人がしていることに対して、指をさして糾弾することを「正義感」といい、
人が自分の思うとおりにしていないのを糾弾することを「使命感」と言ったりします。
怒りや憎しみというものは、この正義感や使命感から生まれているようです。
自分が正しいと想うことや、自分に対して律していることを他人に押し付けたとき、憎しみや争い・怒りが湧いてくるようになります。
「正義」や「使命」は神の領域にあると思えますが、そこに「感」がか付いたとき、
つまり「正義感」や「使命感」になったとき、それらは悪魔の領域になるのではないでしょうか。
自分を正当だと思うことで相手を憎み、恨み、怒り、軽蔑する、という心の動きにつながるからです。
「正しさ」というものは、時代や様々な局面によって常に変化していきます。
自分の中に正義と使命は持っていてもいいのですが、そこに「感」がつくと、周りはつらい状態になり、息苦しい思いをすることでしょう。
「正義カン」と「使命カン」。
「カン」は振り回さずにゴミ箱へ。
自分はもしかしたら間違っているのではないだろうか、「私」の側に正義というものはないのかもしれない、と思い続けることが、
謙虚さということかもしれません。
宇宙を解説・百言葉
p131
小林正観
弘園社