スタートレック・スターシップ・コレクション全国版(31) 2015年 8/11 号 [雑誌]
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デアゴスティーニ・ジャパン (2015-07-14)
スタートレック・スターシップ・コレクション全国版(32) 2015年 8/25 号 [雑誌]
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デアゴスティーニ・ジャパン (2015-07-28)
これ(ギャラクティカ【前編】アンドルー・プロバート〈その1〉)
の後編。
「バトルスター・ギャラクティカ」(宇宙空母ギャラクティカ)
のサイロン兵士のヘルメットデザインで、
ジョー・ジョンストンとのコンペに勝った、
アンドルー・プロバートは、
そのまま兵士の全身、アーマーのデザインまで担当することになった。
プロバートはここでようやく、
サイロン兵士は、
あの爬虫類風エイリアンがアーマーを着込んでいるのではなく、
ロボットなのだと知った。
ここで紹介する一連の貴重な画像は、
全てこのページより。
↓「筋電に連動して発射するリストガン」という設定だが、ロボット兵士にこの原理は使えない。
↑左腕のリストアーマーのパネルは、凹・凸の2種類を検討。
プロバートの「ギャラクティカ」への参加は、
ともすればSWのデザインをなぞってしまう、ラルフ・マクォーリーや、
↓マクォーリーのサイロン兵の初期デザイン(左)は、SWのドロイド(RAシリーズ)と区別がつかない。
↑チンパンジーにスーツを着せて実現したロボット犬マフィットのデザインには、いつものジョンストンの冴えが見られない。
差別化のために、意図的にデザインのクオリティを下げた感のある、
ジョー・ジョンストンとは異なる新味を与えた。
メットの造形は実物大で行われたが、
↓最初期案は、ロボコップ風(1987)?
↑ボバ・フェット(1980)や、
↓クローン・トルーパー(2002)に近い時期もあった。
スリット内を、左右にユラユラと揺れる赤い眼光は、
「機動戦士ガンダム」(1979)のザク(ジオン軍モビルスーツ)のモノアイに影響を与えた。
全身の検討は、まずは人形で試され、
↓粘土原型の造形担当は、ラルフ・マッシー(Ralph Massey)
胸部は、メットのデザインの反復、
つまり、横幅一杯のスリットの下に、
シャッター/ブラインド状のスリット群が配置され、
このスリット群は、
↓サイロン兵が乗り込む、
↑サイロン・レイダーという戦闘機の機首のグリルにも通じる。
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↓金属光沢のあるメットとアーマーは、幅広のアルミテープをツギハギして完成。
↑長身の演者が扮した。
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アンドルー・プロバートは、
ギャラクティカ艦本体の、バイパー戦闘機着艦口の設計も担当。
まずは構造図を描き起こし、
↑ミニチュアの該当部に貼り付ける、パース画も描いた。
↓実際の大きさは、こんなもの。
↑着艦口のだまし絵をのぞき込んで確認する、当時のILM主任、ジョン・ダイクストラ。
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ここで、訂正記事。
プロバートが、マクォーリーのプロダクション・ペインティングに触発され、
直接本人と連絡を取ろうと思い立ったのは、
まだ『スター・ウォーズ』の公開(1977年5月25日)前。
雑誌各誌も、使用できる劇中スチルに事欠き、
宣材として映画会社フォックスから提供されたのが、
マクォーリーの絵ばかりだったし、
これにいち早く反応したのも、
プロバート自身が、アーティスト/デザイナーだったからこそ。
そしてプロバートが「ギャラクティカ」の制作に参加したのは、
1977年の夏。
「ギャラクティカ」用のジョンストンのデザイン画には、
08/02/77とある。
英米では月日の記述の順序が逆の場合もあるが、
SW公開前の2月8日に、「ギャラクティカ」の仕事はありえないので、
デザイン作業全般は、1977年夏だったことがわかる。
空前のヒットだったとはいえ、
映画公開から約2ヶ月後には、
ILMが次の企画に取り組んだのは、
ルーカスは、
ILM存続に気をもむ、責任者のダイクストラ以下のスタッフに、
外注の仕事を早急にあてがう必要に迫られていたから。
結局、「ギャラクティカ」でミソがつき、
ダイクストラとルーカスは袂(たもと)を分かつことになるが、
それがプロバートの次の仕事にも影響している。
——ここから先は、また次の記事で。
でもって、以下は今回のお題にからむ
おまけ。
「ギャラクティカ」も「バック・ロジャーズ」も、元を正せば「スター・ウォーズ」=ルーカスフィルムの財産という主張と証拠は、以前からある。
そのうちの一つ、「バック・ロジャーズ」のサンダーファイターは、
SWの最初期メカデザイナー、コリン・キャントウェルが、
最近公表した、当時の平面アートの中に、
戦闘機のディスプレイ案と思われるグラフィックがあり、
そこにはすでに、サンダーファイターが描き込まれていたりする!
(下右は、「ギャラクティカ」の資料に分類されている、マクォーリーのスケッチ群)
「ギャラクティカ」のオープニングにチラ見する(0:47あたり)、
平たい宇宙船は、アンドルー・プロバートがデザインしたものだが、
「スター・ウォーズ 反乱者たち」(2014)のゴーストに似ている。
もっとも、こんなマイナーな宇宙船ではなく、
『エイリアン』(1979)のナルキッソス(ナーシサス)あたりが元ネタだろうが。
そもそもプロバートだって、無意識のうちに、
フライングサブ(『原子力潜水艦シービュー号』1964-68)あたりに影響を受けてたのかも知れないしね。