棘梨の村の李梨-9
父が生まれた頃の男児の数は、女児の一・四倍という説もあるらしい。男たちの結婚難は早々に予想されたし、政府の規制やら、女の子にも家を継ぐ霊的力を授ける新興宗教やら、いろいろあって、その後、女性の比率はやや回復したそうだけど。だからといって、女性のほうが多くなったわけでない。この国は、男性のほうが多いんだ。父の世代の男性はひどい結婚難だったし、父の世代が若い嫁さんをもらったあおりをくって、ちょっと下の世代もけっこう大変だったみたいだ。
豊かな地域では、外国から女性を連れて来て妻にする人もいた。ろくに会ったこともないまま、婚資を送って女性を呼び寄せる人もいて、周囲の国から、人身売買だと非難を浴びた。政府は、数年の限定つきで国際結婚を禁じた。その数年を待った者もいたが、自分の歳や親の歳に焦り、子供が欲しい、孫を見せたいという男性も多かった。
それにつけこんで、この国で子育てと家事と、閨事の出来るアンドロイドを売り出した奴がいた。アンドロイドはもちろん子供を産めなかったけど、子供は「貸し腹」という女たちに産んでもらえた。女たちは半金をもらっていったん結婚し、子供を産み、出生の届けを出す。そしてすぐ離婚の手続きをとり、残りの金を受け取って、次の男を探しに出ていく。
しかし、「貸し腹」の女たちにも三ケ月で赤ん坊を渡すことはできない。
豊かな地域では、外国から女性を連れて来て妻にする人もいた。ろくに会ったこともないまま、婚資を送って女性を呼び寄せる人もいて、周囲の国から、人身売買だと非難を浴びた。政府は、数年の限定つきで国際結婚を禁じた。その数年を待った者もいたが、自分の歳や親の歳に焦り、子供が欲しい、孫を見せたいという男性も多かった。
それにつけこんで、この国で子育てと家事と、閨事の出来るアンドロイドを売り出した奴がいた。アンドロイドはもちろん子供を産めなかったけど、子供は「貸し腹」という女たちに産んでもらえた。女たちは半金をもらっていったん結婚し、子供を産み、出生の届けを出す。そしてすぐ離婚の手続きをとり、残りの金を受け取って、次の男を探しに出ていく。
しかし、「貸し腹」の女たちにも三ケ月で赤ん坊を渡すことはできない。
棘梨の村の李梨-8
帰り道、お墓にいきましょう、と言ったのは祖母だった。
一つの墓の前で、祖母はたちどまった。
「この墓には、高風の」
と、祖母は父を名前で呼んだ。お前の父さん、みたいな言い方はしなかった。
「高風のお姉さんが眠っているの」
「僕の、叔母さん?」
僕に叔母がいたとは初耳だった。
「私の最初の子。私の娘。子供は一人しか持ってはいけない。それは知っているね? 娘が病気になって、ひどく苦しんで。でも私は医者を呼ばなかった。この子が死ねば、もう一人子どもがもうけられる。今度は男の子かもしれない。家を継いでくれる男の子かもしれない。そう思った。そう思ったのは私なんだけど、娘が死んでしまったときは、本当に悲しかった」
父が生まれた頃、家を継げるのは、男の子だけとされていた。妊娠中に性別を調べて女の子だけ中絶したり、生まれてから秘かに殺した親も多かったという。病気で自然に死ぬまで待った祖母は、まだマシだったとも言えるかも知れない。
「高風が大人になったとき、お嫁さんがみつからなくてね…」
父を振り向くと、父は祖母と墓からはっきりと顔をそむけ、硬い表情で立っていた。祖母の声が消え入りそうに小さくなった。
「高風は町へ行って…三ケ月後に、燦輝、お前を抱いて帰って来たの」
そう言うなり祖母は、たかぶったように泣いた。その言い方で、七歳の僕が何を理解したと思っていたのだろう。それはわからない。祖母はそれから数週間後に、雲南熱で死んだ。
琥珀の母親も、結局戻ってこなかった。琥珀の父親も発病したが、李梨の看護で命をとりとめた。李梨は患者達の間を休む暇なく動き回って、数十人をほぼ一人きりで世話をしていたという。僕の村での雲南熱の流行が一段落したあと、別の村で患者が出たとかで、李梨は送られた。それきり、戻ってはこなかった。
