空と風と川の流れを. -20ページ目

空と風と川の流れを.

 空と風と川の流れを求め,素の自分を表現できたら良いなと.

 これは一つのプロジェクトである。

 わざわざそんな面倒くさいことしなくてもいいのに自宅でコーヒー焙煎をやることにした。

 コーヒー屋やスーパーに行けば普通にコーヒー豆を買うことができるが、ふと、Amazonを眺めているとおすすめに家庭用コーヒー豆焙煎機が出てきた。しかも値段は29ドル。それぐらいの出費で経験できるならやってみてもいいかと。

 なによりも、『コーヒーとはなにか』というさらなる探究としてもよいのではないか。

 

 さて、まず、なにをどう考え、始めるべきか。

 まず『基準』あるいは「Standard」を設定するべきと考えた。

 『基準』『Standard』とは何か。

 それは手順と作業が同等のものにできるだけ近付けて既知のものを再現すること。

 この場合、これまで飲んできたコーヒーと同じ豆を焙煎してできるだけ同じ味に近づける、さらには再現できるまで試すということになる。

 

 ということで、ここはいくつかコーヒーの生豆をオンラインで入手して、まず手持ちの焙煎機で再現できるか試してみた。

 最初に試したのはスマトラのコーヒー豆。 

 オンラインで生豆専門で扱っている店があったのでそこから1/2パウンドずつ様々な豆が入ったサンプルパックというものを入手。思ったより大量にある。ぞっとする。

 あらかじめ、虫食いや欠けた豆を取り除かなければならないらしいが、思ったよりそういう不良な豆は少なかった。

 

 買った焙煎機はこういうもの。

 カセットコンロの上に置いて、下から熱していくもの。

 一回目

 結論からいうと失敗だった。

 温度管理がよくわからない。適当に中火から始めてみて時間はおよそ12分を目安に、ゆっくりと焙煎機を回す。ところが10分を過ぎたところで煙がもくもくと出始めた。こんなものかと引き続き加熱し続けてみたら、豆は真っ黒焦げになってしまった。見たことがないほど真っ黒。つまりこれは炭だ。試しに挽いて飲んでみたところ単なる焦げたような味。こりゃあかん。

 二回目

 次も同様に中火でゆっくり始めてみて、煙が立ち込め始めたところで火を止めた。すると今度は煎れていない。白いところがところどころ残っている。ミルで挽いてみたところ硬くてミルが回せなず歯がたたない。

 その豆をもう一度焙煎機に入れて加熱して煎ってみたら黒焦げとまではいかないが、焦茶色になって見た目だけはなんとかコーヒー豆らしくなった。

 試しに挽いてみて飲んでみたところ、なんか味がおかしい。苦すぎるというか、焦げ臭さも少し感じるし決して美味しいとは思えない。胃に悪そうな味だった。

 これは加熱する温度をしっかりと管理しなくてはならないと思い、温度計を入手することにした。(続く)

 

 

 その場所はずいぶんと秋が深まりつつあるものの、まだ絶景といえるほどの紅葉ではない。いかにも中秋という様相を呈していた。

 この数ヶ月、仕事上の立場の変化があり、そのせいで上からの要求が増えた。そしてそのおかげで一気にストレスが押し寄せた。ここは自我を押し殺してでも仕事に専念すべきところかもしれない。だが、ストレスのせいで身体も頭もうまく動かなくってくる。釣りに行ってリフレッシュすべきだとは思う。上司の顔を伺いつつも、自身の仕事のスタイルは量ではない。質と中身なのだ。ここは我儘を通させてもらうことにし、釣りの旅に出ることにした。といっても三日間だけ。目指すはいつもの釣り場。ノースカロライナ州チェロキー。

 

 時間の計算を少し間違えていた。もうすでにときは10月。日が沈むのが早いのだ。朝、準備をしていつもの時間に出かけたところ、道中の渋滞もあってキャンプ地についたのはもう夕方4時を過ぎていた。しかも曇天もあってか薄暗くなっていた。早急にテントを立てて寝床を確保。そしてすぐに川に向かう。

 

 川はひどく水がない。ど渇水だった。魚の雰囲気さえない。その場所には何度も来たので、およそ魚のいる場所は検討がついているものの、そこを丁寧に探っても魚はいない。反応すらない。どうやら最悪の状況の時に来たようだ。

 どうにか釣る方法はないか。思考をめぐらしてこれまでの経験をできるだけ思い出しつつ、方法を見つけ出しては試す。そう繰り返しながらもさっぱり反応はない。相手は自然だ。生き物だ。どうしようもないときはどうしようもない。

 そういうときは諦めるに限る。釣りというものはそういうものだ。ったく。と、釈然としない思いでキャンプ地に戻る。

 

 ランタンに火を灯す。遠目にその灯を眺める。しばらく眺めていると、完全に仕事のことが頭から消えていることに気づく。この数ヶ月、仕事のことばかりを考えていた。職場での立場が変わったことで、今後どのようなスタイルで仕事をするか、どのように質を上げるべきか、そんなことばかりを考えていた。少なくとも、釣りをしているとき、こんな感じで自然の中にいるとき、仕事中の自分からの乖離をしているのだから、この時間こそが自分が求めていたものだろう。

 そうこうしているうちにあっという間に当たりは真っ暗になった。そして、急に空気も冷え込んできた。

 前回、八月下旬でさえ、朝は寒さで目が覚めたのだから、今回はもっと冷えこむはず。ということで、電気コンセントが装備されているキャンプ地を予約し、テント内で電気ストーブを使うことにした。

