陽転思考の達人 過去と現在の賢人たちに学ぶ実践的アクティブ・ブレインの生き方 -19ページ目

陽転思考の達人 過去と現在の賢人たちに学ぶ実践的アクティブ・ブレインの生き方

記憶術×陽転思考の<a href="http://www.oda-abs.com">アクティブ・ブレイン・セミナー</a>を受講した方限定のメルマガ「ウィークリーコンパス」の中から「陽転思考の達人」のみを抜粋し公開しています。

●毎日を人生最後の一日だと思って生きる

膵臓ガンを宣告されたスティーブ・ジョブズは、死を間近に感じつつ、むしろより一層意欲的に活動し、アップル社を世界最大の企業にまで押し上げました。
「死を意識して生きる」というのは、じつは10代の頃からのジョブズの人生観になっています。

「私は17歳の時に『毎日をそれが人生最後の一日だと思って生きればその通りになる』という言葉に出合いました。その日を境に33年間、私は毎朝、鏡に映る自分に問いかけるようにしています。
『もし今日が最後の日だとしても、今からやろうとしていたことをするだろうか』と」(『スタンフォード大卒業式でのスピーチ』(2005年6月)より)

「死を意識して生きることで生が輝き出す」――本メルマガで紹介した森信三(第5回)も同じような人生観をもっていました。
また、新渡戸稲造が世界に向けて発信した「武士道精神」にもつながる考え方です。
「葉隠」にある「武士道といふは死ぬことと見つけたり」という言葉は、決して生命軽視ではなく、むしろ「常に死を意識しつつ、死ぬ覚悟をもって命を大切に生きること」でした。(新渡戸稲造編 第4回)

武士道には禅の思想が大きな影響を与えていると考えられていますが、ジョブズもまた生涯にわたって禅を信奉していたということからすると、相通じるものがあったのかもしれません。

「自分はまもなく死ぬという認識が、重大な決断を下すときに一番役立つのです。なぜなら、永遠の希望やプライド、失敗する不安…これらはほとんどすべて、死の前には何の意味もなさなくなるからです。
本当に大切なことしか残らない。自分は死ぬのだと思い出すことが、敗北する不安にとらわれない最良の方法です。我々はみんな最初から裸です。自分の心に従わない理由はないのです」(同)

誰も死への流れに逆らうことはできません。ジョブズの言葉を借りれば「死は我々全員の行き先」です。
しかし「行き先」は同じでも、「どうせ死ぬんだから、人生に意味はない。何をやってもムダ」と考えるか、「どうせ死ぬんだから、何も恐れる必要はない。
残された時間を精一杯生きよう」と考えるかで、「生き方」は、全く違ったものになるでしょう。

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●自分の心と直感に従う勇気を持つ

アップル社に復帰したスティーブ・ジョブズは、デザイン、機能とも、彼らしい大胆な発想による新商品「iMac」を開発、大ヒットさせ、会社を再生へと導きます。
1998年のことでした。(ちなみにこの年には、後にスマートフォン市場をアップルと2分することになるグーグル社が創業されています)

iMacの大成功にしがみつくことなく、ジョブズはすぐに次の新サービスの開発に着手、2001年に発表された「iTunes」と「iPod」は音楽業界に革命をもたらしました。
驚異的な大ヒットが続くなか、しかしまたも「膵臓ガン発覚(2003年)」という試練がジョブズを襲います。
自然療法から心霊治療の類に至るまで、持ち前の強い信念で闘病を続けますが、ジョブズの「現実歪曲の力」は、自らの体に巣食う病魔には通用しなかったようです。

ジョブズがどのようにガンと向き合ったのか、発覚から2年後に語られたスピーチから引用してみましょう。
「人生で死に最も近づいたひと時でした。今後の何十年かはこうしたことが起こらないことを願っています。
このような経験をしたからこそ、死というものがあなた方にとっても便利で大切な概念だと自信をもっていえます」(『スタンフォード大卒業式でのスピーチ』(2005年6月)より)