僕はもちろん悲しかったけれど。そのことを騒ぎたてるには、雲南熱のせいであまりにもたくさんの人間が死んでいたし。
李梨の労働に対して賃金が出ていて、少なくともその一部が、毎月父に支払われていたことを知ったのは、ずいぶん後のことだ。僕が村を離れて進学できたのも、その金のおかげだった。
一つの墓の前で、祖母はたちどまった。
「この墓には、高風の」
と、祖母は父を名前で呼んだ。お前の父さん、みたいな言い方はしなかった。
「高風のお姉さんが眠っているの」
「僕の、叔母さん?」
僕に叔母がいたとは初耳だった。
「私の最初の子。私の娘。子供は一人しか持ってはいけない。それは知っているね? 娘が病気になって、ひどく苦しんで。でも私は医者を呼ばなかった。この子が死ねば、もう一人子どもがもうけられる。今度は男の子かもしれない。家を継いでくれる男の子かもしれない。そう思った。そう思ったのは私なんだけど、娘が死んでしまったときは、本当に悲しかった」
父が生まれた頃、家を継げるのは、男の子だけとされていた。妊娠中に性別を調べて女の子だけ中絶したり、生まれてから秘かに殺した親も多かったという。病気で自然に死ぬまで待った祖母は、まだマシだったとも言えるかも知れない。
「高風が大人になったとき、お嫁さんがみつからなくてね…」
父を振り向くと、父は祖母と墓からはっきりと顔をそむけ、硬い表情で立っていた。祖母の声が消え入りそうに小さくなった。
「高風は町へ行って…三ケ月後に、燦輝、お前を抱いて帰って来たの」
そう言うなり祖母は、たかぶったように泣いた。その言い方で、七歳の僕が何を理解したと思っていたのだろう。それはわからない。祖母はそれから数週間後に、雲南熱で死んだ。
琥珀の母親も、結局戻ってこなかった。琥珀の父親も発病したが、李梨の看護で命をとりとめた。李梨は患者達の間を休む暇なく動き回って、数十人をほぼ一人きりで世話をしていたという。僕の村での雲南熱の流行が一段落したあと、別の村で患者が出たとかで、李梨は送られた。それきり、戻ってはこなかった。
僕はもちろん悲しかったけれど。そのことを騒ぎたてるには、雲南熱のせいであまりにもたくさんの人間が死んでいたし。
李梨の労働に対して賃金が出ていて、少なくともその一部が、毎月父に支払われていたことを知ったのは、ずいぶん後のことだ。僕が村を離れて進学できたのも、その金のおかげだった。
棘梨の村の李梨-7
僕らはそのあとすぐに診療所へ行った。
道々、医者は低い声で、父と祖母とに話を続けていたが、僕はもう聞いてはいなくて、
ずっと泣いていた。琥珀が集会所でまだ生きていて、李梨が看病するかしないかに命がかかっていたとしたら、僕にとってはまだマシだったろうが。そのとき、琥珀は既に死んでいた。そのうえ李梨を失うのは、七歳の僕には荷が重かった。僕は何を考えるでもなく、
しびれたような頭でただ泣き続けた。李梨の手がずっと僕を撫でつづけた。
診療所につくと、医者は李梨をコンピュータの前の椅子に座らせ、僕にお別れを、と言った。僕はかぶりをふって、李梨の膝にしがみついた。李梨は僕の肩を両手で支えて立たせ、いつもと変わらない声で、
「さようなら、燦輝」
と言った。反射のように、僕の口からも、
「さよなら」
という言葉が漏れた。
医者が李梨の首筋をどうにかすると、そこに小さな扉が開いた。中には赤い血も肉もなく、小さなきちんとした丸い穴がいくつもあいているのが見えた。そこに、医者はコードを何本もつないだ。
それから、「丸い地球」と「通信衛星」と「電波」と李梨の関係を、コンピュータの画面に図まで出して説明してくれたが、僕にはよく判らなかった。僕に判ったのは、どこか遠いところから、雲南熱の患者を看護するのに必要な知識が飛んで来て李梨に入り込み、その代わりに李梨が僕について憶えていることは消え失せてしまう、ということだけだった。
医者は、僕と父に予防ワクチンを射ったが、祖母はがんとして「若い者に譲る」と言い張り、結局接種をうけなかった。