことをやっているというのに、
不自由さなどみじんもない身体を持ったあなたが、なぜ、もっと本気でがんばろうとしないの!」
私が黙っていると、H先生は、続けてこうおっしゃったのです。
「なまぬるいことをしていても、なにも成就しないわ。
なまぬるいことを言っている人間など、誰も相手になどしてくれないものよ。
人間、本気になって、熱くなったときに、その熱であらゆるところに影響を及ぼすことができるようになるの。
熱くなって、夢中でやるべきことに賭けている人に、そんな熱い生き方をしている人に、
人さまも神様も感動し、巻き込まれ、応援しようと思うものなの。
とにかく、何かを心配している暇もないくらい、やるだけのことをやってごらんなさい!
そして、ことのなりゆきを見ててごらんなさい。
やるだけのことをやったときに、運命がどう開くかを自分で確かめるのよ!
・・そのとき・・
きっと私の言っていることが、わかる瞬間がくるから!」
すべては目覚めた人からうまくいく
P78
佳川奈未
講談社
だいたい、目の見えない私が、こうして、自分の力で何とか人生を切りひらこうと、現実に地に足をつけて、やるべきことをやっているというのに、
不自由さなどみじんもない身体を持ったあなたが、なぜ、もっと本気でがんばろうとしないの!」
私が黙っていると、H先生は、続けてこうおっしゃったのです。
「なまぬるいことをしていても、なにも成就しないわ。
なまぬるいことを言っている人間など、誰も相手になどしてくれないものよ。
人間、本気になって、熱くなったときに、その熱であらゆるところに影響を及ぼすことができるようになるの。
熱くなって、夢中でやるべきことに賭けている人に、そんな熱い生き方をしている人に、
人さまも神様も感動し、巻き込まれ、応援しようと思うものなの。
とにかく、何かを心配している暇もないくらい、やるだけのことをやってごらんなさい!
そして、ことのなりゆきを見ててごらんなさい。
やるだけのことをやったときに、運命がどう開くかを自分で確かめるのよ!
・・そのとき・・
きっと私の言っていることが、わかる瞬間がくるから!」
すべては目覚めた人からうまくいく
P78
佳川奈未
講談社
ものごとのよい面を見る、人のために尽くす、信仰心をもつ、大いに笑う等々、ポジティブな志向は、体を温める。
「情熱」は、「体熱」も高めるのである。
逆に、ものごとの悪い面を見る、不平、不満を言う、悲観する等々のマイナス思考は、体を冷やす。
イギリスの病院で、同じくらいの病態の乳ガン患者に、「今の心境」を尋ねたところ、約半分は「もうだめだ、または、医師に全て任せる」と思っており、
残りの半分は「何が何でも治してみせる」という気概をもっていたという。
後者の人たちはサプリメントや人参ジュースなどの自然食療法、瞑想療法・・に必死に打ち込んだ、という。
5年後、前者は80%死亡していたが、後者の人たちは90%生存していたという。
昔から、「病気」は「病半分、気半分」または「気の病い」などと言われるが、
英語のdisease(病気)も、ease(容易、安楽)に、反対の意を表す接頭語の「dis」がくっついたもので、
いかに「気持ち」が影響するかが示唆されている。
「食べない」健康法
P157
石原結實
PHO文庫
「情熱」は、「体熱」も高めるのである。
逆に、ものごとの悪い面を見る、不平、不満を言う、悲観する等々のマイナス思考は、体を冷やす。
イギリスの病院で、同じくらいの病態の乳ガン患者に、「今の心境」を尋ねたところ、約半分は「もうだめだ、または、医師に全て任せる」と思っており、
残りの半分は「何が何でも治してみせる」という気概をもっていたという。
後者の人たちはサプリメントや人参ジュースなどの自然食療法、瞑想療法・・に必死に打ち込んだ、という。
5年後、前者は80%死亡していたが、後者の人たちは90%生存していたという。
昔から、「病気」は「病半分、気半分」または「気の病い」などと言われるが、
英語のdisease(病気)も、ease(容易、安楽)に、反対の意を表す接頭語の「dis」がくっついたもので、
いかに「気持ち」が影響するかが示唆されている。
「食べない」健康法
P157
石原結實
PHO文庫