死が避けられないものであるということを悟った時点で、ジョブズはそれを受容し、むしろ肯定的に受け止めることで、さらに先に進もうとしているようです。
「誰も死にたくない。天国に行きたいと思っている人間でさえ、死んでそこに辿り着きたいとは思わないでしょう。
死は我々全員の行き先です。死から逃れた人間は一人もいない。それは、あるべき姿なのです。死はたぶん、生命の最高の発明です。(中略)あなた方の時間は限られています。
だから、本意でない人生を生きて時間を無駄にしないでください。(中略)何より大事なのは、自分の心と直感に従う勇気を持つことです。
あなた方の心や直感は、自分が本当は何をしたいのかもう知っているはず。ほかのことは二の次で構わないのです」(同)

この言葉の通り、過酷な闘病生活を続けながらも、ジョブズは残された時間を全力で駆け抜け、「iPhone」「iPad」と、まさに世界中の人のライフスタイルを変えてしまうような「作品」を生み出すのです。

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●人生で最も幸運な出来事

強烈な自己肯定力を持つスティーブ・ジョブズも、さすがにアップル社を追放されたことは相当なショックだったようです。

「30歳のとき、私は追い出されたのです。それは周知の事実となりました。私の人生をかけて築いたものが、突然、手中から消えてしまったのです。
これは本当にしんどい出来事でした。1ヵ月くらいは茫然としていました」(『スタンフォード大卒業式でのスピーチ』(2005年6月)より)

実家のガレージを拠点に創業し、世界有数のIT企業へと育て上げたわが子のような会社からの突然の解雇。
しかしそんな絶望的な状況にあっても驚くべきことにジョブズが落ち込んでいたのはたった1カ月程度だったのです。

「このまま逃げ出してしまおうかとさえ思いました。しかし、ゆっくりと何か希望がわいてきたのです。自分が打ち込んできたことが、やはり大好きだったのです。
アップルでのつらい出来事があっても、この一点だけは変わらなかった。会社を追われはしましたが、もう一度挑戦しようと思えるようになったのです」(同)

アップルを追われたジョブズは、あたためていた構想を製品化するためにネクスト社を創業し意欲的に働きます。
さらにコンピュータグラフィックのピクサー社の経営にも乗り出し「トイストーリー」などの大ヒットを連発したのは周知の事実です。
ネクスト社は必ずしもジョブズの思うような成功には至らなかったのですが、そこで開発されたソフトウェアNeXTSTEPは、
後のMacの新しいOS(オペレーティングシステム)の土台となり現在に至るまで引き継がれています。
ちなみにNeXTSTEP採用を期にアップル社はNeXT社を買収、同時にジョブズも古巣へと返り咲くことになります。

先回ご紹介したように、ジョブズは大学退学の決断を「人生で下した最も正しい判断だった」と振り返っていますが、アップルを追われたことについても、同じような感想を述べています。

「そのときは気づきませんでしたが、アップルから追い出されたことは、人生で最も幸運な出来事だったのです。
将来に対する確証は持てなくなりましたが、会社を発展させるという重圧は、もう一度挑戦者になるという身軽さにとってかわりました。
アップルを離れたことで、私は人生で最も創造的な時期を迎えることができたのです」(同)

不運と思えるような状況にあっても、むしろそれを「幸運」と受け止めて前進する――「陽転思考の達人」といわれる人に共通の能力のようです。

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●人生で下した最も正しい判断

先回に引き続き、スティーブ・ジョブズがもっていた類まれな自己肯定感について考えてみましょう。
ジョブズは大学をたった半年で中退しています。
大学生活を続ける友人とドロップアウトしてしまった自分とを比べて、多少なりとも挫折感や焦燥感にさいなまれそうなものですが、ジョブズには全くそうしたところは見られません。

「両親が一生かけて蓄えたお金をひたすら浪費しているだけでした。私は退学を決めました。何とかなると思ったのです。
多少は迷いましたが、今振り返ると自分が人生で下した最も正しい判断だったと思います。退学を決めたことで興味もない授業を受ける必要がなくなったからです」
(『スタンフォード大卒業式でのスピーチ』(2005年6月)より)

「多少は迷った」とあるように、それなりに不安もあったのでしょう。
しかし悩んだ末、一度決心して行動に移したからには、その状況を受容・肯定し、そこから再スタートするというのがジョブズのやり方でした。
そしてそれはいつの場合も最善の策となります。次につながる反省であれば有益ですが、ただくよくよと後悔するのは何の役にも立たないものです。
自分を責めるのも、他人を責めるのも、不運を呪うのも、何ひとつ良いことはありません。かえって状況を悪化させ、対策を遅らせるだけです。