 それはそれでもちろん寒さ対策にはなったのだが、テントという狭い空間で電気ストーブを使うとかえって暑いぐらいで、しかも空気が乾燥してしまい喉がカラカラになった。

 

 その夜半過ぎ、雨になった。その雨は朝まで降り続いた。この雨が川を潤してくれるならと思い期待は膨らむ。

 しかし、ずいぶん雨が降ったのに川は依然として渇水のままだった。水量が豊富であろう本流筋にも行ってみたがそこも渇水。一度大きな魚のアタリがあったのだが、それだけ。それ以外は魚の気配すらない。もとの支流に戻ってみても状況はおなじ。さっぱり。そういえば、昨年11月にこの場所に来た時も同様だった。渇水で釣りにすらならなかった。

 そうなってくると、自分の釣りの方法や技術にさえ疑いを持ってしまう。果たして自分のやっている釣り方は正しいのか?これまで何度も同じ方法で釣ってきたが、その方法は偶然、あるいは、自然の恩恵に甘やかされていただけで、魚を釣るという意味では根本的に有効な方法ではないのか?など。どんどん自信をなくしていってしまう。

 そんな答えがありそうでなさそうな、答えがなさそうでありそうな疑問を抱きつつも、そんなことはないはず、とそんな思いを振り払うことに務める。

 

 『釣り人は紳士であるべし』

 

 どこかで聞いたことあるような、無いような言葉。釣り人はガツガツしてはいけない。釣れないときはその事実を甘受しなくてはならない。そう心の中で唱える。

 なによりも、なにをやっても釣れないのだから、もう飽きてしまった。その日は5時で釣りを切り上げてキャンプ地に戻った。

 

 最終日の朝、昨日より朝の冷え込みは強かった。7時に目が覚めたが寒さのせいで寝袋から出ることができない。電気ストーブの設定を最大にする。テント内が十分温まったところでようやく活動し始めることにした。時間はもう8時を過ぎていた。

 コーヒーを淹れて簡単に朝食を取る。

 もう釣りに対するモチベーションなんて欠片もなかった。どうせ川に行ったところで釣れんだろうし。。。

 それなら早々に片付けて帰ろうと。足早にテントや道具の撤収に入った。

 片付けを終え、車に全ての荷物を積み込んだときにはもう時刻は10時になっていた。

 

 本当に川に行っても渇水の状況では釣れないのか?せっかく遠くまできて、このまま一尾も見ることなく帰るのか?それでいいのか?と自問しつつ車に乗り込んだ。すると何度も入ったポイントに車が止まっていなかった。

 やはり釣り人の性なのか、いてもたってもいられない気持ちになってきた。1時間だけ、いや30分だけでいいからやってみよう。竿を出さなければ魚は釣れるはずがないのだから。

 

 見慣れた場所、その場所には何度も来た。この川に来たときには必ず一度は入る場所。どことどこに魚がいるのかはわかっている。それだけではなく、渇水やプレッシャーの高い状態のときのイレギュラーに魚が居着く場所もある程度把握している。

 最初の数投は通常魚が居着く場所に毛鉤を流す。やはり反応はない。さらに歩を下流に進める。通常魚の居着く場所、そして通常ではない場所の両方をカバーするように毛鉤を流す。どうか。。。どうか。。。どうか。。。

 

 やっときた。予想より少し大きな魚のようだ。

 魚が走る。やっとの思いで来た魚。バレるなよ、と祈りつつやりとりする。無理にやりとりしない。引っ張らない。テンションを竿のしなりにまかせ、丁寧にやりとりする。魚はまだ走る。リールが唸る。

 どれぐらいやりとりしただろうか。ようやく魚は体力を使い果たしたようだ。ネットに収まってくれた。

 綺麗なオスのニジマスだった。しばらく見惚れる。この一尾に出会うための辛い二日間だったのかとさえ思う。釣りの神様ってやっぱりいるんだなとも思う。

 

 もうその一尾で十分だった。長らく釣れない時間で気力が削がれたので、もうこれ以上はもういい。

 そして、帰路についた。単純なもんだ。その満足だけで長時間の運転を気分よくできるんだから。

 

 

 

 

 

 

 2014年10月の父の死後、実家から持ち帰ったいくつかの腕時計の一つだったのがこの時計。セイコー・ドルチェの最初期モデルで、発売は1979年だそうだ。長らく電池切れだったのでほったらかしにしていた。そのほかの父の時計については以前に本ブログに書いた。

 

 

 

 1979年ということは、父は36歳、自分は10歳の頃になる。

 父は昔はセイコーの時計を主に着けていた。記憶にあるのはセイコースポーツマチック、セイコー5の初期モデル。そして、この腕時計だった。それまでは丸い時計ばかりだったのがある日突然、薄型で四角い時計を使いだしたので、その珍しさゆえ覚えている。父の店の三軒隣りの時計屋の先代の店主が、『これ買うとけ』と言ったので買ったと言っていた。

 

 父が残した腕時計のTissoのシースターは壊れてしまった。Rolexのオイスターデイトも自動巻きが劣化しているのでよく遅れるし自動巻きが一日持たない。

 そこで、この時計があることを思い出して、さっき電池交換をしてもらってきた。動いている。

 また父が帰ってきた。