タコノキはうまく踊れない -78ページ目
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棘梨の村の李梨-3

 琥珀の母親は、ほかの女たちに比べると声が大きく、よく笑う人だったけれど、怒ると恐かった。琥珀が李梨のことを「燦輝のママは優しい」とうらやましがった。僕はお返しに「琥珀のお祖母さんは優しい」とうらやましがって見せることにしていた。
 そのときに琥珀が叱られた原因がなんだかは忘れた。あまりにもつまらないことで子供心にも納得できないほどひどく怒鳴られ、琥珀は、悲しいというより悔しかったみたいだ。一本の棘梨(シィリィ)の木の下が「僕らの場所」で、琥珀はそこでしゃがみこんで泣いていた。僕はなんとか琥珀を慰めたくて、でもどうしていいか判らなくて、ただ一緒にうずくまっていた。
「燦輝のママは怒鳴らないのに、って言ったら、だって李梨さんは人間じゃないもの、かっとなったりしないの、って、ママが」
 琥珀は僕をじっと見た。母親に似た、大きな目で。
「李梨さんが人間じゃないんだったら、燦輝も半分人間じゃないのかな?」
とも言った。
 いま思うと可笑しいのは、自分の母親が人間でないと言われて、僕は反発もしなかったし、疑いもしなかった。僕はひどく幼くて、人間であることとないことが、するりと入れ替わったり、混じったりするような子供だったのだろう。
「琥珀は、燦輝のお嫁さんになれないの?」
と言われたことのほうに、五歳の僕は慌てた。
「でもさ、母さんは父さんのお嫁さんになったんだから。人間じゃなくてもお嫁さんになったんだから」
 僕はそんな理屈のようなそうでないようなことを並び立て、琥珀はこくんとうなずいた。
 その夜、僕は父に、李梨の正体を教えてもらおうとした。ただ、その場に李梨がいたので、僕は、李梨が人間ではないとは口に出せなかった。正体がバレたとたんに故郷へ帰ってしまう妖精や天女の話を連想していたのかな。遠まわしに話をするうちに判ったのは、父は僕に李梨の正体を話す気などないということだ。僕が秘密を知ったことにも、思いが及ばないようだった。

棘梨の村の李梨-2

 琥珀は「南の島」から来たという母親と、村の男の血をひいていた。大きなくりっとした目が僕にはひどく可愛く思えた。けれど、村の他の子供らは母親譲りの黒い肌をからかった。僕も「
燦輝(ツアンホイ)の月足らず」とからかわれていて、からかわれ者同士だったからかもしれない、僕と琥珀は年柄年中一緒にいた。あれが、初恋ってもんだったんだと思う。
 琥珀は、よく僕の家に遊びに来た。僕の家は大きくも新しくもなかったけれど、李梨が手をかけて磨き上げ、村の他の誰の家にも負けないくらい小ぎれいに見えた。昼間は、李梨は台所にたつか、僕らと遊んでくれていたから、いま考えると、掃除や縫物は僕が眠っている間にやっていたんじゃないかな。李梨は声がきれいで、歌やおとぎ話を聞くのがとても好きだった。遊びもたくさん教えてくれた。
 李梨が僕や琥珀と遊んでくれていると、祖母がよくじろりとにらんだ。僕は祖母が苦手だった。村の子供らが僕をからかう「月足らず」という言葉を言い出したのが僕の祖母であることを、誰からともなく聞いていた。
 村には未熟児で産まれた子供がいて、体が弱くて小さかったけれど、祖父母たちも親たちもひどく大切にしていた。誰もその子を「月足らず」とののしったりはしなかった。僕はとくに弱いわけではなかったし、同じ歳の子どもにくらべて小さいわけでもなかった。
 二人目の子供を持つことが禁止されていたから、一人の子供を、二人の親と四人の祖父母がよってたかって可愛がるという家が多かった。僕は、祖母と父と李梨と四人暮しで、村のなかで、一家族としては少人数だった。李梨は村の外の遠いところの出身で、母方の祖父母もとても遠いところにいるのだと教えられた。父方の祖父はすでに亡かった。そのことは理解していた。しかし、僕の祖母だけが孫である自分を可愛いがってくれない理由は、わからなかったし、辛かった。

棘梨の村の李梨-1

 いや、いいんだ。そういうんじゃないんだ。とりあえず、僕の話を聞いてくれないか。理由は後から説明するから。

 何から話そうか。

 両親の名前を尋ねられたら、父は柳高風(リー・カオフォン)、母は李梨(リリィ)、と答えることにしてる。でも、李梨が人間じゃないということを知ったのは、案外早くて、たぶん、5つか6つだったと思う。
 それを僕に教えたのは、琥珀(フープオ)という同い歳の女の子だった。
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