ジョブズの退学の理由としては、経済的な事情もあったようにも受け止められがちですが、前述のスピーチをよく読むと、それは本質的な問題ではないということが分かります。
「お金がなかったから退学せざるを得なかった」というような受動的あるいは被害者意識ではなく、むしろ自分にとっていま何が大切かということを熟考したうえで、ジョブズは主体的に退学を決意しています。
些細なニュアンスの違いのように見えて、ここには価値観や人生観の大きな違いがあります。

退学したあとも、ジョブズはカリグラフィー(書法)など興味のある授業には出席しています。そこでジョブズは、「科学ではとらえきれない伝統的で芸術的な文字の世界のとりこになった」と語っています。
「もちろん当時は、これがいずれ何かの役に立つとは考えもしなかった。ところが10年後、最初のマッキントッシュを設計していたとき、カリグラフの知識が急によみがえってきたのです。
そして、その知識をすべて、マックに注ぎ込みました。美しいフォントを持つ最初のコンピューターの誕生です。もし大学であの講義がなかったら、
マックには多様なフォントや字間調整機能も入っていなかったでしょう」(同)

退学ということを前向きに戦略的にとらえることができたからこそ、そこで新たな知識を吸収しようという意欲も出てきて前進することができたのです。

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●自己肯定感というアクセル全開で疾走した人生

人も羨む大成功を収めたスティーブ・ジョブズ。しかし別の観点から彼の人生を振り返ると、むしろ人並み以上に不運や苦難、絶望の連続だったということが見えてきます。
幼少期には親の事業失敗による貧困に苦しみ、大学は中退、また自らが起業し育て上げたアップル社からの追放、さらにはアップルに復活し見事に再生を果たしてこれからというときに膵臓ガン発覚…。

ジョブズの「不運」は、生まれた時から始まっていました。生後すぐに生みの親から引き離され養子に出されたのです。しかし彼自身はそれを決して不運とは感じていません。
「僕は捨てられたから、帰ってきてほしいと両親に思ってもらえるように一生懸命働き、成功しようとしたとかなんとかくだらないことをいう人がいるが、そんなことはない。
養子だと知っていたから独立心が強くなったという面はあるかもしれない。でも、捨てられたと思ったことはないんだ。
いつも、自分は特別な存在だと感じていた。両親が大事にしてくれたからだ」(『スティーブ・ジョブズ』ウォルター・アイザックソン著 より)

養父母が深い愛情をもって育ててくれたことーーそれがジョブズの強い自己肯定感を根底で支える土台になっているのかもしれません。
自己肯定感は、自分に自信を持つためにも、夢実現に向かって意欲を持続させるためにも、また挫折から立ち直るためにも、とても重要な心的基盤です。
「私は愛されている」「私の人生には意味がある」「私ならきっとできる」ーーそうしたプラスの思いは実際に脳の働きを活性化させ、それによって記憶力や思考力をも飛躍的に向上させます。
アクティブ・ブレイン・セミナー修了者は、それを自らの体験として実証しているのではないでしょうか。

ただそれが行き過ぎると独善や傲慢、頑固というマイナス面も出てくる危険性があるため、注意が必要です。
じつはその典型がジョブズでした。彼の強烈な自己肯定は、理不尽な他者否定や侮蔑、断罪へとつながることが少なくなかったのです。

自己肯定がゴールに向かうためのアクセルだとすると、自己否定や反省はブレーキに例えることができるでしょう。そういった意味では、まさにブレーキが壊れた車のように疾走したのがジョブスの人生でした。
あちらこちらで悲惨な事故を引き起こし多くの人を傷つけますが、それでもジョブズはついに最後まで全力で駆け抜けました。

たしかにジョブズは大成功を収めますが、誰もが同じ運転をするようになったら、大変なことになりそうな気もします。
ある意味、思いっきりアクセルを踏み込むことができるのは、正常に機能するブレーキがあるからこそ、ということもいえるのではないでしょうか。

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